【R18】渾沌の七竅

無憂

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七竅

2、第三の女

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 母の皇后に押し切られて恭親王が仕方なく迎えた新たな側室はサウラといい、一等伯爵であるハーバー=ホストフル家の令嬢だ。このハーバー家というのは今の当主の代において新たに十二貴嬪家のホストフル家から分家した家であり、分家筋の中でもとりわけ主家に血統の近い家なのだ。一等伯爵家ではあるが、限りなく十二貴嬪家に近い。かつ、敢えて一等伯爵の爵位を得て分家するだけあり、当主のルブランは大理少卿を務め、能吏として皇帝の覚えもめでたく、中央政界に重きを置かれる高級官僚である。

 皇后は当初、貴種の初婚の令嬢を側室に迎えようとしたが、親王とはいえ皇太子でもない一皇子が幾人もの貴種の令嬢を邸に抱え込むのは、さすがに僭上の謗りを免れない。また恭親王はカリンの一件のトラウマから、処女は怖いから嫌だと言い張る。そこで皇后としてはかなりの譲歩をして、一度結婚して不縁になったナルシア家のヤスミンを、と打診したが、ヤスミンの離婚の原因が恭親王の側室レイナの姉ということもあり、加えて副傅であるゲルの姪を皇子の側室にするのは、ゲルが立場を利用して皇子と縁を結んだように見えてしまい、やはり相応しくないと、恭親王、ナルシア家双方とも判断した。

 そんな皇后が次に目を付けたのが、やはり夫と離婚の後に後宮に出仕して鴛鴦宮の女官を務めていたハーバー家のサウラであった。

 サウラは二十二歳、一度貴種の庶子に嫁ぎ、子を生したものの子が夭逝し、失意に沈むうちに夫が別の女に手をつけてそちらに子ができてしまった。その女が選りにもよってサウラの妹であったことで、サウラは自ら身を引いて実家に帰り、だが実家も居場所がなくて後宮勤めを選んだのである。

 皇后はサウラの身の上を聞いてすっかり同情し、また恥知らずな元夫と妹の行いに立腹して、是非サウラには幸せな結婚をと自身、あちこちに問い合わせたりもしてみた。だがある時ふと、サウラは息子より三歳の年上で、貴種ではないがホストフル家に連なる名門の出、夫の不貞を責めもせずに自ら身を引く大人しくて嫋やかな性格で、年上の控えめな未亡人を好む息子の好みにぴったりではないかと思いつく。何より、サウラは夭逝したとはいえ、子も生しているのである。確実に子が孕める女というのは、皇后にはうってつけに思われた。

 早速あれこれ根回しをして、ほぼ決まったあたりで初めて息子にサウラを紹介し、これを側室にしろとドヤ顔で命令した。――当然、息子の恭親王は露骨に眉を顰めて不快感を露わにし、嫌だ嫌だと駄々を捏ねたが、もはや外堀は埋まっていてどうにもならなかった。サウラを側室にしないのならば、正室のユリアとの間に子供を作れと言われ、恭親王は苦虫を噛み潰したような表情で、母を睨みつけるしかない。

「子を生むためだけに、側室を納れろとおっしゃるのですか?」
「龍種の血を継ぐ子はどうしても必要じゃ。本当はユリアの子がよい。マナシル家の正嫡で、母は先帝の公主。自身の魔力も強い。ユリアの子であれば、さぞかし見事な〈王気〉を持つであろうに」
「結局母上は、私のこの見た目と、〈王気〉にしか興味がないのですね。……ですが、一度そのサウラと話をさせてください。子を生む道具として扱われることを、そのサウラが受け入れるとは思えません」

 皇后に呼ばれてやってきたサウラは、大人しそうな女であった。容姿は整っている方だが、とりたてて美女でもない。儚げというよりは地味で、いるかいないかわからない、影の薄い女であった。

「母から話は聞いていると思うが、お前自身はどう考えているのだ。言っておくが、私はお前を愛することはないし、正直に言えば、子供もどうでもいい。だが、ユリアとの間に子を生すつもりはないし、レイナでは孕めないか、もし生まれたとしても〈王気〉は微弱であろう。母上はそれでは気に入らぬらしいから、お前に私の子を生ませようとしているが、あまりにもひどい言いようだと思うが」
 
 幼少期、皇子であることを秘匿されて聖地の僧院で育った恭親王は親の愛を実感できていない。孤児院育ちのため、年下の子供たちの世話はよくしたが、自分の子供が欲しいという気には全くならなかった。一夜限りの女たちとの関係も褒めたものではないが、子を作るためだけに関係を持つというのは、さらに罪が重い気がして、恭親王はサウラが拒否するであろうと期待した。――もし、サウラが彼と同じ価値観を共有できるのであれば、恭親王は皇后の意向に逆らえないサウラの事情を汲んで、お互い割り切った関係として側室に迎えるのは仕方がないと考えた。
 しかし、サウラはそんな恭親王の思惑には気づかず、意思の強そうな瞳で恭親王をまっすぐに見て言った。

「わたくしのような非才愚鈍な女が、どのような形であれ、陛下や殿下のお役に立てるのであれば、このつまらない身など投げ出す所存でございます」
「子を生むための道具になるということだぞ? それでもいいのか?……もう少し考えたらどうだ」
「いいえ、覚悟は決めてございます」

 きっぱりと言い切られて、恭親王は溜息をつく。これは駄目だ。この女は理解できない。

「母上も皆も、私を人非人にしたいのだな。そんな風にしてできた子だって、私は愛せるかわからないのに」
「殿下のお子を生む栄誉を得ましたならば、命に代えても立派にお育ていたします。ただ、その機会を与えて下さりさえ、すれば」

 サウラはユリアと恭親王が白い結婚であると知っているのであろう。そんなことを言う。

「……月一日でもいいのか? それ以上は触れたくない」

 端正な眉を嫌悪感で歪ませて、恭親王が言う。

「それで結構でございます。その代わり、わたくしが指定した日に、必ず来てください」

 女性の月のものの周期と妊娠の関係は、後宮で秘伝として伝えられており、妊娠しやすい日があることもわかっていた。こうして、恭親王は二人目の側室としてサウラを迎えることに、渋々同意したが、だがその内心は自己嫌悪で塗りつぶされていた。そして「子を生むための道具」として自分の目の前にやってきたサウラに対し、恭親王は不気味な女だという印象しか持てなかった。

 皇后とサウラの父親は略式ながら婚礼の儀も行おうとしたが、恭親王は断固として拒絶した。側室は妻ではない。それが恭親王の譲れない一線であった。結局、それについては皇后が折れた。
 サウラが恭親王府に入ったのが今年の正月。それからほぼ半年、恭親王は月一回、サウラが最も妊娠しやすい日を選んで通うが、いまだ果報は得られていない。
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