【R18】渾沌の七竅

無憂

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七竅

21、黄鉞

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 夜、偵察に出した騎士たちより得られた情報を頼りに、南岸の現在の状況を地図に落としていく。
 当初陥落した県城は五城だったが、その後叛乱は野火のように広がり、瞬く間に十県が厲蠻の手に落ちた。
 恭親王が地図上に朱墨で陥落した県に印をつけながら、当座の方針について考えていると、プーランタ側の城門の警備をしていたゾラが軽やかな足取りでやってきた。

「殿下! 豚確保っすよ!」
「確保って……ほんとに逃げたの?」

 同様に地図を覗きこんでいたダヤン皇子が呆れたように言う。

「どうやら、平民に身をやつして船で北へ逃げようとしたみたいっすけど、その船が砦行に変更になったんすよ。あ、リンフーの県令もご一緒っすよ」

 つまり、港に仕込んでおいた暗部がいい仕事をしたということらしい。

「馬鹿というのは本当に度し難いものだな。国を危機に陥れたばかりか、最期の身の振りようまで誤まるとは」

 恭親王は頬杖をついて溜息をつく。せめて堂々と、皇帝による処罰をうければ本人の死罪は動かないだろうが、家族への影響は少なくできたのに。処罰を恐れ、叛乱に喘ぐ任地を棄てて逃亡しようなど、官吏の矜持はどうなっているのだろうか。

 やがて、バタバタという足音とともに、両脇を騎士に抱えられ、柿色の貧しい衣服に身をやつしたランダと、褪せた藍染めの衣服を着たリンフー県令のソブが、騎士団長室に引っ立てられてきた。

「おやおや、大人しく州の官衙で陛下のお慈悲を待つのかと思いきや。叛乱に苦しむ任地を棄てて逃亡するとはね。見かけの醜い者は中身も醜いと見える」

 恭親王が美貌に軽蔑しきった表情を乗せて嘲笑うように言うと、ランダは悔しそうに唇を噛むが、傲然と顔を上げて言った。

「仮にもそれがしは十二貴嬪家であるクラウス家の者。十二貴嬪家の者を拘束できるのは、陛下の勅書を持った繍衣御史のみのはず。このような扱いを受ける謂われはござらん!」

 十二貴嬪家の者は、皇帝直属の繍衣御史と勅書がなければ逮捕できないという特権があった。ランダはひとまず朱雀州を脱出し、クラウス家の領地に逃れて十二貴嬪家の特権に縋ろうとしたのであろう。

「そんな小汚い恰好をしておいて、十二貴嬪家とかよく言うな」

 恭親王が呆れて言う。 

「安心しろ、皇子にも専殺の権利はないのはわかっている。もうすぐ勅使と援軍が到着するから、それに引き渡すだけだ。それまでは地下牢にでもいろ」
「地下牢! クラウス家の者を地下牢に!」
「職責放棄して逃げようとしたくせに、クラウス家クラウス家、やかましいわ!」

 刺史や県令の不法を帝国が正した、という事実を叛乱側に示す必要があるので、ランダたちに逃げられてしまうのは非常にまずいのだ。 

「お慈悲を~! 殿下あ~!」

 リンフー県の県令の方はみっともなく泣き喚いており、地下牢に連行されていく二人を見送って、ゲルフィンは厳しい眉根を寄せた。

「……しかし実際、公金横領は罪が重いとはいえ、クラウス家の出方によっては軽い罪で裁かれてしまう可能性がありますな。正直、弾劾されて帝都に召喚だけでは、厲蠻の民の怒りは収まりますまい」

 刺史の非法を帝国がけして許さない、という強い姿勢を示すことが必要だが、騎士団や皇子たちには官吏の非法を裁く権限がない。恭親王も、勅使の到着を待つしかない現実に、不快げに唇を歪めた。
 




 帝都からの援軍は皇子たちの予想を裏切って、五日目の夕刻には騎士団の砦に到着した。
 途中、どこかに上陸することもなく、真っ直ぐサルーン川を下ってきたらしい。船には皇家の紋章と、禁軍の軍旗が翻り、勅使は軍機処の大臣であるゲセル家のウラガン、副使はマフ家のルーイ――ゾーイの次兄である――であった。そして送られてきた禁軍の精鋭は一万騎。さすがに大広間に収容不可能であるため、急遽騎士団の宿舎を準備し、足りない分は中庭にテントを設営する。臨時に騎士団長を拝命した土着豪族出身のレイフが指示を飛ばし、受け入れに大わらわとなった。
 
 聖騎士一行と騎士団の幹部、皇子たちが出迎える中、勅使副使と勅書の入った函を捧げ持つ兵士、さらに背後に巨大な鉞まさかりを捧げた屈強の兵士が続いて恭親王以下は目を見開く。

(あれは――黄鉞こうえつだ。皇帝親征の時に持ち出すもののはずだが)

 まさか皇帝が親征してきたのかと思うが、そのような様子もない。勅使に上座を譲り、北面して袖を払い、片膝をつく。ざざざっと音がしてその場の騎士たちは一斉に膝をついて頭を下げた。南面して勅使が函を開き、詔勅を読み上げる。

「――この度の厲蠻の反乱、速やかに逆賊を討ち取り、プーランタの南岸に平安を取り戻し、天と陰陽の調和を成すように。討伐軍の将として、第十五子、恭親王ユエリン皇子に黄鉞を付し、征南大将軍、使持節都督朱雀以下南方三州諸軍事を拝す」

 ざわり、と聖騎士と騎士団に衝撃が走った。恭親王を厲蠻叛乱討伐の総責任者として、征南大将軍に任命し、さらに朱雀州以下南方三州の軍事権を全て掌握させるというものだ。
 そしてさらに使持節、これは皇帝大権の一角である専殺権――権力の源泉たる生殺与奪の権利である――を付与するというもの。使持節を冠した者は、三公九卿以外の、官僚から民衆まで、皇帝の裁可なく刑に処してもよいのだ。つまり、南方三州の軍事と裁判の全権を皇帝に代わって振るうことが許されるということだ。

 何よりも「黄鉞」である。
 皇帝が親征する際にその皇権の象徴として持ち出す「黄鉞」――黄金色に輝く巨大な鉞を、皇太子ですらない一親王に渡すのである。まさしく皇帝が、恭親王にその御位を譲り渡すに等しい行為である。

 この度の厲蠻の反乱を、皇帝は宿願であった愛子への譲位の絶好の機会として、最大限に利用することにしたのだ。五十に近い皇太子を廃し、わずか十九歳の若い皇子を後継者に挿げ替える決断を、この黄鉞の付与をもって皇帝は明らかにしたのである。

(――まさか! 皇太子派は反対しなかったのか?)

 恭親王はちらりと横に立つゲルフィンとエルドら、廉郡王配下の者たちを盗み見る。
 恭親王が皇帝に即位すれば、当然、現皇太子の子である廉郡王の即位の芽はなくなる。今この、廉郡王自身が攫われている状況で、さらに恭親王への譲位をほのめかすような詔勅に、彼らが複雑な思いを抱かないはずはない。

 だが、恭親王が詔勅に抗うことは許されない。
 皇帝になど絶対になりたくないが、今ここでは黄鉞を受け取っておく以外の道がない。

 意を決して立ち上がると、礼法通りに袖を払い、頭を下げて恭しく黄鉞を受け取る。跪き、深く一礼してそれを頭上に捧げる。ずしりと重いそれに、恭親王は肩にのしかかる責任と、重圧を感じながら。

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