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三日目 火曜日 その3

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 たまにニュースなんかで大の大人が拉致や誘拐されるっていう事件が報道されたりする。
 特に海外ではこの手の事件が多かったりするようだけど、そんなニュースがあると正直なところ「間抜けだな」とか「子供じゃないのだから」と思ったりしていた。
 
 大人が誘拐されるなよって。

 僕が間違っていました。
 昨日クラスメートにトイレで拉致されたとか言ったけれども、あんなのはもちろん冗談だしお遊びみたいなものだ。

 でも今の状況は冗談でも遊びでもない。

 現実だった。
 なにがどうなったのか分からないけれど、抵抗する暇もないくらい一瞬のうちに僕はワンボックスカーの中に連れ込まれてしまっていた。
 
スライドドアが開いた途端に、何本かの手が伸びてきた。避ける暇もなかった。
 胸倉、両腕、そして胴体を掴まれて車の中に乱暴に連れ込まれていた。
 笑いたくなるくらいに完璧な早業だった。
 自転車が倒れる音とスライドドアが閉まったのが同時に聞こえてきた。
 
 なんて冷静に考えている場合ではない。
 あまりにあまりな出来事だった。
 突然すぎる出来事に僕は何の抵抗もできなくて完全に身動きが取れなくなっていた。
 大人だからとか男だからとかってあんまり関係ないんだな。

 いとも簡単に僕は拉致されて、誘拐されてしまった。
 ワンボックスカーは僕が連れ込まれたのとほぼ同時に急発進していた。
 どこに向かっているかなんてまるっきり見当もつかない。 

「なんだよこれは!」

 もがいたけれどまるでダメだった。
 両腕はがっちりと掴まれていたし、暴れることもできないように完全に身動きを封じられてしまっていた。
 無理矢理シートに座らされる。
 もちろん解放されたわけじゃない。腕を掴んでしっかりと僕を確保している左右の男達も一緒にシートに腰掛けてきた。

 右側には縦にも横にもでかいプロレスラーもびっくりなスキンヘッドの男だった。パワーじゃ絶対に勝てそうにない相手だ。
 左側の男は僕とあまり体格は変わらないようだったけれど、スキンヘッドに掴まれている右腕よりも左腕の方が動かすことができなかった。
 二人とも一目で徒者じゃないとわかる雰囲気を持っていた。

「加藤さん、落ち着いてくだせえ」

 これが落ち着いていられるか!
 無駄だとわかっていても僕は暴れようとした。

 ……って、あれ?

 加藤さん……。
 こういう場合って敬称つけて呼んでもらえるものだっけ。
 急にライトがついた。まぶしいくらいのライトだった。
 薄暗かった車内の様子がよく見えた。

 僕は後ろ向きになった真ん中のシートに左右をがっちりと固められて座らされていた。
 車内はとても広かったし、シートも余裕のある作りなのだろうけど男三人が並んで座るとさすがに窮屈だ。特に右側にいるスキンヘッドのおかげでとかく狭く感じる。
そして向かい合うようにシンさんの姿があった。
 声をかけてきたのはシンさんだった。

 あれ? シンさん?

 間違いなく日曜日に姫乃を迎えに来たシンさんだ。
 シンさんの隣には貫禄のあるおじさんが腕組をしてどっしりと構えて座っていた。
 どうやら全員「や」のつく職業の人らしかった。

 シンさんがいるということは、ここいる人たちはほぼ間違いなく姫乃の関係者ということになるのだと思う。そこまで考えついて不安な気持ちがわきあがってくる。
 もしかして姫乃と友達になったことが問題だったんだろうか。もし問題で僕のことを拉致したのだったら、もしかして絶体絶命のピンチなのかもしれない。
 どっちみちしっかりと両脇からホールドされている状態では、逃げることも暴れることもできそうにない。たとえ暴れたとしても右側のスキンヘッドには逆立ちしても勝てそうにないからどうしようもないのだけれど。
 これは状況次第では本当にコンクリートのドラム缶で海にドボンコースかも。
 明るい話題があるとすれば、一度しか会ったことがないシンさんだけど日曜日の時点ではけっこう好印象だったことだ。

 ゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出す。
 とりあえず落ち着こう。
 今は大人しく事態の把握した方がいいと自分に言い聞かせてみた。
 そんな僕にできることといえば、唯一の知った顔であるシンさんに問いかけの視線を向けることだった。

「驚かせてしまってすいやせん」

 膝の上に手を置いてシンさんは頭を下げた。
 ものすごく驚いたことは確かだけど、今は驚きすぎて逆に冷静に慣れていた。
 だから声がかすれたりしないで普通に質問できたことに自分で自分をほめてあげたい。

「説明はしてもらえるんですよね?」

「ええ、実は……こちらの方がお嬢には内緒で一度、加藤さんとお会いしたいとおっしゃりまして……」

 と言ってシンさんは隣のおじさんに視線を向ける。僕もつられるようにしておじさんの方を向くと思い切り睨まれてしまった。

「えっと……」

 助けを求めてシンさんを見たのだけど、詳しい説明はしてくれなかった。
 しかたなくおじさんと見つめ合う。気持ちの悪い言い方になってしまったけれど、おじさんはまるで僕の心を見透かしてやろうというように、まっすぐ目を合わせて覗き込んでくる。

 こういう時、思わず視線をそらしたくなってしまうのはなぜだろう。
 でもここで目をそらすのは絶対にやってはいけない気がする。
 おじさんと見つめ合う趣味はないのだけれど、僕は黙って向けられている目を見返した。
 凄むわけでも睨みつけるわけでもなく、おじさんは真剣な表情で僕のことを観察しているようだった。
 どのくらいの間だったかはわからないけれど、結構長い時間だったと思う。

 ワンボックスカーのエンジン音と車が走る振動が伝わってくる。
 左右にいる男たちもシンさんも息をひそめて成り行きを見守っているようだ。
 先に視線をそらしたのはおじさんの方だった。

「度胸はあるようだの」

 腕組を解いて、身を乗り出してくる。そして真顔で

「俺は姫乃の父親で鬼塚龍虎というものだ」

 と言った。
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