あすきぃ!

海月大和

文字の大きさ
上 下
16 / 22
第二話

イマリの冒険⑥

しおりを挟む
 玄関をくぐったら壁がありました。

「はぇ~……」

 下駄箱と同じくらいの高さの壁のようなものを見上げて、僕は気の抜けた声を出した。

 つい先ほどのことだ。学校に到着した僕はムタさんと別れ、何事もなく校門を通り過ぎて正面に見える玄関へ向かった。そして、生徒用だと思われる下駄箱に挟まれて鎮座する、壁のようなものを見つけたのである。

「これ、なんなんだろう?」

 疑問に思い、目の前の壁らしきものを観察してみる。

 下駄箱の一番上の段と同じくらいの高さがあって、丸みを帯びている。全体としてみると、大きなボールのようだ。でも、完全な球体ではない。巨体から二つの足(だと思う)が生えているし、足の先には靴がくっ付いている。

 見れば、この丸い物体が着用しているのはギコさんの学校の制服だ。つまり、壁の正体はギコさんの学校の生徒で。何故かは分からないけれど、下駄箱に挟まれて熟睡している、と。

「ほぇ~……。でっかいなぁ」

 気の抜けた感想が口から漏れた。

 羨ましいなぁ。僕ももう少しでいいから背が高……いいや、今は考えないことにしよう。それよりも、ギコさんの教室は何階だったっけ?

 教室の場所と、そこに辿り着くルートを今一度頭の中に思い描く。ほとんど来たことがないので道順が合っているかどうか自信はない。けれど、もし迷ってしまったら、近くにいる人に尋ねればなんとかなるだろう。

「ぐぎゅるぉ~ぅ」
「!?」

 僕が記憶を辿る作業を終えると、すぐ近くでそんな音が鳴った。とても大きな音だった。玄関が静かなのでなおさらよく響く。

 どうやら僕の前方、すなわち壁のように大きなこの人物から発せられた音らしい。びっくりした僕はしばらく様子を窺ってみる。

「……」

 が、特にリアクションはなかった。

 もぞり。

「!?」

 と思ったら、数秒遅れで動きがあった。四肢を投げ出して寝ていた人物が、ゆっくりと上体(どこからが上半身なのかは分からないけど)を起こす。

「ぐぎゅるるぅ~」

 盛大に腹の虫を鳴らした彼は、寝ぼけ眼をこすりつつ、すんすんと匂いを嗅ぐ仕草をした。

「いい……匂い……」

 そして、緩い動作で首を巡らし、僕へ焦点を合わせる。

「こ、こんにちは」

 弁当箱を抱え、僕はおずおずと挨拶をした。なんだかのんびりした人だなぁ。そう思いながら。

 対して、彼の反応は。

「……」

 じゅるり。

「!?」

 無言で涎を垂らすという不可解なものだった。

「美味……そう……」

 さっきまでの眠たそうな目つきはどこへやら。目を光らせ、口を三日月のように吊り上げた彼は、そう呟き、僕の頭を鷲掴めそうな手をこっちに伸ばしてくる。

 美味そう……って、狙いはもしかしてこのお弁当!?

「あわわわわわ……」

 お弁当を奪われちゃダメだ。無事にギコさんに届けなければいけないんだ。そうは思っても体が動かなかった。蛇に睨まれたカエルのように硬直する僕に、太い腕がゆっくりと近付く。

 僕の倍以上の太さの指がお弁当に届く寸前、目を瞑った僕の脳裏に浮かぶのは、ムタさんの言葉だった。

『譲りたくないものがあるなら、無抵抗じゃあいけないよ』

 そうだ。このままお弁当を奪われたら、何のために僕はここまで来たんだ? 渡しちゃいけない。これは、僕が絶対に届けなくてはいけないものなんだ!

「てやぁっ!」

 僕は身を沈め、弾丸のように前方に飛び出した。丸太のような腕を掻い潜り、校舎内へ転がり込む。

「こっ、これは僕にとって大事なものなんです! 渡すわけにはいきません!」

 壁のような背中に向けて、声を張った。

「……」

 反応はない。分かってくれた、のかな?

 ぐりん。

「!?」

 と思ったら、またも数秒遅れで動きがあった。物凄く機敏な動作で首を回し、僕を視界に捕らえる。

 背筋がぞわぞわする。何だか、本能がヤバイと警告を鳴らしている気がした。

「美味……そう……」
「ってやっぱり諦めてなかった!?」

 瞳が更に輝きを増している。もはや完全に獲物を狙う目だ。

 危険な気配を感じた僕は一目散に駆け出した。廊下を走るな!という張り紙があったけど、今はそんなことを気にしていられない。

 早くギコさんのところまで行って、お弁当を渡してしまおう。さすがに、あいつも僕を追ってまでお弁当を奪いには――

「ん?」

 僕は思考を中断して、速度を緩める。

 なんだろう。床が振動してる。地震かな?

 足を止め、耳を澄ますと、何かが転がるような音が聞こえてきた。段々と近付いてきている。狭い通路で大岩が転がりながら迫ってくる。そんな、映画のワンシーンを彷彿とさせるような音が。

「まさか……」

 息を飲み、僕は恐る恐る後ろを振り向いた。

 廊下の向こうから、丸い、大きな塊が高速回転しながら迫ってきていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

ヲタクな妻は語りたい!!

犬派のノラ猫
ライト文芸
これはヲタクな妻と夫が交わす 普通の日常の物語である!

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指すい桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...