蒼竜は泡沫夢幻の縛魔師を寵愛する

第二部 嗣子は鵬雛に憂う

第269話 偽りなき真実 其の四

「……っ」


　香彩かさいは無言のまま息を詰める。　
　何故分かったのかと、心の中で竜紅人りゅこうとを問い詰めたくなった。だが香彩かさいの手をやんわりと掴んでいた竜紅人りゅこうとの手が、ゆっくりと絡め取るのを感じて、香彩かさいは別の意味でまた息を詰める羽目となる。指と指の隙間に感じる竜紅人りゅこうとの指の感触に、この心地良さと愛しさに気が遠くなりそうだった。


「おっさんが触れてた時とは全く違う、甘えて擦り寄るような甘い色付いた声……俺を求めて堪らなかった声……違うか？」
「あっ……」


　香彩かさいの耳輪を軽く食みながら、囁かれる竜紅人りゅこうとの色を含んだ低い声に、香彩かさいは吐息混じりの声を上げた。
　目の前ではあの時の情景が写し出されている。
　竜紅人りゅこうとの接吻くちづけにより始まった狂宴は、紫雨むらさめによって口移しされ、神澪酒に塗れた香彩かさいの小さな口腔を、竜紅人りゅこうとの剛直が責めているところだった。やがて喉奥に出された熱を、ごきゅと卑猥な音を立てて飲み干す。そして紫雨むらさめの熱楔が、香彩かさいの花蕾の奥まで一気に貫いた後も、香彩かさいは決して竜紅人りゅこうとの熱を離すことはなかった。

　確かに求めていた。
　恋しくてならなかった。


「──だっ、て……」


　言葉を詰まらせながらも話そうとする香彩かさいに、先を促すかのように竜紅人りゅこうとが優しく頷く。


「……あの時、喧嘩して別れてから、全然話も出来なくて……あの時の夕餉のお礼も言えなくて、竜紅人りゅこうと発情して近付くことも出来なくなって、幽閉されて……！」


　そうして始まった罪悪感だらけの成人の儀で、自分が喚よんだが為に現れた、人形ひとがたの思念体の竜紅人りゅこうと。その温もりとその熱に縋ってしまった。
　恋しくて堪らなくて。
　くすりと竜紅人りゅこうとが耳元で笑いながら、やがてその口元が香彩かさいの鼻梁に辿り着く。


「ああ……夕餉、食べてくれたのか」


　てっきり返品されるか捨てられているかと思っていたと、竜紅人りゅこうとはそう話ながら軽く鼻梁に口付ける。


「……ん、全部、食べたよ。とても温かくて、僕の好きな物ばかりで……嬉しかった……！　今度は一緒に……」
「ああ、そうだな」


　昼餉も夕餉も、そして朝餉も一緒に食べよう。


　そう話す竜紅人りゅこうとの、絡む視線の熱さに耐えられずに、香彩かさいが目を閉じる。見計らうかのように、唇に降りてくるのは触れるだけの、優しい接吻くちづけだった。
　熱くて甘い吐息が洩れる。
　その甘さに酔い痴れながらも、香彩かさいが再び目を開けた刹那。



　まるでこれまでの二人を嘲笑うかのように、闇が再び目の前に広がっていた。