【R18】渾沌の七竅

無憂

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四竅

40、海東青

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 その夜以来、恭親王は毎晩のようにボルゴールの天幕に呼び出され、野卑た獣のような身体に夜通し貪り尽くされる日が続く。その間、皇子の天幕に遺された成郡王と肅郡王は、警備を命じられた皇宮騎士団の聖騎士たちに守られ、二人身を寄せ合って震えて過ごした。また別の天幕に押し込まれた従者たちは、身を引き裂かれるような苦悩に苛まれながら、なすすべなく朝を迎えるしかなかった。ことにデュクトの懊悩は凄まじく、ひたすら頭を抱え込んで、大切なものを犯され凌辱される苦しみに耐えていた。

 デュクトにとって恭親王は掌中の珠だ。滑らかな真珠のような肌を、獣のような手が撫でまわし、汚らしい髭に覆われた唇が這いまわるのかと考えるだけで、全身の血が沸騰し、はらわたから腐っていくような嫉妬と怒りに駆られる。いっそ自暴自棄になって主が犯されている天幕に突入し、主を犯す男と刺し違えてやりたいのに、絶対に暴挙はならないと、主に重ねて命じられ、羽根をもがれた鳥の如く地を這いまわるしかない。

 ゾーイは何かを振り払うように黙々と剣を磨き、さすがのゾラもいつもの軽口を叩く余裕もなく、兄貴分のゾーイを見習って剣の手入れに精を出した。そのうちに、ゾラは自身の特技を生かし、野営地の女どもを言葉巧みに誑かして、様々な情報を入手してくるようになった。トルフィンもまた、気さくで警戒心を起こさせない外見を利用し、野営地の年少の兵士たちと気軽に口をきいて、情報収集に努めた。
 せめてできることだけでもやらなければ、とても生きていける気分ではなかった。

 朝、ほとんど気を失ったようになってボルゴールの天幕から運ばれてくる恭親王の身体を、デュクトとゲルで清め、傷がないか確かめる。白い肌に無数に散った情交の痕跡を、デュクトは正視することができない。目を背け、憎しみと嫉妬にかられてぶるぶると震えるデュクトを、成郡王と肅郡王は複雑な心境で眺める。皇子が異民族の王に凌辱されている状況も異常ではあるが、皇子に対する劣情と嫉妬を隠そうとしない傅役もまた、異常だと思うからだ。ゲルの手で膏薬を塗られた恭親王は、それから二人の皇子と寄り添うようにして二時間ほど眠る。
 実際に凌辱されている恭親王よりも、その間天幕で震えて待っている他の二皇子の方が大きな精神的ショックを受けているようで、朝の数時間、三人でぴったりくっついて眠る間だけが、彼らの心を保つよすがとなっていた。

 二皇子や従者たちの憔悴ぶりに比べ、恭親王自身は驚くほど淡々としていた。理不尽な目に合うのは慣れたもの、ということなのか、繊細な外見と裏腹に、鋼のような強靭な心を持っているのだろうか、耐えられまいと思うような凌辱をも飄々と受け流し、真っ直ぐに前を見つめている。副傅のゲルの気遣うような視線に対し、恭親王はあっさりと言い切った。

「大丈夫。強がりじゃなくて、たいしたことじゃない。これでお前たちの命が買えるのなら、安いものだ。……恩に着る必要はないぞ。ここから逃げる時に、お前たちがいないと困るからだ。お前たちのためじゃない、あくまで、僕がここから逃げるためだ」

 体がなまるから、と朝食後はゾーイとゾラを相手に剣の鍛錬を欠かさず、時間があれば成郡王や肅郡王と護衛たちを連れて野営地を見て回った。どうせ脱出などできないとわかっているのか、ボルゴールは恭親王らが野営地内を自由に歩くことを許可し、武器の携帯も認めている。恭親王は見張りの兵士たちにも自ら話しかけて彼らの生活や習慣などを聞き出し、二日目には少年兵たちとすっかり仲良くなってしまう。恭親王の興味を引いたのは、馬に乗ったまま弓を射る彼らの技術と、彼らが飼う鷹狩用の鷹、海東青だった。

 その真っ黒で小ぶりな鷹にすっかり魅了された恭親王は、その鷹を譲ってもらえないかと鷹匠に持ち掛けたが、海東青は王の一族に献上される特別な鷹なのだと言う。どうしても欲しくなった恭親王は、その夜、ボルゴールに初めて褥の中で頼みごとをした。

「海東青?」

 古傷が縦横に走る鋼のような肉体の上に、恭親王の白く細い身体を乗せて、ボルゴールが聞き返す。

「そう。あの鷹」
「欲しいのか?」
「欲しい。ねえ、いいでしょう?」

 ボルゴールの逞しい胸に腕を乗せ、首を傾げて頬を肩口に預けるようにして、媚びを含んだ潤んだ瞳で見上げる。

「あれは特別な鷹じゃが……」

 ボルゴールは節くれだった指で恭親王の繊細な頤を持ち上げ、その美しい顔を正面に向ける。

「そなたの頼みとあれば、聞かぬわけにはいかぬな……」
「本当?……あと、僕ね、騎射も習いたいな。毎日することがなくて退屈だし。……僕、弓と馬が苦手なんだよ」
「退屈?余がこうして可愛がってやるのでは足りぬか?」
「昼間はあんたも忙しいじゃないか。……それでなくとも、デュクトもゾーイもいらいらしてるからね。僕があんたと寝てるのが、気に入らないんだよ。少しは発散させないと。心配しなくても、あんたたちの監視を巻いて逃げられるほど、僕たちは馬の扱いが上手じゃないからさ」
「ふうんむ……まあ、よいか。この白い真珠のような肌を傷つけぬようにするのだぞ」

 こうして高貴な囚われ人恭親王らは、広い空の下で馬を駆る許可を得、熟練の兵士から騎射の技を学ぶ機会を得た。肅郡王や成郡王も、新たに騎射を習うことで馬術の腕を磨くことができ、気晴らしにもなった。これにはトルフィンも参加して、四人は競って腕を磨いた。

 そして、どこへ行くにも恭親王はボルゴールから贈られた選りすぐりの美しい海東青をその腕に止まらせ、海東青を天高く飛ばしてやる。

「エールライヒ――! そうだ、いい子だ」

 龍騎士を月の精ディアーヌの元に導いた天使の名を付けられた海東青は、恭親王の腕に戻ると、主人より手ずから餌をもらい、気持ちよさげ頭を撫でてもらっている。三人の皇子たちはすぐさま、その美しい鷹に夢中になった。交代で鷹を腕に止まらせて得意げな姿は、新しい玩具に夢中になる無邪気な少年たちそのままで、ゾーイは異常な状況の中で、新しい環境を柔軟に受け入れていく主の精神の強靭さに、改めて驚く。

 時々、恭親王は誰もいないところでゾーイに預けた小さな小箱を受け取り、しばらくそれを愛おし気に握り締めてから、再びゾーイに手渡した。その箱の中身が何であるのか、恭親王は一言も言わなかったし、ゾーイも聞かなかかった。必要があれば、主の方から話すに違いない。何も言わないのは、そういうことなのだ。ゾーイは、自身の懐でその小箱を守りながら、主を支えている〈何か〉にただ、祈った。

 天と陰陽よ。主を、救いたまえ。
 奪われ、虐げられ、辱められた我が主が、壊れてしまう前に――。
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