俺勇者、39歳

綾部 響

文字の大きさ
上 下
14 / 21
4.魔界の村の少女

龍の墓場

しおりを挟む
 幸い、道中でこの山に生息する魔獣に遭遇する事は無かった。
 勿論、それは周囲に気を配り少しでも何か気配を感じたら慎重に対処したからなんだが……それとは別の可能性を俺は懸念していた。

 そして辿り着いた龍の墓場、その入り口で俺はその懸念が的中した事にガッカリした。メニーナは〝その姿〟を見て言葉を失っている。
 山道が突然開けた大きな広場のような場所……その最奥に、小山の様な黒い巨体が鎮座しているのを確認出来たのだ。

 ―――遠目に見ても間違いないと分かる……魔龍だ。

 龍族は人間界、魔界を通して最強の幻獣である。
 勿論、その強さには幅があり、中堅クラスの冒険者ならば苦も無く倒せる個体もいれば上級冒険者ですら太刀打ち出来ない個体も存在する。

 幻獣が畏れられる原因としては強力な力と多種のブレス、その高い知能から繰り出される数々の魔法が挙げられるが、本当に恐ろしいのはその俊敏性と体力だ。
 巨体に見合わぬその動きには殆どの冒険者が翻弄される事だろうし、その底が見えない体力は攻撃している側の体力と精神面に多大な疲労を与える。

 兎に角、進んで倒す様な魔獣では無い。
 俺でも旅先で不意に遭遇したなら、考えるまでも無く逃げ出すに違いない。
 得られる物ドロップアイテムは希少な物が多いとは言え消耗する体力や気力、魔力を考えると躊躇してしまうのだ。

 その最強幻獣が今、俺達の目の前にいる。

 すでに魔龍のテリトリーに入っているにも拘らずそれでも動く素振りを見せないのは、恐らく眠りに就いているからだろう。
 この龍の墓場に来た魔龍は、最期の時まで静かに過ごす習性がある。
 周辺で騒ぎを起こすならばまだしも、ただここに訪れただけの人間には反応すらしない。

「メニーナ、お前はここで待ってるんだ。採集には俺1人で行って来る」

 それまで呆然と佇んでいたメニーナだったが、俺の言葉で我を取り戻したのか頻りにコクコクと頭を上下させて答えた。
 恐らく初めて見るだろう魔龍の存在感に圧倒されて、声までは出せないのだろう。

 俺は慎重に、余計な物音を立てない様に部屋の奥へと進んだ。
 龍の墓場となっている大きな広間に入ってまず目につくのは、水晶の様に〝キラキラと光り輝く物体〟の存在だ。
 貴石か鉱物に見えるそれは、厳密に言うと石では無い。それは、龍の体内から排出された物が高質化した物だ。
 龍の排泄物たるそれは時間をかけて高質化し、不純物が取り除かれていく。長い時間をかけて水晶の様な輝きを持つ物体となるそれは、円錐の様な先端に「ある物質」を浮き上がらせる特徴を持つ。
 その先端部分は特に希少な「龍石」となり、宝石としての価値は勿論、魔法鉱石としても高い用途がある。「宝珠」とも称されるその物体は、龍の墓場で少量しか採集が出来ず流通量が余りにも少ない。
 龍によって龍石の色は異なり一部のマニアには垂涎すいぜんの龍石だが、それを求めて数多くの冒険者が帰ってこなかった理由は言うまでもないだろう。

 今、俺の見える範囲には複数の龍石が確認出来る。だがそれを得る為に魔龍と一戦交えるつもりは毛頭ない。
 俺は可能な限り音を立てず気配を殺して作業を開始した。

 魔龍の骨を超回復薬ホーリーメディスの材料として使うには、ある程度の大きさが必要だ。具体的には長さが70センチ以上、太さが10センチ以上だ。
 そこまで立派な骨で持って帰るのに丁度良い大きさとなると、部屋の中央付近で探さないと見つからない。

 だが部屋の奥に進めば進むほど、最奥に鎮座する魔龍に近づく事となる。
 どれだけ魔龍の神経を逆撫でする事無く、可能な限り魔龍へと近づき探索する事が出来るか。
 これが重要であり、ここでの探索に必要なスキルだ。そしてそれは経験が大きく物を言う。

 決して短くない俺の冒険者人生で、こう言ったシチュエーションでの探索等は少なくなかった。探索だけじゃなくある時は罠回避、あるいは潜入、気付かれない事が前提のクエストもあった。
 そう言った意味で、この部屋の探索は俺1人で行う為にメニーナを部屋の入り口に待たせたんだ。出来るだけ気配を消して物音を立てず、慎重に骨を採集していく。

 ここに好きこのんで訪れる者は殆どいないのだろう、形が良く上質な龍骨は必要数すぐに集まった。
 更にラッキーだったのは、村長から頼まれていた龍草ドラゴングラスは俺が探索していた場所の周辺で見つける事が出来た。無暗にこの部屋で留まる必要がなくなったのは、有難いとしか言いようがない。




 一般的に龍族の最期と言うのは、他種族のそれと大きく異なる。
 普通「最期の時」と言うのは、ケガや病気以外ならば寿命が来た時の事を指す。
 その世界で生きる為の生命力が徐々に枯渇してきた結果、老衰と言う形で寿命が尽きるのだ。
 歳経ると言う事は、単純に体力や筋力が衰え能力が低下している事を指す。つまり弱くなるのだ。
 人間族も含めて歳を経た生物は、力の最盛期にある生物にとって脅威とはならない。

 ―――だが幻獣種たる龍族は少し勝手が違う。

 基本的には、龍族に寿命による衰弱死は存在しないそうだ。
 龍族は古い肉体が限界を迎えると、転生と言う形で違う肉体に魂を移し替える。その辺りの事は余り詳しくないんだが、注意するべきは〝老いによる能力低下が無い〟と言う事だ。
 つまり今、目の前にいる魔龍も転生を前に行動力が抑えられてはいるが、襲ってきたならば他の龍と代わり映えの無い攻撃力があると言う事だ。

 正直な話、魔龍と正面切って戦うのは出来る限り避けたい。
 勝ち負けも問題だが、それよりも消耗の度合いが激し過ぎる。恐らく手強さだけで言えば、十二魔神将よりも上だ。
 今は魔龍も些事さじを気に掛けないのだろう。敵意無く、煩わしい真似さえしなければ見逃してくれるのかも知れない。
 反面、大声や大きな物音など御法度だ。例え最期の時が近いとは言え、間違いなく襲って来るだろう。

 油断やらのアクシデント等が起こりやすいのは目的に向かう時よりも、目的を達成して引き上げる時が多い。これも俺の経験上得た知識だ。
 ここに来た目的の物を全て採集し終え出口の方角に体を向けた時、俺は思わず大声を上げてしまいそうになった。
 メニーナが入り口付近で輝く黒い龍石、その中でも比較的大きなものに手を伸ばしているのだ。

(メ、メニーナッ! 何やってるんだっ!)

 当然そう考えた。思わず声が出そうになった。しかしメニーナが俺の行動に気付いた様子は無く、目の前の龍石を取る事に夢中だ。
 俺が言い付けた通りこの部屋に入る事だけは極力避けようとしているのだろう、体の一部分は部屋の入り口付近に残したまま出来るだけ体を伸ばして何とかもぎ取ろうとしている。
 だがそんな不安定な体勢で採ろうとしているもんだから本人もちょっとした事で倒れてしまいそうだし、何よりも龍石を含んだ水晶部が崩れてしまいそうだった。

 まるで直円錐の様に、長い年月をかけて積み上がった龍の分泌物とその先端に蓄積される龍石。一目見ただけならば、硬度が高く採集は困難な様に思える。
 しかし実際は、意外な程簡単に採れるんだ。その見た目とは裏腹に。
 その代り、異常に脆いと言う性質もある。
 先端に出来上がった龍石を採った瞬間、それを形成していた水晶のような物質は瞬く間に崩れ去ってしまう。

 ―――大きな音を立てて。

 メニーナが水晶の先端に作られている龍石部分を握り、

 苦も無くもぎ取った。

 そして、声にならない悲鳴を発している俺の目の前で、

 周囲に大音量を響かせて、それは崩れたんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

嵌められ勇者のRedo LifeⅡ

綾部 響
ファンタジー
守銭奴な仲間の思惑によって、「上級冒険者」であり「元勇者」であったアレックスは本人さえ忘れていた「記録」の奇跡により15年前まで飛ばされてしまう。 その不遇とそれまでの功績を加味して、女神フェスティーナはそんな彼にそれまで使用していた「魔法袋」と「スキル ファクルタース」を与えた。 若干15歳の駆け出し冒険者まで戻ってしまったアレックスは、与えられた「スキル ファクルタース」を使って仲間を探そうと考えるも、彼に付与されたのは実は「スキル ファタリテート」であった。 他人の「宿命」や「運命」を覗き見れてしまうこのスキルのために、アレックスは図らずも出会った少女たちの「運命」を見てしまい、結果として助ける事となる。 更には以前の仲間たちと戦う事となったり、前世でも知り得なかった「魔神族」との戦いに巻き込まれたりと、アレックスは以前とと全く違う人生を歩む羽目になった。 自分の「運命」すらままならず、他人の「宿命」に振り回される「元勇者」アレックスのやり直し人生を、是非ご覧ください! ※この物語には、キャッキャウフフにイヤーンな展開はありません。……多分。 ※この作品はカクヨム、エブリスタ、ノベルアッププラス、小説家になろうにも掲載しております。 ※コンテストの応募等で、作品の公開を取り下げる可能性があります。ご了承ください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...