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六竅
35、命の価値
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破落戸二人に引っ立てられ、スールーに連れられて来たのは、屋敷内の使われていない一室のようだった。調度も何もなく、隅に壊れた椅子や使わない家具が無造作に置かれただけの、がらんとした部屋だ。
どさりと乱暴に投げ落とされ、シウは思わず眉を顰める。
悪友の立てたこの作戦、どう考えても自分は無駄に痛い目に遭い過ぎだ。心の中で毒づきながら、身体の向きをかえて男たちに向き直る。
「ずいぶん乱暴だな……で、何して遊んでくれるの?」
「この坊ちゃんを好きにしていいってのは、ほんとですかい?」
「こらまた、とんでもねぇ上玉じゃねぇか。俺はさっきの女よりも好みだね」
破落戸たちが下卑た笑みを浮かべ、目の前の獲物に舌なめずりする。スールーが端正だが少し蛇顔の眉を顰める。多くの変態を相手に商売をしてきたが、スールー自身の性的嗜好は要するにノンケで、いかな美少年でも男には何も反応しない。だが、スールーはその外見のおかげで、男娼として幼い時から望まない欲望の対象にされてきたし、またその境遇から抜け出すために、自身の外見を最大限に利用してきた。彼は男女問わず、その身を餌に差し出してのし上がってきたのだが、しかし、スールー自身は男のくせに男に対して欲望を抱く人間をひどく嫌悪していた。故にこの美少年を抱きたい、という男たちをも気味悪い思いで眺めてしまう。
「……まあ、そう、約束しましたがね……」
スールーの語尾を濁した返答に、男たちが業を煮やして目の前の少年に飛びかかろうとした。
「約束は約束だ。やっちまおうぜ!」
「へへっ、もう我慢できねぇ!」
ところが、少年に圧し掛かろうとした男たちは、下から伸びてきた少年の両手でそれぞれ頸を掴まれ、そのままぎりぎりと締められる。
「うぐっ……うあっ!」
「ううううっ」
大の男二人の頸を片手で締め上げながら少年はゆっくりと立ち上がり、両腕を伸ばして男を片手でそれぞれ持ち上げていく。少年は意外に上背があるため、頭上まで持ち上げられると男たちは宙づりになって足が床から離れ、苦しみに手足をもがいて暴れるが、やがて力尽きてぶらん、と垂れ下がった。少年が手を離し、どさり、と二人の男が力なく床に転がった。
その情景をただただ茫然と見ていたスールーは、ようやく我に返って、かったるそうに腕を回している少年に驚愕して言った。
「なんちゅう馬鹿力ですか!……ていうかあっけなく殺しちゃって!」
少年は首を傾げて、面倒くさそうに言う。
「いや、死んではいないと思うよ。……多分。まあ、生き返らなかったら、ごめん」
スールーは何かやばいものでも見るような眼で、少年の全身を眺めまわす。
「いったいどこからあんな力が……」
「魔力を体内で循環させて、体力や筋力を増強させるんだよ。うちの家系は放出系の魔法が使えない代わりに、身体強化の魔法が使えるんだ」
「魔力……」
この世界、魔力を持つのは皇族と貴種、つまり、国の創世神話の主人公である、太陽の龍騎士とその眷属たちの子孫のみである。貴族とはその血を受け継いでいる者であるから魔力を持つが、貴種から離れれば離れるほど魔力は弱くなり、聖騎士として魔物狩りに赴けるレベルに至る者はまずいない。
平民はまず魔力を持たないとされる。稀に、平民籍にある者が突発的に魔力に目覚めることがあるが、そういう者たちは太陽神殿か聖地に入り、僧になる。魔力の制御方法を学び、またその血を伝えないためである。魔力保持者の識別はかなりの精度で定期的に行われ、民間に魔力を持つ者が野放しにされないよう、細心の注意が払われており、故に平民に魔力持ちはいない、というのが建前である。
したがって、民衆はほとんど魔法とは縁がない。せいぜいが、魔力を籠めた魔石によって灯る魔力灯などの魔道具に、魔法というものの存在を感じ取る程度。その魔道具も極めて高価で、豪商クラスにならないと手の出る代物ではなかった。
態度が気さくだったのですっかり忘れていたが、この目の前の美少年は生粋の皇子様だったことを今、思い出した。
「いくら何でも、あっさり片づけすぎですよ。あなたは救助される計画なんですからね」
「だからって、僕がこいつらに大人しくヤられなきゃなんない理由はないだろう。どうみても、ターシュの考えた作戦の中で、僕の役割が悲惨すぎるよ。あいつ、僕に恨みでもあるのかしらん」
「たしかに、俺も作戦を聞いた時にいいのかと思いましたからね」
「だったら止めてくれよ。さっきから膝蹴りは喰らうは、あのおっさんにも思いっきり蹴りあげられるは、散々だよ。おかげでちょっと手加減できなかった。一応、縄だけ切って、あとは適当に相手だけはしてあげようと思っていたんだけどな」
スールーは先ほど以来の、少年に加えられた狼藉を思い出しながら、ちょっと心配になった。
「怪我はないですか?」
「もう治したよ」
にべもない発言に、スールーは目を丸くする。
「外に放出できないから他人は治せないけど、自分は治せる」
「便利な身体ですね」
感心するスールーに少年は肩を竦めてみせた。
「そうでもないよ。一番やっかいなのは、うかつに中で出すと女の子が死んじゃうことかな。不便だよね」
その言葉に、スールーは気になっていたことを尋ねてみた。
「あなた方がユイファに目を付けたのは、彼女が中位貴族の出だからですか?」
「言っておくけれど、ユイファを玩具にしたがっているのは僕じゃなくて他の二人だよ。僕はもともと本が目当てなんだから。……あいつらにとって、女なんてのは、ヤりたいか、ヤりたくないか、耐性があるか、ないかの四つの区分しかないの。ユイファの今の身分は平民で、しかももとは貴族だから耐性がある。平民なのに玩具にしてやりたい放題しても死なない、てのは滅多にいないからね」
「あなたは、ユイファとは仲がいいように見えましたけど、彼女が玩具にされても、何とも思わないんですか?」
スールーの言葉から非難の響きを聞きとって、シウはわずかに眉を顰める。
「可哀想だとは思うけど、あいつらは僕が止めたって聞きゃしないよ」
「だからって、あなたも参加されるんですか?」
「だって、奴ら絶対に手加減ってものをしないからね。野放しにしたらユイファ壊されちゃうよ。だから滅茶苦茶しないように見張っとかないと」
スールーは少年の言葉に、納得できずに、なおも尋ねる。
「……あなたがたにとって、平民ってのはやりたい放題していい存在なんですか?」
スールーの問いかけに、シウはしばらく黒曜石の瞳でじっとスールーを見た。
「僕たちがそう思うのではなくて、そう教えられるんだよ。あなたは特別なんですよ、って毎日言われ続けて、少々悪いことしたって周りが揉み消してくれるんだから、まともな倫理感が育つわけないよね。一度なんてさ、僕、失敗して中に出しちゃたら、女の子死んじゃったんだけど、なかったことにされちゃったし。……それはそれで衝撃的ではあったな。人一人殺したのに、お咎めなしなんだもん。平民と僕たちじゃ命の価値が違うんだから、気にするなって言われたよ」
シウの言葉に、スールーは暫し絶句する。
「その代わり、僕たちは魔力を駆使して闘い、万一の時には世界を守る義務を負ってる。それ故に理不尽なことだってそれなりにはあるよ。……問題は、その義務と特権を持つからといって、弱い者を好き勝手に踏みつけていいってことにはならないんだけど、その違いに気づくかどうかだよね」
シウが首を傾げるようにして言うのに、スールーはごくりと唾を飲み込んだ。
「少なくとも……あなたはその違いに気づいているんですよね?それでも、ユイファを救けてあげないのは、何故なのですか?」
どさりと乱暴に投げ落とされ、シウは思わず眉を顰める。
悪友の立てたこの作戦、どう考えても自分は無駄に痛い目に遭い過ぎだ。心の中で毒づきながら、身体の向きをかえて男たちに向き直る。
「ずいぶん乱暴だな……で、何して遊んでくれるの?」
「この坊ちゃんを好きにしていいってのは、ほんとですかい?」
「こらまた、とんでもねぇ上玉じゃねぇか。俺はさっきの女よりも好みだね」
破落戸たちが下卑た笑みを浮かべ、目の前の獲物に舌なめずりする。スールーが端正だが少し蛇顔の眉を顰める。多くの変態を相手に商売をしてきたが、スールー自身の性的嗜好は要するにノンケで、いかな美少年でも男には何も反応しない。だが、スールーはその外見のおかげで、男娼として幼い時から望まない欲望の対象にされてきたし、またその境遇から抜け出すために、自身の外見を最大限に利用してきた。彼は男女問わず、その身を餌に差し出してのし上がってきたのだが、しかし、スールー自身は男のくせに男に対して欲望を抱く人間をひどく嫌悪していた。故にこの美少年を抱きたい、という男たちをも気味悪い思いで眺めてしまう。
「……まあ、そう、約束しましたがね……」
スールーの語尾を濁した返答に、男たちが業を煮やして目の前の少年に飛びかかろうとした。
「約束は約束だ。やっちまおうぜ!」
「へへっ、もう我慢できねぇ!」
ところが、少年に圧し掛かろうとした男たちは、下から伸びてきた少年の両手でそれぞれ頸を掴まれ、そのままぎりぎりと締められる。
「うぐっ……うあっ!」
「ううううっ」
大の男二人の頸を片手で締め上げながら少年はゆっくりと立ち上がり、両腕を伸ばして男を片手でそれぞれ持ち上げていく。少年は意外に上背があるため、頭上まで持ち上げられると男たちは宙づりになって足が床から離れ、苦しみに手足をもがいて暴れるが、やがて力尽きてぶらん、と垂れ下がった。少年が手を離し、どさり、と二人の男が力なく床に転がった。
その情景をただただ茫然と見ていたスールーは、ようやく我に返って、かったるそうに腕を回している少年に驚愕して言った。
「なんちゅう馬鹿力ですか!……ていうかあっけなく殺しちゃって!」
少年は首を傾げて、面倒くさそうに言う。
「いや、死んではいないと思うよ。……多分。まあ、生き返らなかったら、ごめん」
スールーは何かやばいものでも見るような眼で、少年の全身を眺めまわす。
「いったいどこからあんな力が……」
「魔力を体内で循環させて、体力や筋力を増強させるんだよ。うちの家系は放出系の魔法が使えない代わりに、身体強化の魔法が使えるんだ」
「魔力……」
この世界、魔力を持つのは皇族と貴種、つまり、国の創世神話の主人公である、太陽の龍騎士とその眷属たちの子孫のみである。貴族とはその血を受け継いでいる者であるから魔力を持つが、貴種から離れれば離れるほど魔力は弱くなり、聖騎士として魔物狩りに赴けるレベルに至る者はまずいない。
平民はまず魔力を持たないとされる。稀に、平民籍にある者が突発的に魔力に目覚めることがあるが、そういう者たちは太陽神殿か聖地に入り、僧になる。魔力の制御方法を学び、またその血を伝えないためである。魔力保持者の識別はかなりの精度で定期的に行われ、民間に魔力を持つ者が野放しにされないよう、細心の注意が払われており、故に平民に魔力持ちはいない、というのが建前である。
したがって、民衆はほとんど魔法とは縁がない。せいぜいが、魔力を籠めた魔石によって灯る魔力灯などの魔道具に、魔法というものの存在を感じ取る程度。その魔道具も極めて高価で、豪商クラスにならないと手の出る代物ではなかった。
態度が気さくだったのですっかり忘れていたが、この目の前の美少年は生粋の皇子様だったことを今、思い出した。
「いくら何でも、あっさり片づけすぎですよ。あなたは救助される計画なんですからね」
「だからって、僕がこいつらに大人しくヤられなきゃなんない理由はないだろう。どうみても、ターシュの考えた作戦の中で、僕の役割が悲惨すぎるよ。あいつ、僕に恨みでもあるのかしらん」
「たしかに、俺も作戦を聞いた時にいいのかと思いましたからね」
「だったら止めてくれよ。さっきから膝蹴りは喰らうは、あのおっさんにも思いっきり蹴りあげられるは、散々だよ。おかげでちょっと手加減できなかった。一応、縄だけ切って、あとは適当に相手だけはしてあげようと思っていたんだけどな」
スールーは先ほど以来の、少年に加えられた狼藉を思い出しながら、ちょっと心配になった。
「怪我はないですか?」
「もう治したよ」
にべもない発言に、スールーは目を丸くする。
「外に放出できないから他人は治せないけど、自分は治せる」
「便利な身体ですね」
感心するスールーに少年は肩を竦めてみせた。
「そうでもないよ。一番やっかいなのは、うかつに中で出すと女の子が死んじゃうことかな。不便だよね」
その言葉に、スールーは気になっていたことを尋ねてみた。
「あなた方がユイファに目を付けたのは、彼女が中位貴族の出だからですか?」
「言っておくけれど、ユイファを玩具にしたがっているのは僕じゃなくて他の二人だよ。僕はもともと本が目当てなんだから。……あいつらにとって、女なんてのは、ヤりたいか、ヤりたくないか、耐性があるか、ないかの四つの区分しかないの。ユイファの今の身分は平民で、しかももとは貴族だから耐性がある。平民なのに玩具にしてやりたい放題しても死なない、てのは滅多にいないからね」
「あなたは、ユイファとは仲がいいように見えましたけど、彼女が玩具にされても、何とも思わないんですか?」
スールーの言葉から非難の響きを聞きとって、シウはわずかに眉を顰める。
「可哀想だとは思うけど、あいつらは僕が止めたって聞きゃしないよ」
「だからって、あなたも参加されるんですか?」
「だって、奴ら絶対に手加減ってものをしないからね。野放しにしたらユイファ壊されちゃうよ。だから滅茶苦茶しないように見張っとかないと」
スールーは少年の言葉に、納得できずに、なおも尋ねる。
「……あなたがたにとって、平民ってのはやりたい放題していい存在なんですか?」
スールーの問いかけに、シウはしばらく黒曜石の瞳でじっとスールーを見た。
「僕たちがそう思うのではなくて、そう教えられるんだよ。あなたは特別なんですよ、って毎日言われ続けて、少々悪いことしたって周りが揉み消してくれるんだから、まともな倫理感が育つわけないよね。一度なんてさ、僕、失敗して中に出しちゃたら、女の子死んじゃったんだけど、なかったことにされちゃったし。……それはそれで衝撃的ではあったな。人一人殺したのに、お咎めなしなんだもん。平民と僕たちじゃ命の価値が違うんだから、気にするなって言われたよ」
シウの言葉に、スールーは暫し絶句する。
「その代わり、僕たちは魔力を駆使して闘い、万一の時には世界を守る義務を負ってる。それ故に理不尽なことだってそれなりにはあるよ。……問題は、その義務と特権を持つからといって、弱い者を好き勝手に踏みつけていいってことにはならないんだけど、その違いに気づくかどうかだよね」
シウが首を傾げるようにして言うのに、スールーはごくりと唾を飲み込んだ。
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