それ、しってるよ。

eden

文字の大きさ
上 下
37 / 103

5-3

しおりを挟む
 昨夜、フィアレスから逃げ出した後、奈央とはぐれた。アリスはまっすぐ家に帰って自分の部屋に入り、スマホを確認した。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。松永くんまでクラブに来るなんて。山下を助けに来るなんて。

 山下マジでムカつく。なんなの、あいつは。松永くんに、絶対悪く思われたじゃん。ユナが連れて来た不良、松永くんに絡んでいったし。絶対、ただじゃ済まない。

 でも、松永くんだって悪いんだ。山下なんかを庇うから。自分からあんな場所に突っ込んでいったんじゃん。私は悪くない。全部、自業自得だよ。

 とにかく、山下さえ消せればいいんだ。あいつが学校に来なくなればいいんだ。ユナ、どうなったんだろう。

『ユナ、どうなった?』

 ラインでメッセージを送る。なかなか既読がつかない。スマホで他のSNSを見たり、動画を見たりしながら、ユナからの返事を待つ。

 だが、いっこうに返事が返ってこない。

「……どうして?」

 ふと、アリスは、奈央のことを思い出した。クラブまでついてきておきながら、青い顔をして、スマホを握るだけだった奈央のことを。

『奈央、帰ってる?』

 ラインのメッセージに、既読がつかない。時刻は23時30分。とっくに家に帰っているのではないのか。もう寝てしまったのか。

「すぐ既読つけろよっ、どいつもこいつも!」

 即レスしろよ、こんなときだっていうのに! アリスは枕を壁に投げた。少し埃が舞った。枕を投げたくらいではいら立ちは収まらず、アリスは頭を掻きむしった。

 親指の爪を噛みながら、もう一度スマホを見る。奈央へのメッセージには何の反応もない。アリスへ送ったメッセージを見たとき、ようやく既読がついた。

「……っ」

 やっと返事が来る。そう思ったとき、メッセージではなく、電話の着信画面に切り替わった。ユナから発信されている。

「……電話……?」

 アリスは不思議に思いながら、電話に出た。

「……はい?」

「お前が、ユナと同じ中学だったアリスって奴か? 今日、フィアレスに来てた」

 野太い男の声が聞こえて来た。ユナの声ではない。どこかで聞き覚えがある。

 アリスはハッとした。今日、山下を拉致った坊主頭の男の声だ。たしか、アツヤっていった……。

「あの後、ユナがおかしくなっちまったんだよ。お前、どんな面倒ごとにユナを巻き込んだんだ?」

「え……?」

「とぼけてんじゃねえよ! ユナ、何にも覚えてねえんだよ。今日のことも、俺のことも、今までのことも、突然、全部忘れちまった。ユナが言ってたオヤジも何もしらねえって言うし、あとはお前らだろ」

「お前らって……」

「奈央って女はここにいる」

 ここにいる……?

 アリスはスマホの画面が明るくなったのに気が付いて、スマホを耳から離した。相手の男が、ビデオ通話に切り替えている。薄暗い部屋の中に、クラブで見なかった男が2人。それに、今、電話をかけてきている坊主頭の男。どこか、使われていないビルの一室のように見える。

 灰色の床に、薄汚れた制服を着た奈央が転がっていた。

「な、奈央……!?」

 一瞬、奈央だと認めたくなかった。頬は紫色に腫れあがり、鼻と唇の端から血が流れている。何より、背中まで伸びていたはずの奈央の髪が、バラバラに切り落とされていた。

「お前もこうなりたくないなら、正直に言えよ。ユナに何をした」

 アリスは青ざめて、必死にわめいた。

「知らない! 本当に、何も知らないの。ユナが、山下を探してるっていうから……っ。あいつが生意気だから、ちょっと痛い目見せてやろうと思って……それだけだよ! ユナには何もしていない」

「……山下、って、本当に、ユナが探していたミコなのか?」

「え……」

「間違ってました、じゃ済まされねえぞ」

 アリスのスマホを持つ手が震えている。

「今日のこと、誰にも言うんじゃねえぞ。てめえもな」

 坊主頭の男は、泣いている奈央の身体を蹴った。そこで、電話は切れた。

 アリスはしばらくスマホを見つめたまま動けなくなった。スマホの画面には、ユナに送ったメッセージと、通話記録が表示されている。

「あ……あああ……」

 いったい、どうなってるの。ユナがおかしくなった? 知らない。そんなこと。結局、山下はどうなった? 神おじは? 山下を消してくれるんじゃなかったの?

「なんなのよ、いったい……」

 それからアリスは一睡もできずに朝を迎えた。

 皮脂と涙でボロボロになった顔を洗って、メイクし直す。アイラインを引いても、涙袋を作っても、いつもとは違う顔になる。リップを塗っても、テンションが上がらない。

 学校に行き、2年4組の教室に入って未子の姿を見たとき、怒りで全身に鳥肌が立った。同時に、傷だらけの千宙を見て、いたたまれなくなった。

 奈央も結理菜も春菜も心も学校に来ていない。


 ……そうだ、山下だ。


 山下に関わったら、春菜は事故に遭って、結理菜と心はエロ動画が流出して、奈央はボコボコにされた。

 ユナも、おかしくなったっていう。


 じゃあ、次は私? 私に何か起こるっていうの?


 山下なんかに何ができるっていうの。あんな、ガリガリの陰キャに。

 みんな、たまたまだよ。たまたま、不運が重なっただけ。そう、偶然。私には何も起こらない。だって、私、あいつらとは違うし。


 帰り際に、アリスはクラスメイトの池田花梨いけだかりんに声をかけられた。

「アリスちゃん、明日の学祭の動画って、もう出した?」


 ……学祭。

 すっかり忘れていた。学祭で披露する動画は、一週間前に放送部のパソコン宛に送信していたはず。放送部の人から何か言われてもいないから、届いているだろう。

「うん、大丈夫だよ」

 アリスが言うと、花梨は歯を見せて笑った。

「ありがと~! アリスちゃんたち、頑張って撮影してくれてたもんね。楽しみにしてるね」

 教室から出て行く花梨を見送って、アリスはため息をついた。本当は、ここ最近撮影していた未子の動画を編集して、学祭で流してやろうと思っていた。未子の情けない姿を、体育館のステージのビッグスクリーンに映し出してやる。


 ……でも、もう、編集する気になれない。


 予定通り、かくれんぼをテーマにした動画を上映する。学校や街中のいろんなところに隠れたクラスメイトを見つけるだけの動画を。ただ、クラスメイトが見つかった! って驚いたリアクションをして、変顔をしたり一言コメントを言ったりするだけの話。

 ……そういえば、奈央たちはどんなリアクションしてたっけ。もう忘れちゃった。

 昨日一睡もしていないため、頭が熱い。身体もだるい。アリスは早く帰って眠ることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 あらすじ 趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。 そして、その建物について探り始める。 怪異と共にその物件は関係者を追ってくる。 物件は周囲の人間たちを巻き込み始め 街を揺らし、やがて大きな事件に発展していく・・・ 事態を解決すべく「祭師」の一族が怨霊悪魔と対決することになる。 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・投票・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

わたしの百物語

薊野ざわり
ホラー
「わたし」は、老人ホームにいる祖母から、不思議な話を聞き出して、録音することに熱中していた。  それだけでは足りずに、ツテをたどって知り合った人たちから、話を集めるまでになった。  不思議な話、気持ち悪い話、嫌な話。どこか置き場所に困るようなお話たち。  これは、そんなわたしが集めた、コレクションの一部である。 ※よそサイトの企画向けに執筆しました。タイトルのまま、百物語です。ホラー度・残酷度は低め。お気に入りのお話を見付けていただけたら嬉しいです。 小説家になろうにも掲載しています。

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)

夜煌蟲伝染圧

クナリ
ホラー
 現代。  人間が触れると、強烈な自殺願望を発症して死んでしまうという謎の発光体『夜煌蟲』に脅かされながらも、人々はおおむね平穏な生活を送っていた。  高校一年生の時森エリヤは、第四文芸部に所属している。  家には居場所が無く、人付き合いも極端に下手なエリヤだったが、おせっかいな部員とともにそれなりに高校生活になじみ始めていた。  いつも通りに過ぎて行くはずだったある日、夜まで部室棟に残っていた第四文芸部のメンバーは、日が暮れた校庭に奇妙なものを見つける。  少量でも人間を死に追いやる夜煌蟲の、それは、かつてないほど巨大な塊だった。  慌てて学校から脱出しようとするエリヤ達だったが、それを阻むように、脳も思考も持たないはずの夜煌蟲が次々に襲い掛かって来る。  明らかになって行く、部員達の過去。  夜煌蟲がもたらす、死の衝動の理由。  それぞれの選択、それぞれの生死。  生き残るべき者と、そうでない者。  己の生命に価値など感じたことの無いはずの、時森エリヤの意志と、選び取った結末。  少年と少女が、求めたものの物語。 

閲覧禁止

ホラー
”それ”を送られたら終わり。 呪われたそれにより次々と人間が殺されていく。それは何なのか、何のために――。 村木は知り合いの女子高生である相園が殺されたことから事件に巻き込まれる。彼女はある写真を送られたことで殺されたらしい。その事件を皮切りに、次々と写真を送られた人間が殺されることとなる。二人目の現場で写真を託された村木は、事件を解決することを決意する。

カーネーション

坂田火魯志
ホラー
 漫画家水守青蔵の部屋のベランダに赤いカーネーションが落ちていた。それは確か都市伝説の。都市伝説ものです。

禁忌

habatake
ホラー
神社で掃除をしていた神主が、学校帰りの少年に不思議な出来事を語る

トゥルルルル……!

羽黒
ホラー
拾った携帯は、100件を超す電話履歴が残されていた! 保存された36件の留守番電話のメッセージは、 自分へ宛てたSOSだった――!? 携帯を拾っただけなのに。 日常の平穏を襲う、全く新しいミステリーホラー! あなたは、これを読んだ後でも携帯電話を拾えますか? ※この小説は多重投稿になります。

処理中です...