334 / 409
第二部 嗣子は鵬雛に憂う
第334話 嗣子と罰 其の十六
しおりを挟む「……っ」
「寧が俺と叶を探っていた? 何の為に? 特に叶に対する間諜は処罰の対象だ。罪だと分かっていて、俺達を探る理由が彼奴にはないだろう?」
酒を注ぎ終えた紫雨が視線を再び香彩に移した。
先程よりも毅く鋭い翠水とぶつかって、香彩は思わず怯む。
「分を弁えている奴だ。だから長年、彼奴を側に置いた。そうなると可能性はひとつだ。彼奴は別の誰かを見ている内に、引けに引けなくなった。もしくは別の誰かに関わることを俺達が話し始めて、罪だと分かっていてもどうしても気になった」
──……さてあの時、俺達以外にいたのは、誰だ?
「……っ!」
言葉を詰まらせては駄目だ。
表情を変えたら駄目だ。
そう心に言い聞かせているというのに。
確信に満ちた紫雨の官能的な低い声は、香彩の愚惷な考えを見通し、暴こうとする。
「──それに加えて、だ」
酒杯に残っていた酒を一気に呷った紫雨が、徐に立ち上がった。
悠然と歩く彼は、椅子に座っている香彩の横に立つと、肩に手を置く。
びくりと身体を震わせた香彩には、頭上にある紫雨の顔を見ることが出来ないでいた。
自分がいまどんな表情をしているのか分からない。
まだ辛うじて繕えているのか、それとももう顔色を悪くしてしまっているのか。
そんな香彩の様子に構うことなく、紫雨は話を続ける。
「招影を喚ぶには媒体がいる。寧には叶の妖気が感じられたが、これだけではあの魔妖を喚ぶことは出来ない。人の恨みや妬みといった邪念が必要なのは、お前もよく知っているはずだ」
柔く、紫雨が香彩の肩を掴むような動作をする。
それがあたかも逃げるなと、言われているかの様だった。
香彩は正面を向いたまま、注がれた酒杯を傾ける。冷たく爽やかな味わいのする酒が、何故か砂のように感じられた。
それでもこくりと一口飲みながら、心を殺す。
「先程、典薬処で寧に祓えの儀を行った。その時に気付いたんだがな、香彩。寧の手の甲には、薄くなっていたが恨傷があった。なるほど、彼奴はこれを媒体にしたのかと思ったのだが……不思議だな。あの恨傷からは、僅かだがお前の気配が感じられた」
──これは、どういうことだ、かさい。
「……っ!」
反射的に椅子から立ち上がり、紫雨を見た。
その視線の毅さに、香彩は刹那の内に己の失態を悟る。
感情を殺すのではなかったのか。
こんな風に立ち上がってしまったら、紫雨の言葉を肯定しているのも同然ではないか。
息を詰めながらも香彩は、心の中に生まれた激しい動揺に奥歯を噛み締める。
言い当てられるとは思ってもみなかったのだ。
恨傷には確かに自分の気配が残っていた。だが極僅かだ。決して彼を侮ったわけではなかったが、成人の儀で消耗し、竜紅人の神気で『力』を補っていた紫雨に、あの気配は読み取れないだろう、そう思っていた。
「話せ、香彩。恨傷を残すなど、余程のことがない限りは出来ないはずだ。」
「……」
香彩は無言のまま、紫雨の刺さるような視線をただ見つめる。
ここまで悟られてしまったのなら、誤魔化しようがない。仮に誤魔化すための嘘の上塗りをしてみても、紫雨に見破られてしまうだろう。
だが、知られたくない。
知ってほしくない。
その心の葛藤が沈黙を呼ぶ。
「──だんまり、か。言ったはずだ。お前の知り得る限りの情報を、洗いざらい話して貰うまでは、大宰私室を出すつもりはないと」
言わないなら言わせるまでだ。
紫雨の深い翠水と目を合わせながらも、自分の思考の海に落ちていた香彩は、一瞬彼が何を言ったのか分からなかった。
いつの間にか掴まれていた手首に痛みが走る。
ぐいっと力強く引き摺られるかのように身体を引っ張られて、彼がいつも使っている寝台が視界の端に映ったと思いきや。
気が付けば背中に敷包布の感触があった。
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる