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3.聖霊神殿へ

おとうさん勇者、誕生

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 この大きな礼拝堂を、シンっとした静寂が包んでいた。
 それは、ルルディアのたった一言が齎した結果だった訳だ。
 顔を真っ赤にして俯きモジモジとしているルルディア。
 メニーナとパルネは、絶句と言う表情で声を出せないでいた。
 そして俺はと言うと……。
 情けない話なんだが、既にアラフォーだって言うのにメニーナたちと同じように硬直して、一言も発する事が出来なかったんだ。

「あ……あん……あんた……」

 それでも、永遠にその状態が続く訳もない。
 真っ先に再起動を果たしたメニーナが、震える指をルルディアへと向け言葉にならない声を何とか出そうと試みていた。
 一方パルネはと言えば、既に混乱から立ち直っているように見える。でも積極的にルルディアを問い詰める気は無いようで、どちらかと言えば静観の構えだ。
 そして、俺はと言えば。
 勿論俺も、とっくに立ち直っている。もう39歳……もうすぐ40歳になるんだからな。動揺しても、それを何とか落ち着かせる術くらい持っているさ。
 それでも俺がルルディアを問い質さないのは、今は必至でルルディアの放った台詞の意味を考えていたからだ。そして、どう対処するかもな。

 ―――そ……それじゃあ、お……おとうさんって呼んで良いですか!?

 恐らくは、彼女なりに意を決した言葉だったんだろう。その声は震えていたし、今だって顔が照れているってのを通り越すくらいに真っ赤っかだしな。
 そんな彼女に対して、俺はなんて答えてやれば良いんだろうか?
 ……いや、何と呼ばれても別に構わない。
 例えルルディアから「お父さん」と呼ばれようとも、本当に親子の関係となる訳じゃあ無いからな。彼女の好きなように呼ばせれば良いだけの話だ。

 問題なのは……周囲の反応だろうな。

 もしも俺を知る者がいる街中でルルディアが俺の事を「お父さん」なんて呼べば、街の人たちは俺の事をどう見るだろう? なんて思うだろうか?
 今更誰になんて思われても構わないと言えばそうなんだけど、それでも人の目が気になって動きにくくなるのは確かだ。
 大家夫人率いる井戸端会議連では格好の話題だろうし、恐らくプリメラの街中にすぐにその話は広まるだろうな。

「ゆ……ゆうしゃさまも、嫌だって言ってやってよぉっ!」

 ただ、そんな事を考えて答えを先延ばしにしてゆくのは愚策だ。状況は、どんどんと悪くなる。
 実際、メニーナがこの台詞を口走った事で俺の返事の幅がかなり狭まっちまった。
 もしここで俺が「良いぞ」と応えちまったら、ルルディアは喜ぶだろうがメニーナはへそを曲げるだろう。
 ……ったく、面倒くさい事になっちまったなぁ。

「……何で俺の事を『お父さん』って呼ぶんだ?」

 まぁメニーナの気持ちも分からんではないが、それよりも何よりもルルディアの思惑が気になった。
 俺と彼女が対面したのはほんのつい先ほどで、俺の事を「父」と呼ぶほど懇意としている訳じゃあ無い。
 そんな俺の問い掛けにも、ルルディアはモジモジとして答え難そうにしていた……んだが。

「……強くて……優しいから」

 ポツリとそう答えたんだ。
 確かに、俺はこの場の誰よりも強いだろう。実際にこいつの義父であったアヴィドを屠っているし、ルルディアだって俺に敵わない事は察している。
 メニーナとの決闘を途中で止めた事や、回復魔法で2人を治癒した事が優しさだって思っているならそれはちょっと違うんだけどなぁ。
 ただまぁ何をどう感がるなんて人それぞれだし、それについて論じても仕方がない。

「ぐ……た……確かに? ゆうしゃさまは? 強くて優しくて格好良いけどさぁ……」

 ルルディアの呟きに、敵対心剥き出しのメニーナは何とか反論を試みようとして……失敗していた。
 メニーナが俺を高評価してくれるのは嬉しいけど、この場で言われると更に照れちまうな。
 とにかく、ルルディアの言葉から何となく彼女の事情が分かったような気がした。
 彼女は、家族の事を覚えてはいない。薄っすらとは記憶にあるかも知れないけど、それでも「思い出」と呼べるほどのものは無いんだろう。
 そして、育ての親と言えばあのアヴィドだ。多分、父親として欲しかった事はして貰ってないんだろうな。
 だから彼女は家族に……父親に飢えている。
 人界にも、そう言った孤児たちは少なからずいたからな。思い当たる節があるから、俺にもそんな考えが浮かんだ訳だが。
 もしもあの時の経験が無かったら、子を持たない俺にはルルディアの心情なんて分からなかったかもな。

「……分かった。俺の事を何と呼んでも良い」

「ええっ!? ゆうしゃさまぁっ!?」

 呼び方なんて本当にどうでも良い。あだ名だとでも思えば済む話だからな。
 でもリリーナは俺の返答に不満の声を上げ、パルネも息を呑んで目を見張っている。多分俺が了承するなんて思ってなかったのかも知れない。
 一方でルルディアは、これ以上ないくらいに顔を真っ赤にして息を詰まらせていた。端的に言ってこれは、これ以上ないくらいに嬉しいって事だろう。

「呼び方なんてどうでも良いんだけどな。……ルルディア。これだけは言っておくけど、俺はお前の本当の父親にはなれない。それでも良いんだな?」

「……うん!」

 念を押した俺に対して、ルルディアはそれでも満面の笑みで頷いた。どうやら、俺に父親らしい行動を望んでの事じゃあないらしい。

「……と言う事だメニーナ、パルネ。彼女は俺の事を『お父さん』って呼ぶかもしれないけど、それはお前たちが俺を『ゆうしゃさま』って呼ぶようなもんだ。だから、あんまり気にすんな」

 そう……。俺としては、ただの呼称の1つに過ぎない。そんな認識しかなかったんだが。

「じゃ……じゃあ、私もゆうしゃさまの事をお……『おとうさん』って呼ぶぅっ!」

「……私も」

 どうやら、メニーナとパルネにはそれが羨ましいらしい。……いや、今更俺の事を「お父さん」なんて呼べないだろう。

「……メニーナにはこれまでに父親代わりをしてくれていたエノテーカがいるだろう? それに、パルネには実の両親がまだいるじゃないか」

 何やら勢いで俺の呼び方を変えようとする2人に、俺は冷静に事実を突きつけてやった。
 全く、この事を聞いたらエノテーカがまた陰で泣いちまうぞ。
 それに、パルネの両親も俺をどう見るのか知れたもんじゃあない。
 2人とも、俺はそれぞれの保護者から大切に預かってる訳でもあるんだから、あんまり誤解を受ける呼び方は控えて欲しいからなぁ。

「うう……。だって……だって……」

 俺の的確な指摘を受けて、メニーナは何か反論しようとして上手くいっていないみたいだ。恐らくは、彼女の中で葛藤があるんだろう。
 エレスィカリヤ村には、実の家族じゃないにしてもメニーナをこれまで確りと育てて来たエノテーカがいる。それに、同じく後見を務めて来た村長もいるしな。
 この2人にメニーナから「お父さん」と呼ばれているなんて知れたら、今度はどんな攻撃を食らうのか分かったもんじゃあない。
 それに、パルネにも言ったように村には彼女の両親が健在だ。
 その両親との約束通り、俺はパルネの事を確りと面倒見ないといけない。
 特に彼女の父親に俺が「お父さん」なんて呼ばれていると知れたら、どんな顔をされるやら……。

「とにかく、それぞれレベルの恩恵を受けたんだからこれ以上ここに長居は無用だ。早々にこの神殿を出るぞ」

 いつまでも、こんな事でここに留まるってのも愚策だ。外にはデジール村の面々が待っているだろうし、ルルディアは疎まれているしな。
 余計な火種は、煙さえ上げる前に消すに限る。
 俺は3人にそう告げて、その場から歩き出したんだ。
 メニーナはまだ不服そうだけど、それでも彼女達は先を行く俺に付いて来ていた。
 これから、彼女達を人界に連れて……っと、その前に魔王城に寄らないとだなぁ。魔王リリアがこの事を知ったら、どんな顔をする事やら……。

 俺は一抹の不安を抱えながら、メニーナたちを魔王城へと連れて行く事にしたんだ。
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