アブソリュート・ノーマル

神崎

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2章

16話「一歩進むために」

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「私が本気を出せない理由はね、私の性格設定に問題があるのよぉ」
「性格設定……?」
真面目な顔で話を始めたサテラ。性格設定と言うと、エルメスも言っていた、オランジュ総督府が契約魔を育成する上で操作するものの事だろう。

「そう。私はねぇ、戦闘になると狂化してしまう性格設定を埋め込まれているから、暴走しないためにも、力を抑えて戦うしかないのよぉ」
「はい?」
水城には理解できるはずもない。契約魔として生まれる上でミシアやエルメスのようなこってこての性格を設定されるのは水城にも分かるのだが、何故それが、『戦闘になると狂化する』必要があるのか理解出来ないのだ。

「なんでそんな事する必要が……」
「まあそう思うわよねぇ。でも、仕方のない事なのよぉ」
「仕方のない事?」
そう、サテラは一呼吸置く。だが、聞き直しておいてアレだが、水城は狂化した理由になんとなく察しがついていた。

「狂化して、潜在能力も全部解放するくらいにやらないと、戦力的にも勝てないのよぉ……」
「あぁ……」
サテラの隣に座る瀬名が彼女に続きさらに言葉を続ける。
「あたしは契約適性値が低いんで、戦闘をサテラに任せて、サテラの狂化を抑える、サポートみたいな事してるんすよ」
それなら一つ納得できるのが、サテラとの最初の邂逅と、二度目の邂逅の時の違いだ。最初に戦った時、サテラはおおよそまともな動きはしていなかった。ケタケタと笑っていたし、今とは印象も全然違う。が、二度目の戦いの時はまた違った。確かに狂化のような作用は見えていたが、あの時は瀬名が近くにいて制御していたのだろう。

だがだからと言って水城がそれに賛同し、戦う義理はない。そもそも天剣を巡る戦いは現界には関係の無かったものなのだ。どれほどの規模で戦いが激化しているのかは知らないが、水城は最初から加勢するつもりなどない。

「そうか。それならまあ、二人で頑張れよ。大変だろうけど」
「そう……」
残念そうに苦笑いを浮かべたサテラ。元よりあまり期待はしていなかったのか、諦めはすぐに感じ取れた。だが、その隣の瀬名に関しては違う。
「そ、そんな言い方しなくてもっ!少しくらいは協力してくれたって!」
水城が断った上で、なおも食い下がるのだ。水城としてはあまり厳しい言葉をかけるつもりはないが、それでも、はっきりと言える事があった。

「あのなぁ。俺はそもそも巻き込まれた側の人間だぞ。天剣がどうとか、契約主マスターと契約魔がどうとか、本当はそういうの関係無い人間だし、それに俺の本来の目的は……何度も言うようだが、あくまで自分が理想に掲げる普通のための戦いだ。ミシアとエルメスが俺と契約した今、これ以上余計な事を増やすつもりは無い」

瀬名は目尻いっぱいに涙を溜めて、それでも何か言いたげではあったが、耐えられなくなったのか水城の家から駆け出していた。サテラも、部屋を出る間際に、もう一度水城に視線を送り、それから瀬名を追った。

「あんたはあたしの契約主マスターだし、あんたの選択はあたし達の総意になるから別に文句を言うつもりは無いけど、あそこまで言わなくてよかったんじゃない?」
長い溜め息とともにソファーに沈み込んだ水城に、エルメスが声をかける。
「あのくらい突き放した方が、あの二人。特にサテラさんには都合がいいと思ってな」
「そうなの?」
瀬名とサテラが座っていたソファーに座り、ずっと口を開かないミシアからお茶を受け取るエルメスは、水城の言葉に疑問符を浮かべる。

「多分サテラさんは、戦闘で本気を出したところで、本当は何も気にしなくていい奴だった。それはそういう風に作られた以上抗えないものだし、多分サテラさんも受け入れている。だが、そこに瀬名という契約主マスターが加わってみろ。瀬名は契約適性値が低いと言っていた。多分、制御をメインにしなくちゃいけないくらいには低いんだろうが、そうなれば彼女は本気を出せないし、瀬名もまた戦う事が出来ない」
「それならなおさら協力者を募った方が楽じゃないの」
この場合エルメスの言葉が正しい。彼女達が協力者を求める事により、戦闘での狂化を軽減できるのだ。瀬名の負担が減るのと同時、サテラもその力を制限したまま戦える。都合が良いのはこちらかと思われるが。

「言ったろ。瀬名は契約適性値が低い。制御するので手一杯なんだ。協力者と一緒に戦ってみろ。手違い一つで狂化したサテラさんに味方をやられるんだぞ」
「それって……あの娘には制御しきれないって事?」
うむ、と頷く水城。しかし、瀬名とサテラの話を聞くからに、制御しきれない様子は無さそうだった。むしろそれだけでも敵を抑えられるくらいには戦えているのだ。
「ちゃんと制御できるんなら、二回目の戦闘の時あそこまでやらせないだろ。瀬名はあの場にいたが、サテラさんが戦闘から離脱するまで何も出来なかったんだ」

水城が思うのは、今まで、この半年間で彼女達が襲撃者を抑えられていたのは、瀬名がサテラの力を制御していたのではなく、サテラが自ら戦闘を離脱する事で難を逃れていただけだという事。

おそらくサテラは、瀬名が自分の力を制御できない事を瀬名に話しておらず、また、その事実を伝えるつもりもないのだ。

それは、サテラ自身が抱える戦闘時の狂化の問題にもよる。本来ならば戦うためだけに作られた彼女が契約した相手は、契約適性値が極端に低い相手。まともな戦いはできない上に、他人と同じ戦場に立てば巻き込んでしまう可能性があるのだ。

「契約した理由はどうか知らないが、多分サテラさんも、瀬名とともに戦う事は望んでいない。もしかすると、単独行動が多いのかもしれないな」
あくまで推測ではあるが、サテラはそういう状況にならないよう、できるだけ単独行動をしている可能性がある。

「いや、もしかすると……」
水城は思案する。
「難しいわね」
「瀬名様もサテラも、互いに思いあっての現状なのでしょう」
ミシアとエルメスが話し始める。
「まあさ」
思案を終えた水城が一言。

「協力者になるかどうはさておき、助けを求められたら助けに行っちゃうかもな。あれでも、大事な部活の後輩なわけだし」
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