上 下
19 / 30
第一部 マスター、これからお世話になります

月曜日、それは終わりの曜日

しおりを挟む
 七月二十四日の月曜日。
 それは、日本の太陽暦では平日の始まりの曜日。
 そして、マスターにとって運命の日。

 藤原家玄関にて、マスターは学校に行く為に靴を履いていた。

「……それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい!」

 しっかりと靴紐を結び終わると、マスターはお婆さんに挨拶をして家を出る。
 家を出るマスターの背中を見て、私は不安になる。

 ——もしもまた、あの時のようなことが起こってしまえば……。

「霧乃ちゃん、大丈夫よ」
「え?」
「大ちゃんは、皆に虐められない」

 マスターのお婆さんは、マスターが出て行った扉を見ながら私にそう言った。

「——知ってたんですか」
「ええ。と言っても、知ったのはつい最近。知った切っ掛けは、霧乃ちゃんがおばちゃんに話し掛けてくれた時から薄々とだけど」
「私が……ですか?」

 一体、私がお婆さんに話し掛けることがどう知る切っ掛けになったのであろうか。
 私が話したのは、マスターの欠席提案に世間話くらいだ。

「あんなに出来すぎた話、流石のおばちゃんも嘘だと気付くわよ?」
「ああ……あれですか。そりゃ、嘘だって気付きますよね……?」
「まあ、気付いたのはその翌日だけどね」
「ええ!?」

 つまり、私が話した当時は全く嘘だとは思っていなかったという事!? あの嘘を本当に信じてたの!?

「お婆様」
「何?」
「くれぐれむ、詐欺には気をつけてくださいね」
「………善処するわ」

 最初の間は何だとツッコミたいところだが、ここでツッコンでしまえば話が進まない。
 だが、本当に詐欺には気をつけて欲しい。お婆さんの場合、後から考えるパターンだから。

「それより、色々頑張ってくれたんでしょ?」
「何のことですか?」
「惚けないで。知ってるのよ、霧乃ちゃんが度々知らせることも無くいなくなってたこと」

 ……………。

「何か大ちゃんの為にしてたんでしょ?」
「……さあ、どうでしょうね」
「ふふ、素直じゃないんだから」

 そう言って後に、私はサイバネットワールドに、お婆さんは家事をしに台所へ向かった。

 ……何だろ、この昔話にありそうなフレーズ。


* * * * * * * * * * * *


 ここはマスターが通う中学校。名前は知らない。

「私も知らない」
「管理者なのにですか?」
「私が知っているのは、データとしての名前だけです。三十分くらいあればお教え出来ますけど?」
「長いなら結構です」

 そんなに長い時間も聞いていたら確実に途中で寝てしまう。

 それより、管理者が言うデータとしての名前というのは長いなんてレベルを遥かに超して長い。
 ゲームのセーブデータだって、人によっては短いように見えるかもしれないがそんなことは無い。
 それまでの進行記録。その時の持ち物。その他色々のことを全て保存している。セーブデータを選ぶ時に見る名前は表示するデータであるだけで、実際の名前はもっと長い。

「来たぞ」
「——!」

 今来たのは人と言うのはマスターのことである。

 本来なら、マスターより後に到着する予定だったが、サイバネットワールドの時間の速さは人間界の六分の一。それに、移動に使う電波は秒速三十万キロなので思ったよりも遥かに早い時間に着いてしまうのだ。

「……大輝」

 マスターに声を掛けたのは、マスターにカツラをかぶせた時に爆笑していた男子生徒だ。

「……何か用?」

 マスターが冷たい態度で返す。
 そして、男子生徒は暫く黙っていたが途中で覚悟を決めた表情をし、黙っていた口を開いた。
 
「悪かった!!」
「……はい?」

 男子生徒は、勢いよく頭を下げて今出来る全力でマスターに謝った。

「こんなのじゃあ許されない事はわかっている。だけど、俺にはこれくらしか出来ない」
「…………」

 頭を下げる男子生徒を黙ってみるマスター。
 するとその時、

「ごめんなさい!!」

 教室の隅の席に座っていた女子生徒が立ち上がって、マスターの前にいる男子生徒と同じように頭を下げる。

「確かに、大輝君は女顔で可愛くて弄りたくもなる。だけど、昨日よく考えてみれば、あれじゃあただの虐めだって気付いて心が押し潰されそうになった」
「………」
「……ハハッ、私って馬鹿だよね。許してもらえないことに許してなんて……」

 それから間もなく、次々に席を立ってマスターに謝り始める。
 悪電波を倒すだけでここまでの影響が出るとは思わなかった。

「何の騒ぎだ!」

 そこに、このクラスの担任である先生が入ってきた。

 時間を見れば八時二十五分になっており、この学校で言うこの時間は朝の学活の時間だ。
 ちなみにマスターに聞いたところ、全校集会などは余程のことがない限りしないらしい。

「あ、先生」
「先生も藤原君に酷いことしてたでしょ!?」
「早く謝って!」
「は、はあ!?」

 生徒達の声を聞くと、訳の分からない事を言われたかのような表情をする。

 ——もしやあの先生、悪電波の影響じゃなくて元からマスターのことを……。

「な、何を言っているんだ。先生は藤原のことを思って……」
「それは聞き捨てならない言葉ですね」
「——!? こ、校長先生、どうしてここに!?」

 先生の背後には、何故か校長先生が謎の刑事オーラを出しながら立っていた。
 いや、貴方はコ〇ンの目〇警部か何かですか?

「それにしても、どうしてここに?」
「私が校長先生にあるパソコンにメッセージを送っておきました」
「グッジョブ管理人」

 私は管理人に向けて右手の親指を立てる。

「君達、その事は本当かな?」
「はい。先生は私達と一緒に酷いことをしてました。なのに……謝りもしないんです!」
「高橋先生、それは本当ですか?」

 あ、高橋って言うんだあの先生。

「ち、違います! 私は決してそんなことは……」
「見苦しいよ先生」

 このやり取りの中でずっと黙っていたマスターがついに口を開く。

「ずっと、先生がそんな奴なんだって知ってた。他の皆は言い訳なんてせずに謝ってくれたけど、それに対して先生はどう? 先生としての立場が危うくなるから言い訳ばかり。まるで犯行が明らかなのに言い訳して逃れようとする犯罪者みたいじゃない?」
「この餓鬼……言わせておけば……!」
「高橋先生!」
「は、はい!」

 校長先生が高橋先生を見て名前を呼ぶ。
 校長先生の表情は先程とは違い明らかに激怒していることがわかる程、怖い顔をしている。

「貴方は、生徒を何だと思っているのですか!?」
「………」
「生徒は貴方の奴隷ではありません! 一人の人間なのです! それがわかっていない以上、貴方に先生を名乗る資格はありません。このことは全て教育委員会に伝えます」
「……そ、そんなことしたら、この学校の評判はがた落ちですよ?」
「評判と生徒のどちらが大切ですか!? そんなもの、生徒の方が大切に決まっているでしょう! 学校をなんだと思っているのですか!!」
「…………チッ」

 舌打ちをした後に高橋先生は教室を出て行った。
 校長先生はそのまま教室の中に入り、マスターに話し掛ける。

「藤原君……でいいのかな?」
「はい」
「ありがとう。藤原君、この度は、本当に申し訳ないことをしてしまった。彼を許せとは言わない。彼の行為に気付かなかった私にも責任がある。だから、謝らせてくれ。本当に申し訳ない!!」

 校長先生は他の生徒と同じように頭を下げてマスターに謝る。
 それを見て他の生徒も一斉に頭を下げてもう一度謝る。

「……別に、校長先生は悪くないですよ」
「………」
「確かに、皆を許すことなんて出来ない」
「…………」
「……だけど、素直に謝ってくれたから、もう別に気にしてない」
「……許して、くれるのか?」
「許さない。けど、許さないのは前の皆。今の皆なら許せるし、今後別に気にしない」
「……よくわからないが、取り敢えず許してくれるんだな」
「まあ、そういうこと」
「ありがとう!!!」

 どうやら、この問題は無事に解決したようだ。
 だが、恐らくこの後校長先生は、マスターのお婆さんに連絡して謝るんだろうなぁ。

 校長先生は全く悪くないのに……全てあの高橋って言う先生が悪いんだ!

「それで校長先生、この後の終業式どうするんですか?」
「ああ、別に問題なく行いますよ」

 先程の校長先生からいつもの優しい校長先生に戻り終業式の話をする。

 そうか、今日は七月二十四日。月曜日って少しキリが悪い気がするけど、始まりの他に終わりの曜日でもある。

「ちょっと待って。終業式なの今日?」
「ああ、そうだが」
「あ、そう言えば藤原君って金曜日来てなかったよね。だから、知らないのかも」
「かもじゃなくて確実にそうだろ」

 確かマスターは、月曜日の授業の準備をして学校に向かった。つまり、マスターの鞄は教材でいっぱいだ。
 それなのに、マスターの机には美術で使う道具に金曜日に配られたであろうプリント類で溢れている。

 ——マスター……ご愁傷様です。

「終業式を体育館で始めますので並んだ後に前のクラスについて行ってください。私は大至急で体育館に向かわなければならないので」
「わかりました」

 そう言った後に、校長先生は猛ダッシュで体育館に向かった。
 廊下を走っては行けない、なんてルールがあったような気がするが、今は仕方が無いのかな?

「それじゃあ、並ぶか」
「そうだね」

 そして、マスター達は廊下に並び始め、前のクラスが進むとそれに続いてついて行った。

「よかったですね。彼を救えて」
「……はい!」

 管理人に返事をした後に、体育館に向かうマスターを見届けた後に私は家に戻った。

 とても嬉しかった。
 助けられて、本当によかった。

 私は感じたことの無い程の幸福感が溢れていた。






* * * * * * * * * * * *


「いやぁ、上手くいってよかった」

 ソファに座りながら下界にいる霧乃を映像で見るデネは伸びをしながら言う。

『デネ』
「ん? どうしたの?」
『例のプロジェクトはどうなった?』
「問題ないよ。このまま順調に進めば早くて半年、遅くて一年半ってところかな?」

 霧乃が映る映像とは別の映像を見ながら何者かと会話をする。

『そうか。では、引き続き頼むぞ』
「任せときなって」

 そして、デネはボタンを押して映像を切る。それと同時に何者かとの回線も切れる。

「さてと、それじゃあこっちも頑張りますか」

 デネは立ち上がって部屋から出るために扉へ向かう。

「『フリーダムプロジェクト』は絶対に成功させる」

 そう言って、デネは部屋から出て行った。


 一体、フリーダムプロジェクトとは何なのであろうか。
 そのプロジェクトの内容を霧乃が知る事になるのは、まだまだ先の話である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

処理中です...