上 下
165 / 222
聖女編

165 お嬢様とグセナーレ

しおりを挟む
 何やら騒がしい声の中、私は少しだけ目を開ける。

 見慣れない部屋だけど何処なのかは何となく分かっていた。だけど、さっきまで見ていた夢を思い出そうとまた目を閉じる。
 見ていたはずなのに、全てが朧げで何か不思議な感覚。
 それなのに思い出さないといけないような気がして暗闇にへと沈み込んでいく。

 私とは別に、誰か……そう多分、女の子だった気がする。あの子は……誰だったのだろう?
 姿は全然思い出せないのに、不安そうな顔をしているのだけは分かった。その子を見ているだけで心配になる。

 曖昧でその子が誰だったかという肝心な事は何も思い出されることはなく、その欠片も次第にどんどんと頭の中から消えていくようだった。
 ただの夢のようで、夢じゃなかった。

 ふーっと大きく息を吐くと、私の左頬に衝撃が走る。
 とてつもない衝撃によって、首から変な音が聞こえたような気がした。

「クレア、止めなさい!」

 私をそう呼ぶのは一人だけしかいない。なんで私は叩かれ……でも、その声は今までとは違い必死な思いのような感じを受けた。
 ヒリヒリとした生易しいものではなく、ズキズキとした激痛に変わっていた。
 痛みで顰めたまま目を開ける。

「イクミ様! 戻ってきてください!」

 クレアは涙を流し、辛そうな顔を映るのだが……私の視界はすぐに暗転する。右頬に比べようのないほどの強い衝撃が追撃され、その衝撃に強さに、一瞬意識が飛びそうになる。

 私は激痛に悶え苦しみ、ベッドの周りではクレアを取り押さえようとする、怒鳴り声が響き渡っていた。
 私が何故打たれたのかを考えるよりも、痛みで声すらも出ない。

「お前は少しは加減しろ! このバカ娘が」

「ちゃんと加減をしております。三割程度でなんでそこまで言われるのですか?」

「クレアの三割は、常人の本気以上だということをまず認識しなさい」

 まったくもってメルの言う通りだよ。
 今のクレアは確実に、常識から離れたところに行っているわね。帰ってこいとは言わないけど……ライオ、ちゃんと見張っててね。

 私はメルに頭を撫でられたことで、少しは気が紛れまだ痛みはあるものの、のそのそと体を起こす。
 用意されていたポーションを飲まされ、少しだけ痛みがなくなっていく。
 始めて服用して分かるけど、美味しいものじゃないよね。
 良薬口に苦しとは言うけど、できれば二度と飲みたいものではないよね。

「今度はこっちね」

 口直しのためが、少し甘い紅茶が広がる。
 ポーションを使ったとしても、すぐに完全に治るほどではない。まだ残る体の痛みで、体勢が崩れるところをクレアが私に抱きつき支えるわけでもなく泣きついてきた。
 さっきのこともあったので、私は何度もクレアの頭をべしべしと叩いていた。

 ほ、本当に加減してよね……

 クレアが私に抱きつくまでは何とも思わなかったけど、ギリギリと締め上げていくクレアをなんとか引き剥がされることで、私はようやく落ち着ける。
 それだけ心配していたのは分かるけど、私の体が持たないわよ。
 メルに叱られ、クレアは床に正座をして反省をしているようだ。

「あのさ、私の息の根を止めたかったのかしら?」

「か、加減はちゃんとしましたよ。イクミ様までそのようなこと……」

「すごく痛かったわよ。というか、今もすごく痛いのですけど」

 それにしても……何をしているのよ。
 でも、私が目を覚ましたことで、クレア達はほっと安心をしている。喜ぶ二人とは裏腹に私から目を背け部屋の隅に佇んでいた。
 私に何が起こったのかを考えると、ルビーが私の側に居ないのもなんとなく分かった。

「心配掛けたみたいね。私を起こすのは、ルビーが居てくれるのだからそんな過激なことはもうやめてよね」

「イクミちゃん、体は大丈夫?」

「少し痛いけど、追撃されたのと締め上げられたのが一番ひどいわね」

 そう言って、右頬を擦る。痛めていた肩は動かすと鈍い痛みを感じるが、それほど酷い怪我でもないみたい。
 クレアは公爵様にゲンコツを落とされ、少し頬を膨らませている。
 ところで、彼は一体どうなったのだろう?

「ルビー」

 私の問いかけに、ルビーはそこから動こうとはしなかった。
 私が怪我をしたことで、責任を感じているのだろうか? 私と離れたことで、今回の事件が起こり、最悪の場合を考えるとルビーの責任も出てくるのかもしれない。
 それでも、私が責めることは出来ない。自分の浅はかな考えからこの事件を発展させたのだから。

「ルビー。こっち来てよ……なんでそんな所にいるのよ」

「お嬢様、この度の出来事は誠に申し訳ございません」

 スカートを握りしめ、深く頭を下げていた。
 侍女として私と離れていたことがきっと許せないのね。

「私が悪いだけよ。ルビーもルキア。メイドや公爵家に居た人たち、誰が悪いというわけでもないわよ。あの時ついて行った私が悪かった。それだけのことよ」

 そんな言葉が欲しいわけじゃないのだろうけど。
 なら、誰が一番悪いのか、それはこんな事をしでかした者が悪い。でも怪しいと思いつつも、すぐに逃げようとしなかった私もまた悪い。

 事の発端は何だったのかはわからない。色違いだからという嫌がらせ程度だと思い、私の命が狙われるということを想像すらしていなかった。守られすぎていたのはただの過保護であり、私のそういう可能性を、私自身が認めていなかった結果でもある。

 グセナーレ。

 この名前が何なのか、どれだけの重要な家かも私にはまだわからない。
 貴族としての爵位もなく、だけど……その家名に誰もが敬称をつける。
 その意味を深く考えていない私だからこそ、自分の存在に対して深く考えていなかったのも原因の一つかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

異世界転生はうっかり神様のせい⁈

りょく
ファンタジー
引きこもりニート。享年30。 趣味は漫画とゲーム。 なにかと不幸体質。 スイーツ大好き。 なオタク女。 実は予定よりの早死は神様の所為であるようで… そんな訳あり人生を歩んだ人間の先は 異世界⁈ 魔法、魔物、妖精もふもふ何でもありな世界 中々なお家の次女に生まれたようです。 家族に愛され、見守られながら エアリア、異世界人生楽しみます‼︎

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!

まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。 そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。 その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する! 底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる! 第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...