それ、しってるよ。

eden

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 学祭の前夜、ネットニュースには広島県会議員の山本幸太郎の不祥事が上がっていた。未成年のパパ活の相手をしていたという。


 気持ち悪! こんな県議がいるとか広島も終わってんな。辞職だ、辞職。広島の恥。とっとと辞めろ。


 ネットニュースのコメント欄には批判の嵐が巻き起こり、山本幸太郎個人のブログにも辞職を要求するコメントがずらりと並んだ。『広島県議、パパ活で未成年とホテルへ』というタイトルの記事のURLは、Ⅹにおいても拡散され、『広島県議パパ活』というワードは一時話題の一位に上がった。

 山本幸太郎が大バッシングにさらされる裏では、パパ活をしていたユナの顔写真やSNSも特定されていた。



 学祭当日の朝、未子は将棋部の部室に向かった。

 ちょっと早く来ちゃった。

 学祭なんて、生まれて初めてだし。美術部や写真部の展示も気になるし、学内の漫才コンビのコントとか、バンドの演奏とか……あと、ダンスもたくさんあるんだよね。

 わくわくする気持ち。もうすぐ楽しみに出会えるという期待感。

 未子が将棋部の部室のドアを開けると、すでに千宙の姿があった。千宙はスマホから視線を上げて、未子に言った。

「おはよ」

「おはよ……、松永くん、早いね」

「山下さんこそ」

 千宙は、眼帯はしたままだが、口元の傷テープは外していた。

 小さな部室の黒板の前の机に、詰将棋の問題を印刷したプリントが置いてある。全部で7問。全問正解者に、先着順で景品を渡す予定だ。

「山下さんは、もうそれ解けるよね」

「えっ、えっと……」

 未子はプリントに印刷された問題を見た。問題が進むにつれて、難易度が上がる。7問目は、初心者には厳しそうに見える。

「2四桂、同歩、2二金、同玉……」

 未子は自然と呟いていた。

「2二龍、もしくは2二歩成までの十一手詰め」

 できた! と思って未子が顔を上げると、千宙は柔らかく微笑んでいた。

「正解」

 未子は赤くなった顔を隠すようにうつむいて、プリントをもとの山に戻した。

「山下さんて、将棋の手はすらすら言うんだよね」

「えっ、あ……」

 言われてみれば、そうかもしれない。将棋の手を考えたり、棋譜を読んだりするとき、そこに感情はいらない。パズルを解いていくかのように、頭の中に湧き上がってくる手順を述べるだけ。

 言ってしまえば、未子にとっては、将棋の手を考えるほうが、自分の言いたいことを言うよりもずっと簡単なのだ。

 何かを言葉にすることは、誰かを傷つけてしまうかもしれないことのように思えて。そもそも自分が何かを言っていいのか、伝えていいのか、自信がなくて。人に向けて言葉を考えることが、ひどく難しくて。

 いつも、つい、どもってしまう。

「本当、面白い人だな」

 千宙の言葉は純粋だ。からかいの気持ちなんてない。未子はなんて答えたらいいのかわからなかった。ただ、照れくさそうに笑うだけだった。

「おはよーざいまっす!」

 次に将棋部に現れたのは馬屋原だった。続けて、桑原と中尾がやってきた。

「今日の店番スケジュール! 部長、教えろください」

 馬屋原に言われて、千宙は紙に書いたスケジュール表を部員たちに見せた。

「2人ずつで店番……ていうか、詰将棋しに来た人の答え合わせをしていく感じで」

 スケジュールを見ると、9時から中尾と桑原、10時から桑原と馬屋原、11時から馬屋原と未子、12時から未子と千宙……といったように、ローテーションが組まれている。

「早く来たほうが景品取れる確率が高いからな。忙しくなりそうな朝一の時間帯に唯一の一年生中尾を入れるのはわかる。だが、まさか俺も朝一とは……っ」

 桑原が何やらぶつぶつ言っている。

「13時からは各クラスの出し物だから、強制的に全員体育館だよな。部長だけ店番短いな……」

 馬屋原が目を光らせた。しかし千宙は気にしない。

「何かあったらラインして。じゃ、最初は桑原、中尾、任せた」

「はい」

「かしこまり」

 中尾は何の文句もなさそうである。桑原は敬礼のポーズを取った。

「じゃ、行こっか」

 千宙に当然のように言われて、未子は少しとまどいつつも、千宙のあとに続いて部室から出て行った。


 未子と千宙が部室から出て行ったあと、桑原、中尾、馬屋原の3人は一台の机を囲んでお互いの顔を見合った。

「あれはやっぱりできてるのか?」

「付き合ってるんですかね」

「馬鹿野郎、未子さんは通り魔にやられるような男なんか、好きになるかよっ」

「それは桑原、お前の願望だ」

「ちくしょうっ」

「だって、仲良いですよね、本当に」

「結局、男は顔なのか……顔面偏差値なのか!?」

「部長、模試の偏差値もえぐいぞ」

「未子先輩は、僕たちにも恥ずかしそうにしたりしますけど、部長のあの態度は……」

「本気だろうな」

「好きなんだな」

「くそっ、俺の前で青春見せつけやがって……! リア充ぜろ! 爆発しろ!」

 悔しそうに机を叩く桑原とは対照的に、馬屋原は面白そうにニヤニヤ笑っている。

「あれで未子さん、部長のこと好きじゃなかったら、フラれる部長の姿想像したら、ヤバい、面白すぎる」

「先輩、性格最悪ですよ」

 中尾はつっこみを入れながら、千宙と未子が向かい合って座っているのを思い出して、少し切ない気持ちになった。

「ま、学祭楽しもうぜ。俺も、漫研に顔出してくる」

 そう言って、馬屋原は部室から出て行った。残された桑原と中尾は、自然と将棋盤を挟んで座った。

「人が来るまでやるか」

「はい」
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