信長じゃー!ちょっと家康

Jackie

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第十三章 その一

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第十三章 

午前2016年7月27日 午前10時00分
地震発生から5時間が過ぎた。 
吾郎は信長とともに再び近所の様子を調べに出かけた。家から新宿の高層ビルが遠くに見えているはずが、今は砂塵のためか視界が悪くて確認できない。
ボコボコの道路を注意深く歩きながら鷺宮の駅に向かった。

駅では、数人の駅員がいたものの、改札口とプラットフォームを行ったり来たりするだけ特に仕事らしい仕事も無さそうだった。幸い地震当時はまだ始発が走り出していないはずである。駅員の一人に話しかけてみた。
「何か情報が入ってきましたか?」
「いや、停電で情報網が断たれていて、こちらは状況がまったく掴めないんです。隣の駅ですら連絡を取り合うことが出来ないんです」
想像したとおりだ、ここではこれ以上得るべき情報も無い。吾郎と信長はすぐに駅を後にした。
踏み切りの中央に立って下井草までの線路を見渡した。滑らかにつながっているべき線路は大きく曲がっているどころか、何本もの独立した鉄の棒となって散乱していた。もはや電車も当面運行は期待できない。逃げそびれた車が踏み切りをのろのろと横切って行った。

駅の近くのコンビニには人々が群がっていた。
ここでは真面目な店員が販売を続けていた。吾郎も水は何とか調達しておきたい。
足早に店先まで行ってみると、その店内は押し寄せた買い物客でごった返していた。二人の店員のうち一人は店に殺到した客の入店整理に追われ、一台のレジだけに長い列ができていた。買い物を済ませた客は、まるで正月の買出しのようにパンパンに膨れ上がった袋を三つも四つも抱えて、入り口から殺到する人々を掻き分けて出てきた。
「もう水と食料品はありませ~ん!並ばれても買えませ~ん」
この一言が逆に客の危機感を掻き立てて更に入り口に皆が詰め寄った。
その様子を見ていた吾郎は、ここでの買い物をあきらめた。人々の間に少しずつ不穏な空気が流れ始めていた。
信長は、現代人が目を血走らせて先を争い食料を買い漁る様子を見ていた。
(冷静な未来人が険しい形相をして詰め寄っておる。たかが水と食い物で何を目の色を変えておる)
自動販売機のつり銭取り出し口には百円玉が数枚取り出されないまま残っていた。

「そうだ、自衛隊にいた松山さんがこの辺に住んでいるんだ。彼のところに行って話しを聞きましょうよ」
吾郎はそう言うと、ごった返すコンビニの脇を通り過ぎ小道に入って行った。
「何を聞きに行くんじゃ」
「災害時には色んな救援活動がありますけど、その中で最も機動的に動いてくれるのが自衛隊という組織なんです。これから行く松山さんは以前そこに所属していたんで、こういう非常事態には詳しいはずなんですよ」
「ほぅ」
住宅街の小道に崩れ落ちた塀を乗り越えながら五分程歩くとその松山の自宅に着いた。
「松山さん、皆さん無事でしたか?この辺もひどい状況ですね」
松山は家族と共に自宅の庭に当面必要な日用品を運び出しているところだった。
「あっ菊池さん。いや~驚きましたよ。今は何とか人心地ついていますけど、地震当時は娘三人が怖がって、家の外に連れ出すのにひと苦労しましたよ。まずはお互い無事で何よりです」
「被害の方はどうですか?」
「まあご覧のとおり、家は相当軋んでいるんで余震の事を考えると当面は庭で生活するようですね。それ以外はうちには特に被害を受けるほどの物も無いので。まあ強いて挙げれば私の気に入ってた骨董皿が割れたくらいですかね」
松山は家族の避難生活の環境を整えてから、自衛隊の要請を受け救援活動に参加するつもりだという。
早速今後の政府、自衛隊の救援活動、特に水、食料の配給活動がどうなるかを聞いてみた。
「当面は都内の各地にある貯水設備や貯蔵食料品で凌いでいく事になると思います。問題はそれ以降ですね。恐らく今回は空からしか物資の支援は出来ないと思います。それも羽田が使えないとなるとヘリコプターですね。スマトラ沖地震の時は「チヌーク」という物資輸送用のヘリコプターが結構活躍したんですよ。最大の積載量が十トン程度だったかな。輸送量としては大きい方ですが日本にはまだ陸上自衛隊と航空自衛隊を合わせても確か七十機くらいしかないと思います」
「十トンが七十台ってことですか」
吾郎が試算を始めた。
「仮に水を運ぶとすると、一人一日二リットルとして二キロ、一台で五千人分、七十台で三十五万人分。それが一日各十往復したら三百五十万人分だ。東京だけでもその四倍でやっと一日の水の供給をまかなえる計算か。他のヘリコプターも使うにせよ日本だけではとても無理そうですね、外国からの協力が無いと」
松山が頷いた。
「その他に食料品も運ぶとすれば更に二倍の輸送量が必要ということになります。他にも医療品や緊急度の高いものもありますし」
チヌーククラスのヘリコプター三百台がそれぞれ毎日十往復して、やっとで東京の必要な飲み水が調達できる計算だ。
頭の中で試算できても、それが毎日の作業となると気が遠くなった。
今後の救援活動は如何に多くの輸送力に頼らなければならないかが判ったが、松山自身も局所的な救援活動には詳しいものの、これだけの被災に関してどう対処していくのか皆目検討がつかないと言う。
「先ほど緊急避難所に指定されている若宮小学校に行ってみたんですけど、まだどこからも指示が無いようで動きが無いんですよ」
「そうでしょうね。これだけ広範囲の被害で、しかも連絡網が全て断ち切られている状況だと、各避難所まで指示が行くにはまだ相当時間がかかると思いますよ。区や町単位でも勝手に動けないので、こんな時は私設の団体やボランティアグループの方が機動的に動けるんですよね。企業にしても政府と同様に上からの指示に従って動かぜるを得ないし」
「なるほど。行政として動き出すまでにはまだまだ時間がかかりそうですね」
忙しい松山に礼を言うと吾郎と信長は再び自宅に戻ることした。

庭のラジオの周りには何人かの見知らぬ人々が集まっていた。
吾郎と信長は、軽く会釈をしながら椅子にドッカと腰掛けた。
(一体これから先どうなるんだろう。何が起こるんだろう)
空を見上げても一向に太陽の姿は見えてこない。

午前11時00分
政府の対応は吾郎が予想した以上に早かった。
官邸対策室とそれに伴い内閣府情報対策室が設置された。
防衛省、警察庁、消防庁、海上保安庁、気象庁も無線網を使い矢継ぎ早に災害対策本部を設置した。
既に警察航空隊のヘリコプターや自衛隊航空機、海上保安庁の巡視船らにより被害状況が続々と報告されているという。
国土交通省も災害対策ヘリコプターを出動させ、航空、鉄道、建築物、河川等の被害状況調査を始めているという。
総務省は衛星携帯電話や無線機を被災地に向け貸与する準備を始めた。ただあまりにも広範囲なために機材は不足し、交通網の遮断によりその運搬にも時間を要するようだ。
厚生労働省は水道の被災状況調査、災害医療センターから医療班の派遣、日赤からの救護班を準備している。人工透析の提供及び難病患者等への医療の体制を確保するよう要請しているという。
経済産業省は発電所と送電線の調査、電気、ガス等のライフラインの復旧を要請し、同時に緊急援助物資提供を関係業界に協力要請中。
その他、金融庁、文部科学省、農林水産省、国土地理院ら全ての省庁で緊急対策本部、緊急対策室を設け今後の対策に臨んだ。

信長は放送を聴きながら政府の手際の良さに感心した。
一方全て予め準備されていた手順で対策が動き出したかに見えたが、如何せん予想をはるかに超えた甚大な被害が広域に発生していた。いずれも緊急度が極めて高い対処案件の中でどの地域に向けるかも含め優先順位をつける作業は混乱を極めていた。

「よう吾郎、無事だったか」
小学校時代からの友人の赤星が家を訪ねて来た。赤星は新青梅街道沿いで親から受け継いだガソリンスタンドで所長をやっている。独身で家族のいない赤星は、店内に散乱した商品を片付けると周囲の被害の様子が気になってここに立ち寄ったという。シャツの袖が破れ、手には駅前のコンビニで買ったと思われる水のボトルを持っていた。
「スタンドは大丈夫なの?」
「散々さ。柱を残して天井も全部落ちちゃったよ。店内もメチャメチャだし、敷地のアスファルトも粉々になってるし。幸いガソリンタンクだけは無事で火災の心配はなさそうだ。しばらくは休業だよ」
赤星いわく、ガソリンの貯蔵庫は地下に頑丈なタンクを埋設していて、相当な地震にも耐えられるよう設計されているらしい。
「こんな時は客がガソリンを入れに殺到するんじゃないの?」
「無理、無理。道路だってそこらじゅう滅茶苦茶で走れないよ。環七も豊玉陸橋が一部崩れてとても走れるような状況じゃない」
「えっ豊玉陸橋が?」
「そう。そもそも停電じゃ何にも出来ないよ。災害対応型給油所なら自家発電装置を使って給油できるけど、うちは違うんだ。第一、大地震の時は環七の内側は緊急車両用に全面通行禁止だし、一般車両は。環八の内側だって幹線の通行は規制されるはずだぞ」
「そうなんだ。当面車は使えないか」

吾郎と赤星が立ち話をしていると、暇を持て余したのか何人かの顔見知りが菊池家の庭に集まってきた。
優太の同級生の父親で東南アジアとの貿易業を営む稲崎、町内会の同じ年で高校で世界史を教えている横山、高円寺で不動産屋を経営する槻木、土建屋の息子福井、皆昔からの近所の飲み仲間達だった。
それぞれが自宅やその周囲の状況を一通り説明し終えると、今後の展開について各々が勝手に喋りだした。
信長は一人ディレクターズチェアに座り、皆の会話をじっと聞き入っていた。

「とうとう本当に関東に大地震がきたね」
「そうだな。ただ関東平野ごと持ち上げるなんて誰も想像してなかったよな」
「凄い揺れだったからな~。確かに何度も地面から突き上げがあったし」
「直径にしたら100kmだって。一体この台地に何人位いるんだろう?」
「東京、埼玉、神奈川がすっぽり入っているんだ。後は静岡、山梨、長野、群馬、茨城、千葉の一部、全部合わせて三千万人はゆうにいると思うよ」
「三千万人・・・。日本の人口の四分の一が被災者ということか」
「いや、被災者という意味だったら、断層の周辺が一番被害が発生しているんだ。だからその断層の外側も合わせたら四千万人いるんじゃない」
一時沈黙が訪れた。日本の全人口の三割が被災しているという事だ。

「壊滅的だね。関東平野の面積で言ったら日本全国のたかだか数パーセントだけど、人口で言ったら三割。GDPで言っても三割。だから一瞬にしてGDPで百五十兆円位が消える事になるかも」
横山が教師らしく数字で事の大きさを披露した。
「・・・・もう東京オリンピックどころじゃないね」
「オリンピックなんてとんでもない。世界中からアスリートの代わりに救援、支援部隊を派遣してもらわなきゃ」
「それでもこれだけ広いと復旧には相当時間がかかるね」
「あぁ。きっとこの辺はまだいい方と思うよ。断層付近はもっと深刻な被害が出ているらしいから。まずはその辺の救済が第一じゃないかな。土砂崩れや家も倒壊しているだろうし、火事も起きているかも知れないし」
「湾岸の辺りも液状化現象で大変なことになっているだろうね」
「東京湾の埋め立て地が液状化して、東京湾からは海水が無くなってるなんて皮肉ですよね」
「今後の物資の供給ってどうするんだろう。当然トラックなんて使えないし」
「さっき元自衛隊員だった友人と話してきたけどヘリコプターしかないよ。羽田も横田基地だって修復しないと使えないから」
「空輸だけだとすると相当大変だな」
「国内にある輸送機だけじゃとても足りないよ」
「かと言って、陸路の復旧作業なんてことも当面無理だろうし。断層をまたいで道路をつなぐ工事なんてね」
「無理だね。まだ余震だって十分可能性もあるし、焦って工事を始めて二次災害なんか起きたら政府も責任を問われるし。一年位は交通網は修復されないんじゃないの?」
「まずは周辺部の復旧が先になるね。そこを整備しない限りは関東平野をつなぐ工事にしても着工出来ないし。その後でやっとこの台地の上だ」
「順番からしたらそうなるだろうな。しばらく救援物資を当てにした生活か」
「あるいは住民全員がこの台地から移住するとか」
「三千万人いるんだよ。全員の移動なんて無理だよ。受け入れ先だって無いよ」

「当面この孤立した台地で避難生活は避けられないということか」 
ぼそっと信長がつぶやいた。
「そういう事ですね」 吾郎が応じた。
「水はどうなるんじゃ」
「二、三日したら給水車がやってくると思います」
「この近辺だと江古田とか井草森公園に給水所があるはず。防災訓練のときに東京都で確か都民の一ヶ月分位の水は確保できているって聞いた記憶はあるよ。全部飲料水として使えるかどうかは知らないけど。それと今回の地震で被害を受けていなければの話だけど」
「ただ、全地域が被災地だから、給水車の手配がつくかな」
「ふむ」

「ところでどちら様?」 
槻木が吾郎に問いかけた。
「あ~まだ紹介していなかったね、こちら織田信長さん」
「ぷっ、凄い名前ですね。親ごさんが相当好きだったんですね」
信長が槻木をじっと見た。
「いや、槻木、本物なんだよ」
「何言ってんだよ~、どういう意味、本物って」
「信じられないかもしれないけど、ちょっと前に銀座で騒動を起こした武士がニュースになったの覚えていない?実はその人がここにいる織田信長さん。ほら後ろ見てごらんよ、あの馬がむら雲」
「本物だけど、同姓同名だろ?」
「違うんだよ」
吾郎が皆に当時の様子を経緯に沿って詳しく話をしたものの誰もすぐには信じない。
信長に冷やかし半分で色々と質問を投げかけているうちに段々と信長の顔が赤みを帯びてきた。

そんな時にラジオから地震の最新情報が入ってきた。
信長の話題は中断され、皆ラジオに聞き耳を立てた。
電気と水道に関する被害状況報告だった。

関東向けの電力供給は東京電力の管轄であるが、今現在原子力発電は福島原発事故以降棚上げされ、水力、火力の二つが主力発電である。
東京電力から入ってきた情報によると水力発電所はほぼ全滅であった。山梨の葛野川発電所以外は長野、群馬、栃木といった台地外に建設されていて、その間をつなぐ全ての電送路が切断されたもようだ。
火力発電所は地震直前まで関東の総供給電力の半分以上を担っていた。東京湾を囲むように横須賀、横浜、川崎、大井、品川、千葉、市原、姉ヶ崎、袖ヶ浦、富津に位置する各発電所は、今現在それぞれの所員達が発電所の安全点検を実施している最中だという。ただ発電所が無事に稼動出来たとしても変電所、送電線、配電線の確認作業がこの広い被災地全てにおいて必要なため、膨大な手間と時間を要するとのことであった。つまるところいつ停電が解消されるかは、まだ見当がつかない状況だという。
実は更に致命的な事態が発生していた。この地震で東京湾の海底が地上に顔を出し、湾内の海水が消失したため、石油やLNG等の燃料を運び込むタンカーが発電所の傍まで運び込めなくなった。発電所への燃料供給が今後出来なくなるという。

続いて水源に関しての状況が報じられた。
今回の地震で埼玉、東京、千葉にまたがり水を供給していた最も重要な利根川が消失してしまった。これにより水資源の大半を利根川水系とそこから派生する江戸川に依存していた千葉県は最も危機的な状況下に置かれた。県内には養老川と小櫃川(おびつがわ)があるが全体の必要給水量の十五パーセント程度しかまかなえない。
東京都は荒川水系と多摩川水系の二つは残されていたものの利根川水系に必要水量の六十パーセントを依存していた。
埼玉県は利根川水系の他には荒川水系と入間川があった。
神奈川県は相模川、酒匂川(さかわがわ)が、山梨県は多少事情が違って地下水の比率が五十パーセント程あって河川の影響をあまり受けない。
静岡県に関しては伊豆への水供給源の狩野川水系は無事であったが八幡取水場、中島浄水所が破壊され、三島、熱海などへの供給は行えない。台地の外側は天竜川、都田川および地下水でまかなえるらしい。
今まで大きく依存してきた利根川水系の水源が消失してしまったことにより、たとえ水道工事の修復が行われたところで、千葉と東京は頼るべき水源の大半が無くなってしまったという。

ラジオ放送は事実を淡々と伝えていたが、その事実から予想される今後の生活は何か絶望的に思えた。電気も水も従来どおりの安定供給は今後期待出来ない。一時的な停電と断水では済まなくなってしまった。
この間、誰も声を発することなく淡々と被害状況をただ聞き流すだけだった。

各都県別の水道詳細状況が伝えられてきた。
東京は唯一発電設備を持つ東村山浄水場以外はいずれも停電により取水、送配水ポンプが止まったままだという。都内に二百の震災対策用応急給水槽と浄水場・給水所があるというが、新たに取水が開始されない事にはこれも時間の問題でいつか枯渇するという。地下に埋設されている水道管の破損、破裂による漏水の確認も含め水道の復旧にもまだ相当な時間が必要となるらしい。

続いて放送、通信のインフラに関する被害状況。
関東にある全てのテレビ局、ラジオ局、携帯電話サービスのいずれも停波中。停電が解消されても中継局、伝送路の状態によっては復旧に時間を要する可能性があり現在調査中。

東京を含む関東平野一帯は今朝の大地震で一瞬にして全ての文明社会が機能不全に陥いった。そしてそれがいつ復旧するか分からないという。いや電力、水事情に関しては地震前の状況に復帰する事は当面有り得ないのである。

皆がこのニュースに呆然とした。
「電力も水も元に戻る事は無いのか・・・・・・」
「火力発電所も使えなくなる・・・・・」
「利根川が消失・・・」
更に皆の気持ちが萎えて行った。
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