【R18】渾沌の七竅

無憂

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五竅

38、三人の貴公子

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 帝都の社交界で三人の貴公子のことが噂になるのに、時間はかからなかった。自ら噂になるように仕向けているのだから、当たり前だ。
 いずれもまだ少年と言ってもいいほど若く、並々でない家柄と思われる高貴な雰囲気に、仮面をつけていてもわかる類まれな美貌。さらに、若いのに似ず素晴らしく性技に長けていて、一夜を共にした女は皆、彼らとの甘い夜が忘れられなくなるという。

「何でも、皇子様がたのどなたかじゃないかって、もっぱらの噂ですわ」

 ヤスミンがその噂を聞いたのは、アイシャと出かけたリーフ家でのお茶会の席であった。

(三人の皇子様って……)

 ヤスミンが眉を顰めてちらりとアイシャの方を見ると、アイシャも意味ありげにヤスミンを見た。

「まあ、それは気になるわ。いったい、どんな方たちですの?」

 アイシャが妖艶な微笑みを浮かべながら、お茶を注いでくれたリーフ家の令嬢に尋ねる。

「何でも……一人は常に黒い仮面をつけていて、背が高くて逞しい身体つき、少し乱暴な言葉遣いだけど下品ではなくて、とにかく男らしい方で、〈黒の君〉と呼ばれていらっしゃるそうよ」
「〈黒の君〉……」

 ヤスミンが紅茶に砂糖を入れて銀の匙でかき混ぜながら呟く。

「もう一人は、いつも白い仮面に少し茶色っぽい髪をしていらして、遊び慣れた感じで場もちがよくて、どんな女でも楽しくなってしまうんだそうですの。その方は〈白の君〉と呼ばれていらっしゃるそうよ」
「〈白の君〉……」

 ヤスミンは話題豊富で場持たせが最高に上手かったダヤン皇子を思い出す。

「そして何より、断然人気は〈銀の君〉でいらっしゃいますわ! いつも銀色の仮面をつけていらっしゃるけれど、仮面をしていても隠しようのない美貌で、どんな女性も一目で虜になってしまわれるんだそうですわ。しかも物腰穏やかで紳士的で、そのくせ……」

 そこで令嬢は周りを見回し、ヤスミンとアイシャの耳元に口を寄せるようにして、小声で囁いた。

「夜の方はとっても情熱的で、一度寝たら忘れられないんですって!」
「まあっ」
 
 ヤスミンはあまりのことに首筋から耳まで真っ赤になってしまう。
 しかしそんなことよりも、その三人の特徴は恭親王と廉郡王とダヤン皇子の三人組にそっくりだ。

 ヤスミンの離婚はまだ成立せず、相変わらず叔父のゲルの邸に居候している。ゲルは恭親王の副傅で、ヤスミンのことを心配した恭親王らは、時々邸に遊びにきては、舟遊びやら観劇やらに誘い出してくれる。もちろん、常識的なお付き合いで、いつも叔母かゲルが一緒だ。

 それでも一時期、ヤスミンのことを三皇子の誰かが気に入って側室にするのではないか、という噂が流れて、ソルバン家の方から問い合わせが来たことがある。
 そんな予定はないのだが、交渉役のアイシャの夫で廉郡王の侍従文官であるゲルフィンが、その噂も利用して皇家の威光を十分にちらつかせたおかげで、頑なだったソルバン家も軟化しつつある。
 ヤスミンとしてはあの家を出られればそれ以上は望むつもりもないが、将来のことを考えれば、どちらに落ち度があったのか、きちんと言質を取っておくべきだと、ゲルフィンは冷徹に言い放ってギリギリ締め上げているのだ。

 出会いの場所は火遊びの会だったけれど、ヤスミンと三皇子には甘い雰囲気は何もない。どちらかと言うと、やんちゃな弟か、親戚の従弟たちでも相手にしているような気分だ。三人とも、ヤスミンをお姫様のように大事に扱ってくれ、そのおかげか、出戻りで離婚調停中という身でありながら、ヤスミンは社交界で肩身の狭い思いをせずに済んだ。
 
 だから、最近、社交界で話題の三人の貴公子の特徴が彼らに丸被りなことに、ヤスミンは驚く。
 あの火遊びの会での時も、結局、三人はどんな女とも関わらず、ヤスミンを送って早々に会場を出たのだ。首を傾げているヤスミンをそのままに、アイシャがさらに令嬢を問い詰める。

「あなたは実際にお見かけしたことがおありになるの?」
「いいええ! 何でも、人妻たちが一夜の恋を探すような集まりによくいらっしゃるそうで、いくら何でもそんな場所には……」

 桔梗の絵のついた扇子で顔を隠しながら、令嬢が言う。

「でも、一度でいいから、そんな美しい貴公子と愛を語らってみたいなんて、思ってしまいますの。……わたくしも来年には親の決めた許嫁に嫁ぎますし……せめて一生に一度は身を焦がすような恋がしてみたくて……」

 愛されぬ結婚がどれほど不幸であるか、ヤスミンは身を以て知っているだけに、令嬢の言葉にも共感できるのだが、ヤスミンの知る彼ら三皇子は非常に紳士的だ。彼らが女漁りに精を出しているとは、全く信じられなかった。だが特徴はドンピシャリだ。

「……それは、本当に皇子様なんですの?」

 ヤスミンが令嬢に尋ねる。

「本名はもちろんお名乗りにはなりませんし、一夜を共にした方がお顔は拝見して……皇子様だと……」
「どの皇子様ですの?」

 アイシャの質問に、令嬢が意味ありげに微笑んで、ちらりとヤスミンを見た。
 
「ヤスミン様ならご存知かもしれませんわね、一時期噂になりましたし……」
「えええっ!で、でも、あの方たちはまだ……」
 
 恭親王たちなら、色事で名を成すには若すぎる。

「でも、皇子様がたは皆さま、早熟でいらっしゃるとか。恭親王殿下は近々にもマナシル家のご令嬢と正式にご婚約が調うとか、噂もありますわ。結婚前に羽目を外していらっしゃるのかも、しれませんわね」
 
 恭親王は近々婚約を発表するというのは、叔父のゲルから内々のこととして聞いていた。そして皇子が、その縁談に全く乗り気でないということも。
 恭親王と行動を共にするのは、同じ年の廉郡王とダヤン皇子に違いないと、帝都で少し皇族の事情に詳しければ、すぐにわかる。
 つまり、恭親王ら三皇子が夜ごとに浮名を流しているのは、もうバレているということなのだ。

 ヤスミンとアイシャは顔を見合わせた。ヤスミンの叔父が恭親王の副傅で、アイシャの夫ゲルフィンは廉郡王の侍従文官である。皇子の乱行が過ぎれば、彼らが皇帝より咎められるかもしれない。

「……大姐ダーチエ、これ、まずいわよね?」

 お茶会からの帰りの馬車の中で、ヤスミンがアイシャに尋ねると、アイシャが答える。

「まあ、我が家的には、そうね。どうりで最近、やけに夫が家にいることが多いと思ったけれど、殿下が遊び歩いているおかげで、あの人の仕事がないからなのね」
 
 夜遊びするのに堅物のゲルフィンは邪魔、ということなのだろう。

「旦那さんはご存知なの?」
「廉郡王殿下には、何を言っても聞きやしないって愚痴っていたけどね」

 ゲルフィンは奔放な廉郡王にほとほと手を焼いているらしいのだ。

「でも……廉郡王殿下はともかく、恭親王殿下はとっても真面目な性格だって、以前聞いたのだけれど……。前に火遊びの会に行ったのも、他の皇子につき合わされたのだとばかり思っていたわ」

 確かに、ヤスミンの知る恭親王はとても真面目で大人しく、いつもゲルから難しそうな本を借りている。やはりどう考えても、あの皇子と〈銀の君〉なる浮気な貴公子が同一人物とはヤスミンには思えなかった。
 
「叔父様はご存知なのかしら……」

 ヤスミンは馬車の窓から見える夕焼け空を眺めながら呟く。なぜだか、心がざわついていた。
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