それ、しってるよ。

eden

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 未子が転校してきた開基カイキ高校は、広島県内でも有数の進学校である。2年生に進級するときに文系・理系に分かれる。そこからさらに、文系より10名、理系より10名、それぞれ選抜されて、特別進学コースに入る。特別進学コースの生徒は、東大・京大を中心とした超難関大を目指す。

 理系クラスである2年4組の30名のうち、10名は特別進学コースの生徒だ。ほかの20名は他クラスと同様、進学コースの生徒である。

 秀佳は進学コースの生徒である。本当は、特別進学コースに入りたかった。しかし、校内成績が260名のなかの30位で、特別進学コースに入るには少し足りなかった。

 放課後、広島駅前の塾で英語と数学の授業をみっちりと受けて、秀佳は塾から徒歩15分ほどのところにあるコンビニに向かった。

 コンビニの中には入らず、店の外の壁際に立って、スマホをいじっている。

『今、校舎出た』

 ゲーム画面を隠すように降りて来た、ラインのメッセージ。秀佳はそれを見て、頬がゆるむのを我慢できなかった。

『いつものコンビニで待ってる』

 秀佳は返事をして、ふと、コンビニの周辺をきょろきょろと見回した。

 学生はいない。人通りもまばら。当然、自分の通っている塾の生徒や先生はいない。

 少しして、黒いセダンがコンビニの駐車場に入って来た。

 秀佳は、ゲームを中断して、迷いなくセダンの助手席に入っていった。セダンは秀佳を乗せると、すぐに駐車場をあとにした。

 秀佳は、アームレストに乗っている男の手に自分の右手を重ねて言った。

「お疲れ様、ヒロト」

 ヒロトと呼ばれた男は、秀佳の手を握り返した。

「秀佳ちゃんもお疲れ。どうする、今日はまっすぐ帰る? もうすぐ定期テストでしょ」

 そう言われて、秀佳の胸が痛んだ。

 帰りたくないよ。今日だって、早く会いたかったのに。待ってたのに。家まで送ってもらうだけなんて……。

 ヒロトはくすっと笑った。

「そんな顔しないの。じゃあ、少しだけ、寄り道しようか」

 秀佳の顔が明るくなる。

「うんっ」


 寄り道。それは、2人しか知らない。


 人通りの少ない、公園の駐車場。公園の明かりが、車内にかすかに届く。

 助手席と運転席のシートを限界まで倒し、ヒロトが秀佳の細い身体に覆い被さる。

 車の中といえ、万が一誰かに見られたら。

 恥ずかしい、怖い、でも触れられたい。

 ヒロトは秀佳の制服のシャツのボタンを外し、キャミソールの下のブラジャーのホックを外す。秀佳の未熟な乳房を思い切り掴み、感触を確かめる。

「んっ」

 秀佳はヒロトのなすがままだ。ヒロトはスカートの下に左手を伸ばし、下着が熱く濡れていることに満足して微笑んだ。

「秀佳ちゃん、エロイね。もしかして、授業中も考えてたの?」

 秀佳の顔が真っ赤になる。

「ば、バカっ」

「悪い子だね」

 ヒロトは秀佳の乳房をくわえた。

「あっ」

 下着の中に手をもぐりこませ、中指で茂みの中を探る。ヒロトは上目遣いで秀佳の反応を眺めながら、中指をしめらせていた。

 秀佳は、ずるい、と思った。

 ヒロトはシャツを着たままだ。黒いスラックスにはチョークの粉がついている。


 ダメ、このまま、いっちゃいそう。


 秀佳は声を出すまいと我慢していたが、ヒロトには敵わなかった。

 ひとしきり愛撫を受けたあと、秀佳はヒロトの背中に両腕をまわしたまま言った。

「信じらんないよね、本当」

「何が?」

「ヒロト、塾の先生なんだよ。授業の後、生徒とこんなことしているなんて、誰も想像できないよ」

「それを言うなら、秀佳ちゃんもじゃない?」

 ヒロトは人懐っこい笑顔を秀佳に向けた。

 さわやかな黒いショートヘア、愛嬌のある大きな目。社会人だというが、私服だと高校生と言われても納得してしまいそうなほど、若々しい外見。身長も秀佳とあまり変わらない。

 可愛い。さわやか。親近感わく。

 塾で、人気の高い先生。

 そんなヒロトは、本当は、私の彼氏。


「……好きだよ、ヒロト」


 秀佳がぽつりとつぶやいた。

 ヒロトは秀佳の髪をなでて、キスをした。

「なんなの、可愛いこと言うね」

 僕も好きだよ。

 とは、言ってくれない。

 それでもいい。

「次、いつ会える?」

 秀佳が訊くと、ヒロトは、

「次に、秀佳ちゃんが塾に来るときじゃない?」

と、答えた。

 つまり、来週。週末の土日は、会えないってこと。

 休日のデートはめったにできない。ヒロトは仕事で忙しいから。

 寂しい。一方で、社会人の彼氏がいるということの優越感も得られる。

 私はほかの同級生とは違う。ヒロトがいるから。

「定期テスト近いし、秀佳ちゃんも忙しいでしょ。学校、どう?」

 ヒロトに訊ねられて、秀佳はふと、転校生が来たことを思い出した。

「……なんか、転校生が来た」

「えっ、今の時期に? 高校生で? 珍しいね」

「しかも、理系の特別進学コース」

「開基高校の? じゃあ、めちゃくちゃ頭良いんじゃない、その子」

「なのかな。見た感じじゃわかんないけど」

「塾、誘ってみれば」

「いやだよ。これ以上、ヒロトのこと知ってる人増やしたくないもん」

「なんだそれ」

 ヒロトは笑って、秀佳から離れた。秀佳も起き上がり、乱れた服装を直した。

「そういや、天城さんは元気?」

 天城。璃星のことだ。

 秀佳は声のトーンを落として、

「元気だよ」

と、答えた。


 璃星は、中学3年生のときに、夏期講習会の間だけ同じ塾に通っていた。もともと塾に通わなくとも学校でトップの成績を取っていた璃星。ヒロトが受け持っていた数学Sクラスでも、どんな難問でも難なく解いてみせていた。

 ほかの生徒たちよりも圧倒的に解くスピードが速かったので、ヒロトは璃星のために別途問題を用意していたほどだ。それも、全国レベルで最難関と言われる高校入試問題を。

 ところが、璃星は、それもすらすらと解いてしまう。

 化け物級。

 ヒロトは、璃星に教えることなんて何もないと思った。同時に、塾に通い続けてくれたら、確実にインパクトのある合格実績が出る、とも思った。

 ヒロトは璃星に塾を続けるように話してみたが、璃星は、

「塾ってどんなところか知りたかっただけなので。もう、満足しました」

と言って、断った。

 短い期間だったが、印象の強い生徒だった。秀佳から、秀佳と同じ開基高校に行ったと聞かされたとき、もったいない、と思った。

 開基高校も充分優秀な高校だ。しかし、あくまで地方の公立高校である。

 璃星は、もっと上位の学校に行ける実力の持ち主だ。広島から出て、都市圏に行けば、もっとハイレベルな学校に入れるのに。

 とはいえ、簡単に都市圏に行け、とも言えないよな。ヒロトは思った。家の都合もあるだろうし。

 その後、理系の特別進学コースに入ったことも、秀佳と同じクラスになったことも、秀佳から聞かされた。

 秀佳は、璃星の話をするとき、少し面白くなさそうである。あんまり璃星のことが好きではないのかもしれない。


 ヒロトは秀佳の頭をなでると、

「そろそろ行こうか」

と、言った。

 いやだ。帰りたくない。

 でも、お父さんやお母さんに心配をかけたらいけない。ヒロトのこと、バレたらまずいし。

 秀佳は、おとなしくうなずいた。

 いつも、家の近くの曲がり角で、車から降りる。家の正面までは、行かせない。ヒロトも、車も、誰にも気づかれないようにするために。

 秀佳が車から降りるとき、ヒロトは言った。

「またラインする」

 それが、秀佳の生きる希望になる。

 秀佳はヒロトの車が走り去っていくのを背中で感じながら、自宅へと歩いて行った。
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