219 / 255
七竅
13、豚刺史の突撃
しおりを挟む
「殿下がたに是非申し上げたい儀がござる! お話を聞いてくだされ!」
廉郡王が胡散臭そうに精悍な眉を露骨に顰める。
「はああ? 若い美眉のお話ならともかく、なんで脂ぎったオッサンの話なんか俺が聞かなきゃなんないんだよ。帰れよ、加齢臭きついぜ」
「び、美女もたんと用意してございますよ、もしご要望ならば……」
「だからー! 食えねぇ据え膳なんかいらねぇんだっつの!」
「美少年の方がお好みならば、それも今すぐに手配を……」
「あーもうっ! 美少年はユエリンだけで間に合ってる!」
「何をキモい話をしているんだよ、グイン」
さすがに見かねたのか、背後から恭親王が声をかける。すでに上着も脱いで麻の衫一枚になり、釦も上から三つほど外れて隙間からしどけなく覗く白い肌が妖艶な色気を振りまいて、ランダは思わず唾を飲み込んだ。
「さっきから騒がしい。……皇子への謁見は傅役を通して然るべき手順を踏むべきだ。代々御史として上奏文と有職故実を司るクラウス家の者ならば、そのくらいは承知していよう」
恭親王が扇を片手にし、部屋の前で仁王立ちする廉郡王の背後から肩に手を置いて上からランダを見下ろす。廉郡王はゾーイと同じくらいの高身長、恭親王はそれよりも少し背が低いが十分に長身の範疇に入る。
「急ぎの儀にございますれば」
「本当に急ぎなら宴会をしている暇もあるまいに。美女だの美少年だの、差し迫っているようには聞こえぬが」
艶のある声で冷淡に言う恭親王の膝元に、ランダは縋るように跪いてひれ伏す。
「州内の厲蠻に、魔物を信奉する邪教が復活しつつあるのでございます!どうやら背後に扇動する者もあるようなのですが、騎士団が安寧に流れてそれらを野放しにしているために、最近では堤防に仕掛けをして再び決壊が起き、大被害が出ております!」
「堤防が決壊……?」
そんな話聞いているか? と目だけでゲルフィンに問えば、こちらも片眼鏡をした右目を見開いている。
「そのような報告は上がっていなかったはずだが。何故、中央に報告していない」
途端に雪原に吹き荒れる氷吹雪のような声でゲルフィンが問いかけ、ランダがびくりと身を震わせる。
「……その……ご報告するほどのことでもないかと思ったのですが、調べてみますといろいろと……怪しいと申しますか、その……」
「場所はどこだ?」
「……三年前と同じ場所で……」
どうりで、とゲルフィンは合点した。本来ならば、租税として集めた米を帝都に運ぶために、津は大忙しであろうに何だか閑散としているし、城内には食い詰めた乞食が溢れていた。収穫期の最も食糧が豊富なこの時期にと訝しんでいたのである。
「手抜き工事だな」
ゲルフィンが言う前に、ずばりと恭親王が言ってしまう。ランダが見苦しくも悲鳴のように釈明した。
「工事は手抜きではございません!ですが、工事には厲蠻を徴発して工事に当たらせましたが、こいつらがおそらくは堤防に仕掛けを……」
「改修が終わったのはいつ?」
「昨年の春で……」
一年半もの時間をかけて発動する時限式の仕掛けなど、このあたりの困窮した厲蠻に思いつくはずがない。だいたい自分たちの居住地を守る堤防にそんな仕掛けを埋め込むなど、自殺行為ではないか。どう考えてもただの手抜き工事か、資材をケチったか、あるいは両方だ。
「あ、あやつらは今でこそ陰陽を奉じておりますが、以前はおぞましい淫祀邪教の民でございます。怠惰で愚昧、正真正銘の蛮族で、最近では徴税にも応じず、徴税官に暴行を働く始末で……」
蔑む言葉に恭親王が思わず眉を顰める。以前北方の本物の淫祀邪教の民に囚われていた彼からすれば、文化や歴史が異なるとはいえ、陰陽を奉じている民をそのように貶めるのは許しがたいことであった。
「南岸で何かが起きているようだが、皇子が討伐すべき案件であれば、騎士団より報告が入る。そうでなければ州県の民政に皇子が口を挟むことはない」
きっぱりと言う恭親王に、ランダはなおも媚びるように言い募る。
「騎士団の連中はおそらく我々が苛政を敷いたからとか、好き勝手に申しましょう。ですが、我々としては帝国のために確実な徴税をと……」
「堤防が切れて被害が出ているのに中央に報告もしない時点で語るに落ちたな。私の方からも堤防の件を皇上に申し上げておくから、せいぜいうまい言い訳でも考えておけ」
「殿下!」
ぶるぶる震えて悲鳴をあげるランダの醜い顔を、軽蔑しきった目で見下しながら付け加える。
「さっき廉郡王も言ったとおり、篭絡したいならせめて我々が食用可能な据え膳を用意しておけ。平民の女など、我々にとってはゲテモノもいいところだ」
冷淡に言い捨てると、皇子たちはさっさと部屋に入って扉を閉め、ランダはゲルフィンとゾーイにより実力で部屋の前から排除された。
廉郡王が胡散臭そうに精悍な眉を露骨に顰める。
「はああ? 若い美眉のお話ならともかく、なんで脂ぎったオッサンの話なんか俺が聞かなきゃなんないんだよ。帰れよ、加齢臭きついぜ」
「び、美女もたんと用意してございますよ、もしご要望ならば……」
「だからー! 食えねぇ据え膳なんかいらねぇんだっつの!」
「美少年の方がお好みならば、それも今すぐに手配を……」
「あーもうっ! 美少年はユエリンだけで間に合ってる!」
「何をキモい話をしているんだよ、グイン」
さすがに見かねたのか、背後から恭親王が声をかける。すでに上着も脱いで麻の衫一枚になり、釦も上から三つほど外れて隙間からしどけなく覗く白い肌が妖艶な色気を振りまいて、ランダは思わず唾を飲み込んだ。
「さっきから騒がしい。……皇子への謁見は傅役を通して然るべき手順を踏むべきだ。代々御史として上奏文と有職故実を司るクラウス家の者ならば、そのくらいは承知していよう」
恭親王が扇を片手にし、部屋の前で仁王立ちする廉郡王の背後から肩に手を置いて上からランダを見下ろす。廉郡王はゾーイと同じくらいの高身長、恭親王はそれよりも少し背が低いが十分に長身の範疇に入る。
「急ぎの儀にございますれば」
「本当に急ぎなら宴会をしている暇もあるまいに。美女だの美少年だの、差し迫っているようには聞こえぬが」
艶のある声で冷淡に言う恭親王の膝元に、ランダは縋るように跪いてひれ伏す。
「州内の厲蠻に、魔物を信奉する邪教が復活しつつあるのでございます!どうやら背後に扇動する者もあるようなのですが、騎士団が安寧に流れてそれらを野放しにしているために、最近では堤防に仕掛けをして再び決壊が起き、大被害が出ております!」
「堤防が決壊……?」
そんな話聞いているか? と目だけでゲルフィンに問えば、こちらも片眼鏡をした右目を見開いている。
「そのような報告は上がっていなかったはずだが。何故、中央に報告していない」
途端に雪原に吹き荒れる氷吹雪のような声でゲルフィンが問いかけ、ランダがびくりと身を震わせる。
「……その……ご報告するほどのことでもないかと思ったのですが、調べてみますといろいろと……怪しいと申しますか、その……」
「場所はどこだ?」
「……三年前と同じ場所で……」
どうりで、とゲルフィンは合点した。本来ならば、租税として集めた米を帝都に運ぶために、津は大忙しであろうに何だか閑散としているし、城内には食い詰めた乞食が溢れていた。収穫期の最も食糧が豊富なこの時期にと訝しんでいたのである。
「手抜き工事だな」
ゲルフィンが言う前に、ずばりと恭親王が言ってしまう。ランダが見苦しくも悲鳴のように釈明した。
「工事は手抜きではございません!ですが、工事には厲蠻を徴発して工事に当たらせましたが、こいつらがおそらくは堤防に仕掛けを……」
「改修が終わったのはいつ?」
「昨年の春で……」
一年半もの時間をかけて発動する時限式の仕掛けなど、このあたりの困窮した厲蠻に思いつくはずがない。だいたい自分たちの居住地を守る堤防にそんな仕掛けを埋め込むなど、自殺行為ではないか。どう考えてもただの手抜き工事か、資材をケチったか、あるいは両方だ。
「あ、あやつらは今でこそ陰陽を奉じておりますが、以前はおぞましい淫祀邪教の民でございます。怠惰で愚昧、正真正銘の蛮族で、最近では徴税にも応じず、徴税官に暴行を働く始末で……」
蔑む言葉に恭親王が思わず眉を顰める。以前北方の本物の淫祀邪教の民に囚われていた彼からすれば、文化や歴史が異なるとはいえ、陰陽を奉じている民をそのように貶めるのは許しがたいことであった。
「南岸で何かが起きているようだが、皇子が討伐すべき案件であれば、騎士団より報告が入る。そうでなければ州県の民政に皇子が口を挟むことはない」
きっぱりと言う恭親王に、ランダはなおも媚びるように言い募る。
「騎士団の連中はおそらく我々が苛政を敷いたからとか、好き勝手に申しましょう。ですが、我々としては帝国のために確実な徴税をと……」
「堤防が切れて被害が出ているのに中央に報告もしない時点で語るに落ちたな。私の方からも堤防の件を皇上に申し上げておくから、せいぜいうまい言い訳でも考えておけ」
「殿下!」
ぶるぶる震えて悲鳴をあげるランダの醜い顔を、軽蔑しきった目で見下しながら付け加える。
「さっき廉郡王も言ったとおり、篭絡したいならせめて我々が食用可能な据え膳を用意しておけ。平民の女など、我々にとってはゲテモノもいいところだ」
冷淡に言い捨てると、皇子たちはさっさと部屋に入って扉を閉め、ランダはゲルフィンとゾーイにより実力で部屋の前から排除された。
11
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界隠密冒険記
リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。
人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。
ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。
黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。
その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。
冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。
現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。
改稿を始めました。
以前より読みやすくなっているはずです。
第一部完結しました。第二部完結しました。
【R-18】後宮に咲く黄金の薔薇
ゆきむら さり
恋愛
稚拙ながらもHOTランキング入りさせて頂けました🤗✨✨5/24には16位を頂き、文才の乏しい私には驚くべき順位です!皆様、ありがとうございます🧡前作(堕ちた御子姫はー)に引き続き(まだ連載中)、HOTランキング入りをさせて頂き、本当にありがとうございます😆🧡💛
〔あらすじ〕📝小国ながらも豊かなセレスティア王国で幸せに暮らしていた美しいオルラ王女。慈悲深く聡明な王女は国の宝。ーしかし、幸福な時は突如終わりを告げる。
強大なサイラス帝国のリカルド皇帝が、遂にセレスティア王国にまで侵攻し、一夜のうちに滅亡させてしまう。挙げ句、戦利品として美しいオルラ王女を帝国へと連れ去り、皇帝の後宮へと閉じ籠める。嘆くオルラ王女に、容赦のない仕打ちを与える無慈悲な皇帝。そしてオルラ王女だけを夜伽に召し上げる。
国を滅ぼされた哀れ王女と惨虐皇帝。果たして二人の未来はー。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。R作品。ハッピエン🩷
◇稚拙な私の作品📝を読んで下さり、本当にありがとうございます🧡
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
【※R-18】私のイケメン夫たちが、毎晩寝かせてくれません。
aika
恋愛
人類のほとんどが死滅し、女が数人しか生き残っていない世界。
生き残った繭(まゆ)は政府が運営する特別施設に迎えられ、たくさんの男性たちとひとつ屋根の下で暮らすことになる。
優秀な男性たちを集めて集団生活をさせているその施設では、一妻多夫制が取られ子孫を残すための営みが日々繰り広げられていた。
男性と比較して女性の数が圧倒的に少ないこの世界では、男性が妊娠できるように特殊な研究がなされ、彼らとの交わりで繭は多くの子を成すことになるらしい。
自分が担当する屋敷に案内された繭は、遺伝子的に優秀だと選ばれたイケメンたち数十人と共同生活を送ることになる。
【閲覧注意】※男性妊娠、悪阻などによる体調不良、治療シーン、出産シーン、複数プレイ、などマニアックな(あまりグロくはないと思いますが)描写が出てくる可能性があります。
たくさんのイケメン夫に囲まれて、逆ハーレムな生活を送りたいという女性の願望を描いています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる