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第一部 嫉妬と情愛の狭間

第75話 朝のひととき 其の一

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 ゆっくりと目が覚める。
 見慣れた木目の天井を、ぼぉうと見つめながら香彩かさいの意識は、ようやく浮上した。 
 いま、何刻くらいなんだろう。
 そう思って格子窓を見ようと、気怠げに寝台から半身を起こし、立ち上がろうとした時だった。


「──痛っ……!」


 鈍い痛みが下半身に走る。
 足に力が入らない。
 へたり込むようにして、木床に膝と手をついた。


(──ああ、そうか僕)


 香彩はぼんやりと昨日のことを思い出していた。
 一体何があったのか順序立てて思い出していくが、どうも最後の方は曖昧に溶けて霧散していく。
 ただ動いた拍子に、つつと、溢れて腿を伝う感触がした。たいして力も入れていないというのに、どんどんと溢れていくそれは、蒼竜が香彩の胎内なかで果てたことを意味していた。
 一体どれほどの量を、この薄い腹に吐き出したのか。ふと断片的に思い出すのは、蒼竜によって腹奥に吐き出され、灼かれた熱のあまりの熱さだった。
 人形ひとがたのそれよりも、遥かに長い射精時間は、香彩に悶絶とも言える快楽をもたらした。蒼竜の精は、まさに混じりけのない神気の塊だ。その精に胎奥を灼かれるということは、いわば媚薬の原液を直接後蕾に、結腸の肉輪に、更にそれを越えた肉筒に掛けるようなものだ。
 あれから幾度交わり、幾度胎内なかに出されたのか香彩は覚えていなかった。
 それにあの蒼竜は、中枢楼閣や私室や政務室に入る為に、人形ひとがた並に大きさを変化させたものだ。


(……もしも)


 あれが本来の大きさの蒼竜なら、一体どれほどのものだろう。

 大きさは。
 量は。

 ここまで考えて香彩は、はた、と我に返り、かぶりを降った。


(──僕、何を考えて……!)


 顔が熱くなるのを感じながら、香彩は自分がいま考えたことを打ち消すように、ゆっくりと立ち上がった。
 震える足をどうにか動かして、香彩は寝台へと座る。


「──!」


 蒼竜を受け入れた場所が、そして腹の奥、臍の下辺りが、じんと鈍く痛む。
 荒く息をついてしばらくじっとしていると、少しずつだが痛みが引いていった。

 改めて香彩は部屋の様子を見る。
 見慣れた竜紅人りゅこうとの私室だった。
 格子窓の向こうは、ほんの少し明るくなり始めていた。就業時刻までまだ時間がありそうで香彩は、ほっと息をつく。湯を使い、着替える余裕もありそうだ。


 ふと自分が寝ていた寝台の枕元に、上掛けを被った、妙な盛り上がりを見つける。
 そっと覗くように中を見れば、昨夜よりも更に小さい形を執った蒼竜が、身体を丸めて眠っていた。
 あまりの愛らしさに、香彩はそっと蒼竜の背中に触れて、ゆっくりと身体を撫でた。
 昨夜の激しさとは全くの正反対な蒼竜の姿に、どこか堪らず愛しさを感じてしまう香彩だ。


(……そういえば、昔はこれくらいの大きさだったっけ) 


 竜紅人がまだ幼竜の頃だ。自分が物心ついた時に、目の前にいた姿に似ている気がした。三本の手で自分の手を握りながら、ほてほてと歩く姿を思い出して、その可愛らしさに香彩は、くすくすと笑う。

 真竜は成竜として覚醒したのち、発情期を除いて、下は香彩の肩に乗れる大きさから、上は本来の大きさまで、その身体の大きさを自由に変化させることが出来る。
 香彩が過去に見たのは数度。あとは人形ひとがたでいることが多かった竜紅人だ。

 香彩は一頻り、蒼竜の身体を撫で、そっとその手を止める。
 規則正しい寝息で、身体が上下するのがやはり堪らなく愛しくて、どこか穏やかな気持ちで蒼竜を見つめている自分に気付く。
 竜の尾が動いてふさりと持ち上がり、やがてゆっくりとした動作で敷布に落ちた。そんな動きも愛らしく感じて、香彩は尾毛に指を通すように撫で擦る。
 穏やかに気持ち良さそうに眠る彼を見ながら、香彩は思うのだ。
 その深翠の瞳の奥で揺れていた憂いと不安の焔を、ほんの少しだけでも払うことが出来たのだろうかと。


(……罰で姿が変わって)


 自分の意思で好きな時に、好きなように姿を変えられないこと。そして自身が持つ爪や鱗、冷たい竜体に、まるで彼自身が嫌悪して動揺しているようだった。
 
 
 ──お前が温かい腕を誰かに求めたとしても、俺にはどうすることも出来ない。


 竜紅人の言葉を思い出す。
 きっと不安や憂いから出た言葉なのだ。そう分かっていても、やはり何処か釈然としない澱のようなものが、心の奥で溜まっていく感じがした。だがそれを香彩は、かぶりを軽く振って自身で否定する。

 彼の不安は当然のことだ。
 そして同じように香彩もまた、不安だった。

 だが香彩の不安に対する答えは、確かに貰っていた。
 嫌うものかと、離すものかと言わんばかりに腹奥に植え付けられた、量の多い熱がそれだった。まるで香彩の気持ちに応えるかのように、それは、ぐうるりと動く。

 
 
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