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第二話
イマリの冒険④
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「へぇ、住む場所が出来たのかい? そりゃ良かったじゃないか」
「はい、おかげさまで」
ふさふさの尻尾が僕の横で揺れる。塀の上を行くムタさんと並んで歩きながら、僕はギコさんの通う学校を目指していた。
ぴんと背筋を伸ばし、颯爽と前を歩いているムタさんは、僕が危なっかしいから学校まで着いてきてくれるそうだ。これでまた野良犬くんと遭遇しても大丈夫。そう思うととても心強い。
「しかしねぇ……」
先行していたムタさんは不意に立ち止まり、じーっと僕の顔を見つめてくる。
「……なんです? 何か顔に付いてますか?」
顔を指でなぞってみるが、特に何もなかった。そんな僕の行動には触れず、ムタさんは落ち着いた声で僕に尋ねる。
「どうして自力で追っ払わなかったんだい?」
「ええっ! そ、そんなこと僕には出来ませんよ……」
予想外な言葉に僕の肩が跳ね上がる。自力でなんて僕には無理というものだ。それが出来るのなら、ムタさんに助けられてはいない。
ところが、ムタさんは僕の弱々しい否定を鼻で笑ってこう言った。
「出来ないってこたないだろうさ。いくらあんたが子供とはいえ、あんな野良一匹、どうとでもなるはずだよ」
あんたは鬼なんだから、と付け足して、再びムタさんは歩き始める。見透かすような流し目は何もかもお見通し、といった様子だ。
そう。確かに僕は普通の人間よりも肉体的に強い。鬼の身体能力は僕にもちゃんと備わっているから、おそらく一般人相手であれば、大の大人とも張り合えるだろう。試したことはないけれど。
「僕は、傷つくより傷つける方が嫌なんです」
痛いのはもちろん嫌だ。でも、傷つけるのはもっともっと嫌いだ。
「それが悪いとは言わないけどねぇ」
とん、と塀から降りて、ムタさんは呟く。それから僕を見上げ、
「譲りたくないものがあるなら、無抵抗じゃあいけないよ」
深い色を湛えた瞳が僕を見据える。告げる言葉にも重みがあった。
「言いたいことは分かります。でも、僕……」
「ま、今は言葉だけ頭に入れときゃいいさね」
言い淀んだ僕に柔らかく言い、ムタさんは「行くよ」という風に、いつの間にか一本になった尻尾を一振りした。
学校に近付くに連れてぽつぽつと人通りが出来てきているから、普通の猫として振舞うつもりなのだろう。ムタさんとのお喋りはこれで終わり、ということだ。
ムタさんは今度は僕のすぐ後ろを歩いた。これなら猫に付いて歩く少年、ではなく、少年に付いていく猫、という構図になる。こういう配慮が当たり前に出来るのも、僕がムタさんを尊敬する理由だ。
さて、歩き続けて十分ほど経ったころだろうか。そろそろ校舎が見えてくる頃だなと僕が思っていると、
「ヴォウッ!」
という、特徴的な鳴き声が聞こえてきた。しかも、僕の進行方向からだ。
裏道に近い、細い道路の先に、高校生らしき白髪の人物と野良犬くんが向かい合って立っていた。他の人間はその様子を見て、引き返したり、はたまた立ち止まって成り行きを見守っていたりしている。
「やれやれだねぇ」
またやってるのかい、といった気持ちを込めた呆れまじりのため息を吐いて、ムタさんは呟いた。
「どどど、どうしましょうムタさん。このままじゃ……」
あの高校生が襲われてしまう。見れば、白髪の高校生は鞄を片手に持ち、空いたほうの手でハンバーガーをもっくもっくと頬張って……?
「あれ?」
「なんだい。余裕じゃないか。あの様子じゃ心配するこたなさそうだね」
緊張感のきの字も感じられない自然体で、少年はハンバーガーを口に収めていく。野良犬くんの存在なんて、大して気にしていない風だった。
「えっ! でもいいんですか? 黙って見てて?」
「そんなに心配なら、あんたが行って追っ払ってくりゃいいじゃないか」
「うぇっ!? 僕がですか!? 無理ですよ!」
気軽な調子で言い放つムタさんだが、半分以上は本気のようだ。少なくともムタさんは傍観するつもりらしい。
野良犬くんは依然として吠えたり唸ったりしているが、少しも怯むことのない相手に強く出られないでいる。先ほど、ムタさんに一蹴されたのが尾を引いているのかもしれない。
もっくもっくとハンバーガーを咀嚼していた高校生は、ごくりと口の中のものを飲み込み、鞄を地面に置いた。それから食べかけのハンバーガーを包み紙で覆い、その場にしゃがむ。
野良犬くんは目の前の包み紙と白髪の人物を、よだれを垂らしながら交互に窺っている。今にも噛みつきそうな野良犬くんを前に、なんと白髪の高校生は片手を差し出して一言、こう言ったのだ。
「お手」
「はい、おかげさまで」
ふさふさの尻尾が僕の横で揺れる。塀の上を行くムタさんと並んで歩きながら、僕はギコさんの通う学校を目指していた。
ぴんと背筋を伸ばし、颯爽と前を歩いているムタさんは、僕が危なっかしいから学校まで着いてきてくれるそうだ。これでまた野良犬くんと遭遇しても大丈夫。そう思うととても心強い。
「しかしねぇ……」
先行していたムタさんは不意に立ち止まり、じーっと僕の顔を見つめてくる。
「……なんです? 何か顔に付いてますか?」
顔を指でなぞってみるが、特に何もなかった。そんな僕の行動には触れず、ムタさんは落ち着いた声で僕に尋ねる。
「どうして自力で追っ払わなかったんだい?」
「ええっ! そ、そんなこと僕には出来ませんよ……」
予想外な言葉に僕の肩が跳ね上がる。自力でなんて僕には無理というものだ。それが出来るのなら、ムタさんに助けられてはいない。
ところが、ムタさんは僕の弱々しい否定を鼻で笑ってこう言った。
「出来ないってこたないだろうさ。いくらあんたが子供とはいえ、あんな野良一匹、どうとでもなるはずだよ」
あんたは鬼なんだから、と付け足して、再びムタさんは歩き始める。見透かすような流し目は何もかもお見通し、といった様子だ。
そう。確かに僕は普通の人間よりも肉体的に強い。鬼の身体能力は僕にもちゃんと備わっているから、おそらく一般人相手であれば、大の大人とも張り合えるだろう。試したことはないけれど。
「僕は、傷つくより傷つける方が嫌なんです」
痛いのはもちろん嫌だ。でも、傷つけるのはもっともっと嫌いだ。
「それが悪いとは言わないけどねぇ」
とん、と塀から降りて、ムタさんは呟く。それから僕を見上げ、
「譲りたくないものがあるなら、無抵抗じゃあいけないよ」
深い色を湛えた瞳が僕を見据える。告げる言葉にも重みがあった。
「言いたいことは分かります。でも、僕……」
「ま、今は言葉だけ頭に入れときゃいいさね」
言い淀んだ僕に柔らかく言い、ムタさんは「行くよ」という風に、いつの間にか一本になった尻尾を一振りした。
学校に近付くに連れてぽつぽつと人通りが出来てきているから、普通の猫として振舞うつもりなのだろう。ムタさんとのお喋りはこれで終わり、ということだ。
ムタさんは今度は僕のすぐ後ろを歩いた。これなら猫に付いて歩く少年、ではなく、少年に付いていく猫、という構図になる。こういう配慮が当たり前に出来るのも、僕がムタさんを尊敬する理由だ。
さて、歩き続けて十分ほど経ったころだろうか。そろそろ校舎が見えてくる頃だなと僕が思っていると、
「ヴォウッ!」
という、特徴的な鳴き声が聞こえてきた。しかも、僕の進行方向からだ。
裏道に近い、細い道路の先に、高校生らしき白髪の人物と野良犬くんが向かい合って立っていた。他の人間はその様子を見て、引き返したり、はたまた立ち止まって成り行きを見守っていたりしている。
「やれやれだねぇ」
またやってるのかい、といった気持ちを込めた呆れまじりのため息を吐いて、ムタさんは呟いた。
「どどど、どうしましょうムタさん。このままじゃ……」
あの高校生が襲われてしまう。見れば、白髪の高校生は鞄を片手に持ち、空いたほうの手でハンバーガーをもっくもっくと頬張って……?
「あれ?」
「なんだい。余裕じゃないか。あの様子じゃ心配するこたなさそうだね」
緊張感のきの字も感じられない自然体で、少年はハンバーガーを口に収めていく。野良犬くんの存在なんて、大して気にしていない風だった。
「えっ! でもいいんですか? 黙って見てて?」
「そんなに心配なら、あんたが行って追っ払ってくりゃいいじゃないか」
「うぇっ!? 僕がですか!? 無理ですよ!」
気軽な調子で言い放つムタさんだが、半分以上は本気のようだ。少なくともムタさんは傍観するつもりらしい。
野良犬くんは依然として吠えたり唸ったりしているが、少しも怯むことのない相手に強く出られないでいる。先ほど、ムタさんに一蹴されたのが尾を引いているのかもしれない。
もっくもっくとハンバーガーを咀嚼していた高校生は、ごくりと口の中のものを飲み込み、鞄を地面に置いた。それから食べかけのハンバーガーを包み紙で覆い、その場にしゃがむ。
野良犬くんは目の前の包み紙と白髪の人物を、よだれを垂らしながら交互に窺っている。今にも噛みつきそうな野良犬くんを前に、なんと白髪の高校生は片手を差し出して一言、こう言ったのだ。
「お手」
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