【R18】渾沌の七竅

無憂

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五竅

37、漁色

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 しかし、離宮行幸から帰っても、レイナ――槐花エンジュを側室に上げる手続きは進まなかった。
 他ならぬ、皇帝がそれに裁可を与えなかったからである。

「側室の件は、正式な婚約がなってより後にせよ」

 どうやら、噂を聞いたマナシル家側が側室を置くのを止めようと、圧力をかけたらしい。側室を娶るならばせめて婚約の発表後に、というのがマナシル家の意向であった。
 もとより、ユリア姫と結婚するつもりなどない恭親王は露骨に反発した。

「すでに側室がいるような男には娘をやれぬというなら、とっとと婚約も白紙撤回すればいいものを」

 イライラと扇を鳴らしながら部屋の中を歩き回る恭親王を、ゲルが咎める。

「タイミング的に些か、あちらのプライドを刺激したようなのです。少し時期が悪くて……」
「側室一人ぐらいでガタガタ言いやがって、僕がゾラやダヤンくらいの遊び人だったいったい何を言われるか……」

 恭親王はふと持っていた扇をぱちりと閉じ、ぽんと掌を叩いた。

「なんてことだ! どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ!」
「殿下?」
「側室一人ぐらいで文句言っているような家なら、女遊びしまくるような婿はお断りだろう、よし決めた!これからあっちが婚約破棄をしてくれるまで、女遊びの無期限耐久レースだ!」
 
 さも名案だと言わんばかりに黒曜石の瞳を煌めかせ、興奮に頬を染めて叫ぶ恭親王に、ゲルはぎょっと目を見開く。

「殿下?! だめですよ、そんな……」

 傅役の止めるのも聞かず、恭親王は手を叩いてメイローズを呼んだ。

「メイローズ! これからグインとダヤンの邸に行くぞ! 一週間くらい泊まり込むから、女遊びに向いた派手でチャラチャラした服を行李に詰めてくれ!」
「殿下、ご冗談を!」
「僕は本気だ。母上が何か言って来たら、女漁りに忙しいから会いに行けないと言っておいて。それからレイナ……槐花のことだが、僕が留守の間、他の秀女に虐められないように、お前がちゃんと監視しておけよ!」
「「殿下!!」」

 ゲルは茫然と天井を仰ぎ、メイローズは頭痛を堪えるようにこめかみを抑えるなか、恭親王は意気揚々とグインを誘い、ダヤンの邸へと向かうのであった。



 
「で、何で俺が奥様マダムの火遊び会につき合わされてんだよ?!」

 黒い仮面を付け、鳥の羽のついた大きな帽子をかぶった廉郡王が毒づく。

「いいじゃないか、友達だろ?」
「俺はババアに興味ねぇって言ってるだろ?」
「若いのも結構いるってことが、この前わかったじゃん。ヤスミンとか、ゲルフィンの奥さんとかさ」
 
 銀色の仮面をつけ、普段とは違う風に黒髪を固めた恭親王が肩を竦める。

「ゲルフィンの女房とヤっちまってた日には命がなかったぞ。心臓に悪すぎる」

 グインが恐ろし気に首を振る。結局、あの後あの夫婦がどうなったかは、よくわからない。トルフィンによれば、まだ離婚はしていないらしい。

「でも、ユエリンは女遊びしまくってる、って噂を流したいんだろ? 仮面被ってたらだめじゃん」

 白い仮面のダヤンの発言に、恭親王は唇を尖らす。
 
「しょうがないじゃん、仮面つけてないと中に入れてくれないんだから」
「こないだゲルフィンはすっぴんだったじゃん」
「あれはやっぱり、片眼鏡モノクルつけた仮装だと思われたっぽいね」
「普段着が仮装に勘違いされるとか、ゲルフィンどんだけ~」

 三人は会場になっている貴族の邸を、連れ立って歩く。その背後を、護衛の三人がついていくる。ちなみに今日は仮装パーティーではなく、仮面をつけての詩の朗読会で、後で意中の相手に自作の詩を贈って口説くのだと言う。だから皆仮面だけをつけ、服装はありふれたものを着ているというわけだ。

「詩とかめんどくせえ!」
「僕も苦手だ。韻の踏み方が謎過ぎる」

 勉強も運動も得意な恭親王だが、芸術的センスだけは壊滅的だった。

「詩の朗読中に居眠りすんなよ?」

 ダヤンに釘をさされ、廉郡王と恭親王はお互い顔を見合わせて肩を竦める。
 朗読会の開かれるその家の大広間には、もう大勢の人があつまっていた。

「若いのいそうか?」

 廉郡王が恭親王に問いかけるのを、恭親王はゾラに注目していた。

「ゾラの後を着いて回ればいいよ。不思議な嗅覚で、ヤれそうな女を見つけるのがうまいんだ」
「ちょ、なんすかそれは!」

 ゾラにしてみれば、ヤれそうな女を口説き落としても、後から美貌の恭親王が出てくれば、まず間違いなくトンビに油揚げを攫われるに決まっている。

「違うよ、ナンパの極意をご教授願おうと思ってるんじゃないか」
「しゃーねえっすねぇ」

 ゾラが短く刈り込んだ頭を掻きながら言う。

「まず、ナンパは引き際が肝心っす。地雷女だと感じたら、迷わず引くっスよ。あとあと大変なことになったら、親兄弟にも迷惑がかかるっすからね」
「ゾラがそんな殊勝なことを考えていたなんて……」

 恭親王は従者の意外な一面に驚く。

「で、あとは、まず一人に絞るっすよ。三人組のうちのどれか、なんてんじゃ、だめっす。三人組の、あの子、って狙いを絞っていくっす。そうしないと、三人ともに逃げられるっすよ。俺の経験から言って、間違いないっす」
「二兎を追う者は一兎をも得ず、ってやつか」

 廉郡王も何のかのと言って、ふむふむと話を聞いている。

「それから、逃げられても深追いは厳禁っす。縁がなかったってことで、とっとと別口を探すのがマナーっすよ。しつこいのは嫌われるっすよ。ターゲットを見つけたら、最初はさりげなく近くの席に座って、チャンスを待つっす」

 しかし、レクチャーしながらも、おそらくそんな知識は不要であろうとゾラは考えていた。仮面で顔を隠していても、この三人の――とりわけ恭親王の――内から滲み出る高貴さと美しさは隠しようがない。仮面で隠していても、どっからどう見ても、三人とも相当な美少年だからだ。
 すでに会場の女たちは意味ありげに彼ら三人にちらちらと視線を寄こしており、彼らの方からナンパなどしなくても、間違いなく「喰われる」に違いない。

「……あと、嫌な相手の時はうまーく逃げるっすよ。誰かを生贄に、なんてだめっすからね」

 大事な点にはキチンと釘を刺してから、ゾラは自分も狩りに出かけるのであった。
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