上 下
152 / 222
学園編

152 お嬢様は背中を押す

しおりを挟む
 私は、ベンチに腰を下ろし国民達の様子を眺めていた。

 一年に一回のお祭り。ここに居る国民は星海の前で、その光景を楽しむもの、膝を付き祈りを捧げるもの達。
 こういうものは、この人達にとっては必要な行事でもあるのだろう。
 私はこれまで、それを見て見ぬ振りをしてきたし、なんのためにと理解すらしようとはしていなかった。

 日本でも数多くの祭りがある。神様に崇め祈る、御霊を慰めるものだったり、色んな所で行われているお祭りには色んな意味がある。
 ここに居る皆にとっては、この祭りは特別なものなのかもしれない。自分への願い、他者への願い。そんな願いがここに集まっている。

「イクミ様、少しあちらを見てきてもよろしいですか?」

「ええ、いいわよ。私はもう少しここに居たいから。大丈夫よ、かってに何処かに行ったりしないわ」

 護衛にはルキアが居るのだから、二人が気にすることはない。むしろ、途中から居なくなったティアのほうが心配ね。戻った時にどうなることやら……

「お嬢様?」

「ルビーごめん。少しだけでいいの、一人になりたい」

 ルビーは何も言わず頭を下げて、クレアと一緒に何処かへと行ってしまう。
 あの願う人達を見て、少しだけ自己嫌悪になっていた。

「グセナーレ様。お一人ですか?」

 後ろから声をかけられたが、私は振り返るつもりはない。
 今頃ここに何をしに来たというのかしら?

「ライオット殿下。このような場所にいてよろしいのですか?」

「その、クレアを探していたのです。貴方様となら一緒にいると思ったのですが」

 ここに居た私に、目が止まったということなのね。
 今はライオと話をしたい気分ではない。

「グセナーレ様はなぜお一人なのですか?」

「少しあの様子を眺めていたのよ。国民の多くの人が祈りを捧げている。それを見ていたのよ」

「そうでしたか……」

 ライオは隣へと座り、離れる様子はなかった。
 私はあの祈りを見て、奴隷たちが重なっていた。皆の願いはいつもいつも私へのことばかりだ。
 私の我儘に付き合い、必死でお金を稼ぎ、言われたことに対して文句を言うこともなく仕事をしている。

 そんな皆の思いを私はただ、踏み躙っているのではないのかと思えたのだ。願いはその人の思いと何も変わらない。ルビーは私の無事を願った。私も皆が平穏であることを願ったが、それは私の我儘に付き合わせるということになる。

「ライオ……クレアと会ってどうするつもりなの?」

「謝罪と、今日の埋め合わせに少しでも共にいたいと」

「貴方はちゃんと言葉で伝えているの? 貴方の思いを……あの子に」
 
 クレアは今も不安だろう。婚約者が呼ばれないこと……その意味に対し、今日はずっと気を張り詰めているのかもしれない。
 政略結婚だって、全てが悪いというものではない。彼女は最初こそそれを拒み、彼から離れようとしていた。

 しかし、今の彼女は彼を受け入れ、これから先も一緒に居たいと思っている。

「婚約者だとしても、昔から知る中だとしても、言葉にしないと伝わらないことは多い。貴方が、彼女を好きと思うか、ただの政略結婚の相手だと思うのか……ただ、あの子は今日、貴方が誰かと居るということに対してきっと不安を感じていた。それはなぜだと思う?」

「で、ですが……私のこの国の王子です。来賓された方々に対して、無礼を働くほど落ちぶれてはいません」

 ライオの言いたいことは分かる。だが、私の察して欲しいことは理解していない。
 王族に婚約者が必要なのも理解は出来る。だとしたら、ライオがクレアに拘る理由はないはず。答えは単純なもので、声に出づらいものだから……二人の間にできている溝は無くならない。

 ライオは未だ迷っている。クレアでいいのかと……そう思わせたのはクレア自身だ。
 あの子は過去のことの弁明をすることもなく、ゲームの世界であった悪役令嬢としてのわだかまりが消えてとしても、それでも本心を聞けないまま今もこうしてライオの婚約者を続けている。

「クレアは、もう婚約破棄を言わないわよ」

 その言葉に、ライオは立ち上がるほど驚いていた。この言葉が私からではなく、クレアから聞きたかっただろう。
 彼は城から抜け出し、クレアを探しているのなら、私は少しでも期待をしてしまう。

「だけど、真逆の事を言ってきたから、言い出しづらくなってしまっている。あの子自身、心の何処かでこのままでいいと思っているのかもしれない。それで二人が幸せになるのなら良い……けど、不安がなくなるわけではないわ。だからライオ、お願いがあるのだけど」

「何でしょうか?」

「私がこんな事を言うのは間違っている。あの子のことを思うのなら、どうか……好きだと思うのならその言葉をお願い」

 時折見せるあの暗い影を無くして欲しい。
 それが出来るのはライオしか居ない……そのライオもまた、クレアに対して思うところはあるのだろう。

「私に約束をする必要はないわ。ルキア、クレアを呼んできて」

「はっ」

 ルキアが姿を消ししばらく待っていると、クレアとルビーが戻ってきた。
 クレアの表情は暗く、今にも泣き出しそうだった。ルキアが腕を掴んでいる様子から、逃げ出そうとしたのかもしれない。

「クレア、私達はここでお別れよ。それと……貴方が婚約破棄をするつもりはないと言ったわ。好きなら好きと言葉にしなさい。メルもそのことは気にしていたわよ。しっかりね」

「お姉さまが?」

 クレアをライオに任せて、私達は屋敷へと向かっていく。
 星海祭か……この国の誰がそんな事を思いついたのかしらね。あの紙はかなり長い時間浸かっていたにも関わらず、文字がはっきりと見て取れた。

 国民の願いは、この国に聞き届けられている。

 なら私は皆の思いを……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別離宣言!屑野郎と婚約なんて御免です。お義姉様は私が守る!

ユウ
恋愛
侯爵家には正反対の姉妹がいた。 気真面目で優秀な姉と活発で愛想の良い妹。 二人は何もかも正反対だった。 姉のコーデリアは侯爵家の血筋を引き継ぐ本物のお姫様で、妹のリリーは平民である母を持つ。 二人の関係は水と油で、世間ではコーデリアがリリーを苛めていると噂をし、婚約者もコーデリアとの婚約を破棄し、リリーとの婚約を望んだ。 そしてパーティーにて。 「コーデリア、君のような悪女とは婚約できない!この場で婚約破棄をする!」 王族や隣国の貴賓が参加する場でとんでもない事を告げてしまったが、これは仕組まれた事だった。 コーデリアを疎む父に侯爵家を乗っ取ろうとする義母と優秀なコーデリアを妬む婚約者のリーンハルトが仕組んだ事だった。 しかし予想できない事態になる。 「私はリリーと婚約を結ぶ」 声高らかに告げようとしたのだが… 「お断りしますわ!こんなストーキングでナルシスト男なんて願い下げです!」 大勢の前で姉の婚約者を罵倒し挙句の果ては両親を糾弾して姉の手を取り国を出てしまう。 残された両親と婚約者は唖然と立ち尽くすのだが、事態はそれだけ収まらなかった。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

臥したる龍の獲物とは

airria
恋愛
徐々に 歪に 絡め取られていくー 西の大国、宗。 国の中枢、昴羽宮に務める織部は、女官ながら、式典を取り仕切る太后の直属の部下、典礼司代を務めていた。 6年ぶりの皇太子の帰還を知り、織部は不安を募らせる。 「帰ってくる・・あの方が」 胸に抱えた秘密が疼き出す。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

処理中です...