それ、しってるよ。

eden

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「天城って、天城璃星と関係あるの?」

 千宙の問いに、未子はうなずいた。

「うん。今、紫藤先生が天城家について調べてる。天城家は、代々不思議な力を持つ家らしくて……サイコメトリーの力や、人の記憶を操作する力を持つって言われてる」

「うちのクラスの天城にも、その力があるってこと?」

「……そうなんじゃないかな、って疑ってる」

「天城は、山下さんに何かしてきたの?」

「ううん。今のところは、まだ、何も……。でも、これからどう動いてくるのか、わからない」


 千宙は少し考えてから、未子に訊ねた。


「天城が何してくるかわからないから、もう学校に来れないってこと?」

「えっ」

「話があるって、そういうことかなって」

 未子は慌てて否定した。

「ううんっ。そうじゃなくて。その、紫藤先生のこととか、今の私の状況とか、松永くんには話しておきたくて。本当は、こんなこと言ったら、松永くんを危険に巻き込みそうで、よくないことだと思ってたんだけど。でも、私は、松永くんに、知ってほしくて」

 未子は必死に説明した。事情を打ち明けたからといって、何かをしてほしいわけではない。ただ、千宙に聞いてほしかった。自分と関わるとはどういうことか、というのも知ってほしかった。


 それでもあなたは、私と関わりたいと思う?


 怖いけど、聞きたかった。


 未子が息継ぎをするタイミングで、千宙は口を開いた。

「そっか。山下さんには、いろいろな事情があるんだろうなと思ってた。俺の知らない世界で、俺が経験したことのないことをたくさん経験してきたんだろうって」

「たくさん」でまとめたら申し訳ないくらい、たくさんのこと。未子は、自分が経験してきた場面を脳内再生できる。浴びせられた言葉を、そのときの口調、息遣い、表情すべてを思い出すことができる。

 それを、千宙とすべて、共有できるわけではない。

「山下さんからしたら、俺は生ぬるい世界で生きていて、少しもわかるわけないって感じかもね。それは、簡単に話せないな」

「そんなっ……」


「ありがとう」


 千宙は未子に向かって微笑んだ。


「それでも、話してくれて。打ち明けてくれて、ありがとう」


 少しでも知ることができて、よかったよ。


 拒否されても、不思議じゃなかった。なんの文句もなかった。めんどくさい奴だなって思われても、そもそも何も信じてもらえなくても、不思議じゃなかったのに。

 こんなに優しい笑顔で、何ひとつ否定しないで、聞いてくれる人がいるなんて。私は、知らなかったよ。


 未子の目から、自然と涙がこぼれていた。

「私……、自分で、学校に行きたいって言ったの。学校には、松永くんがいるから。松永くんに会えなくなるのは、嫌だって思ったんだよ」

 未子からこんなことを言われるのは意外だったらしい。千宙はそっと、未子の頬に触れた。長い指で、未子の涙をすくう。

 外の暑さよりもずっと熱く、お互いの体温を感じる。それぞれが自分の鼓動の音を聞く。ふと、その鼓動が重なっていることに気付く。

 それはごく自然だった。千宙が顔を近づけたとき、未子は避けなかった。

 ほんの数秒間のキス。

 セミの鳴き声も、生徒の騒ぎ声も消えて、未子と千宙も心の中まで無言になった。

 どんな言葉よりも雄弁に、未子と千宙の気持ちを物語る唇。

 千宙は未子の頬に触れたまま言った。

「付き合うとか、難しいことは考えなくていいから。そばにいてほしい。守りたいから」

「……きっと、大変だよ?」

「いいよ。いっしょに経験できたら、一人で泣かなくて済むでしょ」

 未子は千宙の手を握って、

「ありがとう」

と言って微笑んだ。心からの、ありがとう、だ。


「それで、天城のことだけど」

 千宙は席に座り直して、話を戻した。

「俺たちも調べてみようか」

「えっ」

「同じクラスなんだし。なんだったら、俺一人でも探ってみる」

「う、ううん。私も、やってみる」

 未子の声には、力がこもっていた。

「璃星は、私のこと知ってるって言った。私ばっかり知られているのって嫌だし……私も、璃星のこと知りたいから」

「……そっか」

「それに、紫藤先生から少し頼まれているの。正木さんに、話を聞けないかって」

「正木?」

「うん。璃星とあずみと同じ、沼垂中出身なんだって。璃星のこと、何か知ってるかもしれない」

「沼垂中か……」

 沼垂中の悪評は、千宙も知るところである。不良の巣窟で、日常的に警察と病院にお世話になっている学校。沼垂中に知り合いはいないが、沼垂中の人間に絡まれてケガをしたことがある同級生ならいる。

「私、ずっと気になってたことがあるの」

「何?」

「正木さん、言ってたの。璃星のこと……あの子は呪われているって。どういう意味か、知りたい」

 千宙はうなずいた。

「放課後、正木さんに話を聞いてみるか」

「うん」
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