【R18】渾沌の七竅

無憂

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五竅

29、秀女・槐花

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 季節は夏、再び離宮行幸の季節となった。
 昨年は成郡王、肅郡王の仲良し四人で行幸に加わったことを思い出すと、友が二人も欠けたことが心に刺さる。体調不良を理由に帝都に残りたいと母の皇后に言うが、大げさに医者を呼ばれたりして厄介なだけであった。

「気鬱がひどくなっているようです。帝都を離れたり、気晴らしされるのがよろしい」

 むしろ離宮行幸に行くのがよいとまで言われてしまい、恭親王の逃げ道は塞がれた。
 伴う秀女をどうするかと問われ、恭親王は迷うことなく槐花エンジュを選んだ。紫薇シビは宮下がりを願い出たため、すでにそれを許し、恭親王の宮にはいなかった。あと一人をどうするかと考えたが決めてがなく、結局、恭親王は槐花一人だけを伴うと決めた。

 その決定を聞いたメイローズは驚く。
 肅郡王の秀女だった槐花に、恭親王はいまだ指一本触れていないからである。

「その……槐花殿は……」

 メイローズが言いさすのを、恭親王は意にも介さずに言う。

「紫薇は僕に触れられないことが不満で宮を出て行った。槐花はそれについて不満を零さないから、今のままでいいんだろう。昨年、槐花とは離宮で流星群を見に行って出会った。今年もう一度流星群を一緒に見て、マルインのことも含めて彼女と話そう思う。彼女と今後どうするかは、それで決める」

 肅郡王を守りきれなかった悔恨について、けりをつける覚悟を決めたらしい。

「ですが他の者は……」
「僕が槐花に触れていないことで、彼女が他の者たちから軽んじられているのは薄々知っている。また昨年のように、彼女を秀女仲間の虐めに遭わせるわけにはいかない」

 きっぱりとした恭親王の言葉に、メイローズは引き下がる。

「わかりました。ですが……傍から見れば槐花殿は一番の寵姫ということになりましょうな?」
「周囲が誤解するならさせておけばいい。正直、どうでもいい」

 恭親王はこの話はここまで、とでも言うように、立ち上がると口笛を吹いてエールライヒを呼び、指に止まらせてその黒い羽根を撫でてやった。



 
 メイローズよりその決定を知らされた時、秀女たちの部屋は恐慌に襲われた。

「どういうことですの?」

 最も年上の二十歳のスミレは、意味が分からないという表情で聞き返した。

「簡単なことです。ホラン離宮へお伴いになる秀女は、槐花殿お一人のみ。殿下のご決定でございます」

 メイローズの冷淡な言葉に、他の二人の秀女である薔薇ソウビ春蘭シュンランも一斉に反論した。

「ですが……規定では秀女は二人まで、伴うことができるはずです」
「だいたい槐花は殿下のお情けをまだ頂戴していないと聞いておりますわ」

 当の槐花自身、信じられないという表情でメイローズの顔を穴が開くほど見つめていた。

「間違いなく、殿下ご自身のご決定でございます。それから……殿下は宮の内での秀女内の諍いや嫌がらせなどを大層忌まれています。槐花殿をどのようにご寵愛なさるかは全て、殿下の思し召しのまま。ご寵愛の仕方が他と異なることがあっても、見下したり蔑むことは一切お許しにならないと仰せになられた」

 槐花は驚く。
 寝室に伺候しても、恭親王は彼女には指一本触れていないことは、数度のお召の後にはすぐに他の秀女に知れた。髪も化粧も、夜着さえも全く乱れていないし、情交の匂いもしない。寝台の上で並んで横になって、天蓋の螺鈿の天文図を二人で眺め、とりとめのない話をするだけの仲。正直、槐花自身、理解できずに戸惑っていた。
 数か月それが続く中で、朋輩の紫薇シビは周囲の視線にいたたまれなくなって、自ら宮下がりを申し出、鴛鴦宮を去った。
 槐花は、自分も恭親王には求められていないのだろうかと悩んだ。だが紫薇が宮を去った夜、恭親王は寝台の上でやはり天井の螺鈿の星空を眺めながら、言った。

『お前のことはマルインから頼まれている。紫薇のことは書いていなかったから迷ったけれど、お前だけ宮に入れるのは不自然だと思い二人とも入れた。……マルインはお前のことを本当に愛しているから、自分の死後、僕かアイリンに託したんだ。アイリンもあんなことになったので、僕はお前のことは最後まで面倒を見るつもりでいる。もっと早く伝えたかったけれど、何も書かれていなかった紫薇が気の毒だと思ったので、今まで言えなかった』

 槐花は思いもよらぬその言葉に息が止まるほど驚いた。

『では、わたくしのことは肅郡王殿下の御遺言なので、仕方なくお側に置いておられるのですか?』

 槐花が尋ねると、恭親王は真っ直ぐ天井の天文図を見つめ、槐花の方は見ないで言った。

『仕方なくと言えば、お前だけじゃなくて全員そうだ。はっきり言えば全員、僕は好きじゃないから。でもお前は特別な理由があると言っているだけだ』

 槐花は、これまで疑問に思いながらも聞けなかったことを聞いた。

『でも、わたくしと紫薇はお抱きにならないのは、やはり遺言で仕方なく置いているからなのですか?』
『……正直に言えば、紫薇はどうでもよかったんだけれど、お前はマルインが特に愛した女だから、手を出す気にならない』

 はっきり言われて、槐花はぐっと詰まった。

『わたくしはお気に召しませんか?』
『そういうことじゃなくて……僕は、どの女も好きじゃないけれど、皆が抱けと言うから抱いてきた。特に好きじゃないからどうでもよかった。でも……マルインはお前のことが本当に好きだと言っていた。だから、マルインが心底愛した女を、特に愛してもいない僕が抱いていいんだろうかって思ったんだ』

 槐花は目を瞠って、薄暗い灯りの中で恭親王の美しい横顔を見つめた。だが、恭親王はそれ以上は何も言わず、ずっと天井の天文図を見つめ――やがて、恭親王の規則正しい寝息を聞こえてきた。

 その夜から、二月程経っている。恭親王は相変わらず、自分を抱いていない。
 それにもかかわらず、離宮には自分一人だけを伴うと言う。

 皇帝の離宮行幸は生き帰りの日程も含めれば、七月から八月の約二か月。それに同行を許されるか否かが、皇子の寵愛の度合いを測る一種のバロメーターである。離宮行を許されなかった秀女は大抵、秋以降の宮下がりを考える。逆に、同行を許された秀女は、皇子の寵愛を確固たるものとするために、離宮でさらなる恋の駆け引きに励むのである。

 離宮へ一人の秀女しか伴わないというのは、皇子がその秀女を特別な寵姫だと表明するに等しい。

(何を考えていらっしゃるのか――)

 槐花は、理解できない主の決定に、途方に暮れた。メイローズが釘を刺したけれど、陰に日向に、朋輩の秀女たちの嫉妬と嫌がらせは激しくなるに決まっている。
 槐花は、他の秀女に聞かれないように、そっと溜息をついた。
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