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意識が戻ってくるにつれて、身体に違和感を覚えた。両腕が伸び切り、足は地に着いていない。
あずみは両手首を縛られ、天井からロープで吊るされていた。さらに、足元には煮えた油の入ったドラム缶が置いてある。ときどき、パチパチとはねる油が足の甲や足首に散ってきて、熱さというより痛みを感じた。
ロープで吊るされる前に服は脱がされ、下着姿になっていた。身体の痛み以上に、屈辱で頭がおかしくなりそうだった。
「……おい、てめえら」
あずみの声を聞いて、あずみの近くに座っていた生駒と常盤が立ち上がった。
「おお、目を覚ましたか」
「待ちくたびれたわ」
常盤はわざとらしくあくびをした。
あずみは身体を前後に揺らし、自分がやけどを負うことも気に留めないで、油を蹴り散らした。生駒と常盤は少し驚いたが、あっさりと油を避けた。あずみの右のつま先だけが、真っ赤になる。
「あっぶね。勇気あることするねー」
「いや、バカじゃん? 自分がダメージ食らうだけでしょ。あんまり動かないほうがいいよー。フットネイルできなくなるよー?」
「うるせえ! 私にこんなことしやがって、どうなるかわかってんだろうな!?」
あずみが怒鳴ると、常盤は感心したように拍手をした。
「おー、女子高生にしておくにはもったいないくらい、肝が据わってんね。でもさ」
常盤はあらかじめ用意していた角材を拾い上げ、あずみの太ももに向けて振りかぶった。攻撃がくるとわかっていても、痛みに耐えようとしても地面に足が着いていない以上、踏ん張ることもできない。
刹那、破裂するような痛みが左の太ももに広がった。身体ごと揺れ、自分の体重を支えている両手首がちぎれそうになる。
あずみは歯を食いしばり、悲鳴を上げなかった。
「俺たちさー、女子供にも容赦しないよ? ほら、男女平等、ジェンダーレスが流行ってる社会じゃない。暴力も公平にやらないと、嘘でしょ」
常盤は口角を上げた。黙っていれば好青年風のビジュアルと真逆の行動。あずみは、常盤の整っている顔立ちが気持ち悪く見えた。
「……殺すなら、さっさと殺せよ。趣味悪い、キモい」
「10代の女の子が、殺せなんて言わないでよ。いやだー! 死にたくなーい! って叫んだほうが可愛いよ?」
「てめえらに可愛いとか言われたらキモすぎて死ぬわ」
「そろそろ休憩時間を終わっていいかな?」
あずみと常盤の会話に割って入ったのは、波間である。あずみは波間を見るなり、もう一度油を蹴散らそうとした。だが、その前に常盤が角材を振りかぶっていた。
目を覚まして早々に両脚を潰され、あずみは身動きが取れなくなった。時折、ぱちぱちと跳ねる油の痛みを感じるだけ。
波間は穏やかな表情で、頭上に吊るされているあずみを見上げた。
「児玉あずみさん。いくつか訊きたいことがある。まず、天城家の前当主であり、天城璃星の父親・天城心児に会ったことはあるかね?」
「……そんなこと訊いてどうす……っ」
質問に答えなければ、常盤が角材を振りかぶる。このままでは、脚の骨がすべてバラバラになる。
痛みと腕のしびれで正気を失いそうである。それでも、あずみは考えた。
万が一、どうにもならなくなったら、無理やりロープから手を引き抜いてドラム缶の油の中に飛び込む。死んでもいい。組に迷惑をかけるくらいなら。
いや、璃星の足手まといにだけは絶対になりたくない。
しかし、波間たちは慈盛組のシマ内で自分を拉致したのだ。慈盛組の人間が必ず動く。璃星も、きっと、助けにきてくれる。
そのとき、自分の身体がまったく使いものにならなければ、困る。
すでに両足のダメージは大きい。これ以上殴られるのは、得策じゃない。
あずみは波間を睨みつけて、答えた。
「……璃星の父親には、会ったことないわ」
波間は「うん」とうなずいて、質問を続けた。
「天城の家には行ったことがあるかい?」
「屋敷には、入ったことがある」
「屋敷には、ということは、他に拠点があるんだね?」
「……私のマンションに、璃星はいっしょに住んでいるから」
「ずいぶんと仲良しなんだね。素晴らしい。親友とは一生の宝だ」
女子高生を吊るして拷問しておいて、国語の教科書にでも載っていそうなこと言うな! このクソじじいが!
あずみは波間に向かって唾を吐きたくなった。
だいたい、私と璃星はただの親友じゃない。
私たちは、愛し合っているんだから。
てめえらみたいな汚い男どもには、永遠に理解できないだろうけどな!
こんな状況でなければ、あずみの口撃が火を噴いていた。ともに行動する慈盛組の構成員や、半グレの仲間がいれば、一瞬で立場が逆転するのに。
……自分一人では、何の抵抗もできないなんて。
「君は、天城家の秘密を知っているかね?」
ふいに、率直な質問をされて、あずみはとまどった。
「秘密……?」
「そうだ。天城家には代々記憶を操る能力が伝わっている。記憶は、その出来事が生じた瞬間に蓄積されるもの。その瞬間に生じた感情もまた、記憶となる。
天城家は、人の心を読み、記憶を操る。その力を使って、自由平和党の政治家をはじめ政財界の大物を操ってきた」
「……何よ、私が話さなくても、知っているじゃない」
「その、力の源だよ」
「……?」
「天城の力は、血筋によるもの。本当に、それだけか?」
「……はあ?」
あずみは、波間が何を言っているのかわからなかった。
本当に、知らない。
それがわかって、波間はうなずいた。
「ここからは、やはり、天城璃星本人に訊くしかないな」
「てめえ、璃星に何をする気だ!?」
「安心していい。君は、天城璃星と交換するための人質だ。天城璃星が来れば、君は家に帰してあげるよ」
「舐めんな! 組が黙っているかよ、総攻撃だよ。もし私が死んだって、てめえらも地獄行きだ。ただで死ねると思うなよ!」
あずみの怒声を、波間は微笑みながら聞いていた。
薄暗い倉庫の中である。ずっと使われていないのか、倉庫内にあるものは少なく、どれもさび付いている。
あずみが叫んでも、倉庫内に声がこだまするだけで、誰かが来る気配はない。
そのとき、生駒がスマホを取り出し、寺尾から聞いた番号に電話をかけた。電話はすぐにつながった。
「もしもし、無事に組に戻ったのか」
生駒の人をおちょくるような言い方に、電話をとった寺尾の怒りが沸点を超えた。だが、これは交渉の電話である。寺尾の周りには、慈盛組組長・重政光秀と若頭の児玉、それに数名の幹部が控えている。
もちろん、慈盛組から連絡を受けた璃星もいる。
「……てめえ、遊保組のもんっつったな。今、どこにいる。あずみさんを傷つけちゃいねえだろうな」
「そこに、天城璃星はいるか?」
「おい、俺の質問に答え……」
スマホに向けて怒鳴ろうとした寺尾に、璃星が白い手を伸ばした。寺尾は舌打ちをしたいのをこらえて、璃星にスマホを渡した。
あずみは両手首を縛られ、天井からロープで吊るされていた。さらに、足元には煮えた油の入ったドラム缶が置いてある。ときどき、パチパチとはねる油が足の甲や足首に散ってきて、熱さというより痛みを感じた。
ロープで吊るされる前に服は脱がされ、下着姿になっていた。身体の痛み以上に、屈辱で頭がおかしくなりそうだった。
「……おい、てめえら」
あずみの声を聞いて、あずみの近くに座っていた生駒と常盤が立ち上がった。
「おお、目を覚ましたか」
「待ちくたびれたわ」
常盤はわざとらしくあくびをした。
あずみは身体を前後に揺らし、自分がやけどを負うことも気に留めないで、油を蹴り散らした。生駒と常盤は少し驚いたが、あっさりと油を避けた。あずみの右のつま先だけが、真っ赤になる。
「あっぶね。勇気あることするねー」
「いや、バカじゃん? 自分がダメージ食らうだけでしょ。あんまり動かないほうがいいよー。フットネイルできなくなるよー?」
「うるせえ! 私にこんなことしやがって、どうなるかわかってんだろうな!?」
あずみが怒鳴ると、常盤は感心したように拍手をした。
「おー、女子高生にしておくにはもったいないくらい、肝が据わってんね。でもさ」
常盤はあらかじめ用意していた角材を拾い上げ、あずみの太ももに向けて振りかぶった。攻撃がくるとわかっていても、痛みに耐えようとしても地面に足が着いていない以上、踏ん張ることもできない。
刹那、破裂するような痛みが左の太ももに広がった。身体ごと揺れ、自分の体重を支えている両手首がちぎれそうになる。
あずみは歯を食いしばり、悲鳴を上げなかった。
「俺たちさー、女子供にも容赦しないよ? ほら、男女平等、ジェンダーレスが流行ってる社会じゃない。暴力も公平にやらないと、嘘でしょ」
常盤は口角を上げた。黙っていれば好青年風のビジュアルと真逆の行動。あずみは、常盤の整っている顔立ちが気持ち悪く見えた。
「……殺すなら、さっさと殺せよ。趣味悪い、キモい」
「10代の女の子が、殺せなんて言わないでよ。いやだー! 死にたくなーい! って叫んだほうが可愛いよ?」
「てめえらに可愛いとか言われたらキモすぎて死ぬわ」
「そろそろ休憩時間を終わっていいかな?」
あずみと常盤の会話に割って入ったのは、波間である。あずみは波間を見るなり、もう一度油を蹴散らそうとした。だが、その前に常盤が角材を振りかぶっていた。
目を覚まして早々に両脚を潰され、あずみは身動きが取れなくなった。時折、ぱちぱちと跳ねる油の痛みを感じるだけ。
波間は穏やかな表情で、頭上に吊るされているあずみを見上げた。
「児玉あずみさん。いくつか訊きたいことがある。まず、天城家の前当主であり、天城璃星の父親・天城心児に会ったことはあるかね?」
「……そんなこと訊いてどうす……っ」
質問に答えなければ、常盤が角材を振りかぶる。このままでは、脚の骨がすべてバラバラになる。
痛みと腕のしびれで正気を失いそうである。それでも、あずみは考えた。
万が一、どうにもならなくなったら、無理やりロープから手を引き抜いてドラム缶の油の中に飛び込む。死んでもいい。組に迷惑をかけるくらいなら。
いや、璃星の足手まといにだけは絶対になりたくない。
しかし、波間たちは慈盛組のシマ内で自分を拉致したのだ。慈盛組の人間が必ず動く。璃星も、きっと、助けにきてくれる。
そのとき、自分の身体がまったく使いものにならなければ、困る。
すでに両足のダメージは大きい。これ以上殴られるのは、得策じゃない。
あずみは波間を睨みつけて、答えた。
「……璃星の父親には、会ったことないわ」
波間は「うん」とうなずいて、質問を続けた。
「天城の家には行ったことがあるかい?」
「屋敷には、入ったことがある」
「屋敷には、ということは、他に拠点があるんだね?」
「……私のマンションに、璃星はいっしょに住んでいるから」
「ずいぶんと仲良しなんだね。素晴らしい。親友とは一生の宝だ」
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あずみは波間に向かって唾を吐きたくなった。
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こんな状況でなければ、あずみの口撃が火を噴いていた。ともに行動する慈盛組の構成員や、半グレの仲間がいれば、一瞬で立場が逆転するのに。
……自分一人では、何の抵抗もできないなんて。
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ふいに、率直な質問をされて、あずみはとまどった。
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「……何よ、私が話さなくても、知っているじゃない」
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「……?」
「天城の力は、血筋によるもの。本当に、それだけか?」
「……はあ?」
あずみは、波間が何を言っているのかわからなかった。
本当に、知らない。
それがわかって、波間はうなずいた。
「ここからは、やはり、天城璃星本人に訊くしかないな」
「てめえ、璃星に何をする気だ!?」
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「舐めんな! 組が黙っているかよ、総攻撃だよ。もし私が死んだって、てめえらも地獄行きだ。ただで死ねると思うなよ!」
あずみの怒声を、波間は微笑みながら聞いていた。
薄暗い倉庫の中である。ずっと使われていないのか、倉庫内にあるものは少なく、どれもさび付いている。
あずみが叫んでも、倉庫内に声がこだまするだけで、誰かが来る気配はない。
そのとき、生駒がスマホを取り出し、寺尾から聞いた番号に電話をかけた。電話はすぐにつながった。
「もしもし、無事に組に戻ったのか」
生駒の人をおちょくるような言い方に、電話をとった寺尾の怒りが沸点を超えた。だが、これは交渉の電話である。寺尾の周りには、慈盛組組長・重政光秀と若頭の児玉、それに数名の幹部が控えている。
もちろん、慈盛組から連絡を受けた璃星もいる。
「……てめえ、遊保組のもんっつったな。今、どこにいる。あずみさんを傷つけちゃいねえだろうな」
「そこに、天城璃星はいるか?」
「おい、俺の質問に答え……」
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