【R18】渾沌の七竅

無憂

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七竅

17、蜂起

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「先ほどのルートはまだ罠があるかもしれません、街道に出ましょう」
 
 馬を寄せてきたゲルフィンに言われ、恭親王は頷いて街道へと手綱を取る。ふと、何かが焼けるような匂いが鼻をつき、はっとして前方を見上げると、ナンユーの県城が焔と煙を上げていた。
 県城の方角から何人か、県吏のお仕着せをきた男たちが走ってきて、皇子たちに気づいて助けを求めた。

「何事だ、火事か?」
「皇子殿下! お助け下さい! 暴徒だ! 暴徒が……厲蠻が叛乱を起こして県衙に火を放ったんでさあ!」

 それを聞いたダヤン皇子が叫んだ。

「県令のクソ野郎はどうなった?!」
「県令閣下は逃げようとして掴まって首を斬られました! 俺は必死で逃げて……」

 その瞬間、恭親王の中ですとんと落ちた。

「そうか……チャーンバー家の……」

 さきほどラジーブの言った、「南岸の正統な王」の意味を恭親王は理解した。
 
「我々はひとまず騎士団に戻る。お前たちを連れていくことはできないから、しばらくは身を隠して生き残れ。ナンユーは厲蠻の手に落ちたが、十五県すべてで一斉蜂起はできまい。南岸には厲蠻以外の民もたくさん住んでいる。そういう者たちに協力を求めてうまく立ち回れ」

 県吏たちにそう告げると、一行は再び騎士団の砦を目指して全速力で駆け始めた。

 

 
 駆け続けに駆けて騎士団の砦まであと少しの場所まで来たところで、恭親王はプーランタの川岸に降り、全員に指示して馬を降りて休憩を取らせた。馬に川の水を飲ませ、草を食ませる。
 途中、街道から見えるいくつかの県城でも煙が上がっているのを確認している。示し合わせて厲蠻が一斉に蜂起したのだ。
 グインとともに囚われた聖騎士が五名。落とし穴にはまったのが二名。そして敢えて残ったゼクト。それ以外の聖騎士はまだ、無事でいるはずだ。小隊長に指示して人員の確認と、水分その他を補給して休ませる。
 その間に恭親王は皇子の配下を集めた。
 
「誰か、体力に自信のある者が砦の様子を偵察に行ってくれないか。くれぐれも気をつけて」
 
 ゾラとリックが名乗り出て出かけていった。
 恭親王自身も馬から降り、馬に塩を舐めさせながら自身も水筒の水を飲む。エールライヒが飛びたそうにしていたのを宥め、肉をやりながら言う。

「すまない、エールライヒ、お前を飛ばせると私の現在地を知られてしまうかもしれない」

 賢い鷹はそれで諦めたのか、草を食む馬の上に止まって羽根を繕い始めた。
 
「ラジーブが言う通り、騎士団が厲蠻の手に落ちていたら、どうするつもりだ?」
 
 ダヤンが水筒の水を飲みながら恭親王に問いかける。

「いたら、ではなくて確実に落ちていると思う。ラジーブは最初から呼応していたんだ。ヴィサンティを餌にして私たち聖騎士を騎士団の砦から追い出し、その間に砦を制圧する。時を同じくして、複数の県城で蜂起する。わずか二百騎で帰るところもなくなった我々を、厲蠻の騎士千五百騎で絡めとればいい」
 
 横で話を聞いていたゾーイが思わず唾を飲み込む。

「まさかっ……!」
「本当は、我々巡検の聖騎士が帝都に帰ってから蜂起するつもりだった。だが、おそらく――メイロン県で我々を見て気が変わったんだ」

 首筋に走るあの警告。このままヴィサンティが攫われれば暴動になる、という警告だと思っていたが、そうではなく、彼ら自身に危険が迫っているという警告だったのだ。

「だが、どうしてそんな――」

 ダヤンが茶色い瞳を見開いて言う。ゲルフィンが低い声で言った。

「目的は、……皇子、ですか」
「メイロン県でヴィサンティを助けた時、あの中に〈王気〉の視える者がいたのだ」

 ゲルフィンの普段から青白い顔が、皇子を攫われて、さらに真っ青だった。

「では、殿下は――」

 この時、誰もが四年前の北方辺境での忌まわしい記憶を思い出していた。

「ラジーブが我々を逃したのも、あそこで無理をしなくても、確実に捕える自信があるからだろう。県城は民衆の蜂起を受けているし、我々は船に乗れない。このままうろついているうちに、残りの皇子二人も捕まえればいい」

 淡々とした恭親王の言葉に、ゲルが悲痛な声で言う。

「どこかのみなとから船を雇って、一時南岸を離れて体制を立て直しましょう」

 早口に言うのを、恭親王が途中で遮った。

「我々は船の扱いを知らない。二百騎が乗れる船が、ちょうど津にあるかどうかもわからない。水夫の多くは厲蠻だ。彼らがこの叛乱に噛んでいない保証があるか?」
「しかし……!」

 恭親王はゲルの反論を制してさらに続ける。 

「南方辺境騎士団の三千騎のうち、厲蠻の騎士は約半数。残りの千五百のうち、一部は厲蠻に協力するかもしれないが、帝国に忠誠を誓う者が千騎はいるはずだ。彼らを見捨ててはいけない。その千騎とうまく呼応すれば、砦は取り戻せる」
「それは、危険すぎます!」

 今度はゲルフィンが反論したが、恭親王はじっと皆の顔を見回す。

「奴等は必ず、我々を捕獲しに来る。城内の帝国騎士を抑えるために城内に五百騎残すとして、だいたい千騎前後。それを撃退して砦に再入城し、城内の主導権を奪う」
「二百騎で千騎を撃退するとか、すでに計画でもなんでもありませんからっ!」

 ゲルが真っ青な顔で言うのを、恭親王があっさり受け流して、ダヤン皇子を見た。

「ほら軍師、方法を考えろよ、今すぐ」
「無茶苦茶言うね――」

 兜を脱いで茶色い髪を掻き上げ、ダヤン皇子がしばらく考える。

「ユエリンには体張ってもらうよ?」
「今まで君が立てた計略で、私が身体を張らずにすんだことなんか、ないじゃないか」

 何でもないことのように冗談を言い合う二人の皇子を、側近たちは息を飲んで見守るしかなかった。




 やがて偵察から帰ってきたゾラとリックは、砦から帝国の軍旗が下ろされて赤い蛇の文様の旗が翻っていること、千騎程度の騎士が砦から出て行ったことを報告した。ダヤン皇子は地面に木の枝で陣形を描きながら、素早く作戦を語る。

「時間がない、手短に言う。まず、戦場はこの河原にするよ。狭くて、人数の少ない我々に有利だから。ここで陣形を整えて待ち構える。俺とユエリンが中央で、奴らを引き付け、陣形を伸ばしてひっかきまわす。要は鬼ごっこさ。その惹きつけている間に――」

 ダヤンが木の枝でゾーイとリックを指した。

「五十騎ずつ君たちに預ける。君たちの動きが作戦のキモだ。けしてしくじるなよ、落ち着くんだ、焦るな。残りの百騎は俺とユエリンを守る。でも、二百騎は連携して動くことが必要だ」

 ダヤンが作戦を説明し終えると、恭親王は休んでいた聖騎士を集めた。

「これから砦を取り戻す。この作戦は連携が命だ。落ち着いて、互いを信頼してやり遂げるように。天と陰陽の加護は、常に我らにある」

 そう言うと恭親王はいつも提げている細身の剣を抜き、正眼に構える。

「聖なる騎士たちがこれより、天と陰陽の栄光のために戦います。天と陰陽は我らに力を貸したまえよ――」
 
 剣が、微かに金色の光を帯びて光った――ように見えた。
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