【R18】渾沌の七竅

無憂

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六竅

36、悪い遊び

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 スールーの言葉に、シウは綺麗な微笑みを浮かべて言った。

「どうしてかな? あの二人だって、多分気づいているよ。これが悪いことだってね。……でも、悪いことだからこそ、その遊びは魅力的なんだよ。あんただって、悪いことってわかっていて、稼いでるんだろ?」
「俺は、生活のためですよ。……所詮、男娼上がりですからね。自分で客を取るのが嫌だから、この商売をしているんです。若様の娯楽と一緒にしないでください」
「僕はもっと切実だよ。悪いことするとさ、ほっとするんだよね。悪いことして、しまくって、地獄の底まで落ちて、ようやく許してもらえるんだ――もう誰も、僕を罰してはくれないからね」

 スールーはじっとシウの顔を見た。

「あなたは……罰してもらいたくて、悪いことをするんですか?」
「そうだよ? それ以外に、生きている価値もないからね」

 スールーは、何もかも与えられ、これ以上ないほど恵まれているように見える、シウという少年の立つ深淵を覗き込んだ気がして、背筋がぞくりとした。 

「まあ、ユイファにはちょっとばかし遊んでもらう以上、お礼は十分するさ。金だけは腐るほどあるしね?」

 こんな無駄話をしていると、乱暴に扉が開いて、見知った顔が飛び込んできた。

「こんなところにいた!全く捜したぜ!」
「遅いよ、エル」
「悪ぃ、お前の居場所がわからなかったんだ。あっちはもう、ターシュが確保したぜ。……奴さん、興奮しすぎてできなかったらしい。情けなくて笑っちまうな」

 そこまで一息に言ってから、足元に転がる二人の男を見て、廉郡王エルが眉を顰める。

っちまったのかよ。見かけによらず短気だな」
「だいたい作戦の趣味が悪いのさ。なんで僕が男にヤられなきゃなんないの」

 エルはぽりぽりと頭を掻く。

「あー、そりゃぁ、あいつはシウにはそっちの趣味があると思い込んでいるからな」

 シウは腕組みして不愉快そうに唇を歪める。

「別に僕は好き好んで男と寝たことはないよ」

 その言葉に、思わずスールーは反応してしまった。

「ええっ? てっきり両刀だとばかり……」

 一気に室温が下がった気がした。シウの容赦ない視線にさらされて、スールーが思わず身を縮める。

「……ねぇ、こいつも一度、甚振いたぶらない?」

 げげっとなったスールーに、エルが救いの一言を差し伸べた。

「いや、俺は、男にそういう趣味はないし」
「僕だってそんな趣味はないんだってば」

 シウだけが不服そうに頬を膨らませていた。
 
 


 馬車の中で、ユイファは身を縮めるようにして祈りながら待っていた。
 今回の誘拐騒ぎが、自分を手に入れるためのソールの仕業だということは、シウはつまりソールの勘違いと嫉妬によって巻き添えを食ったに過ぎない。もし彼がひどい目に遭っていたら……。彼は男だが並みの女よりもはるかに美しい。世の中には、男性にも性的な悪戯をしかける男もいると聞いたことがある。あの美しい人が、そんな忌まわしい狼藉を受けていたら……。最悪の想像に身体が震える。

 そんなユイファの真っ青な顔を、馬車の向かいに座って薄茶色の髪の男が面白そうに眺めている。

「坊ちゃま……シウ様が見つかりました。今、エル様がこちらに」
「見つかった?」

 ユイファがはっと顔を上げる。そのまま馬車を飛び出して迎えに行きたいのをぐっとこらえ、両手を握りしめて待つ。
 がたん、と馬車の扉が開き、エルに抱えられたシウがぐったりと馬車の座面に倒れ込んだ。

「シウ様!」
「シウ、大丈夫だったか?」

 取りすがらんばかりのユイファに少し疲れたような様子でシウが目を瞬かせる。

「……ユイファ……ごめんね、守ってあげられなくて。嫌な思いしたでしょう?」
「そんな! わたしこそ、シウ様を巻き込んでしまって……!」

 辛そうに座席に座り、身体を持たせかけるシウに、ユイファが縋りつく。長衣を纏っただけのユイファの身体が、薄い布地を通してシウに密着するが、ユイファはそんなことに構ってはいられなかった。

「お怪我は? その、ひどいことはされませんでしたか?……ああ、なんてこと! あなたがこんな目に……」

 涙目のユイファをシウは些か辛そうな様子でそっと背中に腕を回して抱きしめる。シウの背後からはシウによく似た大きな男が馬車に乗ってきた。二人のようすにやれやれ、という顔で、シウの向かい側、薄茶色の髪のターシュの隣に腰をおろし、御者に合図を送ると馬車が走り出した。

「大丈夫だよ、ユイファちゃん。シウは少しばかり痛い目にはあったみたいだけど、鍛えているからね。心配はいらないよ」

 ターシュの言葉に、ユイファは涙目で男たちを見る。その様子に、大男が言った。

「えーと、ユイファ? 俺はエル。シウの友達……つか、シウの甥なんだよ。年は一緒なんだがな。シウは多分、問題ない。……それより、あんたは大丈夫だったか?」

 大男の問いかけに、シウに縋りついたままでユイファは首を振った。

「わたしはいいんです、その……未遂でしたから。」

 シウが少しぐったりした様子で、ターシュに尋ねる。

「未遂っていうと、どういうことなんだ。ターシュ」

 ターシュ大叔父さん、と呼ばれた茶色の髪の男がにやりと笑う。

「要するに、ヤりたい気持ちが昂りすぎて、使い物にならなかったってこと」
「馬鹿じゃん」

 背もたれに身体を預けて、シウがぽつりと言った。ユイファは赤くなって俯く。
 
「でも未遂でも怖かっただろう。可哀想に」

 シウはそう言って、ユイファの背中を優しく撫でた。薄い布地を通して、シウの大きな手のぬくもりが伝わり、ユイファはまたぞくりとした感覚に襲われる。

「あ……」

 思わず吐息を漏らしてしまい、羞恥で顔を背けてシウから離れようとするのを、シウが腕に力を込めてむしろ近くに抱き込んだ。

「あ、はぁ……」
「ユイファ? どうしたの?」

 シウが首を傾げると、ターシュが困ったような表情で言った。

「あの男、変な薬を彼女に使ったらしくて……」
「変な薬?」
「まあその、その気のない女をその気にさせるヤツさ」
「……媚薬……?」

 シウはそう呟いて、心配そうにユイファの顔を間近からのぞき込む。シウの煌めく瞳に射竦められ、息がかかると、ユイファの身体の奥の熱がまたあがり、身体が疼くのがわかった。

「どうりで少し身体が熱いと思った。……しかしみっともない男だな。媚薬まで盛っておいて、肝心な時に役に立たないとか」

 シウに優しく抱き込まれ、乱れた髪を梳かれる。身体が密着して、シウの体温を感じると、身体の内部から蕩けるような気分になる。さらにガタガタと揺れる馬車の振動が加わり、ユイファはもう、どうにかなってしまいそうになり、ついついシウに縋りついてしまう。 

「苦しい? 大丈夫?」
「……大丈夫、です……」

 しかしユイファの息遣いはだんだんと荒くなり、額や首筋には汗が浮いてきた。

「可哀想に、もう少しだけ我慢して。家についたら楽にしてあげるから」

 だんだんと朦朧とする意識の中で、どうやったら楽になるのだろう?と少しだけ考えたものの、熱い疼きにユイファの思考は蕩けていった。
 そんなユイファがシウにしな垂れかかっている様を、向かいに座るエルとターシュはにやにやと見ていたが、ユイファは自分を助けてくれた三人が邪な計画を抱いているなどと、まったく想像もしていなかった。
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