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奴隷解放編

208 お嬢様は決断を迫られる

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 リンド達と別れて、私達はセラフィの申し出を断りクロセイル公爵家には泊まらず……近くの森で野営をすることにした。
 宿に泊まることすらも危険だと感じたためだ。

 そう思わせるほどに、今回聞かされたことは私にとって荷が重すぎる。
 セラフィによって全ての決定権を私に委ねられてしまう。
 だからこそ、どちらの決断にしてもここから立ち去りやすくするため、セラフィから距離を取る必要があった。

 食の進まない夕食は途中で終え、部隊の皆はいつものように騒ぐこともなく、私を心配してか静まり返っていた。
 今の私は一体どんな顔をしているのだろうか?

「お嬢様。如何なされるおつもりなのですか?」

 いかがも何も……私にどうしろっていうのよ。ルビーの言葉に、睨みつけてしまう。
 私の態度に一切の変化を見せることはなく、淡々とした様子だった。

 暗殺集団と一緒になり、私を殺そうとしてきた。
 自分の私利私欲のために娘を利用する。

 私の周りで起こった出来事だったが、それすらも些細なことに思わせるほど、今日の出来事が重すぎる。
 ここに誰もが私の判断に従う。たとえその判断が間違っているものだとしても……

 こんなことなら、メルを無理矢理にでも連れてくるべきだったわ。
 私に一体どうしろっていうのよ。

「イクミ様。大丈夫ですか?」

「これが大丈夫なわけ無いでしょ!」

 私が怒鳴ったことで、クロの耳と尻尾が垂れる。
 冒険部隊の視線が私に集まっていた。

「あ……ごめん。あー、もう」

 私はテントへ逃げ込み、少し硬いベッドに仰向けになった。
 考えれば考えるほど、深みにはまる沼に思えた。

 リンドが彼女を助けたいのも分かる。あれが演技という可能性はゼロではないにしても、私を裏切る理由が見つからない。
 仮に演技だとするのなら、二人とってメリットは何?

 何もかもが疑念に留まるのなら済む話だが……どう考えても一筋縄に行く話ではない。

「はぁ、クロセイル公爵家を潰せって……私に一体何の権限があると思っているのよ」

 出来ることと出来ないこと、それは弁えているつもり。それなのに、リンドだけならともかく、セラフィは何故私を頼った?
 クレアが主催したソルティアーノの茶会に参加したのだから、私よりもクレアのほうが適任と言える。
 なぜなら、彼女の婚約者はその国の王子であるライオだから。遥かに多くの権限を有している彼に任せるような話でしょうが!

 セラフィ……ここで起ころうとしていることが本当なら、私は適任にならないわよ。

「それにしても、演技でなかったら……あの二人の様子からして、本気で逃げるつもりはないと言うの?」

 いくらなんでも、あり得ないのよ。
 リンドが強いとは言え、他の二人はそれに同意しているというの?
 立ち向かう相手に、貴方達はどうすると言うの?

 私は逃げる手は残しているものの、頭の中ではなにか出来ないかとも考えてしまう。しかし、決定打が決まる打つ手はどこにも存在はしない。

「お嬢様。まだ起きていらっしゃいますか?」

 私がテントに入ってどれだけの時間が経っている。

「そうね、寝ろと言われても、まだ無理よ」

「なにかお飲みになりますか?」

 頷くと、特に話すこともなく紅茶の香りがテントの中に充満していく。
 脇にあるテーブルに用意された紅茶を飲み、暖かな紅茶が沁み渡る。
 けれど、ホッとしたのは一瞬限りのこと。頭の中では、セラフィとリンドたちのことがすぐに思い返される。

 何度も同じことを考え、結果は何も変わらない。

「ルビー。私はどうするべきだと思う?」

「私からは何も答えることはありません。お嬢様がなされること、それをお側で支えるだけです」

 ルビーに助言を求めること自体間違っている。
 それは、私は意見ではなく責任逃れをしようとしているに等しい。想像すらしていなかったことに、私は逃げようとしているに過ぎない。
 ならば、このまま逃げるかと考えても、二人が私の考えを阻んでくる。

 なんともあの二人らしい、嫌なやり方。

 メルならどうしたのだろう。
 クレアなら……きっと力になって、ねじ伏せようとするわね。
 聖女の力を使って?

「さすがに、それはないわね」

 この世界より昔。あるいは未来……メルが最初に訪れたという世界。
 そこに、破滅の聖女が居た。
 その力は、一つの国を滅亡へと変えるものだった。
 聖女と同等の力を持つと言ったメルの言葉。
 その意味は理解している。だけど、その出来事に私が耐えられると思えないのよ。

 聖女の力はクレアに渡り、その力に頼ろうとする考えは……残酷でしか無い。
 そもそも聖女であるクレアを、ここクロセイルに持ち込むというだけでどういったモノが待ち受けているのか、考える必要もない。

 なにより、今の王都にクロセイル公爵が居るのも厄介でしか無いが、状況からして長居をするつもりはなく、むしろ帰りを早める可能性が大きい。

 この国に聖女という存在が現れたということで……

「お嬢様、そろそろ横になってください」

「そうは言うけど……」

「横になられるだけで構いません」

 私はルビーに言われた通り、ベッドに潜り込み横になっていると、頭を撫でてくれる。
 考えていたこと少しずつ薄れていく。ルビーから伝わってくる心地よさに意識が変わったのか、小さく欠伸が漏れる。

「おやすみなさいませ、お嬢様。何も心配はございません。お嬢様がお考えになられたことであれば、それを咎めるものはここに誰一人としておりません。たとえ、どの様な結末であれ……」
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