上 下
227 / 409
第二部 嗣子は鵬雛に憂う

第227話 黎明 其の二

しおりを挟む


 勅命は香彩かさいの中で、見事な心の拠り所となった。どこか腹立だしい気持ちも確かにあったが、大義名分に出来ると思った。
 凪いでしまった冷ややかな心は、そう簡単に戻ってくることはない。
 だが『雨神うじんの儀』までに出来ることをしようと思ったのもまた、事実だった。


(……ああでもいざとなれば)


 朱門の茶屋で聞いた言葉が脳裏を過る。


(あの男達が言ってみたいに、お強請ねだりとご奉仕をしてみればいい) 


 それで果たして雨神あまがみ雪神ゆきがみが願いを聞き入れ、召喚に応じてくれるのかは、甚だ疑問だ。だがこの身体の奥底、一番深いところにあるかもしれない極上の『術力えさ』を探して暴くという遊戯というなら、狩猟本能の強い彼らは現れてくれるかもしれない。
 くすりと香彩かさいは笑う。
 そうじゃないと、そんなの嫌だと嘆く心の悲鳴が、消されては凪いでいく。
 僅かに燻る感情を誤魔化しながら、香彩かさいはふと外から差し込む仄かな光を見た。
 部屋の少し開いた引き戸から、皓々と月の光が差し込んで、灯りの灯していない部屋に長い影が出来ている。
 香彩かさいおもむろに立ち上がると部屋の引き戸と、中庭に出る為の障子戸を開けた。
 月と夜空に染められた中庭と纏う空気が、何とも澄み渡った蒼色をしている。
 その光に、空気に誘われるようにして、香彩かさいは裸足のまま、中庭に降りた。
 土と砂利、そして草の感触が何とも心地良い。


(……まだ早いのに) 


 目が覚めてしまったのかと、そんなことを思う。
 だがもう眠れそうになかった。

 兆しの雨、そして覚醒の颶風が吹いてから七日後の早朝。
 まさに今日の朝こそが、『雨神うじんの儀』の吉日とされる日だ。
 あともう少しすれば、自分はかのとからの勅命のままに、潔斎の場へ出仕しなければならない。

 香彩かさいは小さく息をついて笑うと、懐から正方形の布紙ふしを取り出し、地に置いた。
 右手の人差し指と中指とで中心を押さえ、左手は胸の前。精神を集中させて『力』が布紙に集まるようにする。

 ほのかにだが、『力』が集まっていくような気がした。
 見計らって。
 震える唇から、紡がれゆく、言葉。


「……宿しゅく
どう……」
「……しょう」 
「──こう!」




 『力』は……静かに、消え失せた。


 式を呼ぶ術だ。
 自分の影に控え、自分の思いのままに動かすことの出来る式達は、主を選ぶ。
 今の主の『術力』の無さに、召喚に応じる理由など無いとでも思ったのだろうか。


(……『力』が戻らないまま)


 勅命に従い儀式に挑むしかない愚かな自分を、どこかで嗤っているのだろうか。


「──本当にこの身一つ、捧げないといけないかも……ね」
 


 くすくす、くすくすと。
 香彩かさいは己を嗤う。


 凪いだ心は気付いていなかった。
 自分自身の頬を伝う、静かな涙を。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...