上 下
24 / 222
奴隷商人編

24 お嬢様の奴隷紋開放

しおりを挟む
 あれだけの屈辱的なことがあったというのに、誰だって反感を買うはず。
 それなのに、クロはそんなことも何も気に留めていないということ?
 それとも、機会を伺っているのかしら?

「どういうことなの? あれだけのことをした私に、そんな忠誠みたいなことを平然と言うのは何故?」

「発言をよろしいでしょうか?」

 発言を求めるというのに、少しだけ驚いてしまった。
 奴隷達の殆どは、私に意見を言うこともなく私の下した命令だけをこなしている。
 例外なのは、バナンぐらいなものだったけど……奴隷達には、なにか心境変化でもあったというのかしら?

「どうぞ、好きなだけ話していいわ」

「有難うございます。私には妹がおり、このお屋敷で一緒に暮らしております。その妹が毎日楽しく暮らしているのを見て、私の行いがどれほど愚かだったのかを痛感しておりました」

 何を言っているの……妹が楽しく暮らしているのを見たから?
 そんな理由で? わからない……クロの場合はバナンとは違う。
 奴隷だからといって、檻に閉じ込めることもなく冒険者をしていたというだけで、冒険者稼業を任せていた。

 それが結果として、本人たちの生きる希望になっていた?
 けれどクロは、すぐに虐げられ、言い方を変えれば妹は人質のようなものだ。
 そんな相手に対して、敬う理由すら感じられないはず。

「あの頃の私に、妹は夜になればこっそり食事を持ってきてくれ、それを咎めるものは誰もいません。お嬢様から許可は貰っているとも聞きました。それだけではありません、冒険者たちの中でも獣人である私に、偏見を持たず接してくれる日々。奴隷であるにも関わらず給金を支給され、私はそのお金で妹に髪飾りを買いました」

 さっきの光景を思い出し、クロの妹の髪にはなにかの飾りがついていたことを思い出していた。
 しかし、それが何だというのだ?

「妹には、皆が似合っていると笑い合い、その様子を見て私はあの頃の反感を持っていた自分を殴りたいと思うほどです。護衛の話を聞いた時、私はできることならお嬢様のお役に立ちたいと、これが私の思いです」

「そう……言いたいことは分かったわ」

 クロに近寄り奴隷紋に魔力を込めていく。

「奴隷紋開放」

 二回目ということあり、魔力量の少ない私には立っているのも辛く、その場にへたり込んでしまう。

「お嬢様、何をなさって」

「お嬢……」

「クロ。私が憎くありませんか? 貴方の嫌う奴隷商人なのですよ? 今の私は、立つことすら出来ないほど弱っていますよ。チャンスだと思いませんか?」

 魔力欠乏がこんなにもつらい症状になるとは……思っていた以上に苦しい。
 ルビーは私を抱え、ソファに座らせる。それなのに、クロは体制を変えず自分の左手を見ていた。

「今一度、奴隷紋をお刻みください。私には資格がございません」

「クロ。貴方が私に逆らえない理由はその妹のことですね?」

「決してそのようなことはございません」

「私がその子を売ってしまうかもしれませんよ?」

「っ!?」

「お嬢!」

 奴隷商人なのだから、奴隷を売買するのは当たり前。
 この行動にこの世界の法で私を裁くことは出来ない。
 可能性としてはゼロではない。

「奴隷をどう扱うかは全部私にあるよねルビー」

「はい、おっしゃる通りです。奴隷を生かすも殺すもお嬢様次第でございます。また、奴隷を開放されるもお嬢様のご自由です」

「お嬢様は決してそのようなことをされないと思われます」

「ルビー、クロの妹をここに連れてきなさい」

「どうされるおつもりですか?」

「いいから、早く連れてきて」

 なら、クロにはもう一度……現実を知って貰う必要がある。
 ルビーに背中を支えられ、クロの妹がここにやってくる。
 私やクロを見て、何度も私達を見ていた。

「お嬢様、お姉ちゃん」

「貴方がクロの妹ね。名前は?」

「チロです」

「チロ。では、姉を叩きなさい」

「え? お嬢様?」

「これは命令よ? 早くクロを叩きなさい」

 命令と言ったものの、私には奴隷紋を発動させる魔力はもう残ってはいない。
 その言葉に戸惑うチロは首を振り、強く否定している。
 奴隷紋から苦痛もなく、泣きながらただ首を振るしかできないでいた。

「チロ、私なら大丈夫だ。耐えることはない」

「やだ、こんなのやだよ……お姉ちゃん」

「お嬢こんなことをして何になるんだ」

「チロ。もういいわ、ごめんなさい。これで分かったでしょ? 私はこういうことが平然とできる人間なのよ? それでも貴方は私に仕えるというの?」

「はい。私はお嬢様に仕えます。お嬢様、ここに居る奴隷達は皆お嬢様を嫌っているものはおりません。差し出がましいですが、私達を信じてください」

 信じろ……か。
 私は何を信じればいいのだろう。
 この世界に来て、自分のためだけに奴隷商人となり。
 自分のために奴隷を使いお金を稼ぐ。
 今までのことは奴隷達のためではなく全部自分のため。

「なんで皆はそこまで私を慕うの? 町でもよく聞くわ、奴隷商人はろくな奴が居ないってね。それなのに皆は私に反感すら無い。けれど、街で見かけた奴隷は、皆主人に対して憎しみを込めた目で見ている」

 強制的に働かれ、まともや食事もなく過酷な労働の日々を送る毎日。
 ここに居る奴隷も同じだと思っていた。
 効率を上げるために、多くの食事を与え、それなりに健康も向上させた。
 全ては効率を上げるというのが目的なこと。私には彼らの思いなんて、一度も考えたことがないのだから。

「どうして……私はそんなに尽くされるような人間じゃないの」

「お嬢、最初は誰もがお嬢に対して良くは思ってなかったさ。だけどな、美味い飯が普通にありつけ、寝るのだって以前よりずっと快適だ。冒険者の依頼も音を上げるやつも居たが、誰もが前の状況に戻ることよりも懸命に頑張ることを選んだ」

「そうだよ。ご飯を食べないと、働くことなんてまともにできるはずないでしょ? それに、やせ細った奴隷よりも健康的な奴隷のほうが売れると考えたからだよ。ちゃんとした睡眠がなければお金を稼げないと思っただけ。それは貴方達のためじゃなくて結果的に全部自分のため」

 それはあくまでも、私という立場を維持させるためであり、奴隷達を優先していたものではないのだ。
 街にいる奴隷たちと私の奴隷たちは何も違わないと確信していたから。

「バナンの話も、稼げないと困るからそうしただけ。奴隷の解放も本当は躊躇していた。だって、本当に言うことを聞いてくれる自信がなかったから。クロの開放もそう、二人が居たから守ってくれると思ってた。だからあえて開放した。なのにこれはどういうことなの? 私には……理解できないよ」

「お嬢様。しっかりしてください。お嬢様」

 私は奴隷商人なの。人の人生を狂わす最低な人間なんだよ。
 そんな私を誰が信頼してくれるというのよ……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

婚約破棄はいいですが、あなた学院に届け出てる仕事と違いませんか?

来住野つかさ
恋愛
侯爵令嬢オリヴィア・マルティネスの現在の状況を端的に表すならば、絶体絶命と言える。何故なら今は王立学院卒業式の記念パーティの真っ最中。華々しいこの催しの中で、婚約者のシェルドン第三王子殿下に婚約破棄と断罪を言い渡されているからだ。 パン屋で働く苦学生・平民のミナを隣において、シェルドン殿下と側近候補達に断罪される段になって、オリヴィアは先手を打つ。「ミナさん、あなた学院に提出している『就業許可申請書』に書いた勤務内容に偽りがありますわよね?」―― よくある婚約破棄ものです。R15は保険です。あからさまな表現はないはずです。 ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

処理中です...