【R18】渾沌の七竅

無憂

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七竅

19、叛乱

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 敗走した厲蠻の騎士たちと合流したラジーブは、当然ながら烈火のごとく怒り狂った。
 二百対、千。さらに砦に残した五百騎も制圧され、砦を奪回される。

 砦さえこちらの手にあれば、船に乗れぬ二百騎の聖騎士など、根無し草のように南岸を彷徨って朽ち果てるしかない。皇子を狩るのも簡単なことのはずだった。

 まさか奇術のように二百騎で千騎を包囲して、さらに砦まで奪還してしまうなど、想像もしていなかった。
 容姿が美しいだけの、女遊びにしか能のない愚かな皇子だち――。
 ラジーブこそ、彼らの能力を見誤ったのだ。外見と、放蕩皇子という評判に騙されて。

「もういい、王にはわしから報告する。――おぬしらの処罰はおそらくない。今は、一人でも多くの兵が必要な時期だからな。だが、次に失敗したら――わかっているだろうな?」

 よれよれになってラジーブのもとに辿りついた騎士たちを下がらせ、けが人の手当てを命じる。

「それから、砦から逃れてきた者は、こちらに集合させよ。部隊を編成し直す必要がある」
 
 ラジーブは副隊長にそう命じると、城の地下牢へと向かった。
 とりあえず、一人だけでも皇子を確保できてよかった。ラジーブには視ることができないが、皇子たちには特有の〈王気〉があるという。その〈王気〉が、彼らの王には必要なのだ。

 地下牢に入ろうとしたところで、見張りに止められる。

「今はダメです。男は入ってはいけないと」

 地下牢の入口からは、湿った空気とともに、くぐもったような声が微かに漏れ出ていた。 

「……わかった。くれぐれも気を抜くなよ」
「は」

 見張りに念を押して、ラジーブは踵を返す。皇子をおびき出し、捕える算段をしなければならなかった。
 
 
  


 プーランタ河南岸の厲蠻の反乱は、間一髪脱出したリンフー県の県令ソブにより、瞬く間に北岸に伝えられた。州刺史のランダは衝撃のあまり、口もきけないほど動揺して、あわあわと口から泡を出しながらあらぬ方向を見るばかり。

「とにかく中央に報告を! もし万一、賊が河を渡ってランヤンに押し寄せることにでもなれば、死罪ではすみません!」
「一刻も早く援軍を! 州兵を編成して南岸に送り、占拠された県城を取り返さなければ!」
「それより騎士団と連絡をとって……」
「騎士団は厲蠻の手に落ちたという噂だぞ!」
「何だと! では三皇子殿下と聖騎士たちは……」

 ガヤガヤと配下の県令を集める会議もまるで要領を得ない。
 今まで朱雀州は、無能で強欲な刺史の下、ただルーティーンをこなすだけの政を敷いてきたのだ。厲蠻の反乱にどう、対処していいのかわからない。
 混乱してどうにもならない状態の州の官衙に、当番の衛兵が走り込んできた。

「……南岸の、皇子殿下よりの急使にございます!」
 
 二人の人物がその後ろからやってきた。一人は、細面の冷酷そうな顔に、黒髪をぴっちりと二つに分け、片眼鏡モノクルをかけた中背の男。もう一人は見上げるような偉丈夫である。どちらも軽装ながら武装し、マントを羽織っている。

 二人の登場に、蜂の巣をつついたような騒ぎだった広間はぴたりと沈黙する。

「我々は三皇子殿下の使者だ。私は廉郡王殿下の侍従文官であるゲスト家のゲルフィン、こちらは恭親王殿下の侍従武官であるマフ家のゾーイ。まず一つ。昨日南岸では厲蠻の一斉蜂起があり、複数の県城が厲蠻の手に落ちた。わかっているだけで、リンフー県、ナンユー県、メイロン県、イーサン県、シュル県の五城が落ちているが、他の県城については現在調査中である。また、南方辺境騎士団の団長ラジーブがそれに呼応し、騎士団の砦も一時厲蠻の手に落ちた。しかし、恭親王殿下とダヤン皇子殿下の奇策により、騎士団の砦は奪回された。これらのことをまとめた書簡がこれである。これを一刻も早く、帝都の皇帝陛下にお知らせしなければならない。非常事態故、州の官衙内の書簡転送用の魔法陣を利用せよとの、恭親王殿下のご命令である。一刻の猶予もない。魔法陣まで我々を案内せよ!」

 ゲルフィンの言葉を聞いて、弾かれるように立ち上がった州の官吏たちは、ゲルフィンの案内と転移魔法陣を起動させる術者を呼ぶために出ていった。
 残った者たちはもたらされた情報に茫然としている。

 ゲルフィンは廉郡王がラジーブの手に落ちていることは州県には伏せた。非常時に、さらに混乱を煽ることはない。
 
「で、殿下は今、いずこに?」

 掠れた声でリンフー県令のソブが尋ねると、ゲルフィンは冷たい目でぎろりと一睨みして言った。

「騎士団の砦におられる」

 本当は、彼の仕える廉郡王は敵に連れ去られたままだが、苦々しくて言う気にもならなかった。
 魔法陣の準備ができ、転送が終わる。おそらく、程なくして何か返答があるであろうから、彼らは広間でしばらく待つことになった。

「……そ、そ、その……厲蠻の反乱というのは、その……」

 州刺史はぶるぶると震えながら尋ねる。顔色は真っ青だ。
 これだけ大規模な反乱を起こされてしまうと、刺史として責任を問われるのは避けられない。そもそもが、刺史の不正と怠慢が、厲蠻の恨みを買ったせいなのだ。
 そしてさらに、皇子の巡検の最中という間の悪さ。皇上の怒りを買うこと必定である。何しろ、目に入れても痛くない程可愛がっているという噂の、唯一の現皇后腹の第十五皇子が滞在中なのである。よりにもよって、その南岸で。
 四年前、やはり巡検の途中でその皇子が北の蛮族に拉致された時、皇帝は親征も辞さないというほど怒り狂ったという。その折は州刺史も騎士団長も、件の皇子の懇願によって大きな懲罰は課されなかった。だが、今度の厲蠻の叛乱に関して、あの冷酷そうな美貌の皇子が、ランダのために口をきいてくれるとは思えなかった。むしろすべての元凶はあいつだとくらい言いつけそうである。
 
「……貴公のこれまでの所業について、恭親王殿下はすでに調査を命じられ、あらかたの情報も入手済みである。今回の反乱に至る原因の一つであると、殿下はお考えであらせられる。無事で済むことはあり得ぬ。身辺の整理をしておかれるのがよろしかろう」

 氷のように冷酷に断言されて、ランダは肘掛椅子にがっくりと座り込んだ。ランダと結託して甘い汁を吸っていた者たちも顔を青ざめさせて震えるしかない。

 やがて、帝都からの返書が驚きの速さで返された。ゲルフィンはそれを函ごと押し頂くようにして、広間を後にする。背後から無言の威圧感を醸し出しながら、ゾーイが続く。

 二人の後ろ姿を、刺史たちもまた、無言で見送るしかなかった。
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