【R18】渾沌の七竅

無憂

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五竅

14、戦神降臨

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(光――夜明け――太陽――)

 ふいに、かつて聖地でゴル爺に聞いた話が脳裏に蘇える。

『聖別された武器に、〈陽〉の力を込めるんだ。太陽の光にかざし、『聖典』の祈りを唱える。〈光よ、地に満ちよ。聖なる力よ、わが身に満ちよ〉。武器の力と一体になって、斬れば、斬れる』

 恭親王の佩剣は、太陽神殿の匠が鍛え、神官長が聖別を加えた剣のはずだ。
 恭親王は静かに腰の佩剣を抜くと、それを夜明けの太陽の光にかざした。以前、聖地で師のジュルチに聞いた教えを思い出す。心を無にし、〈陽〉の力をその身に集める。自分の身体に、陽の〈王気〉を巡らせる。細身の剣が太陽の光を浴び、金色に輝いた。

 恭親王は剣を顔の正面に構え、『聖典』の祈りを唱える。

「〈光よ、地に満ちよ。聖なる力よ、わが身に満ちよ〉。天と陰陽よ、太陽の龍騎士の子孫たる我に力を貸し給え。汝らの栄光のために、これなる陰陽の歪みたる魔物を討伐させ給えよ」

 恭親王の構えた剣が、日の光だけでない、異様な輝きに包まれる。恭親王の体内で疼いていたボルゴールの魔力の残滓が、〈陽〉の気によって浄化されていくのがわかる。
 恐怖心が、消えた。

「殿下――?」
「ユエリン? 何をする気だ――?」
「殿下、お早く!」

 デュクトが恭親王の前に馬を立て、剣を抜いて構える。そこに辮髪をなびかせ、鬼神のような形相で駆けこんでくる裸馬に乗ったボルゴール。

「デュクト、そこをどけ、その魔物を斬る!」
「無理です、お逃げください!」
「大丈夫だ、斬れる! 僕を信じてどけっ!」
「そんなことできるわけありません!」

 挑みかかってきたボルゴールの凄まじい一撃、何とか打ち合わせたデュクトはさすがの技量ではあった。だが――。貴種のかなり強い魔力を持つデュクトとはいえ、所詮、魔物の憑依したボルゴールの剛力には敵わない。剣を弾き飛ばされ、返す刀で袈裟懸けに切り捨てられる。

「デュクト――!」

 目の前で鮮血をまき散らして頽れる正傅を前に、だが、恭親王の集中は途切れなかった。
 光を纏った剣を正眼に構え、もう一度、唱える。

「〈聖なる光よ、わが身に満ちよ――〉、ボルゴール、覚悟!」

 その刹那、恭親王の剣だけでなく、その身体全体が金色の光に包まれた。〈王気〉を視る力のある者には、それが一匹の黄金の龍に見えたであろう。

 ボルゴールの振り下ろす渾身の剣をするりと避け、そのまま光輝く剣をボルゴールに振り下ろす。
 ボルゴールの身体を凄まじい光が切り裂いていく。

「ぐわあああああっ」

 耳を塞ぎたくなるような断末魔の叫びをあげて、光の中でボルゴールが弾け飛んだ。その中から陽炎のように巨大な灰色の狼が現れ、一瞬で飛散した。

「ああああああああああっ」
「魔狼……」

 ボルゴールの中に巣食う魔狼を切り捨て、血に濡れた剣を夜明けの光にかざす。
 光を弾く剣が馬上の少年の姿を浮かび上がらせる。
 魔物が抜け落ちたボルゴールの肉体は、そのまま地に崩れ、急速に老いて崩壊していく。

 ユエリン、すげぇ! 魔物を斬った…!」 

 ボルゴールの背後から馬を駆って走り寄ってきた廉郡王が叫ぶ。

「魔狼は討伐された! 魔物を信奉する異教徒どもは皆殺しにしろ!」

 朝日の中、太陽の光を浴びて眩く光る剣をかざし、恭親王が叫ぶ。
 それに呼応して、廉郡王も剣を抜き、頭上にかざす。

「討伐しろ! ベルンの北の蛮族ども、すべて薙ぎ払え!」

 ベルンの北岸で、かつてないほどの殺戮が行われ、残ったベルンチャ族は一掃された。また南岸でも、騎士団長パーヴェルとジームらの率いる二千騎が、二匹の魔物が憑依したヨロ族とマンチュ族の族長を切り捨て、ここにベルンの北に隆盛を極めた遊牧民族は壊滅し、ベルンチャ族、ヨロ族、マンチュ族の戦士は全て地に臥した。立っているのは帝国側の騎士のみ。その中に黒い鷹を肩に止まらせた年若い皇子が抜き身の剣を下げたまま佇む。

 東の帝国第七百三十二代皇帝シェンヤンの治世四十六年正月、ベルン河畔の戦い。
 ――後に、味方からは〈戦神〉と讃えられ、敵からは〈狂王〉と恐れられる恭親王の、初陣であった。
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