【R18】渾沌の七竅

無憂

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五竅

13、ボルゴール

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「こっちへ来い、皇子よ。我が、愛し子よ。そなたは余からは離れられぬ」
「誰が行くか!」
 
 恭親王がもう一度、矢を射ようを構えるが、何故だか手が動かない。

「ほら、いい子だから、こっちに来い。……忘れたのか、毎晩、あれほど可愛がってやったのを」

 その時、恭親王の身体を、ボルゴールに貫かれたときのぞわぞわした感覚が走り抜ける。

「あああっ」

 恭親王の手から弓が落ちる。身体の中を、ボルゴールに侵されるあの忌まわしい感覚が呼び起こされ、その奥からじわじわと快楽が立ち上がってくる。

「くっ……ううっ」

 両腕で身体を抱くようにして、甦るその快感に耐える。

「ユエリン……?」
「ほら、思い出してきたか? そなたの体内には余の魔力を幾度も注いだのだ。ほら、余の側に来い」
「い……いや、だ……」

 額を汗が流れる。身体が疼き、白い喉を仰け反らせる。恭親王の異常に気付いたデュクトが馬を駆って近づき、庇うように前に立つ。

「殿下、しっかりしてください」
「デュクト……」
 
 こんなところで身悶えている場合でないのは、恭親王であってもわかる。
 
「身体がおかしいんだ……言うことを聞かない……」
「大丈夫ですよ、俺が側にいます」

 デュクトが恭親王の頬に手を伸ばし、優しく撫でる。

「ただの暗示に過ぎません。心を強くお持ちください」

 その様子を見ていた廉郡王が、心底気味悪そうに言った。

「ちょ、男同士の三角関係の愛の劇場とか、まじできめぇ! 美形の男と不細工女なら、不細工女一択だろーがよっ!」
「女なら何でもいいとまでは申しませんが、この件に関しましては珍しく廉郡王殿下に同意いたします」

 ゲルフィンが馬を寄せてきて、廉郡王に言った。

「時間を稼いでください。太陽の光がなければ、聖別された武器の力は発揮できないのです」
「月じゃダメなのか?」
「北方の魔物の属性は〈陰〉です。月では効果がないわけではありませんが、あそこまで強い魔物には無理でしょう。先に魔物以外の者たちをできる限り討ち取って、戦況を有利に進める必要があります」

 言いながら、ゲルフィンが飛んできた矢を剣で薙ぎ払い、廉郡王はその間に落とした大剣を拾い上げ、襲いかかってきたベルンチャ族を一騎、馬から叩き落とす。

 デュクトは動けない恭親王を庇いながら射かけられる矢を切り伏せ、恭親王をボルゴールから離そうと試みる。だが、ボルゴールは馬腹を軽く蹴るとひらりと馬を駆り、恭親王へとさらに近づいてきた。

「ほら、何度も言ったはずだ。そなたはもう、余のものだと。大人しくこちらに来い。また可愛がってやるから」

 魁偉な姿に似合わぬ甘い声で恭親王に語りかけると、恭親王の身体が痺れたようになって、息が荒くなる。蛇に睨まれた蛙のように、馬上で硬直して動けない恭親王にボルゴールが近づき、その前にデュクトが立ち塞がるが、ぐらぐらと不安定な主の身体を片手で支えているために、デュクトも身動きが取れなかった。

 ボルゴールが大剣を構えてデュクトにその剣を振り下ろそうとした時、風のように走り出たゾーイがボルゴールの剣を受けて払った。
 
 キーン。

 青白い火花の中で、ゾーイの精悍な顔と口髭に覆われたボルゴールが睨み合う。

「大男、邪魔をするな!」
「殿下を後ろに! 早く!」

 ゾーイが大剣をぐるんと振ってボルゴールに撃ちかかる。ボルゴール自身をこの剣では傷つけられぬことは承知の上で、ゾーイはその剣を狙い、とにかく時を稼ぐのだ。
 その隙にデュクトは恭親王の身体を支え、手綱を取って馬首を巡らし、後方へと導く。

「ゾーイが……」

 荒い息の中で恭親王が部下の身を案じるが、デュクトが冷静に言う。

「今、ここであなたがヤツに囚われれば、全てが瓦解するのです!」
「……わかっている……すまない」
「夜明けまで、あと少し、堪えてください。ボルゴールさえ始末すれば、体内の魔力の残滓も消えるはずです」

 ボルゴールとゾーイの撃ち合いは剣撃の音と火花を上げながら際限なく続いていた。状況は圧倒的にゾーイに不利だ。何しろ、ゾーイの持つ剣ではボルゴールに傷一つ負わせることはできず、また、魔物が憑依したボルゴールは無限の体力を誇っているのだ。さらに、装備も金属の鋲を打った丈夫な革鎧と、鉄の板を縫い込んだ籠手をしたボルゴールと異なり、ゾーイは囚われた時のままの軽装だ。幾度かボルゴールの剣がゾーイを掠り、頬と腕から血を流していた。
 だが、そこへ他のベルンチャ族を討っていたゾラが馬ごとぶつかるように乱入し、打ち下ろされたボルゴールの剛剣をかすめるように弾きあげる。

「ゾーイの兄貴、交代だぜ!」

 精悍な顔に不敵な笑みを浮かべ、ゾラが言うのに、すでに息を荒げたゾーイが言う。

「お前では無理だ!」
「無理が通れば道理引っ込むって言うじゃん!」
「その言葉、今、ここで使うのは不適格だ!」

 ゾラが風のような変幻の剣技で、ボルゴールを翻弄する。大男でも怪力でもないゾラの真骨頂はその身軽さと、常識はずれの素早さだ。右に左に剣を振るい、上と見せかけて下から掬い上げ、さんざんに煽ってボルゴールの黄金の兜をひっかけて弾き飛ばす。月光の下に晒された、北方民族特有の前頭部を剃り上げ、後頭部の髪を長く編み込んだ辮髪べんぱつに対して、

「おっ、その髪型いいっすね、ハゲがばれなくて」

と挑発したりと、もう滅茶苦茶である。

「口の軽い小童が! 遊びはもう終わりだ!」

 凄まじい勢いで振り下ろされるボルゴールの剛剣を、咄嗟にまともに受けたゾラの剣が折れる。

「うひゃあ!」

 ゾラはここまで、と誰もが思う。だが、ゾラはどこまでも常識を弁えない男であった。折れた剣の柄をボルゴールの顔面に向けて投げつけると、むしろボルゴールに向かって馬を駆り、身体を竦めるようにしてその脇を通り過ぎて背後に回り、なんとボルゴールの編まれた長い髪を力任せに引っ張ったのだ。

「何をする! 無礼者が!」

 動きを封じられたボルゴールが喚くところへ、しばらく休んで体力を回復したゾーイが走り込み、その乗馬の首を大剣で落とす。ボルゴールと言えども乗馬が倒れれば、その場でもんどりうって落馬せざるを得ない。地に叩きつけられたボルゴールに、本来であれば大剣を打ち下ろして終わりだ。だが、ゾーイの剣は普通の剣で聖別されたものではない。そのことが一瞬の迷いとなってゾーイの剣を躊躇わせた。

 その時、地面に落ちたはずのボルゴールが信じられない素早さで立ち上がり、ゾーイの乗馬に体当たりをかます。ゾーイの愛馬が驚いて後ろ脚立ちになる。必死に馬を静める隙に、ボルゴールは下から剣を振るってゾーイの乗馬の腹帯を切る。そうなるとゾーイは鞍ごと馬の背から滑り落ちてしまう。

「ゾーイ!」

 遠くでそれを見ていた恭親王が咄嗟に叫び、デュクトから奪った弓で矢を射てボルゴールを狙う。
 ボルゴールは恭親王の居場所を掴むと、ゾーイを振り落とした裸馬に飛び乗り、あぶみもないそれを両脚で制御しながら恭親王の方に駆けはじめた。

「しまった! おっさん、強すぎっ!」

 慌ててゾラが後を追うが、ボルゴールの鬼気迫る様相に周囲はただ呑まれて見守るのみだ。

「殿下を守れ!」

 落馬したゾーイが地面の上で身を起こし、必死に叫ぶ。

「殿下、お下がりください!」

 デュクトが促すが、迫って来るボルゴールの姿に、恭親王は全身の血が恐怖に沸騰して動くこともできずに馬上で身を縮める。

(怖い――!でも――)

 その時、東の空から太陽の最初の光が大地に射した。
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