【R18】渾沌の七竅

無憂

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七竅

11、ランヤン

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 白津で船に乗り換え、サルーン川を南に下っていく。
 恭親王は肩にエールライヒを止まらせ、船端に立って珍しそうに周囲の風景を見ていた。サルーン川もこの辺りにくると川幅もぐっと広くなり、流れも緩やかだ。大きな帆を張って、河を遡る船や、岸から馬で引かせた船とすれ違うのも楽しい。

 背後に人の気配がして、振り返るとダヤンが船室から上がってきたところだった。

「ここにいたのか、ユエリン。グインの奴はまだ船酔いだって」

 意外なことにグインは船がだめで、ずっと船室でげぇげぇやっている。
 
「今夜はランヤン泊まりだってさ。出発の遅れが響いて、今日中に砦に到着できそうもないし、夜の航行は危険だとかで」

 朝、宿舎となっていた県城を出発する直前で船の調子が悪いだの言い出し、妙に手間取って時間が遅くなったのだ。本来の予定ではランヤンは昼前に通り過ぎ、そのままプーランタ河を渡って騎士団の砦に夕刻に到着するはずだった。

「ランヤンは州都だ。ちょっとはマシなものが食べられそうだ」

 美食家のダヤンは道中の食事に不平満々で、少し嬉しそうである。皇子の巡検は軍――つまり各騎士団の管轄で、民政機関である州県とは関わらない。帝都から各辺境騎士団へのルート上になければ州都に立ち寄ることもないし、砦まで当地の地方官が挨拶にくることもない。通常ならば、ランヤンは州都とはいえ通り過ぎるだけである。

「地方官に挨拶しないわけにはいかないだろうな。面倒くさそうだな」

 恭親王が露骨に顔を顰める。ランヤンに着くまで、せめてエールライヒに空中散歩をさせてやろう。そう思い、空に放つ。
 上空を気持ちよさそうに舞うエールライヒを見ながら、恭親王は遠い空の向こうの、二度と会えない少女のことを考える。サルーン川が合流する大河プーランタは西へと流れて海に流れ込む。その海の向こうに、聖地がある。

 遠い聖地に思いを馳せていると、ダヤンが言った。

「そう言えばさ、ここ二、三年、毎年、南方巡検の聖騎士が行方不明になっているらしい」
「行方不明?」

 思わず恭親王が聞き返した。穏やかならぬ話である。

「……南方は近年、魔物なんて出ていないし、海賊やらも出ないし、穏やかなものだって聞いていたけどな」
「そうなんだ。騎士団からは特に魔物発生の報告も上がってない。まあ、プーランタ周辺で密輸だとか、麻薬の栽培だとか、そんなんはあるらしいけど、騎士団が出張るほどではなくて、暇なはずだけどね。でも、この二、三年、毎年四、五人の聖騎士が行方知れずになっているんだ」

 毎年四、五人とは結構な人数である。

「それも毎年、巡検も終わりがけにいなくなるらしい。皇子の帰還は決まっているから、後を騎士団に託して帰るわけなんだけど、行方はいっこうに知れないままなんだとさ」
「……ランヤンの娼館にしけこむ途中の舟が沈んじゃったとか……?」
「まあ、そんなところかもしれないね。とりあえず、聖騎士たちには注意喚起が必要だろうね」

 ダヤンは肩を竦めた。

 空が茜色に染まるころ、プーランタ河とサルーン川の合流地点に聳え立つようなランヤン県の城壁が見えて来た。船着き場からゲルフィンとトルフィンが城内に入り、県令の許可を取って宿の手配をする。小一時間はかかるだろうと、川向うの山並みに沈む夕陽を眺めながらダヤンと二人とりとめのない話をしていると、予想よりはるかに早く、ゲルフィンが帰ってきた。すでに手配も終わり、トルフィンは宿の亭主に具体的な指示を出すために残ったのだという。

「ただし、今夜は宴会です。朱雀州刺史とここ、ランヤンの県令はもちろんですが、なぜか南岸のナンユー県とリンフー県の県令まで挨拶に来るそうです」

 ゲルフィンが冷酷そうな表情で言った。心なしか、憮然としているように見える。

(まるで、我々が来るのを知っていたようだな)

 出がけの不自然な遅滞を思い出し、ははあと思い至る。わざと行程を遅らせて、ランヤンに足止めしようというわけだ。
 ゲルフィンが二人の皇子に言った。

「どうやら、見事にしてやられたようです。おそらく、夜間にお部屋まで送り込まれる者たちがいるでしょうが、くれぐれもお情けなどおかけにならないように」

 地方に巡検に出ると、先々の宿泊先などで地方官が皇子の接待のために宿舎に娼婦を送り込んでくることがある。龍種の精が平民の女には毒だということは公にはされていない。若い皇子なら女に喜んでむしゃぶりつくだろうと、ろくに魔力耐性もない女たちをしたり顔で寄こすわけだ。もちろん、皇子の部屋に至る前に、周囲の者によって追い返されてしまうけれど、ごくまれにどういう手段か寝室までやって来る者もいる。
 
 恭親王もダヤンも、面倒くさそうに言う。

「わかってるよ。そんなやばそうな女、抱くわけないだろう」
「還精の法をがんばってみる気にさせるほどの美女ならともかく、こんなド田舎じゃ期待薄だしねー」

 全く耐性を持たない平民の女は、龍種の精が肌に触れるだけでも爛れるので、外に出すこともできない。絶頂に至った女が発する〈気〉を吸収して精を体内で純化させ、魔力を体内に吸収すれば無毒化は可能だが、つまりは性接待のために送り込まれた女を何度もイかしてやらねばならないわけで、それじゃあどちらが接待されているのかわからない。

 船室から青い顔をして出て来た廉郡王も同じ注意を受け、精悍な眉を思いっきり顰めた。

「めんどくせえ! ちゃんと俺らが食える据え膳を用意しろってんだ」

 もう少し帝都に近い、ある程度の拠点都市であれば、身分的には平民だが貴族の血を引いている女(例えば貴族の私生児とか)で、娼婦に身を落としたようなのが送り込まれてくる可能性もあるのだが、こんな異民族との混住地域では期待できないことである。

「異民族の女でも、やっぱダメなんかな? 試してみる?」
「やめてください。三年前の洪水で厲蠻との混住地が大被害を受け、帝国に対する感情が悪化しているのですよ。皇子が厲蠻の女を犯して結果として死んだなんてことになったら、暴動が起きかねません」

 性に対する探究心の強いダヤンが余計なチャレンジャー精神を発揮しそうになるのを、苦い顔でゲルフィンが窘める。

「魔物が憑依しているような女なら大丈夫だけど、逆にこっちが吸われて下手すりゃ死ぬよ」

 恭親王も冷静にダヤンに指摘すると、ダヤンは苦笑した。

「さすがに俺も魔物憑きとはヤりたくないよ」
「ナンユー県とリンフー県、といったな。……三年前の洪水で被害の出た場所だ。わざわざ対岸から何しに来るんだ?」

 州県に関わらない皇子たちを、慣例を破ってまで歓待しようというのだ。何か目論見があるに違いない。

「ゼクトに言ってさ、少し調べさせてくれる? 私の方でも探ってみる」
「もとよりそのつもりでした。すっかり準備もできていて、最初から殿下がたを連れ込む気満々だったのですよ。……非常に不愉快です」

 恭親王がゲルフィンに言うと、ゲルフィンが片眼鏡モノクルをつけた右目をギラリと光らせた。
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