上 下
107 / 222
学園編

107 お嬢様のお風呂

しおりを挟む
 イクミが布団の中へ入りその様子をじっと見つめていたルビーだった。

「お嬢様?」

 頬を押したり、鼻先を押したりイクミがちゃんと寝ているのを確認すると、テラスで待機をしているルキアに監視を任せると客人の所へと向かう。
 しかし、先にドアノブを触ってしまう。目を見開き、周囲を見渡し何かを確認していた。

 この部屋とはいままでとは勝手が違う。

 イクミの寝室では魔法石の力によって外部からの音が聞こえない。そのため、ルビーにはノックをするという習慣がない。執務室であろうともルビーはノックをすることを忘れていたのだ。

 ルビーだから許されているというわけでもなく、イクミだからその程度のことを気にしていないだけに過ぎない。しかし、この中にいるのは貴族のご令嬢であるため、イクミのように勝手に開けるのはご法度である。

 友人であるクレアは度々この屋敷に訪れるが、この屋敷に泊まるのは今回が初めてであり不慣れなこと実感していた。
 掴んでいた手を戻し、ノックをすると中から二人の声が届きゆっくりと扉を開けた。一歩だけ入るとルビーは深く頭を下げていた。

「おはようございます」

「おはようございます。ルビーさん」

 二人は既に起きていて、合わせられたベッドの中央にいるフェルで楽しんでいる最中だった。
 軽く周囲を見渡し、部屋の状況を確認していく。

「イクミちゃんは?」

「大変申し訳ございませんが、お嬢様は少し体調を崩されましたので、私にお二方のご対応を命じられました」

「イクミ様は大丈夫なのですか?」

 心配そうな顔をして駆け寄ってくるクレアの姿に、ルビーの表情は自然と柔らかくなる。事実は違えど、他人である彼女が心配している。
 クレアには以前の出来事で助けられた。あれ以来、彼女は本心から気にかけているのを感じられる。ルビーにとって何よりも嬉しく思っていた。

 クレアがイクミを心配しているにも関わらず、フェルはルビーの言い訳の言葉に対し大きく鼻息を漏らす。
 不機嫌そうな顔をしているフェルを、まるで宥めるかのようにメルティアは頭に手を置く。
 ルビーが睨みつけると、耳を落とすフェルを困った顔をして撫で続けてあげていた。

「お嬢様のことでしたらご心配には及びません。しばらく横になっていればすぐに回復しますから」

「それなら良かったです」

 単に寝ていないだけのイクミは言葉通り寝ていれば治る。
 二人に対して、そんな事実を二人に説明するわけにもいかない。

 なによりも、グセナーレ家として、客人を蔑ろにしたということでどんなお仕置きが必要だろうかとルビーは考えていたが、二人の姿を見て後回しだと思い留まる。

「朝食の前に湯浴みをなされますか?」

「あ、朝からよろしいのですか?」

「はい、構いません。既に準備はできておりますので」

 準備が整っていることを知った二人は目を見合わせていた。

「本当にいいのですか?」

 メルティアは少し困った顔をしてルビーの様子をうかがい、クレアは申し訳無さそうに頭を下げていた。

「私もお願いします」

「かしこまりました。では、ご案内いたします」

 屋敷の一階に案内された風呂を前にして、二人は呆然と立ち尽くしていた。
 前の屋敷ではバスタブだけの風呂を嫌っていたイクミは、奴隷たちの為に作らせた風呂を何度も使用していた。

 そうなれば自然と、奴隷たちは使用を控えてしまう。
 イクミの案ではなく、奴隷たちの意向によって一室を風呂のために潰し、平穏が保たれることになった。

 その経験はここの屋敷でも当然生かされており、イクミの難解な図面を元に試行錯誤の末、このような銭湯に見立てたような浴室が作られている。

 ルキアはイクミたちがいつでも入れるようにと、裏では無数の魔法石が使用されており、温度も一定に保たれている。 
 その事実を知らない二人にはありえない光景だった。

「なによこれ……あの子は、一体何を作っているのよ!」

「桶にタオル。それに腰掛けまで……まるで銭湯ですね」

「やっぱりそう思う?」

 脱衣所には、どう見ても複数人が入れるように棚には籠が置かれ、反対の壁には大きな鏡があって椅子さえも置かれていた。
 湯船は両端の壁まで広く、中央の上部からは常にお湯が注がれている。両端の水路には勾配があり上部から注がれるお湯が流れていた。
 そして、お湯が汲めるように水路が設けられ所々が半円がありそこだけ少し深くなっている。

「ここに腰掛けと桶があるのだから、ここで体を洗えってことね」

 メルティアは桶でお湯をすくい体に掛ける。
 シャワーがないのは残念なことだが、それでも合理的な作りだと少しだけ納得してしまう。しかし、表情は暗いものだった。クレアも想像していたものとは違い、メルティアが暗い顔を浮かべているのを理解してしまう。

 ソルティアーノ公爵家でもバスタブが当たり前だった。そもそも蛇口がないため、お湯は大きな鍋で水を温め何度も移してようやく浸かることができる。
 毎日入りたいと思いつつも、その苦労を見ているクレアは回数を減らすほどだった。

「この後ろでは、使用人たちが頑張っているのかと思うと居た堪れないわね」

「メルティア様もお気になされていたのですか?」

「お風呂には入りたいけど、準備だけであんなにも苦労をさせているとは思わなかった」

「そうですわね。それに……」

 クレアは自分だけが湯船に浸かるが、多くの者達はお湯で温めたタオルで体を拭く。そのため余計に躊躇してしまうのだった。
 きっと裏で何人もの使用人が働いているかと思うと、心地よい湯船から早々に上がることを二人で決めた。

「失礼いたします。お待たせしてしまい申し訳ございません」

「いえいえ、お風呂ありがとうございました」

「いえ、あの……」

 貴族たちの風呂では使用人たちが手伝うことが多い。イクミは自分で適当にやってしまうため、普段は誰かが見ているだけでしか無かった。

 ルビーからこの話を聞いたトワロは急いで数人の使用人を送ったが、二人は既に浴室からでている。そして、用意していたタオルで体を拭き、濡れた髪から落ちる雫が床を濡らしている。その様子を見た、誰もが顔を青くしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...