38 / 103
5-4
しおりを挟む
学祭の前夜、ネットニュースには広島県会議員の山本幸太郎の不祥事が上がっていた。未成年のパパ活の相手をしていたという。
気持ち悪! こんな県議がいるとか広島も終わってんな。辞職だ、辞職。広島の恥。とっとと辞めろ。
ネットニュースのコメント欄には批判の嵐が巻き起こり、山本幸太郎個人のブログにも辞職を要求するコメントがずらりと並んだ。『広島県議、パパ活で未成年とホテルへ』というタイトルの記事のURLは、Ⅹにおいても拡散され、『広島県議パパ活』というワードは一時話題の一位に上がった。
山本幸太郎が大バッシングにさらされる裏では、パパ活をしていたユナの顔写真やSNSも特定されていた。
学祭当日の朝、未子は将棋部の部室に向かった。
ちょっと早く来ちゃった。
学祭なんて、生まれて初めてだし。美術部や写真部の展示も気になるし、学内の漫才コンビのコントとか、バンドの演奏とか……あと、ダンスもたくさんあるんだよね。
わくわくする気持ち。もうすぐ楽しみに出会えるという期待感。
未子が将棋部の部室のドアを開けると、すでに千宙の姿があった。千宙はスマホから視線を上げて、未子に言った。
「おはよ」
「おはよ……、松永くん、早いね」
「山下さんこそ」
千宙は、眼帯はしたままだが、口元の傷テープは外していた。
小さな部室の黒板の前の机に、詰将棋の問題を印刷したプリントが置いてある。全部で7問。全問正解者に、先着順で景品を渡す予定だ。
「山下さんは、もうそれ解けるよね」
「えっ、えっと……」
未子はプリントに印刷された問題を見た。問題が進むにつれて、難易度が上がる。7問目は、初心者には厳しそうに見える。
「2四桂、同歩、2二金、同玉……」
未子は自然と呟いていた。
「2二龍、もしくは2二歩成までの十一手詰め」
できた! と思って未子が顔を上げると、千宙は柔らかく微笑んでいた。
「正解」
未子は赤くなった顔を隠すようにうつむいて、プリントをもとの山に戻した。
「山下さんて、将棋の手はすらすら言うんだよね」
「えっ、あ……」
言われてみれば、そうかもしれない。将棋の手を考えたり、棋譜を読んだりするとき、そこに感情はいらない。パズルを解いていくかのように、頭の中に湧き上がってくる手順を述べるだけ。
言ってしまえば、未子にとっては、将棋の手を考えるほうが、自分の言いたいことを言うよりもずっと簡単なのだ。
何かを言葉にすることは、誰かを傷つけてしまうかもしれないことのように思えて。そもそも自分が何かを言っていいのか、伝えていいのか、自信がなくて。人に向けて言葉を考えることが、ひどく難しくて。
いつも、つい、どもってしまう。
「本当、面白い人だな」
千宙の言葉は純粋だ。からかいの気持ちなんてない。未子はなんて答えたらいいのかわからなかった。ただ、照れくさそうに笑うだけだった。
「おはよーざいまっす!」
次に将棋部に現れたのは馬屋原だった。続けて、桑原と中尾がやってきた。
「今日の店番スケジュール! 部長、教えろください」
馬屋原に言われて、千宙は紙に書いたスケジュール表を部員たちに見せた。
「2人ずつで店番……ていうか、詰将棋しに来た人の答え合わせをしていく感じで」
スケジュールを見ると、9時から中尾と桑原、10時から桑原と馬屋原、11時から馬屋原と未子、12時から未子と千宙……といったように、ローテーションが組まれている。
「早く来たほうが景品取れる確率が高いからな。忙しくなりそうな朝一の時間帯に唯一の一年生中尾を入れるのはわかる。だが、まさか俺も朝一とは……っ」
桑原が何やらぶつぶつ言っている。
「13時からは各クラスの出し物だから、強制的に全員体育館だよな。部長だけ店番短いな……」
馬屋原が目を光らせた。しかし千宙は気にしない。
「何かあったらラインして。じゃ、最初は桑原、中尾、任せた」
「はい」
「かしこまり」
中尾は何の文句もなさそうである。桑原は敬礼のポーズを取った。
「じゃ、行こっか」
千宙に当然のように言われて、未子は少しとまどいつつも、千宙のあとに続いて部室から出て行った。
未子と千宙が部室から出て行ったあと、桑原、中尾、馬屋原の3人は一台の机を囲んでお互いの顔を見合った。
「あれはやっぱりできてるのか?」
「付き合ってるんですかね」
「馬鹿野郎、未子さんは通り魔にやられるような男なんか、好きになるかよっ」
「それは桑原、お前の願望だ」
「ちくしょうっ」
「だって、仲良いですよね、本当に」
「結局、男は顔なのか……顔面偏差値なのか!?」
「部長、模試の偏差値もえぐいぞ」
「未子先輩は、僕たちにも恥ずかしそうにしたりしますけど、部長のあの態度は……」
「本気だろうな」
「好きなんだな」
「くそっ、俺の前で青春見せつけやがって……! リア充爆ぜろ! 爆発しろ!」
悔しそうに机を叩く桑原とは対照的に、馬屋原は面白そうにニヤニヤ笑っている。
「あれで未子さん、部長のこと好きじゃなかったら、フラれる部長の姿想像したら、ヤバい、面白すぎる」
「先輩、性格最悪ですよ」
中尾はつっこみを入れながら、千宙と未子が向かい合って座っているのを思い出して、少し切ない気持ちになった。
「ま、学祭楽しもうぜ。俺も、漫研に顔出してくる」
そう言って、馬屋原は部室から出て行った。残された桑原と中尾は、自然と将棋盤を挟んで座った。
「人が来るまでやるか」
「はい」
気持ち悪! こんな県議がいるとか広島も終わってんな。辞職だ、辞職。広島の恥。とっとと辞めろ。
ネットニュースのコメント欄には批判の嵐が巻き起こり、山本幸太郎個人のブログにも辞職を要求するコメントがずらりと並んだ。『広島県議、パパ活で未成年とホテルへ』というタイトルの記事のURLは、Ⅹにおいても拡散され、『広島県議パパ活』というワードは一時話題の一位に上がった。
山本幸太郎が大バッシングにさらされる裏では、パパ活をしていたユナの顔写真やSNSも特定されていた。
学祭当日の朝、未子は将棋部の部室に向かった。
ちょっと早く来ちゃった。
学祭なんて、生まれて初めてだし。美術部や写真部の展示も気になるし、学内の漫才コンビのコントとか、バンドの演奏とか……あと、ダンスもたくさんあるんだよね。
わくわくする気持ち。もうすぐ楽しみに出会えるという期待感。
未子が将棋部の部室のドアを開けると、すでに千宙の姿があった。千宙はスマホから視線を上げて、未子に言った。
「おはよ」
「おはよ……、松永くん、早いね」
「山下さんこそ」
千宙は、眼帯はしたままだが、口元の傷テープは外していた。
小さな部室の黒板の前の机に、詰将棋の問題を印刷したプリントが置いてある。全部で7問。全問正解者に、先着順で景品を渡す予定だ。
「山下さんは、もうそれ解けるよね」
「えっ、えっと……」
未子はプリントに印刷された問題を見た。問題が進むにつれて、難易度が上がる。7問目は、初心者には厳しそうに見える。
「2四桂、同歩、2二金、同玉……」
未子は自然と呟いていた。
「2二龍、もしくは2二歩成までの十一手詰め」
できた! と思って未子が顔を上げると、千宙は柔らかく微笑んでいた。
「正解」
未子は赤くなった顔を隠すようにうつむいて、プリントをもとの山に戻した。
「山下さんて、将棋の手はすらすら言うんだよね」
「えっ、あ……」
言われてみれば、そうかもしれない。将棋の手を考えたり、棋譜を読んだりするとき、そこに感情はいらない。パズルを解いていくかのように、頭の中に湧き上がってくる手順を述べるだけ。
言ってしまえば、未子にとっては、将棋の手を考えるほうが、自分の言いたいことを言うよりもずっと簡単なのだ。
何かを言葉にすることは、誰かを傷つけてしまうかもしれないことのように思えて。そもそも自分が何かを言っていいのか、伝えていいのか、自信がなくて。人に向けて言葉を考えることが、ひどく難しくて。
いつも、つい、どもってしまう。
「本当、面白い人だな」
千宙の言葉は純粋だ。からかいの気持ちなんてない。未子はなんて答えたらいいのかわからなかった。ただ、照れくさそうに笑うだけだった。
「おはよーざいまっす!」
次に将棋部に現れたのは馬屋原だった。続けて、桑原と中尾がやってきた。
「今日の店番スケジュール! 部長、教えろください」
馬屋原に言われて、千宙は紙に書いたスケジュール表を部員たちに見せた。
「2人ずつで店番……ていうか、詰将棋しに来た人の答え合わせをしていく感じで」
スケジュールを見ると、9時から中尾と桑原、10時から桑原と馬屋原、11時から馬屋原と未子、12時から未子と千宙……といったように、ローテーションが組まれている。
「早く来たほうが景品取れる確率が高いからな。忙しくなりそうな朝一の時間帯に唯一の一年生中尾を入れるのはわかる。だが、まさか俺も朝一とは……っ」
桑原が何やらぶつぶつ言っている。
「13時からは各クラスの出し物だから、強制的に全員体育館だよな。部長だけ店番短いな……」
馬屋原が目を光らせた。しかし千宙は気にしない。
「何かあったらラインして。じゃ、最初は桑原、中尾、任せた」
「はい」
「かしこまり」
中尾は何の文句もなさそうである。桑原は敬礼のポーズを取った。
「じゃ、行こっか」
千宙に当然のように言われて、未子は少しとまどいつつも、千宙のあとに続いて部室から出て行った。
未子と千宙が部室から出て行ったあと、桑原、中尾、馬屋原の3人は一台の机を囲んでお互いの顔を見合った。
「あれはやっぱりできてるのか?」
「付き合ってるんですかね」
「馬鹿野郎、未子さんは通り魔にやられるような男なんか、好きになるかよっ」
「それは桑原、お前の願望だ」
「ちくしょうっ」
「だって、仲良いですよね、本当に」
「結局、男は顔なのか……顔面偏差値なのか!?」
「部長、模試の偏差値もえぐいぞ」
「未子先輩は、僕たちにも恥ずかしそうにしたりしますけど、部長のあの態度は……」
「本気だろうな」
「好きなんだな」
「くそっ、俺の前で青春見せつけやがって……! リア充爆ぜろ! 爆発しろ!」
悔しそうに机を叩く桑原とは対照的に、馬屋原は面白そうにニヤニヤ笑っている。
「あれで未子さん、部長のこと好きじゃなかったら、フラれる部長の姿想像したら、ヤバい、面白すぎる」
「先輩、性格最悪ですよ」
中尾はつっこみを入れながら、千宙と未子が向かい合って座っているのを思い出して、少し切ない気持ちになった。
「ま、学祭楽しもうぜ。俺も、漫研に顔出してくる」
そう言って、馬屋原は部室から出て行った。残された桑原と中尾は、自然と将棋盤を挟んで座った。
「人が来るまでやるか」
「はい」
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
花の檻
蒼琉璃
ホラー
東京で連続して起きる、通称『連続種死殺人事件』は人々を恐怖のどん底に落としていた。
それが明るみになったのは、桜井鳴海の死が白昼堂々渋谷のスクランブル交差点で公開処刑されたからだ。
唯一の身内を、心身とも殺された高階葵(たかしなあおい)による、異能復讐物語。
刑事鬼頭と犯罪心理学者佐伯との攻防の末にある、葵の未来とは………。
Illustrator がんそん様 Suico様
※ホラーミステリー大賞作品。
※グロテスク・スプラッター要素あり。
※シリアス。
※ホラーミステリー。
※犯罪描写などがありますが、それらは悪として書いています。
【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—
至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。
降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。
歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。
だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。
降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。
伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。
そして、全ての始まりの町。
男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。
運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。
これは、四つの悲劇。
【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。
【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】
「――霧夏邸って知ってる?」
事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。
霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。
【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】
「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」
眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。
その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。
【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】
「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」
七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。
少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。
【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
「……ようやく、時が来た」
伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。
その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。
伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。
JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。
尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。
完全フィクション作品です。
実在する個人・団体等とは一切関係ありません。
あらすじ
趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。
そして、その建物について探り始める。
あぁそうさ下らねぇ文章で何が小説だ的なダラダラした展開が
要所要所の事件の連続で主人公は性格が変わって行くわ
だんだーん強くうぅううー・・・大変なことになりすすぅーあうあうっうー
めちゃくちゃなラストに向かって、是非よんでくだせぇ・・・・え、あうあう
読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。
もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。
大変励みになります。
ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる