信長じゃー!ちょっと家康

Jackie

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第十章 その二

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第十章 その二

それから五日が過ぎ、再び家康が菊池家にやってきた。昨晩の電話で今日信長を日光へ連れていきたいと連絡があった。
朝九時を過ぎてインターフォンが鳴ると由紀がモニターに向かった。
「あら、家康さん、少々お待ちください、今ドアを開けますから」
「おはようございます。朝早くにすいませんな。信長殿をお迎えに参りました」
「ご苦労様です。今日はお車で日光までですか?それとも電車か何かで」
「いえいえ、大喜多がヘリコプターを用意してくれましてな」
「まあ凄い、さすがですね。殿~!お向かえですよ」
洗面台にいた信長は、ゆっくりと顔をタオルで拭きながら玄関までやってきた。
「おはようございます。殿、本日は絶好の日光日和ですぞ」
「家康よ。この前話しておった選挙の件、吾郎に聞いたら儂等は大将になれるどころか、そもそも選挙の資格すらも無いらしいぞ」
「はい、そのようでございますな」
「なら今日日光に行くまでもあるまい」
「いえいえ、その件はご心配なく、大丈夫でございます。後ほど車の中ででもお話いたしますから、まずは車にお乗りください。今日も大層なものをご用意しておりますので」
家康は信長を後部座席に押し込むと、自ら助手席に座り大喜多に発車を促した。
「今日は空を飛んでいただきますぞ、殿」
今迄の不機嫌そうな信長の表情が一転した。
「え~!空をか。こりゃまた凄い日になりそうじゃ。儂もとうとうここへきて空を飛べるのか」
今からヘリポートのある赤坂アークヒルズまで行き、そこから日光へ四十分程かけて到着する予定だという。
大喜多の運転する車は菊池家を出発すると環状七号線から甲州街道を左折し幡ヶ谷から首都高速に乗った。
その入り口から道路が段々と空中に登っていくことに気付いた信長が家康のヘッドレストを両手で抱えるようにして身を乗り出してきた。
「どんな道じゃこれは?わざわざ空中に道を拵えたのか?」
大喜多は本線に進入するためドアミラーを覗きながら答えた。
「はい、これは車専用の高速道路と申します。空中にあって信号機も無く、地上の道路より速度を上げて走ることを許されております」
「お~っ、道が空中で交差するぞ!」
西新宿ジャンクションを過ぎたところで頭上で二つに重なる道路を通り抜けようとしていた。
「道を空中に造るなどは未来人も野蛮な発想をしますな」
「大袈裟じゃの~。地面に這わせばよいものを」
家康も信長も普請の大変さは身に沁みていた。
「東京にはもはや新しい道路を造る余地がございません。有っても家の立ち退きなどで十年、二十年といった年月が必要となりますでしょうか。今は空中に持ち上げるか地下を掘る位しか方法はないかと」
「家など勝手に退ければ良かろうに」
「そうもいかないのでございます。それぞれの権利が保証されておりますので、強制的に家の立ち退きを迫ることもできないのです」
「ふ~ん、不便じゃの」
信長は傾斜した道路を挟む様々な形のビルを眺めながら外の様子を観察していた。混むはずもないと思った空中道路が、いたるところで道同士が合流、分離を繰り返し、その度に更に多くの車でひしめきあっていた。

アークヒルズに到着すると、正面玄関に二人の財団の職員が待機していた。大喜多は車の運転をその職員にまかせ、信長と家康を連れてエレベータで屋上まで上がると、既にヘリコプターが巨大な羽を回転させて顧客の到着を待っていた。このヘリコプターも徳川記念財団がチャーターしてくれたものだった。
プロペラが生み出す轟音と強風の中、三人は順番にヘリコプターに乗り込み、機長がシートベルト装着を確認するとすぐに日光に向けて飛び立った。

足元から地上が見下ろせる様子に信長は足がすくむ思いがした。今まで見たことも無い高さから見る風景だった。眼下には見渡す限りビルや家々がひしめき合っている。東京がいかに巨大な都市であるかをこの時初めて実感した。
(この景色こそが天下人にはふさわしいものなんじゃ。この景色を得てこそが天下をとるという事じゃ)
信長は空を飛ぶ自分と眼下に広がる景色に一人武者震いしていた。
(ここで天下が取れたらのぉ)
未来の豊かさと技術、それによりもたらされた民衆の洗練された生活―どうせ天下をとるなら国に戻って苦労するより、ここで天下を取った方がよほど価値があるように感じてきた。
(儂等の領民は皆貧しく喰うことに汲々とし、儂等は儂等で今も下克上を言い訳に戦を絶やさず、どろどろになるまで戦い続けておるんじゃ)
今まで血眼になって追い続けてきたかつての野望が、元の国の姿と一緒に急にみすぼらしく思えてきた。

「信長殿、あそこに富士山が見えますぞ」
家康が指さした先には、午前中の陽ざしで山あいの色もはっきりと浮き出た美しい富士があった。信長にとって生涯で初めて見る富士山だった。
「美しいのぉ。日本一の山じゃ」

「ところで家康よ、今朝の話の続きじゃ。儂等は選挙にも出れんとなるとどうやって天下をとるのじゃ」
「その件ですな。実は先日の帰りの車の中で大喜多にその話をしたところ同じことを指摘してくれましてな。はて、どうしたものかと考え、一族を集めて相談してきた次第でございます」
「で、どうするんじゃ」
「はい、幸いにも今も織田家の末裔も徳川の末裔も各々その家系を継承してくれております。選挙には彼等を立てて、儂等が後見人として応援をするという、これが一番現実的かと。その後の政は実質我等が取り仕切る、いわば院政のようなものでございますな。これでよかろうということになりました。党の名称は(戦国武将連合)天下統一党では如何かと」
「・・・・・・・良い名じゃ。で、勝てるか?」
「それについても抜かりはございせん、東照宮には連日沢山の人々が訪問しております。その敷地内には無理ですが、近くに我々の豪奢な城を築き、私どもも顔を出しながら訪問客に我が党を知らしめるのでございます。これで全国に知れ渡るはずですが、他にも全国の息のかかった武将の末裔を三百名程集める予定でおります。選挙で我が党がこの国の第一党になり、その中の大将が信長殿でございます。如何ですかな?これが未来の天下の取り方、ふぉふぉふぉ」
信長に再び武者震いが襲ってきた。

日光のヘリポートについた一行は、そこからはハイヤーで城の建設予定地まで行った。
そこには広大な林野が広がっており、来週から工事が始まるという。
「信長殿、既に城の設計にも着手しておりますぞ。
ここに地下二階、地上十二階建ての城を造る予定にございます。これができれば日光の新名所になること間違いなしで多くの見物客が押しかけてきますぞ。その天守閣には殿と私の実物大の写真やその他の候補者と共に天下統一党を余すところなく宣伝していこうと考えております。
秋口になったところで、殿にも何度か来城いただき、なんですな、民衆と一緒に写真に写ってもらったり、握手していただいたり、場合によっては筆で殿のサインなるものも票を集めるに有効だとか。是非ご協力頂きたく」
「天下取りのためじゃ。儂をいいように使ってくれ。何なら儂等で見世物を企画しても良いかもしれんな。皆喜ぶぞ~」
「はは~ぁ」
「しかし早くその城の天守閣に登ってみたいものじゃな」
「いやはやまことに」
信長が早くもこの地に立つ城の天守閣で天下統一を果たした自分自身を想像してにやけている。
「ここまでお越しいただいたついでに、私の東照宮をご案内したいと存じますが如何ですかな?我が子孫が大したものを造ってくれましたぞ」
夢見心地が途切れた。
「いやその気遣いは無用」
「・・・・」
元々神仏を信じない信長に対して、その神仏がこの目の前にいる家康であっては最早取り付く島もなかった。

時間を持て余した一行は、中禅寺湖畔のホテルまで赴き、遅い昼食を時間をたっぷりかけて済ませた。

日が沈んでまだ間もなく、ヘリコプターが一行を乗せて東京に向け飛び立った。地上の景色は昼間の往路とは全く異なり、車の列が織りなす光の筋が至る所に見えた。東京に近づくにつれ、地上の光はどんどんと明るさを増し、夜の空に浮かぶ薄雲を逆に照らした。地平線上には着陸を待つ飛行機が点々といくつも水平飛行をしていた。
薄明に浮かぶ大きな三日月が、幾何学的な街並みにコントラストを加え、何とも幻想的な風景を醸し出していた。

無事ヘリポートに到着し、それぞれが帰り支度をする横で信長は空を眺めていた。東の地平線上の一点から放射状に雲が広がっていた。
(おかしな雲じゃな)

信長を菊池家まで送ったところで家康と大喜多は渋谷の大原オフィスに戻ろうとしていた。信号で車が止まったところで、バックミラー越しに大喜多が家康に問いかけた。
「殿様、あのような土地と城の手配はいたしましたが、本気で信長殿と党を起こして、選挙に名乗りを挙げられるおつもりですか」
「うむ、国に戻って五百年の織田時代を興すなどほざかれてはたまらんからのぉ。余興の一つと思ってもらえばよい。勝てば勝てたで良し。負けたら負けたでそれまでじゃ。おぬしは城の建設の方を急いで進めてくれ」
「ははっ承知いたしました」
「ところで大喜多、今回の築城でどれほど費用が必要じゃ」
「はい、まだ最終見積もりまでは至っておりませんが、土地の買収も含め、およそ二十億程度かと推測しております」
「そうか、財団には迷惑をかけれんしな。今度一緒に久能山に連れてってくれんか。城代の工面が必要じゃな」
「はは~っ」

吾郎の家では、ヘリコプター初体験に興奮した信長が、そうめんをテーブルの所々に飛ばしながら喋りまくっていた。
「いや~凄かったぞ~。トンボの親玉みたいな恰好ながら、もの凄い音を立てて飛び立っていくんじゃ。最初は揺れながらふわっと浮き上がったかと思うと、足元をみたら地上の様子が透けて見えるし、人が米粒みたいにしか見えんのじゃ。いや~感激したぞ。大したもんじゃ。吾郎達はヘリコプターに乗ったことはあるのか?」
「いや、誰も乗ったことが無いですね。怖くなかったですか?」
「怖い事なぞあるか。いや~空からの風景は格別じゃった。あれは天下人だけが堪能できる景色じゃ。今度は城が出来てからもう一度日光に行くんじゃ。何ならその時一緒に乗せてやってもいいぞ、乗りたければの話じゃがな、うん?」
茶目っ気たっぷりに信長が優太をみた。
「僕はいいよ」
「なんでじゃ。せっかく誘ってやったのに」
「だってフライトシュミレータで行こうと思えばいつだって行けるし」
「なんじゃ?」
「ゲームの一種ですよ。以前Googleアースを見せたでしょう?あれに似たようなもので、飛行機に乗った感覚そのままに飛行体験ができるゲームがあるんです」
そっけない優太に代わり吾郎が会話を補足した。
「何じゃ、そうか。しかし本物はまた違うぞ~どうじゃ?」
「いいよ、あんまり興味ないし」
「随分つれないのぉ~」
「そんなことより今度むら雲に乗せてよ」
「そんなのお安い御用じゃ」
「やった、じゃ約束ね。ごちそうさま」
優太は食事を終え、そそくさと自分の部屋に戻って行った。
(未来の子供は空を飛ぶことより馬を選ぶか)

「ところで殿、例の選挙の件、どうなりました?やっぱり無理だったでしょう」
「その件じゃがな。この世で天下が取れるぞ、吾郎。儂はそれを想像しただけでも居ても立ってもおられなくなるんじゃ、楽しみで。どうするかというと、儂等は直接選挙には立たん。儂等に代わって織田や徳川はじめ、全国から武将の子孫に声をかけて三百人程今度の選挙で出そうという話になったんじゃ。で、儂等は影の大将としてこの国を取り仕切るんじゃ」
「へ~なるほどね。確かに殿の子孫もいますからね。テレビで見かけたけど、その涼しげな細い目といい、大きな口といい、確かに殿の面影がうっすらありますよ」
「そうか、今度会わねばならんな。で、実はその党の名も決めたんじゃ」
「なんて名前ですか」
「戦国武将連合、天下統一党じゃ」
(うわぁ~)
「どうじゃ?」
「わかりやすい、かなっ?」
「そうか、では決まりじゃ、わっはっはっは~楽しみじゃのぉ」
「・・・・」
「でもいろいろハードルは高そうですね」
「ん?はーどる?」
「そこに至るまでに障害が結構ありそうだってことですよ。一つは立候補者が三百人も立てられるか、ってこと。それに選挙用に資金も相当必要ですよ。仮にその両方が可能でも、その中から何人が当選するか。日本国民も馬鹿じゃないから、ただ織田信長や徳川家康が現代に現れたって言うだけで、支持するかどうかなんてわかりませんよ。それ以前に二人が本物だって信じてくれる人がどれだけいるかもわからないし。世間は大騒ぎになるでしょうけどね。うん、話題性においては充分だけど」

「ならこの先どう進めて行けばいいんじゃ?」
「選挙で勝つなら、政策が必要になると思うな~」
「政策か」
「実際の政治を任される身としては、どういう国にしたいか、そのために何をやるか、ということです」
「・・・うむ、儂等の時代ならやらねばならない事とやりたい事は山ほど有るんじゃがのぅ。未来は全てが既に満たされておる。政策は“このままで良い”じゃ」
「え~“このままで良い”って言い切る政党なんて誰も支持しませんよ。みんな不満に思っていることを解決するために立候補するんですから。
殿だって現代に現れてから生活する上で、全てに満足している訳じゃないでしょう?」
「不満のぉ。強いて挙げれば、汚れてもいないのに毎日風呂に入れと言われるのは不満じゃ。魚じゃあるまいし毎日水浴びせんでも良かろう」
「それは・・・」
「そんなの当たり前でしょ。外から帰ってきたらお風呂に入ってきれいにしなきゃ」
由紀が本来の会話の趣旨を無視して口を挟んできた。確かに毎日口うるさく信長に風呂に入るよう催促していた。
「汚い事なんかあるかっ。儂は常々不思議に思っておったんじゃ。戦の帰りならともかく、家に一日中いても“風呂に入って”じゃ。洗濯だってそうじゃ、一度着たくらいですぐに洗濯。汚れも臭くも無いのに毎回ジャブジャブと水を使い放題使いおって。儂等ならそんなに洗ってばっかりおったらすぐに生地がだめになってしまうわ」
「殿の目には見えないけど、実際には汗をかいてたり、汚れているんですっ。テレビのコマーシャルでもやってますよ、もう」
「だからと言って一度着たくらいで毎回洗濯などしなくても良かろう。それはおぬしらの固定観念じゃ、もったいない。儂等だって儂等なりの価値観を持ち合わせておるんじゃ」
どこかに琴線があったのだろうか。
「殿、不満ってのはそういった細かな不満じゃなくて。政治をやるわけですから」
取り止めのない会話に吾郎が話を元に戻した。
「そうじゃったな。例えば皆何に不満を持っているんじゃ」
吾郎に遮られた由紀は「お風呂に入ってくる」と言い残しリビングルームを出て行った。
「まぁ不満というか、不安というか。基本的にはみんなが豊かに、不安の無い安心して暮らしていける社会を望んでいるんだと思うんですよ」
「ほぉ」
「豊かさっていう意味なら、物質的にもっと衣・食・住が充実できるように収入が増えるとか。精神的豊かさだったら、自分の好きなことが出来る時間的余裕が増えることだったり。不安に思う事って、将来の老後の生活とか、子供の教育とか子育て、病気や医療システム、治安や戦争に対する不安。国が考えるべき問題だったら、経済活性化、教育、少子化問題、次世代エネルギー、食糧自給率、福祉、安全保障の問題、地震災害対策や地球温暖化などの環境問題等々、たくさんありますよ。」
「そんな細かなことを言ったらきりが無いじゃろう」
「ただそれを言ったら元も子も無くなりますよ」
「それはそうかもしれんが・・・」
「大将になって何がやりたいんですか」
「ふ~む、今迄ちゃんと考えてみたことが無いんじゃ。そりゃあ皆に良い暮らしをさせてやりたいという気持ちはある。しかしそれをどうやって、とかきちんと考えたことが無いんじゃ。漠然と皆を幸せにしたい、とか」
「それじゃいくらこの国の大将に成りたくても誰も支持してくれないでしょうね。党を起こして終わり、ではないですからね」
「ふ~む。ここは儂等の世界と比べたら何不自由なく暮らしていける素晴らしい世界なんじゃ。ただ儂が戸惑っているのは、世の中の仕組みにしろ、その辺に転がっている機械にしろ、その仕組みが全く見えないんじゃ。儂はもっと単純に誰が見てもその善し悪しが判断できる仕組みを追及していった方が、分かりやすいし、強い仕組みが出来る気がするんじゃ」
「ふ~ん。言っている意味が良く分からないんですけど、まあもう少し時間をかけて考えましょうか。僕も協力しますから」
「そうじゃな、そうするか」

「殿~お風呂空いたわよ、入ってくださ~い!」
バスルームから今日も由紀の指示が飛んできた。
「うむ」
俯きながら両手で自分の膝を“ぱん”と叩くと、信長は着替えを取りに部屋へ向かった。

この翌週から日光霧降カントリークラブ奥で城建設のための大規模な伐採作業が始まった。
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