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学園編

114 お嬢様の悩みのタネ

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 女将さんの所で働いていたメルは、屋敷の厨房に籠もり日々新しい料理を作っている。
 あれだけのものが作れたメルだから、自由に好きにように作らせればもっと色んなものを作れるのではないのかと思っていた。

 料理部も一緒になり夕食によく試作が出てくる。日頃から鬱憤の溜まっていた料理部の皆は、前と同じように女将さんの所で働いてくれている。

「うん。おいしいよ」

「イクミちゃんはいつもそればっかりね。しかも、一口しか食べないし」

「私はもともと少食なのよ。ただね……」

 メルの作る料理はどれも美味しい。それについては異論はないし、懐かしい味も感じられるから嬉しいのだけど。
 正直に言って、米派の私には物寂しさが残ってしまう。

 カツ丼のカツだけ持ってこられても、一切れだけならまだよかったけど後が続かない。
 こうして残しているから、私に合わせようと色々と頑張ってくれるのも理解している。それでも、御飯の上に乗っていればと思ってしまう。

「ごめん、何でも無いの。頑張ってくれて本当に助かるよ」

「言いたいことがあるのならちゃんと言ってよね。私にできることは少ないけど、話してくれないと分からないからさ」

 こればっかりはどうしようもないことだと思う……メルに話した所で解決策はないのだから。
 いくら市場を探しても、あるいは各地の街や村を探し歩いても無いものは無いのよ。

 作られているのは麦。それを粉にして、パンや麺が作られている。国境を越えるとあるのかもしれない。けれど、そんな危険を犯してまで調べるようなものでもない。
 食事を済ませると、いつものように執務室へと行く。

「はぁ。二人には悪いことをしちゃったわね」

 元気になったルルは、姉一緒になって料理をしている。
 慣れない手付きを見ていて心臓に悪いと言っていたメルは、小言のように言ってくるのだけどどう見ても嬉しそうにしていた。

 前世の記憶があるというのに、ちゃんと姉として居られるのは正直すごいことだと思う。
 それとも、二人は元々この世界を知っていたから?

「どうぞ」

 ノックの音に返事をすると、久しぶりに見る姿は、私ではなく足元にいる小さなメイドを心配そうに見ていた。
 落とさないよう、倒れないようにと、慎重に歩くその姿の一歩一歩が、バナンにとってはハラハラするのだろう。

 何をやっているのかしら……

「ルル、それはそこのテーブルに置いて頂戴」

「は、はい」

 元気のいい声が聞こえるが、私にはあの大男の異様な行動のほうが頭痛くなってくる。
 小さな子供の後ろを、大男が両手を出したままいるのだから……きっと自分ではそんな事思っても居ないのだろうけどね。端から見れば、幼女の後ろを付きまとっているただの変態よ?

「イクミお姉ちゃん。出し忘れていたデザートです」

「待ちなさい、ルル」

 目的を達成したルルは、頭を下げると部屋から出て行こうとする。
 ルルを引き止め、スプーンを持たせる。
 料理が得意だとは聞いていたけど、よくもまあプリンなんて作れたものね。

「あ、あの」

「ほら早くして、あーん」

 ソファーに座り、口を開ける。ルルはきっと恐る恐るスプーンを運んでいるでしょうね。
 いじめるつもりもないのだけど、ルルを納得させるには難しいかもしれないしね。

「うん。美味しいわね」

「えへへ」

「私はお腹いっぱいだから、残りは貴方が食べなさい」

 そういうと、バナンからは頭を撫でられる。
 全く相変わらずこの私を子供扱いするわね。撫でられる手を振り払うと、押し殺したように笑っていた。

「ちゃんと座って食べるのよ、食べたら食器も一緒に持っていきなさい」

「はい!」

 やれやれ、メルにもこれぐらいの可愛さがあればいいのだけど、メルのようにならないでいてくれればいいのだけどね。
 料理を残すと後々文句を言われ、最近では身だしなみも指摘され、ルビーよりもかなり口うるさい。

 そのおかげで、私が学園に行っている間にルビーも色々と勉強したようで、無駄に淑女レベルが上がった気がしている。
 それに関してはまったくもって嬉しくない。声には出さないけど、少し後悔したよ……

「今日はどうしたの? あのダンジョンは解決したということ?」

 資料からはそんな報告は上がってはいない。
 かなり奥深くまで行っているらしいけど、私からすれば現状も内情も何もわからないままなのよね。

 ダンジョンの報告は現階層やけが人の報告ばかりで、魔物の数や危険性というものについての報告はない。
 トパーズがこの辺りを改ざんしているのかもしれないが、聞いた所で隠されると思っている。

「探索はほぼ終えたと思っているが、お嬢はそろそろ夏季休暇だろ?」

 学園も日本と同じように、夏休みがある。これは、トパーズの指示というわけね。
 長期の休みにもなれば、屋敷に籠もっていることを想定していないのかしら?
 私の場合は寝室でゴロゴロしていてもいいのだけど。

 最近は暑くなり始めているから、あそこにいるのがどれだけ快適なことか……どうせなら、屋敷全体にと一瞬思ったりもしたが、魔法石の価値からしてとても高いのは想像できる。
 そんな物を屋敷全体ともなれば、いくらのお金がかかるか分かったものじゃない。

「お嬢が何時でも出かけれるように、俺達が必要になるだろ?」

「それはそうかも知れないけど。何処にも行かないという選択肢もあるのよ?」

「お嬢……見ないうちに変わったな」

 以前であれば、屋敷に籠もりっきりだったため突発的にあちこちに行きたいと我儘を言ったりしていた時もある。子供の我儘というよりも、色んな所を知りたかっただけなんだけどね。
 それに、今は学園に通っていることもあって、時間のゆとりもないのだから今はそんな事を考えてはいない。

「これを預かってきた」

 バナンは懐から、一通の手紙を取り出した。
 なんでこんな物をバナンが持っているのだろうか?

「ギルドマスターから?」

 なるほど、私の部隊を何処かに派遣して欲しいということね。などと考えていたが、内容はそんな生易しいものではなかった。
 今度開かれる、王宮でのパーティーにエスコート役が居ないのであればそれを引き受けようというものだった。

 一体どういうつもりでこんな物を……

「バナン、戻られていたのですね」

「ん? ああ、姿が見えないと思っていたら」

「ルビー……何を持っているの?」

 ルビーも手紙を持っていて、置くと同時にギルドマスターの手紙を手に取り読んでいた。
 しかも二通も、一体誰がこんな物をよこすというの?

「ギルドマスターは、本当にいい度胸をしていますね」

 グシャリと握り潰すと、ゴミ箱へと投げ捨てていた。
 あの人のことだろうから、私のことを各方面に知って貰うつもりで居たのだろうけど……それは私としても避けておきたいところだよ。

 ただ、ルビーを怒らせたのはちょっとよくなかったかもね。

「こっちはクレアか……ええっ!?」

 もう一通は、そろそろ存在すら忘れかけていた、お父様からの手紙だった。全然私の様子を見に来ることもないのに、というかこの人は一体何をしているのだろう?

 その内容はシンプルそのものであり、王宮のパーティーに行くか、嫌なら縁談を勧めるとだけ書かれていた。
 これは二択ではなく、一択としか見えない。

「まあ、クレアからもパーティのことについて書かれているし、正直な所行きたくはないのだけど行くしか無いよね」

「お嫌でしたらいかなければ、よろしいのではございませんか? まあ、それで、旦那様から縁談を持ちかけられても、文句は言えませんが」

「よろしくないよ! またドレスを着ると言うの? この前着たばかりなのよ?」

「あれは着たうちには入らないかと……」

「そういえば、これってメルはどうするつもりなのかしら?」

 さすがに、それはないか。
 レイネフォン子爵も学園が始まる頃には、何かしらの接触はあるのかもしれない。そんなのを悠長に待っていていいものだろうか?

「メルを呼んできて、一応聞いてみるわ」

「かしこまりました」
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