俺勇者、39歳

綾部 響

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6.先生と呼ばれて

柄じゃない……のも、たまには悪くない

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 ダレンが、芋虫型魔獣「キャタピラー」の強烈な体当たりを盾に見立てた両腕でガードした。
 今回の戦闘で、ダレンが初めて受けた強烈なクリティカル・一撃ヒットだった。

「クッ……!」

 キャタピラーに圧される形で、大きく後退するダレン。直撃では無いが、ダメージはそれなりにあっただろう。

「クリークッ! 前に出過ぎだっ! それから、即座にダレンのフォローッ!」

「わ、わかってるよっ!」

 俺の声に反応して、クリークがキャタピラーとダレンの間に割って入る。キャタピラーはダレンへと追撃の構えを取っていたが、その攻撃はクリークの構えた盾に阻まれ不発となった。

「イルマは即座にダレンを回復。ソルシエ、キャタピラーを牽制しろっ!」

 俺が指図する前には、イルマの回復魔法クラルがダレンの受けた傷を治癒していた。

「分かってるわよ、もうっ!」

 そして、ソルシエの火炎魔法フラムがキャタピラーへと向かっていった。
 クリークはタイミングを見計らって、盾を使いキャタピラーを押し返した。その直後に、ソルシエの火炎魔法フラムがキャタピラーにヒットする。
 キャタピラーはその攻撃を受けて、大きく後退した―――。




 一昨日の約束通り、クリーク達はグルタの洞窟前へとやって来た。
 1日の間を空けたのはクリークのダメージを考慮した結果……ではなく、単純に俺の体が持たなかったからだ。
 グルタの洞窟前で合流した途端、特にクリークなんかは「昨日は暇だった」と散々ぼやいていた。
 俺がクリークのダメージを心配して昨日1日街の外に出る事を禁じたんだが、その代りダレンとみっちり基礎体力訓練をしたのだそうだ。
 俺なんかは1日ベッドで過ごしていたし、本当は1週間ほどそうしていたい気持ちだった。
 本当に若いって羨ましい……。
 それでも昨日は、イルマのお蔭で随分とリフレッシュが出来た。
 彼女は、俺が目覚めるだろうと考えた昼頃に昼飯を持参してやって来た。その後部屋の掃除やら俺の衣類を洗濯までしてくれて、帰りには夕食を用意してくれたのだ。
 お蔭で雑貨屋コンビニに行く手間も省けて、随分と楽をさせて貰った。




 心身ともに随分と回復出来た俺は、若く元気過ぎる彼等を相手に声を張り上げて戦闘指示を行っていた。
 今、彼等が相手をしている「魔獣キャタピラー」は、その名の通り芋虫型の魔獣だ。
 成虫となり「デスパピヨン」となれば今のクリーク達では手に余るのだが、その幼虫ならば本来彼等のレベルで苦戦する事は無いはずだった。
 先程ダレンが受けたクリティカル・ヒットも、ダレンにしてみればそれ程大きなダメージだった訳では無いだろう。
 言わば、格下のモンスターと戦っているのだ。

「ダレン、もっと前に出ろっ! ソルシエ、魔法が強過ぎるぞっ! もっと抑えるんだっ!」

「はいっ! 分かりましたっ!」

「えぇっ! もっとぉっ!?」

 元気の良いダレンの返事に対してソルシエは不満気な返事だが、それでもしっかりと対応しようとしている。

 恐らく今、1番四苦八苦しているのはソルシエだろう。
 魔力を抑えて……と一言で言えば簡単なようだが、弱すぎれば意味のない攻撃な上に無駄に魔力を消費する。強すぎれば魔力の消耗も大きい上に、敵の注意を引き付けてしまうのだ。
 だがそれを何とかこなして見せるソルシエは、やはり魔女としての才能がある。

「イルマ、もっと全体をよく見るんだ。眼を逸らしていてはダメだぞ!」

「は……はいっ!」

 彼等の戦闘もそれなりに良い形となって来た頃、キャタピラーは力尽き地面にその巨体を横たえたのだった。




「なんだよー! あれなら今まで通り戦った方が、よっぽど早く決着がついたぜー!」

 手にしていた盾を放り投げて、クリークが地面へ大の字に寝転がった。さっきの戦闘が、よっぽど不満だったらしい。

「まったくね。これじゃあわざわざ、勇者様に教えを乞う必要なんて無いんじゃないかしら」

「ま……まぁまぁ、クリークさん、ソルシエさん。折角勇者様が教えて下さっているんですから……」

 クリークの不平不満に、真っ先に便乗したのはソルシエ。彼女も先程の戦闘ではフラストレーションの溜まる戦い方を強要されていたとあって、不機嫌さを隠そうともしなかった。
 そんな2人を嗜めるダレンだが、やはりまだ目上の彼等に意見を言う事には慣れないらしい。その上下関係に対する姿勢は見事なんだが。
 イルマはそんなやり取りを、何も言わずに見ているだけだった。

 確かに先程の戦闘は、俺が出した指示の下で戦う魔獣との初めての戦いだった。
 そのスタイルに当然慣れていない彼等は、明らかに格下の魔獣を相手取って苦戦と呼ぶ程では無いにしろ随分と手間取ったのだった。

「……でもみんな、いつもより疲労は随分と少ないんじゃない?」

 イルマは、感情の読み辛い抑揚の乏しい声でそう言った。その声に、他のメンバーは自らの体を探る様に調子を確認する。

「……そう言えば……そうかな?」

 自らの魔力を確認し終えたソルシエが、ポツリとそう呟いた。彼女自身、今まで気づかなかったようだが過去の戦闘とは違い随分と余力が残っている筈だ。

「私も……いつもより回復魔法の使用回数が少なかったお蔭で、随分と余裕がある。これなら、すぐに連戦しても多分大丈夫……」

 前衛を務めるクリークとダレンも、いつもと違う状態に気付いた様だ。

「そう言えば俺も、今回は回復してもらう回数が少なかったな……。ってゆーか、俺一回も回復して貰わなかったんじゃないか!?」

「僕も勇者様の指示で、随分と思いっきり動く事が出来ましたよ! モンスターと肉迫してるのに、攻撃を受ける機会が少なかった様に思います!」

 漸く違いに気付き、お互いに再確認した彼等の視線は自然と俺の方へと向けられた。
 眩しい……キラキラとした光をその目に宿す新米冒険者達の視線は、今の俺にとって眩し過ぎるんだ……。
 何を話してくれるのかと期待に膨らむその表情を見ると、もう話をしない訳にはいかなくなる。

「……今、お前達が倒した魔獣は、時間を掛ければここに居る全員がソロで倒せるレベルの魔獣だ。しかし、思った以上に時間が掛かった事に不信感を持った奴もいるだろう。だが、それも仕方ない事なんだ。戦闘スタイルを変更して、まだ間もないんだからな。それぞれの動きも違って来る。さぞかし戦い辛かっただろうな」

 イルマ、ソルシエ、ダレンがバツの悪そうに苦笑いを浮かべる中で、クリークだけがウンウンと頷いている。よっぽど動き辛かったのだろう。
 こうやって若い奴らの前で講釈を垂れるなんて、まるでどこかの先生みたいだな……まったく柄じゃない。

「だがジョブには、そして人それぞれには適材適所ってのがある。誰が、どんなジョブに向いているかというやつだ。半人前のお前達に、今のジョブが合ってるかどうかなんてまだ分からん。だから、今与えられた役割をこのパーティで百パーセント熟せるようにするんだ。そうすれば、以前とは見違える程の強さを発揮する事が出来る。それこそ、現在の自分達では到底かないそうにない魔獣にだって互角以上に渡り合う事が出来る。余り知られていないが、これをパーティの『トータルレベル』と言う」

「おおっ!」と、俺の目の前に座る生徒達から感嘆の声が上がる。
 反応がイチイチ初々し過ぎて、なんだかこっちが恥ずかしくなって来た。俺にもこんな時期ってあったっけ?

「……まぁそんな名称で論じる事等しなくても、各々がパーティ内で自分の役割をこなしていけば自然と身に付く事なんだけどな」

 余りにも居心地が悪くなって来たので、少し意地悪な言い方をしてみた。しかし昨日とは違い、そんな言い方をされても噛みついて来る者はいなかった。それどころかクリーク等は、「へへへ……」と苦笑いをして頭を掻いている。
 気持ちが前を向いているから切り替えも早いのだろうが、いつまでも思い悩む大人な俺にしてみれば羨ましい限りだ。

「トータルレベルは個々のレベルとは関係ない、パーティの強さを指すものだ。今、お前達のレベルを平均すればだいたい7程度だろうが、パーティとして熟練度が上がればレベル10の魔獣にさえ勝つ事が出来る様になる。さっきお前達に戦闘の指図を細かくしたのは、それを良く把握して貰う為だ」

 彼等の目には、俺の言葉を疑うと言う要素は微塵も含まれなくなっていた。

「ダレン」

「はいっ!」

 それが証拠に、もう本当に俺の生徒でもあるかの様に、俺が名前を呼ぶと大きな声で返事を返し立ち上がり直立不動の姿勢で俺の声に耳を傾けている。

「戦闘ではもっと前に出ろ、もっと敵に肉迫するんだ。それがお前の持ち味だろう? お前が前衛だ」

「は、はいっ! 分かりましたっ!」

 俺がそう指示を出すと、彼は満面の笑みで大きく返事をした。彼はその性格から自分の力を必死で抑えていたのだろうが、どれ程四苦八苦したかは簡単に想像出来る。
 クリークとは形が違えど、彼こそが完全攻撃型の戦士ジョブなのだ。その彼に力を抑えて立ち回らせるなど、戦力低下以外の何物でもない。
 彼の笑顔には、それを理解して貰えた嬉しさも含まれているんだろうな。

「クリーク」

「はいっ!」

 クリークも今や素直なもんだ。こうやって明るい笑顔で大きな返事をする彼の表情は正しく少年のそれであり、これが彼本来の素顔なんだろう。

「お前は中衛だ。ダレンとて戦い続けていればダメージも負うし、息も切れる。その時お前がその防御力でダレンとの間に割り込み、彼の後退を手助けしつつ戦闘を維持するんだ」

 しかしこの役目は、若い彼には大いに不満だったろう。華やかに見える前衛に比べ、縁の下の力持ち的な中衛はクリークの目にはとても地味に見える筈だ。

 ―――そして彼の顔にはそう書いてあった。「不満です」……と。

「お前がこのパーティの要なんだ。重要だぞ、やれるか?」

 だが俺の、彼に対する扱いの熟練度はかなり上がっていたのだ。
 どう言ってやれば、彼の自尊心をくすぐれるか。今となってはそうする事等、造作もない事だった。

「お、おう! 任してくれよ!」

 ―――ほらな、この通り。

「次はソルシエ」

 無言でソルシエが、眼だけをこちらに向けた。気の無い素振りを取ってはいるが、自分にはどんな要求が求められるのか気になって仕方が無いと言った感じだ。
 大人ぶってはいても所詮は子供、本当の大人には隠せるもんじゃない。何故なら俺も、その道を通った経験者だからな。

「お前が戦闘にどう参加するのかは、お前の判断に任せる。この中で、1番冷静な判断を下せるのは恐らくお前だけだろうからな。だが攻撃魔法の威力は、出来るだけ最小に抑えるんだ。無駄に敵対心を稼ぐ様な行動は極力控えろ。お前に攻撃が向けば、魔獣の動きもブレて前衛が戦い難くなるからな。戦闘状況を常に把握し、攻撃魔法は極力抑えて常に味方への指示を怠らない様にするんだ」

 だが余りにも多すぎる注文に、彼女の表情はみるみる曇り不満の声が漏れた。

「えぇっ! なんか私だけ面倒臭くない? なんだか損な役回りの様に感じるんですけどぉ……」

 割と本気で不平不満を唱えている。だが、そもそも魔法使いなんてポジションは元来面倒臭くて損な役回りなんだけどな。

「そうだな、他の奴らに比べたら損な役回りだ。だけど、このパーティで最も頭が切れて的確な指示を出せる素質があるのはお前くらいだ。お前なら、冷静沈着な判断が下せると思ってるんだがな」

 そんな彼女には、この言い方が効果覿面てきめんな筈だ。それが証拠に、彼女の頬がみるみると赤らんで照れた様な表情に変わる。

「そ、そうかもねぇ。た、確かに私が1番適役かもしれないわねぇ」

 まぁ別に褒めた訳でも無くこれは客観的な事実なんだが、大の大人に面と向かって褒められる経験など余りない彼女は随分と気を良くした様だった。

「……イルマ」

 そして、1番俺の近くで控えているイルマに声を掛けた。
 他のメンバーの様に浮かれた様子も無く驚く程の自然体で俺の方へ顔を向けた彼女は、今この中で最も頼りになる存在に見えた。
 だから彼女には最も大切な、ソルシエの役割と同等かそれ以上に重要な事を頼むつもりだった。

「お前は僧侶で、それこそ本当にパーティの生命線だ。メンバーの回復は勿論だが、もっと全体……戦闘しているフィールドより更に広範囲に気を配る様にするんだ。モンスターってのは、目の前で戦っている個体だけが全てじゃない。ひょっとしたら2匹、3匹とリンクするかもしれない。事前に察知出来れば戦闘を切り上げて逃げる事も出来るし、それが不可能でも備える事が出来る。……分かるな?」

 俺の問いかけに彼女は無言で、しかし力強く頷いた。頭の良い彼女は俺が何を気に掛け自分が何を期待されているのか、もう全て分かっているのかも知れない。

「戦闘に集中しながら、その周辺にも注意を払う。誰にでも出来る事じゃないが、とても大事な事だ。それこそ、パーティの生命線を握る役割だと言ってもいいくらいだ」

「……うん、私は僧侶だもん。メンバーの命も、パーティの生命線も、どちらも失わない様に注意する」

 俺は彼女の頭に手を置いて、ガシガシと撫でてやった。本当に優等生ってのは、こう言う娘を言うんだろうなぁ……。

「周囲に異変が感じ取れれば、いち早くそれをみんなに伝えるんだ。それが間違っていても良い。とにかく、迅速な対応が生死を分けると言っても良いからな。怖がってる暇は無いぞ?」

 彼女は俯き加減で俺に頭を撫でられ続けている。フードが顔に掛かってその表情が良く見えないが、顔が随分と赤くなっていた。

「……うん。……がんばる」

 答えた彼女の声も、先程とは違い小さなものだった。
 ひょっとしたら、子供扱いされて怒っちまったかな……。俺は慌てて彼女から手を離した。

 考えてみれば、俺から見れば子供でも彼女はもう洗礼を受けた立派なレディだったな。
 俺は、自分の迂闊さを少しだけ反省した。

「と、とにかくだ。今の話を踏まえて、今日はお前達にグルタの洞窟を攻略してもらう。今のお前達なら苦戦は無い。だが、楽に勝てる戦いも無い筈だ。それぞれ今言った役割を念頭に入れて、実践する気持ちで取り組むんだ。到達の証を手に入れたら戻って来るんだ、いいな!」

「「「「はいっ!」」」」

 四人は声を揃えて元気に返事を返して来た。本当に俺、先生の様だな。
 彼等は何か憑き物が取れた様に、意気揚々と洞窟へ向かっていく。と、イルマが小走りでこちらへと戻って来た。

「……あの……ま、待っていて下さいね?」

 彼女は、俺がこのまま帰るのではと思ったのだろうか。
 だがここまで偉そうな事を言っておいて後は放って帰るなど、流石の俺でも出来そうにない。

「ああ、俺はここで昼寝でもしてるよ。お前達は怪我の無い様に、気を付ける事だけ考えるんだ。いいな?」

 俺がそう言うと、彼女は嬉しそうな笑顔で大きく頷いた。

「はいっ! 行ってきますっ!」




 彼等が去ったのを確認して、俺は近くの木陰に腰を下ろした。
 盛夏を迎えて、若葉が茂り辺りを生命力が満たす季節になって来た。木陰は程よく涼しさを演出していて、ここで昼寝をしたら気持ちの良い事は間違いないな……何て事を考えていた。

 そしてそんな誘惑に勝てるはずも無く、俺は早々に体を横たえた。

 枝葉の隙間から見える空には、真っ白な雲が流れて行く。今日は間違いなく最高の1日なんだろう。

 俺のここ数年にわたる生活と言えば魔界に行って魔王城で魔族と戦い、疲弊して帰ってくれば部屋で静養を送る毎日。考えてみれば、こうやって外で横になるなんて何年ぶりだろうか。

 昔はそれこそ、毎日の様に野外で昼寝や野宿をしたもんだ。
 懐かしく楽しかった日々。

 クリーク達は、それを今から体験するんだろう。
 彼等の旅が彼等にとって悔いのない物になればと、柄にもない事を考えてしまった。
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