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4.真眼の持ち主

沙耶の気持ち

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 洋館の怪異の中に展開された異空間。
 その中から沙耶が開けた「穴」は、幸いな事にへと繋がっていた。
 基本的に異空間であった場所から無作為に穴をあけた場合、下手をすると別の異空間に通じてしまう事が懸念される。
 だからこそ、本来は「入り口」と「出口」を設定して「異界空間」は構築されるのだが。
 それでも沙耶たちが無事に現界へと戻ってこれたのは、ひとえに沙耶の「戻りたい」という強い想いからに依るところだろう。
 ともかく詩依良と志穂に合流を果たした沙耶たちは、無事に現界へと脱出する事に成功したのだった。

 戻ってきた沙耶たちが降り立ったのは、丁度裏山山頂へ至る山道の入り口……山の麓であった。幸いと言って良いのか、そこまでは洋館の怪異の妖気も攻撃も及ばない。
 沙耶は不慣れな携帯を駆使して救急車を呼び、詩依良達を病院へと運んだのだった。
 病院では、詩依良と志穂の処置の為に医師たちがあわただしく動き回っていた。
 2人に外傷こそなかったものの詩依良の消耗は激しく、志穂に至っては重篤な状態であったのだ。
 沙耶は病院に残り2人の安否を確認したかったのだが、身内でもない彼女がその場に留まるには無理があり、更に彼女は学生という事もあって、ユウに促されてその日は帰宅した。



「……どこ行っちゃったんだろう?」

 翌日早朝。
 学校を休んで詩依良の見舞いに来た沙耶は、病院関係者より2人が昨夜のうちに移送されたことを告げられトボトボと途方に暮れて歩いていた。
 病院の誰に聞いても明瞭な返答など得られず、ユウの姿を消した探索をもってしても手掛かりを得られなかったのだ。
 沙耶が落ち込む……と言うよりも不安に思うのも、それは仕方のない事であった。

「また……詩依良さんの方から連絡がありますよ」

 そんな沙耶に、ユウはそう声をかけるだけで精いっぱいであった。
 詩依良が沙耶に対して黙っていなくなるという事も、理由も告げずにいずこかへと行ってしまう事も考えられない。
 ユウの言ったことは間違いなく事実なのだが、そうはいっても釈然としない気持ちが消えるわけではない。

「……うん」
 
 沙耶の方も、そう答えるしか出来なかったのだった。
 その声音が余りにも消沈していたのか、ユウには居た堪れなかった。
 
「それにしても、今回は沙耶さんのおかげで、みんな助かる事が出来ましたね」

 だからだろう、やや強引ともとれる話題転換をユウは試みたのだった。
 勿論、彼女の言葉に嘘はなく、そして間違いようもなく事実だ。それゆえ些か不自然な話の振り方にも、沙耶が違和感を覚える様な事は無かった。
 
「……沙耶」

 ただし、違う部分で引っかかったようではあるが。
 ユウの問いかけに、沙耶は小さく沈んだ声で答えた。
 それは自らの名を呼んだようにも聞こえるのだが、小さすぎてユウにはうまく聞き取れなかった。

「……沙耶さん?」

 もう一度問い直すユウに向けて。

「…‥沙耶」

 沙耶は同じ言葉を口にし。

「……はい?」

 意味が分からないユウは、頭にハテナマークを浮かべて声を出すだけで精いっぱいだった。
 勿論、その意味はすぐに当人の口から語られることとなるのだが。

「沙耶って呼んで」

 沙耶は目を半眼に……ジト目にして下からユウを睨め上げ、低い声でそう要求した。
 ただユウにしてみれば、いきなりそう言われてもすぐに切り替えられる様な事でもない。

 ユウと沙耶は、守護霊とその対象。言わば、主従の関係と言っても過言ではない。
 本来はそうではないのだろうが、少なくとも2人の関係はそうであるとユウは考えていた。
 ユウは沙耶にその存在を……命を救われており、そんな沙耶の守護霊になりたいと懇願したのはユウであり、沙耶は自身の名付け親でもある。
 決して対等な関係ではなく、どちらかと言えばユウが一生忠誠を誓う上下関係が介在していると当然のように彼女は考えていたのだ。
 だから沙耶に対して敬意を持つことはあっても、呼び捨てでその名を呼ぶなど思いもよらなかった事なのであった
 
「し……しかし、沙耶さん……」

 沙耶の思いがけない迫力に押されて、ユウはややたじろぐ様にして答えるのが精いっぱいであったのだが。

「……沙耶って呼んで」

 そんなユウに、沙耶の更に強く低く重い言葉が追い打ちをかける。
 事ここに至り、ユウは逃れる術も断る事も出来ないと感じていた。
 
「で……でも」

 だがユウとしては、主である沙耶を呼び捨てにするなど抵抗感を覚える以外の何ものでもない。
 沙耶が良いといったところで、簡単に今までのスタイルを変える様な事など出来ない。
 ユウは、何とかそれを沙耶に分かって貰いたかったのだが。

「私はユウの事、本当のお……お姉ちゃんだと思ってるんだよ? お姉ちゃんは無理でも、親友だとは思ってる! だからユウにも、私に『さん』付けして欲しくないの。それってなんだか……他人行儀なんだもん」

 先ほど沙耶が俯き考え込んでいたのは、この事だったのだ。
 勿論、詩依良の行方が心配なのに違いは無いのだがそれは以前にもあった事で、裏で「院」が手をまわし、より詩依良の治療に有効な病院に連れて行ったのだろうことはさすがに沙耶でも分かっており、不安になる程の事ではなかったのだ。
 それよりも彼女は、自分とユウの関係……立ち位置に違和感を覚えていたのだった。

「それに、昨日一番活躍したのはユウだよ! ユウがいなかったら、私には詩依良ちゃんを助けるどころか、会う事も出来なかったよ。ユウは私のお姉ちゃんで親友で……最高のパートナーなんだから!」

 そこまで話した沙耶は少し照れたような、それでいて最高の笑みを浮かべてユウを見つめた。
 そしてユウも、沙耶に目の前でここまで言われ、更にしびれる様な笑顔を向けられてしまっては、もうこれ以上固辞出来ようはずもない。

「……分かりました、沙耶さ……沙耶。これからはあなたを、そう呼びますね」

 にっこりとほほ笑むユウもまた、これ以上ないといった至福を湛えた笑顔だった。
 
「う……うん! ……あはは」

 自分で言い出した事であるにも関わらず、なんだか気恥ずかしくなった沙耶は、どこか羞恥を滲ませる乾いた笑いでユウに頷いた。
 どうにも甘ったるい空気が2人の間に漂ったのだが、それもほんの僅かな間の事だけだった。

「そ……それに、詩依良ちゃんの事だもんっ! きっとまた、連絡するのがめんどくさかったぁとか言って、ひょっこり顔を……」

 ―――ピリリリリリッ!

 沙耶にとってはどうにも不慣れな雰囲気に当てられたのか、やや大きめの声で沙耶が話題を元に戻した。
 脱線させた本人が、逸らした話題を元に戻すというのも少しおかしな話だが、沙耶の方にその様な目論見があったわけではない。ただ慌てふためいて口にした話しがそれだったというだけの話なのだが。
 もっともその話題もまた、突然鳴り出した沙耶の携帯電話によって断たれた。 
 普段、携帯電話が鳴るその理由は……1つしかない。
 沙耶はアタフタとバッグから携帯を取り出し、辛うじて通話状態までこぎつけた。

「も…‥もしもしっ!? し……詩依良ちゃんっ!?」

 そして、周囲の目など気にしないかのような大きな声で問いかけたのだった。
 無論、沙耶が立っていた場所は公道であり、辺りには少ないながらも通行人がいる。
 ただ、向けられた奇異の目も、今の沙耶は気付いていない。

『……だから、声がでけぇって言ってるだろ。いい加減慣れろよ』

 沙耶の問いかけに電話の向こうで答えたのは、やはりと言おうか詩依良であった。
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