347 / 409
第三部 降誕す
第347話 解放 其の一
しおりを挟む再び無意識の内に白虎の毛を、ぎゅっと掴んでいたことに気付いた香彩が、白虎に謝る。
短く呻った白虎が何を思ったのか、無言のまま太い縞模様の尻尾で香彩の頬をするりと撫でた。それが慰められているかのようで、もしくは勇気付けられているかのようで、香彩は尾の柔らかい毛並みに頬を摺り寄せる。
「ねぇ、白虎」
香彩の声に虎竜が応えを返すように、竜の声を低く響かせた。
「もしも次に僕が喚んだらさ、何も聞かずに北の離れに連れて行ってほしい。僕がどんな状態であっても、万里をも駆けるその脚で」
その言葉に白虎が息を呑むのが分かった。
無言がしばらくの間、続く。
有無を言わせない言葉を使った自覚が香彩にはある。
それは『お願いという名の命令』だった。かつての白虎ならば、この『お願い』は決して聞いてはくれなかっただろう。だが主が紫雨から香彩に代わった今、主が本当に求める命令ならば四神は絶対服従を誓う。
やがて脳内に、御意、という白虎の応えの声が響いた。
意気揚々と喜んで香彩の命令を聞いた訳ではないのだということが、白虎が纏う空気から察せられる。心配をしてくれているのだ。
香彩は謝罪の意味を込めて、白虎の頭を軽く撫でる。
きっと白虎は気付いている。
次に香彩が自分を喚ぶ時が、一体どういう状況の時なのかを。
白虎は駆けた。
陽は既に落ちて、淡い藍色の闇がまるで水に溶いたかのように広がり、山の斜面を覆っている。 その中でも一際、闇の濃い稜線に向かって、白虎は駆けた。
この空の道を香彩は一度、蒼竜と共に飛んだ。あの時は多少自分の意思もあったが、蒼竜に強制的に連れ行かれていた為か、何が起こるのか不安な感じが取れなかった。だが今は誰に強制されるわけでもなく、自分の意思そのもので、蒼竜屋敷に向かっている。
自分が蒼竜を求めて、蒼竜の元に向かおうとしているのだ。
確かにあの時とはまた違った不安はあった。だが御手付きには、主を求める本能でもあるのだろうか。蒼竜屋敷が近づくにつれ、蒼竜の傍に行けることに香彩は、妙な心の昂ぶりと悦びを感じる。
やがて見えてきた蒼竜屋敷は、仄かな黄金の光に包まれていた。
(ああ……黄竜だ)
門上にその優美な巨体を丸めて眠る、黄金の竜が見える。
白虎が蒼竜屋敷の大きな門の前に降り立つと、香彩を降ろした刹那にその姿を消した。
何も言わず消えてしまった白虎に香彩は戸惑ったが、その理由はすぐに分かった。
黄竜が目を覚まし、首を上げてじっと香彩を見つめていた。その視線に何か言いたげな圧力のようなものを感じる。これでは黄竜よりも下位の竜でもある虎竜は、堪ったものではなかっただろう。
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる