上 下
280 / 310
強者討伐 失われた武器

279 アレス・ローバンの背徳 2

しおりを挟む
「俺なら大丈夫だから」

 そう言って手を突き出すが、今の俺を見て誰一人として言うことを聞いてくれるはずもなく、両脇にメイド達は寄り添って肩を貸してくれる。

「まてまてまて、動かすな。た、頼むから」

「アレス様?」

「貴方達、そのままアレス様を支えてじっとしていなさい。貴方は早く尿瓶を持ってきなさい」

 さ、さすがメイド長こと、メイル様。俺の置かれている状況を察知するが……そんな物を持ってきて、まさかこんな所で出せって言わないよな?

「い、いや、もう少しで着くだろ?」

 後二部屋ほど越えると、トイレが有るのだが……メイルは首を横に振り、俺の前に立ちふさがる。
 刺激を与えないように、ゆっくりとスボンを下ろしていく。
 何という背徳感。
 彼女たちからすれば、当たり前のことなんだろうけど。子供の頃ならまだしも、この年になってまでこんな事をされるとは……。

「お待たせしました!」

 ぜぇぜぇと息を切らして、手に持っていた尿瓶をメイルに渡す。
 それを容赦なく、突っ込まれる。それでも、俺にもプライドの欠片ぐらいはある。

「どうぞ、アレス様」

 そう言われるが女性陣が見守る中、出るものも出ないってものだ。
 なんとか首を振り、止めさせようとするもののメイルは容赦なく、腹を押してくる。

「ああっ……」

 それからはひどい有様だった。
 廊下に響き渡る音と、独特な匂い。
 結果としてはセーフなのかも知れないが、俺の気分は最悪だった。

 出し終わると、メイルの指示により再びベッドの上に戻される。
 冷えたお湯を新しい物に変えて、懸命に俺の体を拭いていく。
 食事に至るまで、俺が動くこともなく世話をしてくれる。

 昨日はそんなことなんて無かったのに、今日はメイルが部屋が出ていくこともなく、つきっきりで看病にあたってくれている。


   * * *


「アレス様? お休みになられましたか……」

 食事を終えたアレスは、しばらく横になっているとまだ呼吸は荒いものの眠りについている。
 メイルは、ベッドの脇に置いてある水瓶を変えるために部屋から出ていく。

「アレスの容態は?」

「今しがたお休みになられました。水を変えた後に、私がアレス様のお側に居ます」

「そうか。メイルが居てくれるのなら安心だね」

 そういうもののアークの表情は影を落としている。
 屋敷に居る者全員がアレスが無事な姿に戻ってきてくれると信じる一方。もしかしたらと、思うものは少なくはない。
 これまでは、風邪を引くこともなく元気に過ごしていたからこそ、今回のことはどうしても不安にかられてしまう。

「アレス様は、なぜ私達を頼られないのでしょうか?」

「何かあったのかい?」

 メイルは、先程あったことを包み隠さず報告をする。ローバン公爵家の使用人である以上、ローバン家に仕えるのが当然。
 仮に、アレスが粗相をしてとしても、アレスが責められるものではない。
 多少理不尽な要求だろうとも、それをこなすのが使用人の努め。
 
「私達も、これまで何度もあの子に対してかなり無茶なことをしてきた。アトラスから、何度も怒られもしたけどね。『もうやりたくない』ってね」

「私共もあのような事はごめんです」

 これまでアレスが行なった我儘は、大したものではない。
 使用人に、食事や飲み物を持って来させる程度。英気を養うためにと、誠心誠意仕えられることに、誰もがアレスの行動に対して何かを思うようなことはなかった。

 しかし、アレスの行動は、あまりにも自己評価が低い。

 少しでも怒らせるように仕向けたみたものの、結果は何も変わらない。
 アークたちが束になってもアレスに勝てるはずもないのに、アレスは理不尽すぎる対応にも魔法を使って反抗することはなかった。
 言われたことはやり遂げ、誰かに任せることもなく、たった一人でこなしていた。

「あの時はすまなかったね。アレスはもっと甘えてくれてもいいのだけど、私達にも何も語らない。自分で決めた目標があるにせよ、頼られないのは親としてつらいものだね」

「アナタ! アレスは、アレスは無事なんですか?」

「ソフィ。大丈夫だよ、今は眠っているらしいよ」

 帰ってきたソフィは、アークの言葉を聞いてその場に座り込む。
 セドラから話を聞き、ここまで走ってきていた。

「奥様。お戻りになられたのですね。アレス様は先程お食事を召し上がって、お休みになられました」

 しばらくすると、アトラスがソフィと同じようにアレスの容態を確認するためやって来た。
 寝ているにも関わらず、アトラスはアレスの元へと向かう。
 熱にうなされることもなく、落ち着いているのか、寝息は一定のリズムになっていた。

「まだ少し熱いね。何も心配することはない、安静にするようにね。僕たちのことは気にすることはない」

 何度この頭を撫で、苦しいのに笑おうとするあの頃の姿を思い出し、アトラスの目には涙が溢れていた。

「君は君の望む通り進めばいい。アレス、君が誰であろうとも僕たちの弟であることに変わりはないのだから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

王女に婚約破棄され実家の公爵家からは追放同然に辺境に追いやられたけれど、農業スキルで幸せに暮らしています。

克全
ファンタジー
ゆるふわの設定。戦術系スキルを得られなかったロディーは、王太女との婚約を破棄されただけでなく公爵家からも追放されてしまった。だが転生者であったロディーはいざという時に備えて着々と準備を整えていた。魔獣が何時現れてもおかしくない、とても危険な辺境に追いやられたロディーであったが、農民スキルをと前世の知識を使って無双していくのであった。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

よい異世界召喚に巻き込まれましたが、殺された後でした。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。  猫屋敷翔平は鍼灸整骨院を自営していたが、身勝手な母と弟と伯母に騙されて借金を肩代わりさせられた上に、陰で悪い評判を流されて鍼灸整骨院を廃業した。人間不信となり破産宣告をして田舎を捨てて地方都市に移住し、大政党を支配下に置く新興宗教組織に入信して政党と新興宗教の会費を払い、政党新聞と新興宗教新聞を購入する事、更には新興宗教幹部が経営するワンルームマンションに入居する事を条件に、生活保護申請を政党地方議員に代行してもらう。  人間不信の対人恐怖症となり、保護猫サクラと引き籠り生活をしていたが、老猫サクラが衰弱したので、急いで動物病院に行こうとしたところを反社に脅迫されていたところ、愛猫サクラが主人を助けようと爪を立てた。  ケガさせられた反社は激高してサクラを蹴り殺し、猫屋敷翔平にも殴りけるの暴行を繰り返していたところを、古武術の大会のために長野県から出てきていた四人の学生が助けている所に異世界召喚される。  勇気ある学生達は魔物被害に苦しんでいた異世界に召喚され、猫屋敷とサクラも一緒に召喚された。  学生達は異世界召喚特典で強くなるが、死んで身体と幽体が分離していた猫屋敷とサクラはとんでもない特典を手に入れていた。  だが人間不信で対人恐怖症になっている猫屋敷は、それを隠して安全な場所での隠棲を希望する。  人のいい学生達と国王は、罪滅ぼしに魔物は出ないが生活するのが苦しい極寒の北方に領地と支援を与えて移住させてくれるが、サクラの暴走と慈愛、孤児院の子供達を見捨てられない母性によって人助けを始める。  特に自滅願望の古代氷竜アリステアに、猫屋敷とサクラが同時に憑依した事で、魂が猫の自由人気質に染まり、た人間嫌いと対人恐怖症が改善され、陰から恩人の学生徒達と孤児達、更には難民まで助けるようになる。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

処理中です...