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六竅
32、拗らせた男
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すっかり日の落ちて暗くなった帝都の街路を、馬車は曲がりくねって走る。もともとあまり外出せず、夫を亡くしてからは骨董街近くの別邸にほぼ籠りきりだったユイファは、どこをどう走っているのかさっぱり見当もつかなかった。ときおり暗闇の中でシウを見ると、こつんと額をユイファにぶつけてくる。シウはあくまで冷静で、ユイファを守ろうとしてくれているらしい。
(攫われたことはシウ様の護衛がすぐに気づくはず……)
そもそも、常に屈強の護衛を連れているシウが、あっさり攫われることが不自然なのだが、ユイファは気づかなかった。不安で胸が張り裂けそうになった時、ようやく馬車が止まった。
小突かれるようにして馬車から降ろされたのは、どこか瀟洒な、金持ちの別荘のような建物だった。庭を乱暴に引っ立てられ、離れにある部屋に押し込まれる。蝋燭の小さな灯だけが灯る部屋は、奥の寝室に繋がっており、主人の部屋のようだった。
「逃げようったって無駄だぞ。……観念して静かにしてろ」
猿轡だけを外されて磚敷きの部屋に投げ出される。乱暴に扉が閉められ、外から鍵を閉められた。
「シウ様!」
ユイファが後ろ手に縛られたまま、泣きながらシウに縋りつくのを、シウが身体で受け止める。年下の弟のようだと思っていたが、身長も体格もシウの方が大きく、意外とガッシリとした身体つきをしていた。
「大丈夫だよ、僕がいる。可哀想に、泣かないで……」
ユイファの涙で濡れた頬を、シウが顔を近づけて唇で触れる。そのまま唇は目尻から頬を滑り、首筋に落ちてユイファの肩口に頭をもたせかける。
「心配ない。僕の護衛が、すぐに僕たちを見つけるよ」
囁くような声で言われ、ユイファは頷く。
「どうしてこんな……いったい誰が……」
ユイファが泣きながら呟くと、シウは顔をユイファの首筋から離して、暗がりの中で周囲を見回す。
「こんな成金風の家を建てるような人間で、僕たちを攫う理由のあるの、君はもしかして思いつかない? 僕はそいつの顔は見たことはないけれど」
「……まさか……!」
ユイファがとある人物に思い当たり、だが信じられないと首を振ったとき、廊下を数人の足音がして部屋の鍵を開け、ユイファが思い描いた人物が入ってきた。
「……ソールの……小父様……?」
ソールはスールーと、実行犯の破落戸二人を伴い、燭台を持って部屋に入ってくると、まず部屋の大きなぼんぼりに火を入れた。
部屋全体がうっすらと明るくなる。磚敷きの床の上で寄り添いあって座っている二人を、ソールは憎々し気に見下ろした。
「……小父様?……いったい、どういうことなんです?」
「ユイファ、残念だよ。こんな手段はできれば取りたくはなかった」
ソールがやや眉を顰め、沈鬱そうに言う。いかにも不本意といった表情ではあるが、それをシウが若い声で一蹴した。
「なにそれ、誘拐しておいて、何言ってんの、このおっさん」
「うるさい、黙れ! お前が、ユイファに援助したという、貴族の坊主か! まだ子供のくせに、生意気な!」
「残念だったね、あと、ちょっとってところで邪魔が入って。でも、金はあんたのところにだけあるわけじゃないから。……僕のところには、金だけじゃなくて、身分も、権力もあるんだよ」
シウが場違いなほど平静な声で言うと、ソールは一気に怒りがこみ上げたのか、カッとなってシウの腹を革ブーツで思いっきり蹴り上げ、ユイファが悲鳴を上げる。
「きゃあ!」
「ぐっ、げほっげほっ」
蹴り上げられて床に倒れたシウが咳き込み、なおもソールがシウを踏みつけようとするのを、ユイファがシウの上に身を投げ出して守ろうとする。
「やめてっ! 何をするの?」
他の男をその身を挺して守ろうとするユイファを見て、ソールのシウに対する憎しみはいっそう煽りたてられた。
「ちょっとばかし綺麗な顔に騙されてこんな若造に……私はお前のことだけをずっと大切にしてきたのに!」
「何をわけのわからないことを! あなたはお父様のお友達で……」
「ソールさん、その男のことはこちらに任してくださいよ。あんたはほら、花嫁との大事な初夜を控えているんだから」
スールーが退廃的な美貌に皮肉な笑みを浮かべ、ソールの暴走を止める。その言葉にユイファが硬直した。
「……花嫁……?」
「そうさ、あんたは今夜、私の花嫁になるんだ。一生、大切にする。絶対に苦労はさせないから、な」
「何を言っているの? わたしは……」
ユイファが身を捩って逃げようとするのを、ソールの手が腕を掴み、無理やり奥の寝室に引きずり込もうとする。
「嫌! やめて! 離して! シウ様っ!」
「ユイファにさわるなよ。一生ったってせいぜいあと十年ぐらいだろうに。じじいのくせに、無理をすると腰を痛めるよ」
この期に及んでも軽口をたたいているお坊ちゃんにスールーは呆れながら、床で這いまわっている少年に近づき、腕を乱暴に引き上げ、別室に引き上げようとする。と、奥の寝室に向かっていたソールが立ち止まり、さもいいことを思いついたと言うふうに、唇を歪めた。
「そうだ、そいつも連れて来い。そいつの目の前で、私がユイファを抱くところを見せつけてやる!」
「なっ!」
あまりの言い草に、ユイファが言葉もなく息を詰める。
「じじいのくせに盛ってる姿見せつけるとか、何を自惚れてるの、気持ち悪いよ。だいたい、その年でユイファを満足させてあげられるの? そもそもおっさん、勃つの? うまくいかなかったときに、僕に八つ当たりしないでよね?」
(攫われたことはシウ様の護衛がすぐに気づくはず……)
そもそも、常に屈強の護衛を連れているシウが、あっさり攫われることが不自然なのだが、ユイファは気づかなかった。不安で胸が張り裂けそうになった時、ようやく馬車が止まった。
小突かれるようにして馬車から降ろされたのは、どこか瀟洒な、金持ちの別荘のような建物だった。庭を乱暴に引っ立てられ、離れにある部屋に押し込まれる。蝋燭の小さな灯だけが灯る部屋は、奥の寝室に繋がっており、主人の部屋のようだった。
「逃げようったって無駄だぞ。……観念して静かにしてろ」
猿轡だけを外されて磚敷きの部屋に投げ出される。乱暴に扉が閉められ、外から鍵を閉められた。
「シウ様!」
ユイファが後ろ手に縛られたまま、泣きながらシウに縋りつくのを、シウが身体で受け止める。年下の弟のようだと思っていたが、身長も体格もシウの方が大きく、意外とガッシリとした身体つきをしていた。
「大丈夫だよ、僕がいる。可哀想に、泣かないで……」
ユイファの涙で濡れた頬を、シウが顔を近づけて唇で触れる。そのまま唇は目尻から頬を滑り、首筋に落ちてユイファの肩口に頭をもたせかける。
「心配ない。僕の護衛が、すぐに僕たちを見つけるよ」
囁くような声で言われ、ユイファは頷く。
「どうしてこんな……いったい誰が……」
ユイファが泣きながら呟くと、シウは顔をユイファの首筋から離して、暗がりの中で周囲を見回す。
「こんな成金風の家を建てるような人間で、僕たちを攫う理由のあるの、君はもしかして思いつかない? 僕はそいつの顔は見たことはないけれど」
「……まさか……!」
ユイファがとある人物に思い当たり、だが信じられないと首を振ったとき、廊下を数人の足音がして部屋の鍵を開け、ユイファが思い描いた人物が入ってきた。
「……ソールの……小父様……?」
ソールはスールーと、実行犯の破落戸二人を伴い、燭台を持って部屋に入ってくると、まず部屋の大きなぼんぼりに火を入れた。
部屋全体がうっすらと明るくなる。磚敷きの床の上で寄り添いあって座っている二人を、ソールは憎々し気に見下ろした。
「……小父様?……いったい、どういうことなんです?」
「ユイファ、残念だよ。こんな手段はできれば取りたくはなかった」
ソールがやや眉を顰め、沈鬱そうに言う。いかにも不本意といった表情ではあるが、それをシウが若い声で一蹴した。
「なにそれ、誘拐しておいて、何言ってんの、このおっさん」
「うるさい、黙れ! お前が、ユイファに援助したという、貴族の坊主か! まだ子供のくせに、生意気な!」
「残念だったね、あと、ちょっとってところで邪魔が入って。でも、金はあんたのところにだけあるわけじゃないから。……僕のところには、金だけじゃなくて、身分も、権力もあるんだよ」
シウが場違いなほど平静な声で言うと、ソールは一気に怒りがこみ上げたのか、カッとなってシウの腹を革ブーツで思いっきり蹴り上げ、ユイファが悲鳴を上げる。
「きゃあ!」
「ぐっ、げほっげほっ」
蹴り上げられて床に倒れたシウが咳き込み、なおもソールがシウを踏みつけようとするのを、ユイファがシウの上に身を投げ出して守ろうとする。
「やめてっ! 何をするの?」
他の男をその身を挺して守ろうとするユイファを見て、ソールのシウに対する憎しみはいっそう煽りたてられた。
「ちょっとばかし綺麗な顔に騙されてこんな若造に……私はお前のことだけをずっと大切にしてきたのに!」
「何をわけのわからないことを! あなたはお父様のお友達で……」
「ソールさん、その男のことはこちらに任してくださいよ。あんたはほら、花嫁との大事な初夜を控えているんだから」
スールーが退廃的な美貌に皮肉な笑みを浮かべ、ソールの暴走を止める。その言葉にユイファが硬直した。
「……花嫁……?」
「そうさ、あんたは今夜、私の花嫁になるんだ。一生、大切にする。絶対に苦労はさせないから、な」
「何を言っているの? わたしは……」
ユイファが身を捩って逃げようとするのを、ソールの手が腕を掴み、無理やり奥の寝室に引きずり込もうとする。
「嫌! やめて! 離して! シウ様っ!」
「ユイファにさわるなよ。一生ったってせいぜいあと十年ぐらいだろうに。じじいのくせに、無理をすると腰を痛めるよ」
この期に及んでも軽口をたたいているお坊ちゃんにスールーは呆れながら、床で這いまわっている少年に近づき、腕を乱暴に引き上げ、別室に引き上げようとする。と、奥の寝室に向かっていたソールが立ち止まり、さもいいことを思いついたと言うふうに、唇を歪めた。
「そうだ、そいつも連れて来い。そいつの目の前で、私がユイファを抱くところを見せつけてやる!」
「なっ!」
あまりの言い草に、ユイファが言葉もなく息を詰める。
「じじいのくせに盛ってる姿見せつけるとか、何を自惚れてるの、気持ち悪いよ。だいたい、その年でユイファを満足させてあげられるの? そもそもおっさん、勃つの? うまくいかなかったときに、僕に八つ当たりしないでよね?」
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