それ、しってるよ。

eden

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 定期テスト最終日、帰りのホームルームで数学ⅡBのテストが返却された。

 あずみは璃星のテストを覗き込み、点数を確かめた。

「さっすが璃星! また100点だね」

 あずみが嬉しそうに言う。璃星は冷静な表情で、「ありがとう」と言った。

「で、松永くんは~?」

 席に座ってテストを折りたたんでいる千宙からテストを取り上げ、あずみは眉をしかめた。

「こっちも100点。本当、おかしい」

 千宙は無言であずみからテストを取り上げ、再び折りたたんだ。

「最後の問題、京大の過去問だったんだって。しかも1996年の。私たち生まれてないし。そんな昔の問題出して、先生もどうしたいんだろ。意味あんの? って感じ。ね、みーこ」

 いきなり話を振られて、未子は「えっ」と顔をあげた。

 あずみはツインテールの毛先を揺らして、未子の手元にあるテストを取り上げた。

「転校生のみーこちゃんは、何点くらい取ったのかなあ~? って、え!?」


 あずみが大声をあげた。クラス中の視線があずみに向かう。


「100点!?」


 その声に、クラス中から「え?」「は?」「ええ……?」などと、困惑の声があがる。そこらかしこでざわめく声。

 あの転校生が100点? うそでしょ。ま? 特別組に入るくらいだから……。え、でも、いきなり100点って。特別組の問題って、全部難問なのに。また順位下がる。ヤバい奴来た。

 陰キャだもん、勉強くらいしかできなさそうだし。


 未子は耳を塞ぎたくなった。耳を塞いでも心の声は流れてくる。

 この子が璃星と松永くんレベル? 全っ然見えない!

 あずみの心の声に、未子は小さくつぶやいた。

「ご、ごめんなさい……」

「え、なんで謝るの?」

 あずみは未子の顔を覗き込んだ。

「えっ、だ、だって、私なんかがこんな点数取って、お、おかしいかなって……」

 言い訳をすればするほど、クラスメイトたちの視線が冷たくなっていく。

 あいつうぜー。自分より点数下の人のこと、どう思ってんだろ。

 未子は口をつぐんだ。何かを言えば言うほど、状況が悪くなる。周囲の人たちを不快にさせる。クラスメイトたちのマイナスの感情が強くなればなるほど、また、息苦しくなる。


「未子」


 未子の背中から、璃星の声が聞こえた。


 それは、避けられなかった。

 璃星が未子の後ろから両腕を伸ばし、未子を抱きしめた。

「すごいね」

 未子のつまさきから、両指の先から、鳥肌が全身に広がっていく。

 ただでさえ人に触れられるのが苦手なのに。有刺鉄線で全身をぐるぐる巻きにされたみたい。

 冷たい。痛い。怖い。苦しい。

「あ……」

 未子がおそるおそる璃星の顔を見上げようとしたとき、璃星による拘束が解けた。

 璃星は切れ長の目を細めて微笑んでいる。

「頑張って勉強したんだね。ボクのノート、役に立ったかな」

「あ……は、はい……」

「すごいね。全部覚えたんだ」

 未子はぎょっとして璃星を見つめた。

「瞬間記憶能力……カメラアイともいう。知ってるよ」

 思わず璃星の心の中を読もうとした。


 見えない。

 この子のなか、真っ暗で、見えない。

 闇が広がっているだけ。何も見えない、何も聞こえない。


 怖い。


 未子が呆然としていると、あずみが無邪気な声で璃星に話しかけた。

「璃星、カメラアイって?」

「見た瞬間に記憶する能力。未子にはそれがあるんだよ。ボクとあずみが用意したコピー、全部覚えてる」

「えっ、そうなの!?」

「でないと、この点数は取れない」

 璃星の声には、悪意が感じられない。心の声も、何も伝わってこない。

 でも、どうして? テストで100点を取ったからって、瞬間記憶能力ってことまで推測できるの?


 知ってるよ。


 ううん、璃星は断定してきた。確信しているみたいだ。

 なんでわかるの?


 生まれて初めて、まったくわからない人間に出会った。相手は自分のことを知ったふうに言うのに。

 未子は言葉を失っている。

「へえ~、みーこって記憶力良いんだ! そうだよね、テスト範囲の問題、初見で解くにはきつい問題ばっかりだもん。璃星のノート見て、解答覚えていたってわけか。納得~」

 覚えていれば、考えなくて済むわけだし。自力で解いたってわけでもなさそう。やっぱり、そんなに頭良いわけないよね。

 あずみの心の声が聞こえてくるが、それに傷つく余裕などない。

「ほかのテストもきっと満点だよ。ついにボクたちよりもテストの点数が取れる人間が現れたわけだ」

 璃星はちらっと千宙を見た。千宙は小さくため息をついて、璃星とあずみに言った。

「人のテストさらして、なんか意味あんの?」

 千宙の声に交じる、小さな怒り。それが、未子を引き付けた。

「山下さん、帰ろう」

「えっ……」

 千宙が未子の右腕を持ち上げ、未子を立たせた。未子は慌ててかばんを持つ。

 クラスメイトたちが驚いている。あずみも、大きな目を見開いて言った。

「松永くんが、女子と帰った」

 しかし、一番驚いているのは未子である。千宙に腕を引っ張られながら、つまずきそうになりながら必死でついていく。

 靴箱まで来て、千宙は未子の腕を離した。未子は小さく息切れをしている。

「山下さん、この後ヒマ?」

「は、あ、ええ?」

 未子は驚いて千宙を見上げた。

「将棋の相手してよ」

 千宙が真顔で言った。

「えっ、いや、私、将棋わからな……」

「指し手を知ってた」

 それは、松永くんの声が聞こえてきたから。

 とは言えず。千宙が純粋に将棋の相手を求めている気持ちが伝わってくるから、「ヒマじゃないです」とも言えず。

 未子が言葉を探している間、千宙は黙って待っていた。ようやく思いついて、未子は千宙に言った。

「将棋のルールブック、ありますか?」

 千宙はうなずいた。

「部室にある」
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