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昨夜、フィアレスから逃げ出した後、奈央とはぐれた。アリスはまっすぐ家に帰って自分の部屋に入り、スマホを確認した。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。松永くんまでクラブに来るなんて。山下を助けに来るなんて。
山下マジでムカつく。なんなの、あいつは。松永くんに、絶対悪く思われたじゃん。ユナが連れて来た不良、松永くんに絡んでいったし。絶対、ただじゃ済まない。
でも、松永くんだって悪いんだ。山下なんかを庇うから。自分からあんな場所に突っ込んでいったんじゃん。私は悪くない。全部、自業自得だよ。
とにかく、山下さえ消せればいいんだ。あいつが学校に来なくなればいいんだ。ユナ、どうなったんだろう。
『ユナ、どうなった?』
ラインでメッセージを送る。なかなか既読がつかない。スマホで他のSNSを見たり、動画を見たりしながら、ユナからの返事を待つ。
だが、いっこうに返事が返ってこない。
「……どうして?」
ふと、アリスは、奈央のことを思い出した。クラブまでついてきておきながら、青い顔をして、スマホを握るだけだった奈央のことを。
『奈央、帰ってる?』
ラインのメッセージに、既読がつかない。時刻は23時30分。とっくに家に帰っているのではないのか。もう寝てしまったのか。
「すぐ既読つけろよっ、どいつもこいつも!」
即レスしろよ、こんなときだっていうのに! アリスは枕を壁に投げた。少し埃が舞った。枕を投げたくらいではいら立ちは収まらず、アリスは頭を掻きむしった。
親指の爪を噛みながら、もう一度スマホを見る。奈央へのメッセージには何の反応もない。アリスへ送ったメッセージを見たとき、ようやく既読がついた。
「……っ」
やっと返事が来る。そう思ったとき、メッセージではなく、電話の着信画面に切り替わった。ユナから発信されている。
「……電話……?」
アリスは不思議に思いながら、電話に出た。
「……はい?」
「お前が、ユナと同じ中学だったアリスって奴か? 今日、フィアレスに来てた」
野太い男の声が聞こえて来た。ユナの声ではない。どこかで聞き覚えがある。
アリスはハッとした。今日、山下を拉致った坊主頭の男の声だ。たしか、アツヤっていった……。
「あの後、ユナがおかしくなっちまったんだよ。お前、どんな面倒ごとにユナを巻き込んだんだ?」
「え……?」
「とぼけてんじゃねえよ! ユナ、何にも覚えてねえんだよ。今日のことも、俺のことも、今までのことも、突然、全部忘れちまった。ユナが言ってたオヤジも何もしらねえって言うし、あとはお前らだろ」
「お前らって……」
「奈央って女はここにいる」
ここにいる……?
アリスはスマホの画面が明るくなったのに気が付いて、スマホを耳から離した。相手の男が、ビデオ通話に切り替えている。薄暗い部屋の中に、クラブで見なかった男が2人。それに、今、電話をかけてきている坊主頭の男。どこか、使われていないビルの一室のように見える。
灰色の床に、薄汚れた制服を着た奈央が転がっていた。
「な、奈央……!?」
一瞬、奈央だと認めたくなかった。頬は紫色に腫れあがり、鼻と唇の端から血が流れている。何より、背中まで伸びていたはずの奈央の髪が、バラバラに切り落とされていた。
「お前もこうなりたくないなら、正直に言えよ。ユナに何をした」
アリスは青ざめて、必死にわめいた。
「知らない! 本当に、何も知らないの。ユナが、山下を探してるっていうから……っ。あいつが生意気だから、ちょっと痛い目見せてやろうと思って……それだけだよ! ユナには何もしていない」
「……山下、って、本当に、ユナが探していたミコなのか?」
「え……」
「間違ってました、じゃ済まされねえぞ」
アリスのスマホを持つ手が震えている。
「今日のこと、誰にも言うんじゃねえぞ。てめえもな」
坊主頭の男は、泣いている奈央の身体を蹴った。そこで、電話は切れた。
アリスはしばらくスマホを見つめたまま動けなくなった。スマホの画面には、ユナに送ったメッセージと、通話記録が表示されている。
「あ……あああ……」
いったい、どうなってるの。ユナがおかしくなった? 知らない。そんなこと。結局、山下はどうなった? 神おじは? 山下を消してくれるんじゃなかったの?
「なんなのよ、いったい……」
それからアリスは一睡もできずに朝を迎えた。
皮脂と涙でボロボロになった顔を洗って、メイクし直す。アイラインを引いても、涙袋を作っても、いつもとは違う顔になる。リップを塗っても、テンションが上がらない。
学校に行き、2年4組の教室に入って未子の姿を見たとき、怒りで全身に鳥肌が立った。同時に、傷だらけの千宙を見て、いたたまれなくなった。
奈央も結理菜も春菜も心も学校に来ていない。
……そうだ、山下だ。
山下に関わったら、春菜は事故に遭って、結理菜と心はエロ動画が流出して、奈央はボコボコにされた。
ユナも、おかしくなったっていう。
じゃあ、次は私? 私に何か起こるっていうの?
山下なんかに何ができるっていうの。あんな、ガリガリの陰キャに。
みんな、たまたまだよ。たまたま、不運が重なっただけ。そう、偶然。私には何も起こらない。だって、私、あいつらとは違うし。
帰り際に、アリスはクラスメイトの池田花梨に声をかけられた。
「アリスちゃん、明日の学祭の動画って、もう出した?」
……学祭。
すっかり忘れていた。学祭で披露する動画は、一週間前に放送部のパソコン宛に送信していたはず。放送部の人から何か言われてもいないから、届いているだろう。
「うん、大丈夫だよ」
アリスが言うと、花梨は歯を見せて笑った。
「ありがと~! アリスちゃんたち、頑張って撮影してくれてたもんね。楽しみにしてるね」
教室から出て行く花梨を見送って、アリスはため息をついた。本当は、ここ最近撮影していた未子の動画を編集して、学祭で流してやろうと思っていた。未子の情けない姿を、体育館のステージのビッグスクリーンに映し出してやる。
……でも、もう、編集する気になれない。
予定通り、かくれんぼをテーマにした動画を上映する。学校や街中のいろんなところに隠れたクラスメイトを見つけるだけの動画を。ただ、クラスメイトが見つかった! って驚いたリアクションをして、変顔をしたり一言コメントを言ったりするだけの話。
……そういえば、奈央たちはどんなリアクションしてたっけ。もう忘れちゃった。
昨日一睡もしていないため、頭が熱い。身体もだるい。アリスは早く帰って眠ることにした。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。松永くんまでクラブに来るなんて。山下を助けに来るなんて。
山下マジでムカつく。なんなの、あいつは。松永くんに、絶対悪く思われたじゃん。ユナが連れて来た不良、松永くんに絡んでいったし。絶対、ただじゃ済まない。
でも、松永くんだって悪いんだ。山下なんかを庇うから。自分からあんな場所に突っ込んでいったんじゃん。私は悪くない。全部、自業自得だよ。
とにかく、山下さえ消せればいいんだ。あいつが学校に来なくなればいいんだ。ユナ、どうなったんだろう。
『ユナ、どうなった?』
ラインでメッセージを送る。なかなか既読がつかない。スマホで他のSNSを見たり、動画を見たりしながら、ユナからの返事を待つ。
だが、いっこうに返事が返ってこない。
「……どうして?」
ふと、アリスは、奈央のことを思い出した。クラブまでついてきておきながら、青い顔をして、スマホを握るだけだった奈央のことを。
『奈央、帰ってる?』
ラインのメッセージに、既読がつかない。時刻は23時30分。とっくに家に帰っているのではないのか。もう寝てしまったのか。
「すぐ既読つけろよっ、どいつもこいつも!」
即レスしろよ、こんなときだっていうのに! アリスは枕を壁に投げた。少し埃が舞った。枕を投げたくらいではいら立ちは収まらず、アリスは頭を掻きむしった。
親指の爪を噛みながら、もう一度スマホを見る。奈央へのメッセージには何の反応もない。アリスへ送ったメッセージを見たとき、ようやく既読がついた。
「……っ」
やっと返事が来る。そう思ったとき、メッセージではなく、電話の着信画面に切り替わった。ユナから発信されている。
「……電話……?」
アリスは不思議に思いながら、電話に出た。
「……はい?」
「お前が、ユナと同じ中学だったアリスって奴か? 今日、フィアレスに来てた」
野太い男の声が聞こえて来た。ユナの声ではない。どこかで聞き覚えがある。
アリスはハッとした。今日、山下を拉致った坊主頭の男の声だ。たしか、アツヤっていった……。
「あの後、ユナがおかしくなっちまったんだよ。お前、どんな面倒ごとにユナを巻き込んだんだ?」
「え……?」
「とぼけてんじゃねえよ! ユナ、何にも覚えてねえんだよ。今日のことも、俺のことも、今までのことも、突然、全部忘れちまった。ユナが言ってたオヤジも何もしらねえって言うし、あとはお前らだろ」
「お前らって……」
「奈央って女はここにいる」
ここにいる……?
アリスはスマホの画面が明るくなったのに気が付いて、スマホを耳から離した。相手の男が、ビデオ通話に切り替えている。薄暗い部屋の中に、クラブで見なかった男が2人。それに、今、電話をかけてきている坊主頭の男。どこか、使われていないビルの一室のように見える。
灰色の床に、薄汚れた制服を着た奈央が転がっていた。
「な、奈央……!?」
一瞬、奈央だと認めたくなかった。頬は紫色に腫れあがり、鼻と唇の端から血が流れている。何より、背中まで伸びていたはずの奈央の髪が、バラバラに切り落とされていた。
「お前もこうなりたくないなら、正直に言えよ。ユナに何をした」
アリスは青ざめて、必死にわめいた。
「知らない! 本当に、何も知らないの。ユナが、山下を探してるっていうから……っ。あいつが生意気だから、ちょっと痛い目見せてやろうと思って……それだけだよ! ユナには何もしていない」
「……山下、って、本当に、ユナが探していたミコなのか?」
「え……」
「間違ってました、じゃ済まされねえぞ」
アリスのスマホを持つ手が震えている。
「今日のこと、誰にも言うんじゃねえぞ。てめえもな」
坊主頭の男は、泣いている奈央の身体を蹴った。そこで、電話は切れた。
アリスはしばらくスマホを見つめたまま動けなくなった。スマホの画面には、ユナに送ったメッセージと、通話記録が表示されている。
「あ……あああ……」
いったい、どうなってるの。ユナがおかしくなった? 知らない。そんなこと。結局、山下はどうなった? 神おじは? 山下を消してくれるんじゃなかったの?
「なんなのよ、いったい……」
それからアリスは一睡もできずに朝を迎えた。
皮脂と涙でボロボロになった顔を洗って、メイクし直す。アイラインを引いても、涙袋を作っても、いつもとは違う顔になる。リップを塗っても、テンションが上がらない。
学校に行き、2年4組の教室に入って未子の姿を見たとき、怒りで全身に鳥肌が立った。同時に、傷だらけの千宙を見て、いたたまれなくなった。
奈央も結理菜も春菜も心も学校に来ていない。
……そうだ、山下だ。
山下に関わったら、春菜は事故に遭って、結理菜と心はエロ動画が流出して、奈央はボコボコにされた。
ユナも、おかしくなったっていう。
じゃあ、次は私? 私に何か起こるっていうの?
山下なんかに何ができるっていうの。あんな、ガリガリの陰キャに。
みんな、たまたまだよ。たまたま、不運が重なっただけ。そう、偶然。私には何も起こらない。だって、私、あいつらとは違うし。
帰り際に、アリスはクラスメイトの池田花梨に声をかけられた。
「アリスちゃん、明日の学祭の動画って、もう出した?」
……学祭。
すっかり忘れていた。学祭で披露する動画は、一週間前に放送部のパソコン宛に送信していたはず。放送部の人から何か言われてもいないから、届いているだろう。
「うん、大丈夫だよ」
アリスが言うと、花梨は歯を見せて笑った。
「ありがと~! アリスちゃんたち、頑張って撮影してくれてたもんね。楽しみにしてるね」
教室から出て行く花梨を見送って、アリスはため息をついた。本当は、ここ最近撮影していた未子の動画を編集して、学祭で流してやろうと思っていた。未子の情けない姿を、体育館のステージのビッグスクリーンに映し出してやる。
……でも、もう、編集する気になれない。
予定通り、かくれんぼをテーマにした動画を上映する。学校や街中のいろんなところに隠れたクラスメイトを見つけるだけの動画を。ただ、クラスメイトが見つかった! って驚いたリアクションをして、変顔をしたり一言コメントを言ったりするだけの話。
……そういえば、奈央たちはどんなリアクションしてたっけ。もう忘れちゃった。
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