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明日は今日のはじまり

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俺はキツネにつままれたような気分になった。
結局どこまでがフィクションなんだ?


わからない。


担任なら何か把握しているかもしれないが、
恐ろしくて聴けない。


俺はやつの屈託のない、と思い込んでいた
笑顔を思い出す。

騙されていたのかな。

無理に作った笑顔だったのかもしれないのに。

子どもは、素直に感情を殺す。
ひとに心配かけないように、みんなと同じであるために。


いや、それでも、俺の前で見せたあの笑顔はホンモノだ。

それでいい。

この煙に巻かれたような手紙は、
俺たちの創作の集大成かもしれない。
やつとふたりの秘密にしておくか。
男と秘密を共有するなど、ちっともうれしかないけどな。
俺は女性が好きだから。



「なあに、寂しいの?」


職員室の席に戻ると、
文子先生が、面白そうに俺の顔を覗き込んだ。
浅葱色の着物に紺袴がとてもお似合いで、
はらりと顔にこぼれかかる長い黒髪が、
絹糸をほぐしたようだ。


「まあ、そんなとこです」

そういう文子先生も目元がだいぶ紅いですけどね。


「工藤先生、人気あるもんねえ」


目を細めるのは母の顔。
もう完全に手の届かないひとになってしまったな。

それは男女どちらに人気なのか、
と訊きたかったが、墓穴を掘ると悲しいので
やめた。


しかし、翔のやつめ。
最初から最後まで腹の立つやつだ。
学校生活においては、何ひとつ愉しみに
カケルことはなかったようだな。

つやつやとした羽二重餅みたいな少年は
卒業する頃にはそれなりに野郎として
たくましく仕上がっていたけれど、まだまだガキだ。
クソガキだ。


覚えてろ!!


俺は音高く鼻をかんだ。



いつかこいつのことも描いてやろう。
何年後になるかは、わからないけれど。

そのとき、やっぱりやつは俺が描いたものだと
気づくだろうか?


                       

                   ー完ー
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