【R18】渾沌の七竅

無憂

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七竅

12、下心ありの接待

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 導かれたのはランヤン一番の老舗の高級旅館であった。豊かな土地で、また南方諸州を視察する高官が宿泊することも多いとかで、帝都の一流にも見劣りしない上等な造り、その一番いい部屋を三つ、ガッチリと押さえてあった。食堂にはすでにとりどりの料理が並べられ、酌や歌舞音曲のための妓女が脂粉の匂いをさせてずらりと出迎える。一刻やそこらでできる準備ではないことは明らかで、ゲルやゼクトも眉間に皺を寄せている。
 おかしな策を弄されたおかげで、辺境騎士団への到着が一日遅れてしまったのだ。ゲルもゼクトも鳩を飛ばし、早馬を仕立てて朝から連絡に大わらわであった。

「……全く。殿下がたと交流したいのであれば、騎士団の砦に入ってから、日を改めて招けばよいのに。正当な手続きで謁見を願い出れば、こちらとて断りはせぬ」

 ゼクトが忌々しそうに呟き、ゲルも唇をへの字に曲げている。
 
「明日は騎士団長より嫌味の一つも覚悟しなければなりませんな」

 騎士団が蒙る迷惑を考えれば、それくらいは仕方ないとはいえ、彼らとしては気が重かった。

「底が浅いよね。もうちょっと偶然を装えばいいのに」
「美酒と美食、美女で殿下がたを篭絡しようというつもりかもしれません。毒物などは入っていないと思いますが、念のため毒見をさせます」
 
 苦笑まじりの恭親王の言葉に、ゲルが溜息をつきながら言った。傅役としては、無駄に仕事を増やされた気分なのである。

「これはこれは、皇子殿下がた!偶然とはいえ、わが州都にご滞在とはまことに光栄の至り!ぜひごゆるりとお過ごしください!……それがしは朱雀州刺史のランダと申します」 

 州刺史のランダという男がでっぷりと太った身体をゆすり、脂ぎった顔に精一杯の媚びを浮かべて必死にアピールするのを、恭親王は口の端だけ微かに上げて笑みをつくり、冷淡に挨拶を返す。

「わざわざ、大儀。急なことで手間を取らせた」

 それだけ言うと、州県官たちが恭親王の美貌に度肝を抜かれてあんぐりと口を開けている隙に、皇子たちはさっさと席について毒見の済んだ皿から勝手に食べ始める。あとは下賤の者など目にも触れたくない、と言わんばかりの態度でまるっと無視した。巡検の皇子たちに敢えて接触しようとする州県官は、いずれも何かよこしまな目的を抱いているのを知っているからである。

 背後で傅役たちに「当地の踊りが……」とか、「お酌に妓女を……」などと一生懸命話しかけているが、もとより魔力耐性のない女たちを皇子たちに近づけたがらない傅役たちが、取り合うわけはないのである。

 結局、莫大な費用をかけて準備した宴会の席上では、州県官たちは最初の挨拶以外の言葉を、皇子と交わすことはできなかった。




 宴――皇子たち一行はただ食事をしただけで、妓女も寄せ付けなかったが――がはけると、皇子たちは「美味かった。世話になった」と廉郡王が一声かけるだけでさっさと部屋へ引き上げてしまう。恭親王の部屋に三人分の簡単な酒肴を運ぶよう命じられ、皇子たちだけでまだ少し飲むつもりではあるらしい。
 ランダは勇気を奮って、「お遊びでしたら、当県にも花街がございます。よろしければご案内を……」と言ってみたが、恭親王から氷のように冷酷な、軽蔑しきった視線を一瞬向けられただけで黙殺された。

「……女遊びが好きな放蕩皇子ではなかったのか?」

 ランダがゴマに苛立ちをぶつけるが、龍種の精の秘密を知らないゴマは首を傾げるだけだ。

「傅役たちがかなり厳しく警戒しておりますので、羽目を外せないのでは?」
「とにかく話ができぬのでは、丸め込むこともできぬ。宴会に金をかけた分、大損だ!」

 ランダは脂ぎった顔をさらにテカらせて吐き捨てる。
 
「南岸に渡って騎士団の砦に入られてしまえば、団長より南岸の状況をあしざまに報告されてしまう。それを今上陛下の最もお気に入りの恭親王殿下が信じて、陛下のお耳に入るようなことがあれば、わしの身は破滅じゃ!こちらから上手い言い訳を考えて先に説明しておこうと思っているのに……」

 南岸の暴動は今のところ騎士団の出動を願うほどではなく、州県麾下の兵士だけで対応できている。州県の要請がなければ騎士団は民政にはタッチできないので、騎士団から帝都へ暴動についての報告はなされていないはずだが、騎士団は南岸の状況を歯がゆく思っているに違いない。州県の不手際を団長が皇子に語り、皇子から皇帝に伝えられてしまえば万事休すである。

「……よし、男は度胸だ。今から恭親王殿下のお部屋に伺い、拝謁を願い出る」

 ぷっくり太った拳を握りしめて決意を固めるランダを見て、ゴマは夜這いの間違いではないかと訝しむ。ランダが若い女だけでなく、少年にも欲情する性癖を持つことをゴマは知っていて、租税の払えぬ貧農の少年を何人も、ランダの寝所に献上してきたのである。

「……その、くれぐれも不埒なことはなさいませんように。若くお美しいとはいえ、立太子も間近と噂されるほどの、ご愛子でございますから」
 
 ゴマが恐る恐る自重を呼びかけるが、ランダは鼻息を荒くするだけだった。

「何を言う。南岸の窮状を訴えて、殿下のご理解を得るだけだ」

 ランダが太った身体を揺するようにして恭親王の客室に向かうと、すっと目の前に見上げるような偉丈夫が立ち塞がった。

「ここから先は特に許しのある者しか通すことはできません」
「わ、わしは州刺史じゃぞ!」
「皇子の側に寄れるのは側付きの者と、特に許された聖騎士のみです」

 ゾーイが低い、威厳のある声で押しとどめるのを、ランダは無理に通ろうとする。ちょうど廉郡王の部屋をチェックしていたゲルフィンが出てきて、その押し問答を耳にし、近づいた。

「どうしたのです、刺史閣下」
「恭親王殿下に申し上げたい儀がござる」
「どのような内容のお話でしょうか。お聞かせいただいて、殿下のお耳に入れるべきと判断いたしましたら、我々からお話いたしましょう」

 お前ごときが殿下と直接やり取りするなどとんでもない、と言わんばかりのゲルフィンの言い分に、ランダが一瞬鼻白む。

「某とて、十二貴嬪家のクラウス家の一員にござる。州刺史は正五品官で、州内の民政の頂点に立つ身。そこまで卑下なさることはございますまい」
「存じておりますよ。あなたの前任者は私の弟ですからね。地方に興味があるというので、十七歳で起家官(初任官)に州刺史を選んだのですよ。幸い好天にも恵まれて無事に任期を務めあげ、今は西方白虎州に遷っています。弟が離任した途端に災害に見舞われて、朱雀州のことを気にしていましたよ」

 クラウス家の最末端のランダが四十半ばでようやく掴んだ州刺史の官、ゲスト家本家の次男坊にとっては初任官であった。 

「とにかくお伺いいたそう。話されよ、ここで」

 ゲルフィンが冷酷に言い放つ。ここで話せないような話であれば、聞く気はない、そういう意味だ。

「殿下の御前でしか話すつもりはない!」
「では口を噤んでおられればよい」

 その言い争いは、風を通すために少し扉を開けていた恭親王の部屋には丸聞こえであった。

「さっきからうるっせぇぞ!」
 
 気の短い廉郡王が乱暴に扉を開けて怒鳴る。彼は船酔いで一日寝ていたおかげで魔力が澱んでいて機嫌が悪かった。

「申し訳ございません、殿下。すぐに下がらせます故」

 ゲルフィンが無表情で頭を下げる横で、チャンスとばかりにランダが喚く。

「殿下がたに是非申し上げたい儀がござる! お話を聞いてくだされ!」
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