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第十一章
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第十一章
優太に乗馬を教える傍ら、信長も自転車に乗れるようになった。
(ほお、面白いものに乗っておるの~)
初めて家の周りで自転車に乗った老人を見つけた時は軽業師かと思った。
薄っぺらな車体でスイスイと走る様子に興味をそそられ、一旦家に戻ってそのことを由紀に報告した。
「自転車ね。ちょっと出かける時には便利よ。私ので良かったら練習してみる?」
早速庭で試しに乗ってみたが、当然転ぶだけでろくに走れない。
信長は更に広い場所を求め、夕方子供達の帰った公園で練習を試みた。
声を出して転ぶ度に周囲のアパートの住人が窓から顔を覗かせた。
(いや難しいわ)
何度やっても転ぶだけで、いつしか自転車の買い物カゴがいびつに曲がり、それを直そうと力をいれると更にひどい形に変形していった。
夕食に戻ってこない信長を心配した由紀が、公園まで迎えに来た。
「いきなり今日練習を始めて今日乗るなんて無理よ。また明日にしたら?」
「そうじゃな」
信長が砂まみれの顔ですまなそうにカゴを見た。
その異様な形へと変わり果てた自転車カゴを見て由紀は言葉を詰まらせた。
家まで自転車を押して帰る間、ずっと軋み音が鳴り続けていた。
その翌日、由紀は中杉通り沿いにある自転車屋で自転車の補助輪と新しいカゴを取り付けてもらった。信長は自転車屋に礼を言うと早速それに乗りガラガラと音を立てながら自宅に向かった。
「由紀殿、これなら大丈夫じゃ」
道中、道行く人々に振り返られ、子供達は信長を指差して笑った。由紀もこの間必死で笑いを堪えた。
その晩、夕食時にこの話が挙がると、さすがに吾郎も笑いながらも気の毒に感じた。
「皆、自転車に乗るにはそれなりに練習が必要なんですよ。でも良い方法があります。明日から車庫にあるキックボードに乗る練習をしてみてください。同じ二輪車で車輪も小さいし、転ぶことも無いから安全ですよ。これで練習すれば必ず自転車に乗れるようになりますから」
実際優太は二歳の頃からキックボードで遊び、三歳の誕生日の前に補助輪無しの自転車を乗り回すようになって周囲の人々を驚かせた。
翌日から信長は与えられたキックボードで庭先をゴロゴロと乗りまわすうちに本当に補助輪をはずして自転車に乗れるようになってしまったのだ。
2016年7月25日 (月曜日)
信長が現れて丁度ひと月が過ぎた。現代で過ごす毎日が全て新鮮な驚きの連続で、信長は翻弄され、戸惑いながらも現代の日本人としての暮らしを吸収していった。
二週間前に日光に行って以来、家康からの連絡が途絶えていたが、大喜多からの電話で、家康が手術をして入院しているらしい。
命に別状はないらしいが、なんでも胃癌であったという。
この日、由紀と信長は家康の入院している信濃町の慶応病院に見舞いに行くことにした。
慶応病院の三号館の特別室に家康はいた。病院とは思えない広い個室に大きなソファとテーブルが備えられ、奥には小さなキッチンまでもあった。
部屋に入っていきなり由紀が信長の耳元で囁いた。
「このお部屋相当高いわよ、さすがね」
「ふん」
部屋に入ってまっすぐ進むと、左手奥に家康がベッドに横たわっていた。
既に大喜多と財団の職員と思われる女性が一人、家康の世話をしていた。
信長と由紀の姿を目にした家康はゆっくりと半身を起こした。
「これは、これは。わざわざこんなところまでお越しいただいて」
以前より頬がこけていた。
「痩せたようじゃのう」
「腹を切りましてな」
「聞いたぞ。それにしては元気そうじゃな」
「はい、先日お話しましたようにここのところ実はずっと胃の調子が良くなくて。で、ここの医者を勧められて診てもらったところ、胃癌だと診断されましてな」
「危険な病か」
「ええ、今でも中々厄介な病気だそうですな。そのまま放っておくと命が無いと言われ、嫌々ではありますが手術を受けた次第で、なにやら胃を半分程取り出したようです」
「え~、それで良く生きておられるのう」
「未来は大したものですな。以前からの痛みが、手術以降はすっかり良くなり、診断次第では明日に退院できるそうで。医者曰く、今回完璧に取り除いたので、後は定期的にここに通えばまだまだ長生き出来そうだと」
「それは良かったのぉ。しかし痛かったじゃろう、胃をそれだけ切ったら。儂なんぞ考えただけで身震いするわ」
「そこですな、いや未来は本当に大したものでございます。痛み止めに麻酔をかけた後は意識も無く、気が付けばここにおりました。それで腹をみたらさぞ大きな傷が有ると思いきや、これですよ」
家康は寝間着の帯をほどくと、腹を出して見せた。そこには四、五か所絆創膏が貼ってあるだけだった。
「全く傷が無いのぅ」 信長が目を剥いた。
「これが未来の医学とやらで、小さな穴を開けてそこから胃を取り出すようです」
「今回は腹腔鏡手術でお願いしましたので」
傍らに立ったままの大喜多が由紀に向けて補足した。
「ほ~未来人が長生きするわけじゃ」
「そう思います。大した世の中です」
「どうぞ、宜しければ」
職員の女性が由紀と信長にお茶を差し出してくれた。
「ところで、例の件は進んでおるのか?もっともおぬしがこの有り様なら仕方無いがのう」
「大丈夫でございます。私の代わりに大喜多が動いてくれております。まだ全国行脚を始めたばかりでございますが、党員の募集も着々と進めております。皆、徳川家からの指示であれば勅命と同義などと言ってくれて真剣に考えてくれているようですぞ。勅命と同義、などと言われてはむず痒い感じがしますな。ふぉふぉ、いたたたっ」
介護の女性が慌てて家康の傍に駆け寄った。
「・・・・・まぁ良い。それとな、国の第一党を目指すとなると、その政策も必要なんじゃ。この国をどうしていきたいかを天下に示さねば国民の支持を得られんのじゃ」
「仰る通りでございますな」
(・・)
「で、これも皆でゆくゆく協議していきたいんじゃ」
「その点に関しては、信長殿のご意向をまずお伺いしたいものですな。殿が日本統一にあたってどの様にお考えになっておられるか、儂等一同まずは拝聴させていただきたく」
家康の発した圧に信長の持つ茶が揺れた。
「わ、わかった。よかろう、今度皆に聞かせよう。ん~由紀殿、そろそろじゃ」
「信長殿、城に関しての進捗状況をお伝えしたいのですが宜しいでしょうか」
帰る素振りを見せた信長に、大多喜が口を開いた。
「ほう、どうなっておる」
「はい、伐採作業は先週内に既に完了し、現在は整地作業をやっております。これからひと月程で基礎工事を終え、その二か月後、業者には相当無理を言いましたが完成にもっていけそうです。何とか選挙活動に間に合う十月中には入城が可能かと」
「本当にそんなに早く上がるのか?ふた月では儂等は石垣も積めんわ。数年がかりの大普請だと思っておったがのう」
「大喜多には選挙に間に合わせるようにと念を押しておきましたのじゃ」
「はい、現代技術の粋を集めて臨みます」
「そうか、楽しみじゃ。早く天守閣に登ってみたいの~。では家康、儂等は帰る。しっかり養生せよ」
「はは~っ」
信長は由紀を伴って個室を後にした。
「もっとゆっくりお話ししてても良かったのに」
「儂は忙しいんじゃ」
「でも徳川家ってすごいわね、やることが」
「ふんっ」
(政策か~。早く何とせねばな。吾郎に相談じゃ)
その晩、吾郎から“仕事の件で急に外食することになった”と連絡が入った。
それを聞いていた優太が歓声をあげた。
「やった~今日はラーメンの日だ!」
「ちょっと~吾郎がいないからって別にラーメンじゃなくてもいいわよ。何か他のものを作ってもいいんだから」
喜ぶ優太の大きな声に由紀は赤面した。
「いいよ、ラーメンにしようよ。僕も手伝うから」
早速優太がキッチン奥の収納棚まで行き、買い置きしてあったカップ麺を3つテーブルに運んできて封を切った。由紀がそのそれぞれにお湯を注いで待つこと三分。
蓋をあけると容器から湯気が立ち昇り、食欲をそそる匂いがテーブルの上を漂った。
「これで出来上がりか?湯を入れただけで」
「そうなの、手抜きでごめんなさい。でも最近のラーメンって美味しいの」
信長も割り箸を割って食べ始めた。
「湯を入れるだけでこれだけの料理が出来るとはのぅ」
「簡単だけど国民食と言われる位人気があるのよ。それにこれって麺を一度乾燥させたり、油で揚げたりしてるから保存食にもなるの」
「ふ~ん。儂等の干し飯と理屈は同じじゃが味は大違いじゃ」
「まだ欲しければ、違う味のもい~っぱい棚にあるよ。僕はもうごちそうさまだけど」
「ちょっと~変な事言わないでよ」
ラーメンを食べ終えた優太はさっさと椅子から立ち上がると、ソファの上のテレビリモコンに向けて勢いよくダイビングした。
「実はね、日本でラーメンを最初に食べた人は水戸光圀だと言われているの」
「誰じゃ?」
「家康さんの子孫」
「ほ~お、ではこれからは織田信長が最初に食ったと歴史を修正しておいてくれ。家康には儂から一言いっておく」
簡単な夕食が終わり、優太は気に入った番組が無かったのか、ソファーで漫画を読んでいる。信長はテレビのニュースをただ眺めていた。
(政策か~。この国を儂はどうしたいんじゃ。何が不足しておるというんじゃ。皆旨いものを食べ、女子供だけでも外敵を恐れる必要も無く、夜でもこうやって明るい部屋で安心して過ごせるんじゃ。子供は二十歳まで仕事もせず勉強することを許され、好きな仕事を選べるという。既に完成された世の中ではないか)
信長がテレビを指さしながら優太に話しかけた。
「優太よ、ここの男達はなんで鉢巻を首からぶら下げておるんじゃ?」
「あ~ネクタイね。意味は無いんだけど外国から伝わった風習だよ」
「ほ~合理的な未来でもまだ意味の無い風習があるのか。まだかわいげが残っておったか」
「ははっ。殿からみたら僕らの格好も不思議なんだ。僕からしたら、お侍さんのちょんまげも不思議だけどね」
「なるほどのぉ~。首にぶら下げるか、頭のてっぺんに置くか、確かにどちらも無用じゃの。
ところで優太、儂はテレビを見ていていつも不思議に思うんじゃが、何故こうやって人が殺されたくらいで毎日話題になるんじゃ?」
優太が顔をあげた。その質問の方がむしろ不思議だった。
「だって人が殺されたんだよ。大変な事じゃないの?」
「それのどこが大変なんじゃ。どうしてそれを皆が知る必要があるんじゃ?」
「・・・」
優太には答えられなかった。
「儂等の時代は人が死ぬ事など日常茶飯事じゃ。だが多くの者はそんな事は知らないままじゃ。知ったところでどうしようもないし、興味も無い。皆がそれを知ってどうなるんじゃ?」
「別に知らなくてもいいんだけど・・逆に見たくなければ見なきゃいいし・・」
「ふ~ん、そんなどうでも良い事までテレビで流しておるのか。余程暇なのか、他に何か事情があるんじゃな」
「自分の周りで起きてる事を知ることは大事だと思うんだけど・・」
優太には信長の質問の意味が最後まで分からなかった。
「ただいま~」 吾郎が帰ってきた。
風呂の準備を終えた由紀が廊下の奥から玄関に向かった。
「お帰りなさい。随分早いわね。今日もまた午前様だと思ってたから」
「もう一軒誘ったんだけど、また今度って、言われちゃってさ」
「珍しいわね、それでまっすぐ帰ってくるなんて」
吾郎はジャケットを由紀に手渡しながらリビングルームに向かうと、部屋にいた信長と優太に「ただいま」と声をかけ、冷蔵庫から缶ビールを二つ取り出し椅子に腰掛けた。
「殿も飲みます?」
「そうじゃの、貰うか」
二人は缶のままビールを飲み始めた。
「今日家康さんのお見舞いに殿と一緒に慶応病院まで行ってきたのよ」
「え、どうしたの?」
「十日くらい前に胃癌で胃を半分位摘出したんだって」
「本当、そりゃあ大変だったね」
「でも腹腔鏡手術だったから、もう傷も殆ど無なくて明日退院予定なんだって」
「ふ~ん、腹腔鏡って随分楽なんだね」
「でね、凄い個室にいたんだから。多分慶応病院で一番高い個室よ」
「家康さんは当然保険が効かないから凄い額になるんじゃない。それはそうと一度家康さんに会ってみたいな~」
「僕も会ってみたい」
「ふんっ」
信長は会話に入ってくるタイミングを外さない。
「城の方も順調に作業が進んでいるようじゃ。十月中には城に入れるようなことを言ってたぞ」
「随分早いですね~」
「ふむ、驚きじゃ。そんなに簡単に出来るんじゃったら、今度国に戻ったらあちこちに十や二十も造ってみたいもんじゃ」
「ははっ、でもお金がもたないでしょ。そんなに造ったら」
「そうじゃな。それと例の党の政策の話なんじゃがな。奴もそれは必要だと言っておって、まず儂等の意見を聞きたいと言っておるんじゃ」
「儂等?」
「意地悪を言うでない、儂のじゃ」
「そうですよね」
「どうしたもんかの~。大将となればやはり政策を皆に伝えんといかんのじゃ」
「当然必要ですよね。とりあえずまずは自分で考えて下さいよ」
「またそんなことを言う~。この通りじゃ、前にも言った通り儂は今迄そんな風に考えた事が無かったんじゃ。考えるより先に思うがままに行動してきたんじゃ」
「へへ、大丈夫ですよ。ちゃんと準備出来ていますよ」
「本当か!?さすが吾郎!いい参謀じゃ。早速教えてくれ」
「ここに資料を持っているんですよ」
吾郎は鞄の中からクリアファイルを取り出すと、その中の一枚ペラの資料を信長に手渡した。
「結構真剣に考えたんですよ、何日かかけて。で、ようやく出来た案がこれ。難しいと思いますけど、取りあえず目を通してみてください。由紀も優太もちょっと見てよ。一生懸命作ったんだからさ」
「え~いやだ」
「私もみんなの明日の準備で忙しいし・・・」
「いいから、いいから。こっちに来て座って」
吾郎からそれぞれ資料を手渡され、取りあえず三人がそれを眺め始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
― 新党参上!-
“これからの四次元社会に向けた挑戦者軍団”
“超高度情報社会に向けた新たな国つくりを推進する党“
“その名は、戦国武将連合・天下統一党!”
<天下統一党の政策>
我が党は、近未来の四次元社会の到来を予期し、それに必要な技術支援と開発環境整備、事業戦略立案を国策として推進していきます。
1、 革新技術開発支援及び推進制度の策定
2、 新たな社会環境を見据えた安全対策及び法整備、倫理問題協議
3、 織田信長、徳川家康にみるタイムスリップ現象の検証
<今後の支援対象技術>
1)人工知能、2)ロボティクス、3)MPU開発、4)脳機能解析、
5)3Dホログラム、6)パブリッククラウド、7)ビッグデータ解析、8)データストレージ、9)映像・音声再生 以上
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本日の講義が強制的に始まった。
「これからの社会はまさに四次元情報社会に向かって行くんです。我が党は、このトレンドを国策として推進していく党とします!」
吾郎の小鼻が膨らんだ。
「説明するとこういう事です。殿や家康さんがいるから四次元をキャッチコピーとして使っているけど、実際には疑似四次元なんですね。ここで言う四次元とは、時間と空間を自由に操ることが出来るという意味で使っています。ちょっとややこしいから良く聞いて下さいよ~。
今後IT関連技術が益々発達して行くと、その未来はあたかも四次元の世界を彷彿とさせるよな環境が実現出来てくるんです。
まず空間を自由に行き来するための技術。これはGoogleマップのストリートビューの進化形だと思ってください。殿のお気に入りのGoogleアースでは家に居ながら好きな所に行けるでしょう?あれが更に大画面化し、立体的になり、更に写真ではなく映像を使い、季節や時間帯も選べるようになります。将来は、臭覚、味覚、触覚もネット経由で伝えられるようになるから、東京の自宅でパリの三つ星ホテルのレストランで食事を楽しむようなことも出来るんです。満腹感すら感じ取れるようになるんです。あたかも瞬間移動して、その場にいるような臨場感を楽しむ事が出来るようになるんです。ここまではいいですか?」
吾郎は自分で作ったこの案が余程気に入っているのか、興奮して視聴者の反応が全く目に入っていない。
「次に今度は時間が制御できるか。これに関しては、残念ながら未来はまだシュミレーションの範囲を超えません。でも過去に関してはこれからかなりの精度で再現できるようになるんです。その中の核心技術が人工知能。この技術が発達してきてコンピュータがあたかも感情を持ったかのような振る舞いを始めたんです。去年発売されたペッパーなんかもその例だけど。
で、この人工知能を使って、過去を再現できるようになっていくんです。今まで蓄積された写真や映像データを3Dで再生すれば簡単に過去の環境に身を投じることが出来るようになるし、逆に既に亡くなった過去の人間を呼び出すことも出来る。
例を挙げて説明すると、僕の亡くなったおじいちゃんの写真や映像や過去の言動をデータベース化しておけば、外でピクニックでもしている時に、クラウド経由でデータを呼び出し、3Dホログラムで再現したら、亡くなったおじいちゃんと一緒にピクニックで楽しいひと時を過ごすことが出来るんです。人工知能技術が発達するとそのおじいちゃんは、環境によってその時々のおじいちゃんの反応を返してくれるし、相談すればおじいちゃんの思考ロジックで、生きていた時と同様に適切な答えまで出してくれるんです。正に亡くなったおじいちゃんが将来にわたり、いつでもいてくれるような世界が実現できるというわけです。
この凄いところは、そのピクニックに行ったという最新の経験値を、現時点の“人類の知恵の総和”とでも言うべきグローバルウィズダムに、追加していく事が出来るんです。これからの未来は、現存する人間の経験値だけでなく、既に亡くなった先祖の言動、発言までが今存在するグローバルウィズダムに影響を及ぼしてくるんです。
仮に僕が死んでも、僕のデータが人工知能技術の元に再生されれば、未来永劫僕の発する知恵がその時々の“人類の知恵の総和“にインプットされ続けられるんです。僕の知恵は留まることなく未来永劫成長するんです。言い換えると、個々の人間の知恵をクローン化した上で集積され、永遠の命と共にそれ自身が成長する。これが未来のグローバルウィズダムの姿なんです。
仮に地球上に寿命が百年の人達が百億人いたとしましょう。その条件で百年が経った後の話をすると、乱暴な計算だけど、百年後の地球には百億人しかいないにも関わらず、最大五千億人の知恵がビビッドに活用できるんです。どうです。凄いでしょ~!!」
吾郎は叫んでいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうみんな?凄いでしょ。どう?感想聞かせて」
俯いていた三人がようやく顔をあげた。
「儂にこの説明を皆の前でやれ、と言われても無理じゃ。それに誰もこれが儂が考える政策だ、とは考えてくれんじゃろぅ。特に家康などは」
「・・・・ちょっと党の名前とスローガンが合っていないんじゃない?なんだかカッコ悪い」
「僕も何の事を言っているのか、さっぱり分からなかった。後半はちょっと眠っちゃったしね」
(あんなに真剣に考えてきたのに、これか・・・・・)
「いいよ、じゃあ終わりにするけど、こんなSFのような話だけど、予め知っておかなきゃいけない事が有るんだ。それだけ説明します。実はこの技術、本来我々人類が作り出した技術にも関わらず、ある所へ到達すると、我々の手に負えない代物になってしまう危険性をはらんでいるんです。技術的特異点て言うんだけど、これを超えた時点で、人類では制御出来ない世界がやってくる。その先は、我々にとって天国なのか地獄なのかも分からない。この点はしっかりと推測だったり、議論だったり、観察だったりをしていかなきゃいけないし、クローン人間以上に倫理上の問題も発生すると思うんだ」
「やだ、何か怖い。そんなことやっていいの?」
「儂もはっきりとは言えんが、これが本当に皆の生活を豊かにする方法なのかどうか分からんのぉ。しっくりこんのじゃ、はたしてこれが社会の役に立つことなのか、どうなのか。大義が直観的に違う方向を向いている気がするんじゃ。難しい事を言ってるが、一方何か薄っぺらい上辺だけで物を考えているような、そんな気がしてならんのじゃ」
「そんな事ありませんよ。物凄く革新的な話をしてるんですよ。大丈夫ですよ。殿と家康さんの存在と、この未来に向けた革新的なテーマを持って選挙に行きましょうよ。勝てますから」
「そうかのぉ」
「嫌だったら、別の政策を殿自身で考えてみてくださいよ」
「それは・・・」
「絶対いけますよ。楽しみだなぁ。という訳で本日の講義はおしまい」
吾郎を除く三人は、リビングルームから逃げるように散って行った。
あくる朝、むら雲の視線を背に受けながら信長は自転車で門を潜り抜けた。
自転車に乗れるようになった信長は、時間があれば近所の細い道を走り回り、その都度新しい発見があった。ただ今日の信長は、昨日の吾郎の新党スローガンを考えて周囲の景色があまり目に入らない。
(あれが本当に皆を幸せにするための策かのぅ。天下を取るための大義が皆に伝えられるかのぅ)
上を見上げると電線の間から空が見えた。
信長は未来の世界で唯一忌まわしいと思ったものが電線であった。
小道から見上げる空に縦横無尽に張り巡らせた電線は、醜い蜘蛛の巣のようで取っ払ってやりたい衝動にも駆られた。
その電線越しの空に、今日もおかしな雲が浮かんでいた。まるでチョココロネを放射状にいくつも並べたような雲が南西の方角から立ち込めていた。
(おかしな雲じゃのう)
優太に乗馬を教える傍ら、信長も自転車に乗れるようになった。
(ほお、面白いものに乗っておるの~)
初めて家の周りで自転車に乗った老人を見つけた時は軽業師かと思った。
薄っぺらな車体でスイスイと走る様子に興味をそそられ、一旦家に戻ってそのことを由紀に報告した。
「自転車ね。ちょっと出かける時には便利よ。私ので良かったら練習してみる?」
早速庭で試しに乗ってみたが、当然転ぶだけでろくに走れない。
信長は更に広い場所を求め、夕方子供達の帰った公園で練習を試みた。
声を出して転ぶ度に周囲のアパートの住人が窓から顔を覗かせた。
(いや難しいわ)
何度やっても転ぶだけで、いつしか自転車の買い物カゴがいびつに曲がり、それを直そうと力をいれると更にひどい形に変形していった。
夕食に戻ってこない信長を心配した由紀が、公園まで迎えに来た。
「いきなり今日練習を始めて今日乗るなんて無理よ。また明日にしたら?」
「そうじゃな」
信長が砂まみれの顔ですまなそうにカゴを見た。
その異様な形へと変わり果てた自転車カゴを見て由紀は言葉を詰まらせた。
家まで自転車を押して帰る間、ずっと軋み音が鳴り続けていた。
その翌日、由紀は中杉通り沿いにある自転車屋で自転車の補助輪と新しいカゴを取り付けてもらった。信長は自転車屋に礼を言うと早速それに乗りガラガラと音を立てながら自宅に向かった。
「由紀殿、これなら大丈夫じゃ」
道中、道行く人々に振り返られ、子供達は信長を指差して笑った。由紀もこの間必死で笑いを堪えた。
その晩、夕食時にこの話が挙がると、さすがに吾郎も笑いながらも気の毒に感じた。
「皆、自転車に乗るにはそれなりに練習が必要なんですよ。でも良い方法があります。明日から車庫にあるキックボードに乗る練習をしてみてください。同じ二輪車で車輪も小さいし、転ぶことも無いから安全ですよ。これで練習すれば必ず自転車に乗れるようになりますから」
実際優太は二歳の頃からキックボードで遊び、三歳の誕生日の前に補助輪無しの自転車を乗り回すようになって周囲の人々を驚かせた。
翌日から信長は与えられたキックボードで庭先をゴロゴロと乗りまわすうちに本当に補助輪をはずして自転車に乗れるようになってしまったのだ。
2016年7月25日 (月曜日)
信長が現れて丁度ひと月が過ぎた。現代で過ごす毎日が全て新鮮な驚きの連続で、信長は翻弄され、戸惑いながらも現代の日本人としての暮らしを吸収していった。
二週間前に日光に行って以来、家康からの連絡が途絶えていたが、大喜多からの電話で、家康が手術をして入院しているらしい。
命に別状はないらしいが、なんでも胃癌であったという。
この日、由紀と信長は家康の入院している信濃町の慶応病院に見舞いに行くことにした。
慶応病院の三号館の特別室に家康はいた。病院とは思えない広い個室に大きなソファとテーブルが備えられ、奥には小さなキッチンまでもあった。
部屋に入っていきなり由紀が信長の耳元で囁いた。
「このお部屋相当高いわよ、さすがね」
「ふん」
部屋に入ってまっすぐ進むと、左手奥に家康がベッドに横たわっていた。
既に大喜多と財団の職員と思われる女性が一人、家康の世話をしていた。
信長と由紀の姿を目にした家康はゆっくりと半身を起こした。
「これは、これは。わざわざこんなところまでお越しいただいて」
以前より頬がこけていた。
「痩せたようじゃのう」
「腹を切りましてな」
「聞いたぞ。それにしては元気そうじゃな」
「はい、先日お話しましたようにここのところ実はずっと胃の調子が良くなくて。で、ここの医者を勧められて診てもらったところ、胃癌だと診断されましてな」
「危険な病か」
「ええ、今でも中々厄介な病気だそうですな。そのまま放っておくと命が無いと言われ、嫌々ではありますが手術を受けた次第で、なにやら胃を半分程取り出したようです」
「え~、それで良く生きておられるのう」
「未来は大したものですな。以前からの痛みが、手術以降はすっかり良くなり、診断次第では明日に退院できるそうで。医者曰く、今回完璧に取り除いたので、後は定期的にここに通えばまだまだ長生き出来そうだと」
「それは良かったのぉ。しかし痛かったじゃろう、胃をそれだけ切ったら。儂なんぞ考えただけで身震いするわ」
「そこですな、いや未来は本当に大したものでございます。痛み止めに麻酔をかけた後は意識も無く、気が付けばここにおりました。それで腹をみたらさぞ大きな傷が有ると思いきや、これですよ」
家康は寝間着の帯をほどくと、腹を出して見せた。そこには四、五か所絆創膏が貼ってあるだけだった。
「全く傷が無いのぅ」 信長が目を剥いた。
「これが未来の医学とやらで、小さな穴を開けてそこから胃を取り出すようです」
「今回は腹腔鏡手術でお願いしましたので」
傍らに立ったままの大喜多が由紀に向けて補足した。
「ほ~未来人が長生きするわけじゃ」
「そう思います。大した世の中です」
「どうぞ、宜しければ」
職員の女性が由紀と信長にお茶を差し出してくれた。
「ところで、例の件は進んでおるのか?もっともおぬしがこの有り様なら仕方無いがのう」
「大丈夫でございます。私の代わりに大喜多が動いてくれております。まだ全国行脚を始めたばかりでございますが、党員の募集も着々と進めております。皆、徳川家からの指示であれば勅命と同義などと言ってくれて真剣に考えてくれているようですぞ。勅命と同義、などと言われてはむず痒い感じがしますな。ふぉふぉ、いたたたっ」
介護の女性が慌てて家康の傍に駆け寄った。
「・・・・・まぁ良い。それとな、国の第一党を目指すとなると、その政策も必要なんじゃ。この国をどうしていきたいかを天下に示さねば国民の支持を得られんのじゃ」
「仰る通りでございますな」
(・・)
「で、これも皆でゆくゆく協議していきたいんじゃ」
「その点に関しては、信長殿のご意向をまずお伺いしたいものですな。殿が日本統一にあたってどの様にお考えになっておられるか、儂等一同まずは拝聴させていただきたく」
家康の発した圧に信長の持つ茶が揺れた。
「わ、わかった。よかろう、今度皆に聞かせよう。ん~由紀殿、そろそろじゃ」
「信長殿、城に関しての進捗状況をお伝えしたいのですが宜しいでしょうか」
帰る素振りを見せた信長に、大多喜が口を開いた。
「ほう、どうなっておる」
「はい、伐採作業は先週内に既に完了し、現在は整地作業をやっております。これからひと月程で基礎工事を終え、その二か月後、業者には相当無理を言いましたが完成にもっていけそうです。何とか選挙活動に間に合う十月中には入城が可能かと」
「本当にそんなに早く上がるのか?ふた月では儂等は石垣も積めんわ。数年がかりの大普請だと思っておったがのう」
「大喜多には選挙に間に合わせるようにと念を押しておきましたのじゃ」
「はい、現代技術の粋を集めて臨みます」
「そうか、楽しみじゃ。早く天守閣に登ってみたいの~。では家康、儂等は帰る。しっかり養生せよ」
「はは~っ」
信長は由紀を伴って個室を後にした。
「もっとゆっくりお話ししてても良かったのに」
「儂は忙しいんじゃ」
「でも徳川家ってすごいわね、やることが」
「ふんっ」
(政策か~。早く何とせねばな。吾郎に相談じゃ)
その晩、吾郎から“仕事の件で急に外食することになった”と連絡が入った。
それを聞いていた優太が歓声をあげた。
「やった~今日はラーメンの日だ!」
「ちょっと~吾郎がいないからって別にラーメンじゃなくてもいいわよ。何か他のものを作ってもいいんだから」
喜ぶ優太の大きな声に由紀は赤面した。
「いいよ、ラーメンにしようよ。僕も手伝うから」
早速優太がキッチン奥の収納棚まで行き、買い置きしてあったカップ麺を3つテーブルに運んできて封を切った。由紀がそのそれぞれにお湯を注いで待つこと三分。
蓋をあけると容器から湯気が立ち昇り、食欲をそそる匂いがテーブルの上を漂った。
「これで出来上がりか?湯を入れただけで」
「そうなの、手抜きでごめんなさい。でも最近のラーメンって美味しいの」
信長も割り箸を割って食べ始めた。
「湯を入れるだけでこれだけの料理が出来るとはのぅ」
「簡単だけど国民食と言われる位人気があるのよ。それにこれって麺を一度乾燥させたり、油で揚げたりしてるから保存食にもなるの」
「ふ~ん。儂等の干し飯と理屈は同じじゃが味は大違いじゃ」
「まだ欲しければ、違う味のもい~っぱい棚にあるよ。僕はもうごちそうさまだけど」
「ちょっと~変な事言わないでよ」
ラーメンを食べ終えた優太はさっさと椅子から立ち上がると、ソファの上のテレビリモコンに向けて勢いよくダイビングした。
「実はね、日本でラーメンを最初に食べた人は水戸光圀だと言われているの」
「誰じゃ?」
「家康さんの子孫」
「ほ~お、ではこれからは織田信長が最初に食ったと歴史を修正しておいてくれ。家康には儂から一言いっておく」
簡単な夕食が終わり、優太は気に入った番組が無かったのか、ソファーで漫画を読んでいる。信長はテレビのニュースをただ眺めていた。
(政策か~。この国を儂はどうしたいんじゃ。何が不足しておるというんじゃ。皆旨いものを食べ、女子供だけでも外敵を恐れる必要も無く、夜でもこうやって明るい部屋で安心して過ごせるんじゃ。子供は二十歳まで仕事もせず勉強することを許され、好きな仕事を選べるという。既に完成された世の中ではないか)
信長がテレビを指さしながら優太に話しかけた。
「優太よ、ここの男達はなんで鉢巻を首からぶら下げておるんじゃ?」
「あ~ネクタイね。意味は無いんだけど外国から伝わった風習だよ」
「ほ~合理的な未来でもまだ意味の無い風習があるのか。まだかわいげが残っておったか」
「ははっ。殿からみたら僕らの格好も不思議なんだ。僕からしたら、お侍さんのちょんまげも不思議だけどね」
「なるほどのぉ~。首にぶら下げるか、頭のてっぺんに置くか、確かにどちらも無用じゃの。
ところで優太、儂はテレビを見ていていつも不思議に思うんじゃが、何故こうやって人が殺されたくらいで毎日話題になるんじゃ?」
優太が顔をあげた。その質問の方がむしろ不思議だった。
「だって人が殺されたんだよ。大変な事じゃないの?」
「それのどこが大変なんじゃ。どうしてそれを皆が知る必要があるんじゃ?」
「・・・」
優太には答えられなかった。
「儂等の時代は人が死ぬ事など日常茶飯事じゃ。だが多くの者はそんな事は知らないままじゃ。知ったところでどうしようもないし、興味も無い。皆がそれを知ってどうなるんじゃ?」
「別に知らなくてもいいんだけど・・逆に見たくなければ見なきゃいいし・・」
「ふ~ん、そんなどうでも良い事までテレビで流しておるのか。余程暇なのか、他に何か事情があるんじゃな」
「自分の周りで起きてる事を知ることは大事だと思うんだけど・・」
優太には信長の質問の意味が最後まで分からなかった。
「ただいま~」 吾郎が帰ってきた。
風呂の準備を終えた由紀が廊下の奥から玄関に向かった。
「お帰りなさい。随分早いわね。今日もまた午前様だと思ってたから」
「もう一軒誘ったんだけど、また今度って、言われちゃってさ」
「珍しいわね、それでまっすぐ帰ってくるなんて」
吾郎はジャケットを由紀に手渡しながらリビングルームに向かうと、部屋にいた信長と優太に「ただいま」と声をかけ、冷蔵庫から缶ビールを二つ取り出し椅子に腰掛けた。
「殿も飲みます?」
「そうじゃの、貰うか」
二人は缶のままビールを飲み始めた。
「今日家康さんのお見舞いに殿と一緒に慶応病院まで行ってきたのよ」
「え、どうしたの?」
「十日くらい前に胃癌で胃を半分位摘出したんだって」
「本当、そりゃあ大変だったね」
「でも腹腔鏡手術だったから、もう傷も殆ど無なくて明日退院予定なんだって」
「ふ~ん、腹腔鏡って随分楽なんだね」
「でね、凄い個室にいたんだから。多分慶応病院で一番高い個室よ」
「家康さんは当然保険が効かないから凄い額になるんじゃない。それはそうと一度家康さんに会ってみたいな~」
「僕も会ってみたい」
「ふんっ」
信長は会話に入ってくるタイミングを外さない。
「城の方も順調に作業が進んでいるようじゃ。十月中には城に入れるようなことを言ってたぞ」
「随分早いですね~」
「ふむ、驚きじゃ。そんなに簡単に出来るんじゃったら、今度国に戻ったらあちこちに十や二十も造ってみたいもんじゃ」
「ははっ、でもお金がもたないでしょ。そんなに造ったら」
「そうじゃな。それと例の党の政策の話なんじゃがな。奴もそれは必要だと言っておって、まず儂等の意見を聞きたいと言っておるんじゃ」
「儂等?」
「意地悪を言うでない、儂のじゃ」
「そうですよね」
「どうしたもんかの~。大将となればやはり政策を皆に伝えんといかんのじゃ」
「当然必要ですよね。とりあえずまずは自分で考えて下さいよ」
「またそんなことを言う~。この通りじゃ、前にも言った通り儂は今迄そんな風に考えた事が無かったんじゃ。考えるより先に思うがままに行動してきたんじゃ」
「へへ、大丈夫ですよ。ちゃんと準備出来ていますよ」
「本当か!?さすが吾郎!いい参謀じゃ。早速教えてくれ」
「ここに資料を持っているんですよ」
吾郎は鞄の中からクリアファイルを取り出すと、その中の一枚ペラの資料を信長に手渡した。
「結構真剣に考えたんですよ、何日かかけて。で、ようやく出来た案がこれ。難しいと思いますけど、取りあえず目を通してみてください。由紀も優太もちょっと見てよ。一生懸命作ったんだからさ」
「え~いやだ」
「私もみんなの明日の準備で忙しいし・・・」
「いいから、いいから。こっちに来て座って」
吾郎からそれぞれ資料を手渡され、取りあえず三人がそれを眺め始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
― 新党参上!-
“これからの四次元社会に向けた挑戦者軍団”
“超高度情報社会に向けた新たな国つくりを推進する党“
“その名は、戦国武将連合・天下統一党!”
<天下統一党の政策>
我が党は、近未来の四次元社会の到来を予期し、それに必要な技術支援と開発環境整備、事業戦略立案を国策として推進していきます。
1、 革新技術開発支援及び推進制度の策定
2、 新たな社会環境を見据えた安全対策及び法整備、倫理問題協議
3、 織田信長、徳川家康にみるタイムスリップ現象の検証
<今後の支援対象技術>
1)人工知能、2)ロボティクス、3)MPU開発、4)脳機能解析、
5)3Dホログラム、6)パブリッククラウド、7)ビッグデータ解析、8)データストレージ、9)映像・音声再生 以上
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本日の講義が強制的に始まった。
「これからの社会はまさに四次元情報社会に向かって行くんです。我が党は、このトレンドを国策として推進していく党とします!」
吾郎の小鼻が膨らんだ。
「説明するとこういう事です。殿や家康さんがいるから四次元をキャッチコピーとして使っているけど、実際には疑似四次元なんですね。ここで言う四次元とは、時間と空間を自由に操ることが出来るという意味で使っています。ちょっとややこしいから良く聞いて下さいよ~。
今後IT関連技術が益々発達して行くと、その未来はあたかも四次元の世界を彷彿とさせるよな環境が実現出来てくるんです。
まず空間を自由に行き来するための技術。これはGoogleマップのストリートビューの進化形だと思ってください。殿のお気に入りのGoogleアースでは家に居ながら好きな所に行けるでしょう?あれが更に大画面化し、立体的になり、更に写真ではなく映像を使い、季節や時間帯も選べるようになります。将来は、臭覚、味覚、触覚もネット経由で伝えられるようになるから、東京の自宅でパリの三つ星ホテルのレストランで食事を楽しむようなことも出来るんです。満腹感すら感じ取れるようになるんです。あたかも瞬間移動して、その場にいるような臨場感を楽しむ事が出来るようになるんです。ここまではいいですか?」
吾郎は自分で作ったこの案が余程気に入っているのか、興奮して視聴者の反応が全く目に入っていない。
「次に今度は時間が制御できるか。これに関しては、残念ながら未来はまだシュミレーションの範囲を超えません。でも過去に関してはこれからかなりの精度で再現できるようになるんです。その中の核心技術が人工知能。この技術が発達してきてコンピュータがあたかも感情を持ったかのような振る舞いを始めたんです。去年発売されたペッパーなんかもその例だけど。
で、この人工知能を使って、過去を再現できるようになっていくんです。今まで蓄積された写真や映像データを3Dで再生すれば簡単に過去の環境に身を投じることが出来るようになるし、逆に既に亡くなった過去の人間を呼び出すことも出来る。
例を挙げて説明すると、僕の亡くなったおじいちゃんの写真や映像や過去の言動をデータベース化しておけば、外でピクニックでもしている時に、クラウド経由でデータを呼び出し、3Dホログラムで再現したら、亡くなったおじいちゃんと一緒にピクニックで楽しいひと時を過ごすことが出来るんです。人工知能技術が発達するとそのおじいちゃんは、環境によってその時々のおじいちゃんの反応を返してくれるし、相談すればおじいちゃんの思考ロジックで、生きていた時と同様に適切な答えまで出してくれるんです。正に亡くなったおじいちゃんが将来にわたり、いつでもいてくれるような世界が実現できるというわけです。
この凄いところは、そのピクニックに行ったという最新の経験値を、現時点の“人類の知恵の総和”とでも言うべきグローバルウィズダムに、追加していく事が出来るんです。これからの未来は、現存する人間の経験値だけでなく、既に亡くなった先祖の言動、発言までが今存在するグローバルウィズダムに影響を及ぼしてくるんです。
仮に僕が死んでも、僕のデータが人工知能技術の元に再生されれば、未来永劫僕の発する知恵がその時々の“人類の知恵の総和“にインプットされ続けられるんです。僕の知恵は留まることなく未来永劫成長するんです。言い換えると、個々の人間の知恵をクローン化した上で集積され、永遠の命と共にそれ自身が成長する。これが未来のグローバルウィズダムの姿なんです。
仮に地球上に寿命が百年の人達が百億人いたとしましょう。その条件で百年が経った後の話をすると、乱暴な計算だけど、百年後の地球には百億人しかいないにも関わらず、最大五千億人の知恵がビビッドに活用できるんです。どうです。凄いでしょ~!!」
吾郎は叫んでいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうみんな?凄いでしょ。どう?感想聞かせて」
俯いていた三人がようやく顔をあげた。
「儂にこの説明を皆の前でやれ、と言われても無理じゃ。それに誰もこれが儂が考える政策だ、とは考えてくれんじゃろぅ。特に家康などは」
「・・・・ちょっと党の名前とスローガンが合っていないんじゃない?なんだかカッコ悪い」
「僕も何の事を言っているのか、さっぱり分からなかった。後半はちょっと眠っちゃったしね」
(あんなに真剣に考えてきたのに、これか・・・・・)
「いいよ、じゃあ終わりにするけど、こんなSFのような話だけど、予め知っておかなきゃいけない事が有るんだ。それだけ説明します。実はこの技術、本来我々人類が作り出した技術にも関わらず、ある所へ到達すると、我々の手に負えない代物になってしまう危険性をはらんでいるんです。技術的特異点て言うんだけど、これを超えた時点で、人類では制御出来ない世界がやってくる。その先は、我々にとって天国なのか地獄なのかも分からない。この点はしっかりと推測だったり、議論だったり、観察だったりをしていかなきゃいけないし、クローン人間以上に倫理上の問題も発生すると思うんだ」
「やだ、何か怖い。そんなことやっていいの?」
「儂もはっきりとは言えんが、これが本当に皆の生活を豊かにする方法なのかどうか分からんのぉ。しっくりこんのじゃ、はたしてこれが社会の役に立つことなのか、どうなのか。大義が直観的に違う方向を向いている気がするんじゃ。難しい事を言ってるが、一方何か薄っぺらい上辺だけで物を考えているような、そんな気がしてならんのじゃ」
「そんな事ありませんよ。物凄く革新的な話をしてるんですよ。大丈夫ですよ。殿と家康さんの存在と、この未来に向けた革新的なテーマを持って選挙に行きましょうよ。勝てますから」
「そうかのぉ」
「嫌だったら、別の政策を殿自身で考えてみてくださいよ」
「それは・・・」
「絶対いけますよ。楽しみだなぁ。という訳で本日の講義はおしまい」
吾郎を除く三人は、リビングルームから逃げるように散って行った。
あくる朝、むら雲の視線を背に受けながら信長は自転車で門を潜り抜けた。
自転車に乗れるようになった信長は、時間があれば近所の細い道を走り回り、その都度新しい発見があった。ただ今日の信長は、昨日の吾郎の新党スローガンを考えて周囲の景色があまり目に入らない。
(あれが本当に皆を幸せにするための策かのぅ。天下を取るための大義が皆に伝えられるかのぅ)
上を見上げると電線の間から空が見えた。
信長は未来の世界で唯一忌まわしいと思ったものが電線であった。
小道から見上げる空に縦横無尽に張り巡らせた電線は、醜い蜘蛛の巣のようで取っ払ってやりたい衝動にも駆られた。
その電線越しの空に、今日もおかしな雲が浮かんでいた。まるでチョココロネを放射状にいくつも並べたような雲が南西の方角から立ち込めていた。
(おかしな雲じゃのう)
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