50 / 53
第四夜 白薔薇のモナリザ
絵の中の少女
しおりを挟む
「なんだ、この絵?」
東雲が絵を冷蔵庫に立てかける。少しずつ絵がずり落ちていくが、それも摩擦によってすぐに止まった。
東雲が引きづり出し、立てかけられた絵には、ベットに横たわる茶髪の少女と瓶に入った白い薔薇が描かれており、絵の知識がそこまでない彼でも、相当絵が達者な人物が描いたものだということが分かった。
彼と東雲の2人が準備室から絵が出てきたという驚きと、絵が放つ美しい迫力に気圧され、机のことなんてほったらかしにして惚けていると、「ちょっとー、いつまで時間かけてんだよー」と五十嵐が家庭科準備室に入ってくる。だが、若干不機嫌さを帯びたその声は、目線が絵に移るにつれて尻すぼみになり、次に来るであろう文句は、今の準備室を支配する沈黙へと溶けていく。そして、先にいた二人と同様、絵を見てそのまま固まってしまった。この絵には、見る者を圧倒する何かがあると、ぼんやりした頭で彼は考えた。歴史的絵画には及ばぬものだとしても、この絵には描いた者の、一瞬を永遠の中に閉じ込める執念が詰まっているように思える。
そのまま準備室を沈黙が支配していたが、ようやく「準備してた時にはなかったよな……?」と絞り出すような声で東雲が口を開けた。
「ああ、無かった、はずだよなあ」
少し話し出すと鎖がどんどんほどけていくように、脳がすっきりしていくのが分かった。それと同時に、様々な疑問が彼の頭の中をよぎっていく。
「まず、誰が、どのタイミングで、何のために入れたかが重要だ」
「お、5W1Hですな」
「まあ、そんなとこだ」
まず、彼は絵を間近で観察してみることにした。まず全体を俯瞰し、次に細部を見る。
「多分、絵の具の劣化の具合から言って10年は経っているものだろうな。重ね塗りしたような形跡が見られないから、補修もされてない。ただ、ほこりが付着してないのを見るに、乾燥中は相当気を使っただろうし、保存状態も虫食いが見られないから良好だ」
「ほお、なんか探偵みたいだな」
東雲が茶化してくるのを受け流し、彼はさらに絵をじっくり見る。すると、絵の中の少女の、長袖を着て露出面積が少ない腕の皮膚に、薄っすらと茶色の斑点が描かれていることに気づく。
「絵の少女は、病気だったのか」もし、そうであれば彼の感じた、この絵を描いた者の執念も納得できる。
「だとすると、多分この絵を描いたのはこの少女に限りなく近い人物かもね」
「まあ、そりゃあなあ」
そのまま、3人で考え続けても新しい発見は無かった。それどころか、脳内の思考が堂々巡りしてきた気がしてくる。やはり、灰色のコートを着ないと、自分で納得するような推理はできないらしい。彼が若干諦めの境地に入りつつあると、あまりに準備室から出てこないことを不思議に思ったのだろう。外にいた帆波が部屋に入ってきた。
「ちょっとー、みんなどうしたの……。ん? 絵?」
「そう、絵」帆波の疑問に五十嵐が答える。すると、帆波は絵の鑑定士のように「ん~」と唸りながら、絵に近づいていく。それを見た彼と五十嵐と東雲は帆波と絵から少し距離を取った。帆波はそのまましばらく絵、というよりは描かれた少女の顔をじっと見ていると、突如として「あ!」と何かを思い出したように手を叩いた。
「どした?」
「いや、この絵の中の女の子、見たことあるなーて」
「え!?」
もし、そうだとすればこの絵を準備室に置いた人物に一歩近づけるかもしれない。突然の天啓に、考えがループしていた彼は迷わず飛びつく。
「で、誰なんだ?」
彼の問いに帆波は絵の中の少女を見やりながら答えた。
「桜ノ宮涼子、私たちの1個上の先輩よ」
東雲が絵を冷蔵庫に立てかける。少しずつ絵がずり落ちていくが、それも摩擦によってすぐに止まった。
東雲が引きづり出し、立てかけられた絵には、ベットに横たわる茶髪の少女と瓶に入った白い薔薇が描かれており、絵の知識がそこまでない彼でも、相当絵が達者な人物が描いたものだということが分かった。
彼と東雲の2人が準備室から絵が出てきたという驚きと、絵が放つ美しい迫力に気圧され、机のことなんてほったらかしにして惚けていると、「ちょっとー、いつまで時間かけてんだよー」と五十嵐が家庭科準備室に入ってくる。だが、若干不機嫌さを帯びたその声は、目線が絵に移るにつれて尻すぼみになり、次に来るであろう文句は、今の準備室を支配する沈黙へと溶けていく。そして、先にいた二人と同様、絵を見てそのまま固まってしまった。この絵には、見る者を圧倒する何かがあると、ぼんやりした頭で彼は考えた。歴史的絵画には及ばぬものだとしても、この絵には描いた者の、一瞬を永遠の中に閉じ込める執念が詰まっているように思える。
そのまま準備室を沈黙が支配していたが、ようやく「準備してた時にはなかったよな……?」と絞り出すような声で東雲が口を開けた。
「ああ、無かった、はずだよなあ」
少し話し出すと鎖がどんどんほどけていくように、脳がすっきりしていくのが分かった。それと同時に、様々な疑問が彼の頭の中をよぎっていく。
「まず、誰が、どのタイミングで、何のために入れたかが重要だ」
「お、5W1Hですな」
「まあ、そんなとこだ」
まず、彼は絵を間近で観察してみることにした。まず全体を俯瞰し、次に細部を見る。
「多分、絵の具の劣化の具合から言って10年は経っているものだろうな。重ね塗りしたような形跡が見られないから、補修もされてない。ただ、ほこりが付着してないのを見るに、乾燥中は相当気を使っただろうし、保存状態も虫食いが見られないから良好だ」
「ほお、なんか探偵みたいだな」
東雲が茶化してくるのを受け流し、彼はさらに絵をじっくり見る。すると、絵の中の少女の、長袖を着て露出面積が少ない腕の皮膚に、薄っすらと茶色の斑点が描かれていることに気づく。
「絵の少女は、病気だったのか」もし、そうであれば彼の感じた、この絵を描いた者の執念も納得できる。
「だとすると、多分この絵を描いたのはこの少女に限りなく近い人物かもね」
「まあ、そりゃあなあ」
そのまま、3人で考え続けても新しい発見は無かった。それどころか、脳内の思考が堂々巡りしてきた気がしてくる。やはり、灰色のコートを着ないと、自分で納得するような推理はできないらしい。彼が若干諦めの境地に入りつつあると、あまりに準備室から出てこないことを不思議に思ったのだろう。外にいた帆波が部屋に入ってきた。
「ちょっとー、みんなどうしたの……。ん? 絵?」
「そう、絵」帆波の疑問に五十嵐が答える。すると、帆波は絵の鑑定士のように「ん~」と唸りながら、絵に近づいていく。それを見た彼と五十嵐と東雲は帆波と絵から少し距離を取った。帆波はそのまましばらく絵、というよりは描かれた少女の顔をじっと見ていると、突如として「あ!」と何かを思い出したように手を叩いた。
「どした?」
「いや、この絵の中の女の子、見たことあるなーて」
「え!?」
もし、そうだとすればこの絵を準備室に置いた人物に一歩近づけるかもしれない。突然の天啓に、考えがループしていた彼は迷わず飛びつく。
「で、誰なんだ?」
彼の問いに帆波は絵の中の少女を見やりながら答えた。
「桜ノ宮涼子、私たちの1個上の先輩よ」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
深淵の迷宮
葉羽
ミステリー
東京の豪邸に住む高校2年生の神藤葉羽は、天才的な頭脳を持ちながらも、推理小説の世界に没頭する日々を送っていた。彼の心の中には、幼馴染であり、恋愛漫画の大ファンである望月彩由美への淡い想いが秘められている。しかし、ある日、葉羽は謎のメッセージを受け取る。メッセージには、彼が憧れる推理小説のような事件が待ち受けていることが示唆されていた。
葉羽と彩由美は、廃墟と化した名家を訪れることに決めるが、そこには人間の心理を巧みに操る恐怖が潜んでいた。次々と襲いかかる心理的トラップ、そして、二人の間に生まれる不穏な空気。果たして彼らは真実に辿り着くことができるのか?葉羽は、自らの推理力を駆使しながら、恐怖の迷宮から脱出することを試みる。
かれん
青木ぬかり
ミステリー
「これ……いったい何が目的なの?」
18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。
※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。
隅の麗人 Case.1 怠惰な死体
久浄 要
ミステリー
東京は丸の内。
オフィスビルの地階にひっそりと佇む、暖色系の仄かな灯りが点る静かなショットバー『Huster』(ハスター)。
事件記者の東城達也と刑事の西園寺和也は、そこで車椅子を傍らに、いつも同じ席にいる美しくも怪しげな女に出会う。
東京駅の丸の内南口のコインロッカーに遺棄された黒いキャリーバッグ。そこに入っていたのは世にも奇妙な謎の死体。
死体に呼応するかのように東京、神奈川、埼玉、千葉の民家からは男女二人の異様なバラバラ死体が次々と発見されていく。
2014年1月。
とある新興宗教団体にまつわる、一都三県に跨がった恐るべき事件の顛末を描く『怠惰な死体』。
難解にしてマニアック。名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に、個性豊かな三人の男女が挑む『隅の麗人』シリーズ第1段!
カバーイラスト 歩いちご
※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる