アブソリュート・ノーマル

神崎

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3章

36話「神剣の力」

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御神南総督府から少し離れた場所にある森林。その中にある廃墟に、二つの人影がある。
「おいおいおいマジかよ!神剣の持ち主に接触出来た上に、その契約主マスターとも契約寸前まで行ったのに、土壇場で返り討ちにあって手傷まで負わされて帰ってきたのかよ!はははは!」
腹を抱えて笑うのは、銀色の髪を肩の辺りまで伸ばし、上下青いジャージに身を包んだ赤い目をした勝ち気そうな少女。
「しかも狙ってた底辺な契約主マスターに治療までされてるなんて、これはギャグかよおい!なんとか言えよカルロス!」
カルロス。水城の前に現れ、水城と契約して力を奪おうとしたものの、ミシアとエルメスの参戦により撤退を余儀なくされたはぐれ悪魔は、少女を強く睨みつける。
「随分と機嫌がいいですねぇ、アイリスさん」
カルロスの言葉に、アイリスと呼ばれた勝ち気そうな少女は、カルロスを嘲笑うかのような表情で言葉を返す。
「まあな!何の役にも立たないお前だが、オレにとっては必要な情報を一つ手に入れた。それに、魔眼持ちだって言ってイキってたお前がそんなザマになってたら笑いも出ちまうぜ」
アイリスの言葉の終わりに、空気が震える。
「おいおい、その怪我でオレとやろうってのか?」
「少し黙ってもらうだけですぅ」
カルロスが真偽の証と不滅の矢レギンレイヴを同時に発動し、アイリスに向けて放つ。普通なら矢はアイリスの身体を貫くはずだが……
「わかっちゃいねえなぁ……」
放たれた矢はアイリスに届く事無く手前で地面に落ちる。
「お前じゃオレには勝てねえよ。ざーこ」
呆れたように笑うアイリスはカルロスに背を向け、暗闇に姿を消す。
「私は……」
アイリスの消えた先を睨むカルロス。
「アイリスの言った通りのようですな」
ふと背後から聞こえた声に、カルロスは全身が鳥肌立つのを感じ、同時に冷や汗をかく。
「きょ、教祖さん……」
教祖と呼ばれたのは、白髪混じりの頭に老眼鏡のようなものを掛け、司祭服を着る初老の男。
「さっさとマスターを殺してしまえばよかったのに、それすらやらずに負けて帰ってくるとは。まことに愚か」
「わ、私は負けたわけでは!ただ、神剣の力の事を知らなかったためにぃ……」
「言い訳ですか。愚か愚か」
男はすっと手を上げると、その手の甲に術式のようなものを浮かび上がらせる。
「ひっ……そ、それは」
カルロスはその術式を見て後ずさるが、男は構わずに動きを続ける。
「罰を与えましょう」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」

「派手にやってんねえ。もはや痛みより快楽の方が上なんじゃねえのか」
カルロスの叫びが聴こえる廃墟の外、森林の中の木の上に立つアイリスは薄く笑みを浮かべながら月を見上げる。
「神剣なんざどうでもいいが、ようやく見つけたぜ……」
空に向かって高く飛び上がるアイリスは、上空から的確に一点を視線を送る。その視線の先にあるのは、紛れもない水城の家。
「エルメス……!」

はぐれ悪魔。カルロスの襲撃から一夜明けた朝。襲撃してきたはぐれ悪魔の名前がカルロスだと言う事と、カルロスが負った傷を治療した事をあの後ミシアとエルメスに話した水城は、自身が負った傷と、いつものようにやってくる身体を蝕むような痛みの中目が覚めた。
「いってぇ……」
昨日は結局帰ってからミシアとエルメスが作った餃子を食べて風呂に入ってそのまま就寝したのだ。
「……」
風呂に入る時、水城は鏡に映る自身の体を見て驚愕した。鎖骨から首の後ろにかけていつ負ったのか分からない痣のようなものが浮かんでいたのだ。触れてみるとその部分が強烈に痛み、すぐにそれが自分に降りかかる身体を蝕むような痛みの原因だと気づいた。
「治癒の魔術を使っても治らない傷……」
痛みと痣の酷さに冷静さを欠いた水城は、裸のままエルメスを風呂場に呼び、入ってきたエルメスにゴミを見るような目で見られた後にエルメスの力で治癒魔術を使ってもらった。だが、エルメスがいくら力を使ってもその部分の傷だけはどうやっても元に戻らず、結局諦めて痛みに耐えて風呂に入り、上がった後はすぐに寝たのだ。
「神からの呪い……なのか」
以前御神総督府で御剣と話した際に出た神からの呪い。神は実在すると言った御剣のあの目は嘘を言っているような目では無かった。加えて、時々襲われる頭痛などが力を使う事による代償だとすれば、治癒能力で治らない傷が神からの呪いである事にも納得がいく。
「俺の身体は、どうなるんだろうな……」
傷と痛みについてはエルメスに話したが、それが神からの呪いという事自体は話していない。エルメスはああ見えてかなり世話焼きのような部分があるため、その事を話してしまうと余計な気を遣わせてしまうかもしれないという水城の判断だ。
「水城ー!朝よー!」
考えていると、部屋の扉がノックされると同時にエルメスの声が響いた。
「起きてるー」
「はーい」
エルメスは水城の声を確認するとそのまま階段を下りていったようだ。水城もベッドからなんとか身体を起こし、机に向かう。机の上には昨日買ったノートが置いてある。
「これ一冊のために命かけすぎだよな……俺」
自嘲気味に笑った水城は、新しいノートを鞄に入れ、制服に着替えた。

痛みは延々と続いているが、慣れてくると普通に動けるようになってくる。それがあるからか、水城は家を出る頃にはいつものように動けるようになっており、学校まで問題なく通学出来た。
「水城様」
「ん?」
その通学の途中、隣を歩く銀髪ポニーテールの自称メイド契約魔のミシアから呼ばれる。水城は反応と同時に視線を送る。するとミシアもまた水城に視線を送っており、そこで目が合った。無表情だが綺麗に整った顔。控えめに言っても美少女に分類されるであろうミシアは、性格さえどうにかなれば完璧なのに、なんて思っている水城。
「昨夜負わされたお怪我の具合はいかがでしょうか」
「お、お、おう。エルメスの力で傷も痛みもすっかり治まったぞ。あいつ凄いよな」
ハッとなって焦る水城はミシアから視線を外しエルメスを賞賛する。
「左様でございますか」
抑揚は無いが、少し不機嫌そうに聞こえたその声にチラリと視線を送る水城。その時既にミシアは真っ直ぐに前を見ており、表情はやはりいつもの無表情だった。
「ありがとうな。俺もエルメスも、ミシアが来てくれなかったら多分やられてた。ていうか、一番凄いのはミシアの神剣の力だったな」
ミシアが見せた神剣の力は、水城の目にもエルメスの目にも全く見えなかったが、それでもカルロスを圧倒しているのだけは見て取れた。思考を見透かすカルロスを完封したミシアの神剣の力は凄絶だ。
「当然でございます。神剣も、それを使いこなす私もそりゃもうめっちゃ強いので。魔眼程度退けてしまいます。どや」
ポニーテールが機嫌良さそうに揺れている気がするが、気のせいだろう。
「お、おう。でも、ミシアが使う神剣の力ってどういう力なんだ?俺が使う剣閃をイメージする力もあるみたいだけど、たぶんそれが本質ってわけじゃないよな?」
同じ神剣でも、水城の荒削りされた神剣の力と、ミシアの純粋な神剣の力はそもそも力の本質が違うように見えたのだ。
「……知りたいですか?」
「うん、まあ」
水城がそう頷くと、ミシアのポニーテールがまた揺れたような気がした。多分ポニーテールが感情表現しているのかもしれない。

ミシアがどこからともなく眼鏡を取り出す。

「神剣……十三天剣の一つですが、通称神殺かみごろしのつるぎと呼ばれています。……神さえも殺してしまうほどの力。一体それがなんなのか……」 
ゴクリと唾を飲む水城。通学中の学生がこんな話をしているのだ。周りの視線が痛い。
「大まかに言いますと、能力が二つございます。一つは水城様も扱える、剣閃をイメージし、斬撃として放出する力。こちらに関しましては、特に説明は不要かと思われますので省略させて頂きます。……もう一つの力。この力はあらゆる世界、契約魔、神や人、天使であってもこの神剣以外には使えない能力」
ミシアは水城の前で立ち止まり、真っ直ぐに水城を見つめる。
「使用者以外の時間の流れを強制的に停止させ、無時間状態を生み出す力でございます」
「時間停止……だと」
「ええ。この世界に存在するもの、あるいは世界そのものには必ずしも時間の流れが存在しております。この神剣は、その時間の流れを根本から停止させる事で無時間を生み出し、使用者にその中で好きに行動させる能力がございます。当然、時間停止中に傷を負わされた者、首を撥ねられた者、壊された物などは神剣の解放終了後に全て後発的に作用します」
「つまりどういう事だ?」
「時間停止中に起きた事が時間停止を終えた直後に全て適用されるのでございます。例えば私が……そうですね、私が水城様の鞄を水城様の手から既に取っている事など、使用者以外は時間停止中に起きた事を即座に認識出来ないのでございます」
そう言われて水城は自分の手を確認する。するとミシアの言葉通り水城の手から鞄が無くなっており、ミシアが水城の鞄を手にしていた。驚愕する水城に鞄を返しつつミシアは言葉を続ける。
「カルロスと呼ばれたあのはぐれ悪魔が、真偽の証という魔眼めいた力を使っても私の思考を見透かす事が出来なかったのは、私が思考を見透かれる前に神剣を使い、時間停止中に移動したためです。そうする事によって、カルロスから見た本来そこにいるべき私は既にそこにはおらず、真偽の証は思考を見透かす事が出来なかった。という感じでございますね」
「なるほど……めちゃくちゃ強いな」
当然でございます。とそこそこ大きい胸を張るミシア。表情が無表情なので違和感が凄い。
「他に何か聞きたい事はございますか?」
ちょっと食い気味に来るミシア。水城は最近気づいたのだが、ミシアは自分の話したい事を話す時、とても早口になる。
「ええと、じゃあその上で、なんだけどさ。その神剣の力、荒削りしているとは言え、俺も使えたりとかしないのか?」
水城の疑問に、ミシアは横に首を振る。
「いいえ、今のままでは無理かと。そもそも水城様にお分けしているのは荒削りした、もう一つの力の方でございます。無時間を生み出すこの力は、今の水城様では……いえ、言葉が過ぎました」
つまるところ無理なのだろう。
「いいや、いいんだ。それならそれで」
「申し訳ございません」
どの道自分は契約適正値が低く、しかも強力な力を使えば呪いという名の代償が深く身体に残る可能性がある。
「まあ、本当に俺がやばくなったら、その時はお前がその力で俺を助けてくれ」
それなら、ミシアが使う神剣の力はそのままでもいい。そう思う水城は、歩を進める。
「仰せのままに……」
ミシアは小さく頭を下げ、水城と共に通学を再開した。

水城とミシアが通学して行った後の水城の家。
「さて、洗濯物片付けちゃいましょうかね」
エルメスは二人が行った後、軽くリビングを掃除して、溜まっている洗濯物を洗濯機に入れて洗っていた。掃除が終わる頃に丁度洗濯が終わったので、掃除機を片付けて洗濯かごに洗いたての服や下着を入れるエルメス。
「水城って部屋に脱ぎっぱなしの服とか結構置いてあるからちゃんと見てあげなきゃよねぇ。制服のシャツなんか着るのが無くなったら大変なんだから」
そう呟きながら庭に出たエルメス。今日は快晴の空、絶好の天気だ。
「ていうか、戦いで付いた血とかは優先しなさいよねって話よっ。まったくもう」
愚痴っぽくなってはいるが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「……今日は早く帰ってくるかな」
最近、水城の帰りが楽しみになっているのは、彼女だけの秘密だ。初めて出会ったあの日、かなり強引に契約を迫り、学校にも行かず仕事もしない自分に住まう場所を与えてくれた水城。まだまだ契約主マスターとしては頼りなさすぎるくらいだが、一緒にいる時間はとても充実している。先日御神総督府に行き、御剣との会話を聞いたが故に、より大切にしたいという気持ちが出ているのだろう。
「……あの子も、一緒ならよかったのに……」
小さく呟くエルメス。その時、庭に強い風が吹き抜けた。干そうとしていた水城のシャツが風に飛ばされそうになり、慌てて取りに行こうとする。だが、シャツは遠くに飛ばされる事なく、宙で掴まれた。
「誰!?」
エルメスは構える。当然だ。水城の家の庭は、通常部屋からしか出る事の出来ない場所。今この場所に自分以外の、水城でもミシアでも無い人間がいるとすれば、それは侵入者なのだから。
「心外だなぁ、おい。まさかオレを忘れたのか、エルメス?」
勝ち気そうな声、銀色の髪に赤い目。水城のシャツを宙で掴んだその手の主。
「あ、あんたが……なんで」
「へっ、なんでだろうなぁ」
カルロスと廃墟で話していた、アイリスと呼ばれた少女がエルメスの前に現れた。

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