上 下
37 / 68
第四章 嘘つき王子

嘘つき王子*

しおりを挟む
「なんでそうなる!」

 呆然とする俺に、エルシーが得意げに推理を開陳する。

「殿下には戦争前から好きな方がいらっしゃった。その方を理由に、ステファニー嬢との婚約は白紙に戻し、そうして戦争に行かれた。戦争から帰ったら、その方と結婚したいと思っていたのに、戦争から戻ってきたら、その方とはうまくいきそうもない。それで、手近に安全な処女で、お金で自由にできそうなわたしがいたから、愛人にして溢れる性欲を処理することにした。どうです? 完璧でしょ?」

 前半は当たってるが、後半は全然違う! 手近の安全な処女ってなんだ! 溢れる性欲を処理? いったい何を言っているんだ、エルシー!

「俺は性欲を持て余してお前を抱いたわけじゃない! 誤解だ! 俺をサルか何かだと思っているのか!」
「だって……毎日しないと我慢できないってさっきもおっしゃったし……」

 確かに言った! 我慢はできない! でもそれはエルシーだからであって! 女なら誰でもいいわけじゃあ、断じてない!

 じとっと上目遣いに見られて、俺は絶望的な気分になる。

 エルシーが俺のことどころか、リジーの存在自体をすっかり忘れているから、説明できないんじゃないか!

 俺は思わず、ベッドの天蓋を仰ぎ、ため息をつく。

「お前、本当に何も覚えてないんだな……」

 きょとんと首を傾げるエルシーの表情に、俺はどうしていいかわからなくなって、でも、身代わりだなんていう誤解だけは解きたくて、俺はエルシーの耳元に口を近づけ、言った。

「言っておくが、お前はけして、身代わりじゃない。それは確かだ」

 まだ疑っているらしいエルシーの唇を塞ぎ、俺はそのままエルシーをベッドに沈めた。
 エルシーの寝間着ネグリジェの紐を解き、素肌に掌を這わせる。俺の手が熱いせいか、ひんやりとして滑らかで、触れるだけで俺は興奮し、股間に血が集まってくる。

「エルシー……」
「どうして……」
「好きだと言っている。……何度も。なぜ、信じてくれない」
「嘘つき」

 エルシーは目を閉じ、何かに耐えるように顔を背けたまま、言った。
 俺はむきになって言った。

「嘘じゃない、愛してる。……ずっと」
「やっぱり嘘つき。調子のいいことばっかり言って。出会ってまだ二月にもならないのに」
 
 だからそれはエルシーが忘れているだけで、俺は十二年間拗らせまくっているのに、それを説明することができない。

「……エルシー、それはだな……その……」
「やらせてくれる安全な女なら、誰でもよかったんでしょ」

 エルシーが真下から睨んでくる、その視線が痛い。

「それは違う。誰でもいいなら、今頃ステファニーと寝てるだろ。俺がステファニーとは寝てない、ってのが、俺の誠実さの証だ」

 俺はステファニーには、キスすらしたことがない。社交デビュー前のステファニーの目を盗んで、火遊びを繰り返したが、ステファニーとの婚約がなくなってからは、俺は誰も抱いていない。

 あてつける相手がいなくなったら、一夜限りの火遊びには何の面白みもスリルも感じなかった。エルシーが抱けないのなら、他は誰でも同じだと思っていたけれど、エルシーが手に入るのなら、俺はエルシーに誠実でありたかった。





 俺はエルシーの顔じゅうにキスを落とし、首筋を辿るように唇を這わせていく。唇が鎖骨に触れた時、エルシーがハッとして、俺の肩を押した。

「だめ、痕をつけないで!」
「エルシー?」
「人に見られたら困ります。……そこはやめてください」

 俺は少し体を起こし、エルシーをじっと見た。見えるような場所にはつけていないつもりだったが、誰かに見とがめられたのか?

 エルシーが指で示す場所、確かに、鎖骨の少し下に、俺は昨夜の痕をつけておいた。でもそこは、襟をきちんと締めていれば、人の目には触れないはず。

 誰かがエルシーのシャツの襟を寛げて、口づけの痕を目にした――。

「……ハートネルか?」

 エルシーが戸惑うように視線を逸らせる。

「会ったのか、何を言われた?」

 どうしても声が低くなってしまう。司令部で顔を合わせるだけで、知られるはずはないと思っていたのに。
 エルシーの気まずそうな様子から、何か言われただろうと予測がついた。

 ハートネルは、俺がエルシーに執着しているのを知っている。家が近いと言っていたから、おばあ様が入院し、エルシーがあの家を出たことに気づいただろう。エルシーに惚れていたのなら、俺とエルシーの関係も察したかもしれない。

「あの野郎……どこまで知られた?」

 俺の問いに、エルシーが気まずそうに言った。

「……祖母の入院のために、お金のために身体を差し出したのかって……」

 俺は思わず舌打ちした。
 それは、エルシーが一番、負い目に思っていることだ。エルシーにはどうにもならないことでも、エルシーは気にしている。

 でも、すべて俺が卑怯だからだ。どうしてもエルシーが欲しくて、おばあ様の治療費が必要だという、エルシーを追い込んだ。責められるべきは俺のはずだ。

「エルシー、俺は……確かにお前の弱みに付け込んだことは、認める。でも、それは、俺も我慢の限界だったからと、あいつがウロウロしていて焦ったせいであって……」

 関係を持ってしまったことを、ジョナサンもジェラルドも、そして何も言わないけれどラルフやロベルトまでも、批判的な目で見ていると、俺は感じる。責任は取るつもりでも、エルシーの尊厳を奪ったことは間違いがない。

 俺は要するに、エルシーの祖母の入院費を盾に、体の関係に持ち込んだ卑怯な嘘つき王子で、本当に最低なのだけれど、でもこうしてエルシーの肌を知ってしまった今となっては、エルシーを誰かに奪われるなんて、耐えられない。ついでに、実際には俺は事務手続きをしただけで、入院を認めて金を払っているのは父上なのだが、それも口にできない。たぶん、一生――。

 だが俺に対し、エルシーは微笑んで見せた。俺の首にすがるように両腕を回して――。

「でも、殿下のおかげで、祖母が助かったのも確かなんです。……そこは感謝しています」

 そんな風に言われたら、俺の理性など木っ端みじんにふっとんでしまい、ただひたすらエルシーの肌に溺れてしまう。




 嘘を粘土のようにこねて固めた泥人形ゴーレムの王子である俺は、嘘がバレた時には額の「emeth真実」の文字が「meth」に変わり、もとの醜い泥の塊に戻るのだろう。

 でも嘘で固めたこの身体でエルシーを組み敷き、全身を舐めまわして貪っていく。汚れない神聖な身体を快楽の淵に堕とし、這い上がれないようにその羽を毟って、食べつくしてしまいたい。

 体中に俺の愛の証を刻みつけ、脚の間の秘密の花園を唇と舌でさんざんに弄んで。

「お願い、もうっ……きて……」

 エルシーに甘い声でねだられて、俺は興奮で何も考えられなくなる。本当は俺だって一つになりたい。一番深い場所でつながり、彼女の中を犯し、穿ち、内部を俺で満たしたい。

 でも――もっと蕩かしたい。もっと、俺だけを求めるように。俺がエルシー無しでは生きられないように、エルシーもまた、俺なしでいられなくなるように。

 もっと悦楽の深い淵に堕として、快楽の鎖で縛り付け、その白い身体を俺の執着の蜘蛛の巣でがんじがらめに絡めとって。

 ――たとえ、心が俺にないとしても。

「俺の、コレが欲しいのか?」

 俺がエルシーを焦らすように、熱く滾った楔をエルシーの花弁に擦り付ければ、すっかり濡れそぼったそこは、ぐちゃぐちゃといやらしい音をたてた。

「エルシー……誓え、一生、俺のものだと。生涯、俺だけだと誓えよ、そうしたら……」
「あああっそんなっ……無理っ……」

 先端で花弁を突いてやるだけで、エルシーは快感に悶えて首を振った。俺の辛抱だって限界だ。

「誓ってくれ、エルシー、俺だけだと。……俺も、誓う。だから――」

 俺の心も体もすべてエルシーのものだ。額の「emeth真実」の文字が「meth」に変わるその日まで、いや、たとえ粘土に変わってこの身が塵に帰っても、俺は暗闇の中でエルシーだけを思うだろう。

 だからせめて、この身体だけでも俺のものになってほしい。
 泥人形ゴーレムの俺がひと時でも、人間であると信じられる瞬間だから。

「エルシー!」
「はっ……ああっ……もうっ……ちか、ちかい、ます……ああっ、はやく……」
「ああっ……エルシー、俺も誓う……」
「一生、あなた、だけ……」

 俺は一気にエルシーの中に楔を突き立てる。
 狭いのに、柔らかく俺を飲み込むエルシーの中。熱く蕩けそうな肉壁が俺を包み込み、うねる。

「くっ……ううっ、エルシー、エルシー……」

 俺のもの、俺のものだ。
 エルシーが抵抗をやめ、両手で俺に縋り付く。俺も両手でエルシーをぎゅっと抱きしめ、肌と肌が密着し、俺の硬い胸板が、エルシーの柔らかい胸を潰す。深い場所でつながり、脚を絡め合って、唇を合わせる。


 二人で一つになり、快楽の淵に溶けてゆく――。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...